Ⅲ,Doubtful
関条(せきじょう)七瀬(ななせ)は激情に満ちていた。
初めて人をこの手で殺してしまったことに対する後悔も、後ろめたさももう無かった。
つい数刻まで平凡な学校生活を謳歌していたあの男は今、本棚の下で光を失った。当然だ、あれ程の重さの物が全身に絶え間無く叩きつけられたのだから。
同情はする。だがこれも「この戦い」に足を踏み入れてしまったあいつの運命だったのだ。彼よりも私の方が強かったそれだけのこと。
カウンターの側に置いた鞄を手に取り、図書室を後にした。
図書室を出るとある男が立っていた。名前は確か亜麻鬼といったか。さっきの奴と仲良さげにしていたのに、何故情報を売るような真似をしたのかは甚だ疑問だ。
亜麻鬼は不敵そうな笑みを浮かべ、まるで全てが上手くいったと言わんばかりにそこに佇んでいた。
「どうだった?上手くいった?」
分かりきったことを。
「ああ滞りなく」
「それは良かった」
そう無邪気に答えると彼は鞄を拾い上げ、手紙を取り出すと「はい」と言って私に差し出した。
「次の狙い目と報酬。次も頑張ってね!」
本当に気に入らない。だがそれでも、乗るしかないのだ。どんな手を使っても、たとえ騙されたとしても私はすがりつく。私の幸せのために。
私は黙ってその男から奪い取り、帰ろうとした。
すると。
「返せるといいね!借金」
そうあの男は言った。
あいつは、お前は逃げられないぞと釘を刺すように満面の笑みで私をどん底に落とす。両親の顔がちらついた。
拳を握り、歯を食い縛る。
「いつか絶対に、殺してやる!」
亜麻鬼を全力で睨み付けそう吐き捨てた。
今の私にできる最大限の抵抗だった。悔しくてたまらない。だがもう少し。もう少しであいつを殺せるだけの力が集まる。その時は奴の笑顔をこれ以上無いまでにぐちゃぐちゃにしてやろう。
私は今度こそ帰るため、駐輪場へと向かった。
今日はやけに学校が静かに感じた。
廊下を歩きながら私はふと思い出す。この力を授かったときの事を。
あれは合格者発表の日。その日はバイトのシフトが無かったためこの学校を訪れた。
私の境遇は至って単純だ。多額の借金を抱え、金を必要としている。それだけだ。
2年前ある会社の社長だった父が多額の借金を作って倒産し、両親は共に蒸発した。そうして私の元に広すぎるだけの家と、返せるはずの無い借金が残された。もちろん家は売りに出し、バイトをいくつも掛け持ちしている。最初は体を売ることも考えたがそれだけは許せなかった。その選択はあのクソ親共に負けた気がしてならなかったからだ。
そうした日々を過ごしていたある日私の元にある手紙が届いた。それはこの学校、零神高校への入学を決定付けたとの報告だった。差出人はこの学校であり、怪しさしか無かったが入学金も授業料も終いには生活の一部を援助するというのだ。せめて話だけでも聞かせてもらいたかった。何故私なのかと。
受験生達が群がっている中心部には大きな掲示板に延々と番号を羅列した紙が貼られてあった。私はそこを素通りして事務室で、届いた手紙の事を説明すると、奥の部屋に通され一人の女性と対面させられた。ショートカットで揃えられた髪をした凛々しい女性。彼女は私の入室に何の反応も示さなかった。
私は手紙について聞こうとしたが、彼女は私が質問をするより先に11枚のカードを私の前に広げてみせた。
「これは?」
彼女は何も答えなかった。一枚引けと暗に訴え掛けていた。私は訳が分からないまま一枚のカードを引き抜いた。そこには古風な絵と、『The Chariot』の文字があった。どうにも理解できず私は質問をした。
「なんなんですかこれ?」
「あなたの望みを叶えるための物です」
聞くとそのカードを手にした人間は各々が特殊な能力を持った『インビディア』となるらしい。能力はそのカードを手にした瞬間にどのような物なのかが分かるようになっていた。ちなみに私の能力は、
『あらゆる物を前方に投擲する』
いわゆるサイコキネシスのようなものだった。
望みを叶えるための物?このカードが?聞きたいことが増えていくばかりで仕方なかったので、私は取り敢えず手紙のことを訊ねた。
「あれは一体どういうことなんですか。私この学校に入学するなんて一言も言ってないんですけど」
彼女は表情一つ変えずに応えた。
「ルールは4つ。
1大人に見つかってはならない。
2決闘はどちらかが死ぬ迄。
3開戦は放課後のチャイムと共に。
4勝者にはその者が望むものを与える。」
答えになっていない。ふざけているのか。何のルール説明をしているのかさっぱりだ。
「復讐したいのでしょう両親に。ならば勝ちなさい。相手を殺し、生き延びなさい。あなたにそれを可能にするだけの
全てお見通しだった。彼女は楽しんでいるのかも知れない、藁であってもすがらざるを得ない私にチャンスを与えて。
「もし負けたら?」
「この戦いに関する記憶を全て失います。勿論このやり取りも。そして、その年度末に退学してもらいます」
背筋が凍ったような気がした。その時私の中に、細かい疑問はもう無かった。
勝たなければならない。生きるために。なんとしてでも。
それから私は帰宅し自分の能力について研究し、準備をした。敵を殺すための、準備を。
その過程で亜麻鬼の野郎に出会ったってしまったが捉えようによっては好機だったのかもしれない。
そうして今に至る
今日は初めてにしては良くできた。もう何も怖くない。
私は、勝てる。
自転車置き場に到着し、朝自分が自転車を置いた所へと向かっていると。
コツンコツン
突然後ろから足音がした。しかもすぐ後ろから。
亜麻鬼の奴がついて来たのか?
真意は分からないがさすがにもういい気はしない。さっきのやり取りを思い出し一発殴ってやろうと後ろを振り向いた。
刹那。
首の辺りが真横に引っ張られた感覚があった。
遅れて鋭い痛みがやってきた。
何が起きたのかと首筋を触れると生暖かい液体が手に触れた。見ると何故かそこは真っ赤に染まっていた。出血だ。私は今、首を切られたのだ。
「あ…え?」
目の前にいる人物を私は知っている。
分からない。何故こいつがここにいるのか。
数歩後退り能力で自転車らを投げ飛ばそうとすると、それよりも速くその人物は間合いを詰め、右手に持っていたナイフを私の心臓へと突き刺した。
「がはっ…!」
胸部の血液が喉を通って口から溢れる。
その人物はナイフを引き抜くと血を払ってハンカチで拭いた。
「どうし、て…お、前が…」
しかし、そいつは何も答えなかった。
私の手足は支えるための力を失い、私はその場に自転車と共に倒れこんだ。
私は理解した。
ああ、私は負けたんだ、この戦いに。
結局両親に復讐できないまま。
ああ、惨めだ。
出血量が多くすぐに強烈な目眩と眠気に襲われ私は事切れた。
カラスの群れは鳴くこと無く静かに広がっていく血の池を見続けていた。
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