私らしく生きるためにー人を愛することー

笠原美雨

第1話私の幸せとはー

 私の幸せとは何だろう? 私は、大好きな彼との結婚が私の幸せと信じて疑わなかった。二十七才ともなったし、彼とも四年もつきあっていていたから。だから結婚もできると思っていた。彼の望むことをする、いやがることはしない。彼のために生活をする。そんな彼のための努力が全部私のひとりよがりだと気づくまでは……。

 

彼の好きな落ち着いた服を着て、毎月の楽しみである月に一度の丸一日デートの帰り道。車で優斗が自宅に送ってくれた。いつものデート。真新しい単身用のアパートで、駐車スペースはそう広くない。車から降りて、急いで自宅に入ろうとしたら、呼び止められた。

「加奈子、俺たちもう一緒にいないほうがいいと思う。俺といると、お前がダメになる」

「そんな。私は優斗と一緒にいられれば、それで幸せなのに、あなたといられれば、それでいいのに」

「そういうところが重いんだよ。家事やってくれたのは、便利だったけど」

 一緒にいて幸せだと思ってたのは、私だけだった。優斗の仕事が忙しいときには、合い鍵を使って優斗が好きなつくりおきおかずを作った。掃除もした。彼が好む服を着て、一緒にいられるためにがんばった。

ポタン

「こんなことで泣くなよ。めんどくさいな」

いつのまにか涙が頬に流れていた。感じたことは、こんな簡単に恋は終わること。優斗とのつきあいで思ったことは、気持ちがなくなると男性は冷たいこと。チーターのように人の心をつかむと思っていたけど、私はその牙で心を折られてしまった。なんでこんなことになったんだろう。

 私が泣いている間に、彼を乗せた車は去っていった。

 私が最後に見た彼の運転姿は、不機嫌な顔でたばこを吸っている姿。

 終わった。大学から四年つきあっていた優斗。サークルで知り合ってずっとつきあっていたから、仲間はみんな私たちが結婚すると思ってるんじゃないかな。私としても、結婚を考えていた彼との恋愛が、終わってしまったことにショックを隠せない。

 

部屋でベッドに腰掛け、止まらない涙をぬぐいながら、通話ボタンからよく知ったアイコンをクリックする。

「もしもし加奈子? ちょうど子どもが寝たとこだよ。なんかあった?」

「ごめん」

「なにかあったね」

 高校からの親友、愛美にはなんでも話せる。彼できたときも、一番に喜んでくれたし、彼女が結婚したときのブーケは私が受け取った。

「優斗と、だめになっちゃった」

「そっか…話してくれてありがとう。無理はダメだよ。泣きたくなったら、ウチおいで」

「ありがとう、ホントにありがとう」

 結婚まで秒読みと思って友人に話していた私。落ち込んでいる私を慰めてくれる愛美。もし私が幸せになったときは、私を祝ってくれるかな。


「三好くん、会議までに、この資料十部印刷しておいてくれ。十分前にはセッティングだから」

「承知しました、山田課長」

 そうして、二ヶ月が経った。首都圏にある高層タワーで働くのは、眺めがいい。恋人がいないと、仕事が今まで以上に楽しく感じる。他にがんばることがないから。仕事があればいい、と思っているわけではない。私は結婚がしたい。だけど、もう恋愛が怖い。私が好きになった人が、私を愛してくれるか、分からない。

 最近になって大学のサークル仲間が、優斗の恋愛を教えてくれた。

 彼は私とつきあっているうちに、別のきれいな年上の女性と恋に落ちたと。今はその女性とつきあっていると。姉御肌な取引先の女の人らしい。私は会ったこともないから、分からないけど。私みたいな普通の女に飽きたのかもしれない。彼を待つ人じゃなく、自分を持っている女を好きになったのだろう。分析をしても時すでに遅し。私と彼をつなぐものはサークル仲間くらい。

 十部の印刷を二十部印刷してしまって、自分が壊れていると感じはじめた。どこか、どこかに逃げないと。元の自分に戻すため、誰かに助けてもらおう。


「はいはーい、加奈子、久しぶり。少しは気分落ち着いた?」

 都会から少し離れたマンションのチャイムをならすと、地味な装いだけど幸せそうな空気をまとう愛美が応対してくれた。

「ヒロ君の寝顔が見たくてきちゃった。赤ちゃんって癒やされる。忙しいのにごめんね」

「我が家の王子さまは人気者ね。気にしないで! 専業主婦の愛美さまはやること多いけど、親友のピンチにはかけつけるわよ! 今回はきてもらっちゃったけど。」

 おもわず吹き出した。笑った。

「加奈子、久しぶりに笑ったんじゃない? 愛想笑いじゃないやつ」

「なんで、愛美は…優しいの。聞かないの? 優斗のこと。私がふられた理由とか、彼のこととか」

 あの日収めた涙が、あたたかくこぼれてきたのは、きっと安心したから。彼女の前では、落ち着いて泣ける。愛美がいれば、私はいつもの私に戻れるから。

「私は、あんたがしゃべってくれるまで待つから。言いたくなかったらしゃべらなくてもいいし。お返しにヒロ君が起きたら、だっこしてあげてよ」

「愛美ったら」

 笑って、泣いて、私はいつも通りに復活した。私はもう大丈夫。そう思って、優斗の連絡先を削除した。

ーバイバイー

 

通常通りの私が、本当に戻ってきた。オフィス以外では、自分の好きな服、身体のラインをふんわり隠す服を着て、女の子らしく髪をまとめている姿が気に入っている。彼の好みの服は、もう着ていない。それなりに楽しく毎日を送れるように、なってきたかもしれない。そんなときに、隣の課の先輩から話しかけられた。毎週金曜日に合コンをしていると評判の、紫のアイシャドウが魅力的な肉食系の先輩。

「三好さん合コンこない? 女性一人足りなくて。隣の商社の若手なの。きてよ」

合コン、あまり行ったことないな。 今までは優斗がいたから行かなかったけど、今はフリーだし、いいかもしれない。私は優斗以外の男性をあまり知らないし。恋愛をしてみても、いいのかな。迷いながら答えを出す。

「いいですよ。私もいい人探しているので、協力しましょう」

 あんなに好きだった人と別れて、たった三ヶ月で私は出会いを求めてる。彼じゃなきゃダメだと泣いた日もあった。今でも彼と似た人をみると、心がゆれる。私は何がしたいんだろう。こんなのじゃ合コン行ってもむだかな。

 でも、変わりたい。男を待つ女じゃなくて、追いかけられる恋がしたい。事務作業を行うため、ヒールの足音をならし隣のフロアへ移った。

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