追うゲームバカ vs 逃げるゲームバカ⑦
「……なんで――」
着飾る事を忘れた枯れ木が、空しく存在を誇示する『さびれた公園』に、少女の台詞をオウム返ししただけの、バカみたいな俺の声が空しく響く。
目の前の少女が、真剣な表情で、くりっとした瞳をウルウル滲ませながら、俺のことを睨みつける。
……逃げられねぇ……、な……、コイツにも……、『アイツ』にも――
何かに観念したように、何かを決心したように、ワナワナと触れる唇を、そっと開いた――
「――弟が、いたんだよ。『浩介』って名前だ……。浩介は、三年前に、死んだ。…………自殺、だったよ――」
喉が、きゅうっと締めつけられている感じがした。
目の前の少女が、変わらぬ表情で、ジッと視線を俺にぶつけている。
――
「……自殺の原因は……、いじめ、だった、らしい……。俺はそん時大学生で、大学の寮に住んでて……、浩介のそばに、いてやれなかったんだ…………、いや、言い訳だな。……おふくろから、どうやら浩介の様子がおかしいってことは……、聞いていたんだが……、俺は単純に、自由気ままな大学生活を満喫してて、自分の世界に夢中で――、浮かれてたんだ……、いじめなんて、どうせ、たいしたことねぇだろう……って、高、くくって――」
ギリギリギリギリ、俺の胃袋をギュっと誰かが握りしめている。
逆流する胃液にえづきながら、俺は必死に言葉を連ねる。
「――アイツ、ゲーム好きでさ……、下手だったけど、よく……俺がゲームやるの、横で見てたんだ。ニコニコしながら、……俺が家を出てから、浩介がいじめられてるらしいって勘づいたおふくろが……、弟から、ゲームを取り上げたらしい。『こんなもんばっかやるから、いじめられるんだ』って……、ハハッ、昭和の人間の考えそうなこって――」
俺は無理やり口角を上げて、薄い笑顔を作ろうとする。顔がひきつって、うまく笑うことができない。そんな俺の心の中を見透かす様に――
眼前の少女が、ただジッと、俺の事を『見ている』。
「……唯一の隠れ家……、『ゲームの世界』に逃げ込むことすらできなくなったアイツは……、この世から、ドロップアウトしちまった……。いや、別におふくろが悪いとは思ってねぇけど……。 ――そんなアイツにさ、昔、言われたことがあったんだ。『兄ちゃん、いつか世界一面白いゲーム作ってよ』……って――」
ふと、空を見上げる。
頭の中の浩介が、ニコニコと、おぼろげな輪郭で、ボンヤリ笑っていた。
「――まぁ、だから……、ってわけでもねぇけど。なんとなくさ、『ゲームで誰かを救ってみたい』って思ったんだよ。……罪滅ぼしみたいなモンかな。……アイツを救えなかった俺が、唯一できる……、『償い』――」
ふと、眼前で俺の事をジッと見ている少女に、目を向ける。
なんだか、少女の姿と、浩介の姿が……、
――重なったような、気がして――
「……だから、『お前』には――」
「――『コウメ』」
言葉で言葉を被せるように、目の前の『少女』が、ピシャリと、声を放つ。
「……『
――ふと、風が吹いた。夕焼けに照らされている橙色のおかっぱが、遠慮がちにそよぐ。眼前で俺の顔をジッと見ていた少女が、フッと表情を崩して、ニコッと力のない笑顔で、小さな、口を開く――
「――あなたの名前を、教えて?」
※
――五分咲きの桜が中途半端に街を彩る、三月某日の朝。
アニメやゲームのキャラクターグッズで埋め尽くされ、無駄にカラフルな会議室の中に、かしましい声が鳴り響く――
「――っだぁ~~っ! また『死んだ』!! ……ちくしょうっ、ライドの『乗り換え』があと一歩早ければこんなことには……、クソっ、もう一回――」
――軍司さんが、頭をボリボリかきながら、ぐぐっとスマホ画面に顔を近づけた。
「――きゃ~~っ! この『鳥』、すごい速いじゃない! ……いけいけ~っ! なんだか乗ってるだけでも楽しいわ!」
――香澄が、およそ『らしくない』黄色い声をまくし立てる。
「……ほぉっ、主人公視点から第三者視点に仕様を変更したのか、カメラも自動でついてきてくれるし、今何をしているのかがグッとわかりやすくなったねぇ――」
――テッさんが、老眼鏡をいじりながら、くしゃっとしわだらけの顔でやわらかく笑う。
――黒髪おかっぱ娘と追走劇を繰り広げたあの日、俺は会社に戻った後、徹夜でまとめた『改善案』のテキストを軍司さんにメールで送り付け、次の日の朝、軍司さんが出社するのと同時に土下座を決め込んだ。改善案について必死の形相で説明して、なんとか三日で仕上げてくれと頼み込んだところ……、軍司さんはハァッとタメ息を吐きながら、「……残業はしねぇからな」と、ぶっきらぼうに返事を返してくれた。
――果たして、バージョン2となった『ムゲン・ライド』は、もはや『別ゲー』と言っていいほど、全てが生まれ変わっていた。
「――コレ……、マジで、売れるかもしれないな……」
――ボソッと、こぼすように呟いた軍司さんの言葉を聞いて、俺の心が、打ち上げ花火みたいに弾ける。
「――ですよねッ! ……やっぱ、俺の目は狂ってなかったんだ……、『ムゲン・ライド』は、確実に、面白い――」
ガッツポーズを決め込み、これでもかとばかりに得意になっている俺の鼻を、香澄の低い声が、ボッキリへし折る。
「――アンタねぇ、『自分一人』で考えたみたいな顔してるけど……、ダメダメだったこのゲームに的確なメスを入れたの、実際のところ、――『コウメちゃん』じゃない?」
――その一言をきっかけに、会議室の奥の椅子にちょこんと座っている黒髪おかっぱの元へ、開発メンバーの視線が、一気に集まる――
「――ぐっ、……で、でもよっ、コウメを連れてきたのは俺なんだから……、コウメが考えたアイディアは、俺のアイディアと言っても過言ではな――」
「――『過言』でしょ、誰が、どの頭で、どう考えても」
香澄が短く一言、俺にサイレントの魔法をかける。赤いバッテンマークを口に貼られた俺は、しゅんっ、と身体を丸めながら、ガタッと椅子に腰を落とした。
「――ははっ、まぁでも……、優秀な人材を集めることができるのは、優秀な人間だけだからねぇ……、ある意味、大ちゃんの『人柄の勝利』って言っても……、いいかもね」
――テッさんが差し出したフォローの言葉に、沈黙のステータス異常が一瞬で回復する。
「――で、ですよねっ!? ……いやぁ~、聞いたか? 香澄……、俺はどうやら、『経営者』の才があるらしい……、いずれ独立して、でっか~~い会社立てっから、そん時はお前みたいな奴でも雇ってやるよっ」
「……アンタが起業……? 何その会社、泥水でも売るの?」
「――ッ!! て、てめぇ……、ゲーム会社に……、決まってんだろうがッ!!」
せまっくるしい会議室の中に、かしましい声が鳴り響く。
アニメやゲームのキャラクターグッズに埋もれながら、端っこにちょこんと座っている黒髪おかっぱの少女……、『柏木 小梅』が、そんな俺たちのやり取りを眺めながら――
誰にも気づかれることなく、一人でケラケラ笑っていたらしい。
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