Ⅳ,Exposure
何もかもが思い通りに進行していることがつまらないのだ。
このまま予定調和の物語りとして進んでいくのだろうか。
先程の戦いで
鞄を肩に掛け、一階へと向かう。
自分の足音だけが廊下に
ひとまず情報がいるなるべく多く、素早く集めなければいつ狙われるか分かったもんじゃない。「あの人」もいつまでも静観してるとは限らないからな。
そうして次の計画を立てながら正面玄関口を出た時
「忘れ物か?」
突然後ろから声を掛けられた。
振り向くとそこには鶴城が立っていた。
「ああ、ちょっとね」
恐らく決闘が終わり記憶を失った後だろう。
心臓に悪い。
「それより例の手紙はどうだったのさ?告られちゃった?」
冷やかしぎみに聞いてみる。どこまで記憶が残っているのかは分からないが。
「まったく、酷いもんだったよ」
少し驚いた。てっきり、「何のことだ?」と聞き返して来るものだと思っていた。記憶の消去と埋め合わせがどの程度働くのか分からないがそこまで残っているものなのか。
取り敢えず知らない体を装っておこう。
「そうかー、ビンタでもされちゃった?」
そう笑いながらつついてやると。予想外の答えが彼の口から飛び出した。
「飛んできたのが掌だったらどんだけよかったことか。まさか本棚を投げられるなんて思ってもみなかったよ」
記憶が────残ってる?
どういうことだ?決闘が終わったら敗者の記憶は消えるはずだ。それともなにかしらの手違いでもあったのか。
そう思案していると。
「なんで、って顔してるな」
「ああ本棚を投げられるなんてよほどの事が有った───」
「違うだろ」
「は?」
被せるように指摘してきた。
鶴城の眼鏡の奥にある目は、ある種の確信で満ちていた。
そして鶴城は依然無骨な表情でそれを口にした。
「どうして記憶が残っているんだ、だろ?」
一瞬時が止まったような錯覚に陥る。俺は最悪のシナリオに気づいた。全てがこいつの思い通りだったという、シナリオを。
「関条七瀬は死んだよ」
鶴城は淡々と述べた。
俺たちの繋がりも見抜いていたのか。
少しずつ心臓を締め付けられるような緊張感に苛まれる。しかし、そんな緊張感とは裏腹に俺の顔はどんどんにやけていった。
「それで、お前はどうするんだ?俺を今ここで殺すかい?」
「殺さないさ。だって、お前は情報を持っているからな。俺より遥かに多くの情報を」
「俺を仲間にする気か?馬鹿だねーお前って奴は。そんなのさぁ──」
俺は懐からカッターナイフを取り出し奴の首に押し当てた。
「殺してくれって言っているようなもんだよ」
鶴城は変わらず微笑んでいた。
「じゃあやってみろよ」
安い挑発だ。だが───。
「そう、お前は俺を殺せない」
そう俺は今この場でこいつを殺せないのだ。
「俺が生きていること、関条七瀬が死んだこと、お前らの関係が見抜かれたこと、全てお前の描いたシナリオを大きく逸脱するものとなってしまった。この場合、俺の能力も作戦も分からずに手を出せば、お前自身が危なくなってしまう。まだ校舎には様子見をする人間が何人かいるからな」
全てこいつの言う通りだ。俺は今、詰んでいる。
「そうだな俺とお前とが一緒にいるところ見られるのは今はとても好ましくない」
俺は諦めたように溜め息をつくと。
「いいよ。手を組もう。それが今は最善だ」
「違うな、君が下につくんだよ亜麻鬼。いや」
体が震えた。目の前にいる男がまるで別人のようだった。
「───Devil《デビル》」
思考が完全に停止した。『この能力』は知られてしまえばほぼ終わりに等しい。手の内を知られてしまった。こいつは最初の戦い、いや俺と会った時からすでに俺に勝つ気だったのか。
俺は両手をゆっくりと挙げた。
「降参だ。俺の負けだよ、鶴城。お前の下につこう」
負けはしたが俺は何処か晴れやかだった。
こんなにも楽しいものなのか、学校生活というものは。
校舎の窓からいくつか視線が刺さる。あの人も見ているのだろうか。計画外のことをどう説明しようか。弁明を聞き入れてくれるだろうか。色んなことを思案した。でももうどうだっていい。
これまでの人生で失敗こそすれど敗北も挫折も経験したことはなかった。あらゆるものを利用し扇動し、欲しいものはなんだって手にいれることが出来た。
しかし今日、人生で初めて敗北した。
こいつは俺が様子見に歩を放ったのに対してそいつを捻り潰して王手を打ってきたのだ。控え目に言って最高の一手。ニヤけを抑えられない。今すぐにでも声を上げて笑い転げたい。
もう退屈とは無縁だな。
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