だんだん太鼓 ー超犬、再びー
甲斐空(カイ・クウ)
霊犬伝説
西山良平「霊犬・
霊犬・
年の瀬のある日、旅の途中の若い武士が雪に埋もれた村に迷いこんだ。そこには長い白羽の矢が、屋根に深々と突き刺さった家があった。怪訝に思って訪ねると、ひとり娘にすがりついて家族が泣いている。
訳を訊いた武士に主が答えた。
「この村には大晦日の夜に、娘を人身御供とする習わしがあるのです」
矢は娘を召し出せという意味だった。そうなると娘は白装束姿で縛められて近くの岩山の洞窟に投げ置かれ、やがて現れる神に食われるのだという。
「逃げればいいではないか」
「逃げれば、わしらもろとも村の者に殺されてしまいます」
「そうか。その神とやらを斃すしかないのだな」
ふと武士と娘の目が合った。互いに一目で恋に落ちた。
武士は言った。
「必ず娘は救け、お前たちの命も守る。ついてはその後に、娘を娶らせてくれ」
主は申し出を受け容れた。
その夜、武士は神の正体を見極めようと岩山の洞窟に忍び入った。すると中の泉から奇妙な歌が聞こえてきた。
「ころびいわなる だんごうに このこと あのこと しらせるな だんだんだいこ だ だんだだいこ」
武士は力強くうなずいた。
「相手はだんごうなるものを恐れている。神ではない」
武士は山を下り、だんごうを尋ね歩いている内に大晦日を迎えていた。焦った武士は、大きな石が無数に転がっている湿地に踏み込んだ。そこには朽ちかけた庵があり、老いた世捨て人が衰弱しきった様子で縁側に座っていた。
武士は問うた。
「もしや、ここがころびいわか」
「さよう。転び岩じゃ」
「だんごうなるものを知っておるか」
世捨て人が呼ぶと、縁の下から黒い犬が姿を見せた。
「これが
武士は経緯を話し、犬を貸してくれるよう願い出た。世捨て人は、人救けとあれば致し方ないと諾った。武士は苦しい声になった。
「相手は化物だ。この犬の命を請け合うことは難しいが、それでも良いか」
「もしそうなれば骸は連れ帰ってくれ。その折、わしの命が尽きておれば、この場に共に葬ってくれ。あの世でも、この犬と暮らせるように」
もう時間はなかった。武士と犬は一散に駆けたが、村のはるか手前で辺りは闇に閉ざされてしまった。これでは間に合わぬと武士は地団駄を踏んだ。
すると突然、弾號は馬の如き大きさになった。武士はその背にまたがると、弾號は矢のような速さで険しい山を駆け上っていく。
岩山の洞窟にたどり着くと、村人たちが狂ったように太鼓を打ち鳴らしていた。その時、奥の一段高い所に横たえられた娘を目がけて、泉から二頭の怪物が飛び出してきた。怪物は山椒魚のような格好で六本脚だった。頭部には赤い瘤がいくつも突き出しており、まるで弾けた
村人は乱入してきた武士と弾號を攻撃してきた。武士が応戦している間に、弾號はその上を跳び越え、まさに娘に食らいつこうとしていた一頭の怪物の瘤に噛みついた。瘤が破れ、怪物はもがき苦しむ。間髪入れず弾號は、もう一頭の鼻の付け根を後ろ脚で蹴りつけた。
しかし怪物の反撃は、すぐにはじまった。弾號は必死に娘を守ったが、怪物の攻撃をかわしきることはできず、全身は血まみれとなった。
武士はようやく村人を追い散らすと、娘を洞窟の外に連れ出すことができた。弾號も退却したが、怪物の怒りは凄まじく執拗に武士と弾號を追ってくる。
弾號は怪物の背に乗ると、一頭の頸筋のひときわ大きい瘤を噛み破った。すかさず武士が、その眉間に槍を突き立てると怪物は崩れ落ちた。
しかし一瞬の隙を突いて、もう一頭が弾號の胴体に噛みついた。さしもの弾號も悲鳴を上げる。武士は絶叫しながら怪物に突進し、脳天を刀で切り裂いた。怪物の顎が緩み、ぐったりとした弾號は地面に落ちた。
だが怪物はなおも斃れず、武士に食らいつこうとした。武士が観念した刹那、弾號は死力を尽くして怪物に躍りかかり、喉笛を食い破った。怪物はうつ伏せになり、間もなく動きを止めた。その鼻先には、元の大きさに戻った弾號が静かに横たわっていた。
武士は弾號を小さな棺に入れ、娘とその家族を伴って村を出た。かの庵を訪れたが、既に世捨て人は息絶えていた。武士は世捨て人と弾號を寄り添わせ、丁重に葬った。なお転び岩には娘の家族が移り住むことになったと伝わる。
やがて武士は倉吉藩に仕官が叶い、妻となった娘と共に仕合せに暮らしたと云う。
この伝説は食糧乏しき共同体において、強制的な口減らしが行われたことを表しているのではなかろうかと愚考する。
ところで琴浦町には、この伝説に関連すると思われる言い伝えが存在する。
大宝元年(701年)、役行者として知られる役小角の弟子たちが、熊野から新天地を求めてこの地に上陸した際、襲ってきた山椒魚の如き怪物を一行が連れていた黒犬が追い払ったと云う。
旧段々村の怪物と同様に怪物の頭部は瘤で覆われ、弾けた柘榴のように見えた。そのため町の浜辺は
なお怪物の襲撃があった時、海水は塩辛くなかったと云う。何処からか大量の真水の流入があったのだろうか。
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