Ⅰ,Boring

 どこか遠くに聞こえたチャイムで鶴城つるぎ 繋人けいとは覚醒した。

 寝起きでまだ意識がはっきりとしない。眼鏡を額に押し上げ、目をこすってから周りを見回す。同級生達は入学したてで興奮が抜けないのか、はたまた入学式の校長の長ったるい話に対するストレスを発散したいのか、クラス内はとても騒がしい。少なくともチャイムの音が各々の耳に入らない位には騒がしい。


 ここは零神高校。俺達はそこの新入生だ。

 

 「やぁずっと寝てたみたいだけど、昨日夜更かしでもしたの?」

 

 突然話しかけられた。声の方を見てみると、俺と同じぐらいの背丈の男が立っていた。もちろん俺はこいつを知らない。

 黒髪に整った顔、到底俺のような底辺に話しかけて来るような人間ではなさそうだが。

 

 「俺は亜麻鬼。亜麻鬼あまき しんだ。お前の後ろの席になったんだ。よろしく」

 

 亜麻鬼は爽やかな笑顔で挨拶をした。

 

 「お前の名前は?」

 

 基本的には誰とも関わりたくはないのだが聞かれた以上仕方がない。

 

 「鶴城だ。よろしく亜麻鬼」

 

 「おうよろしくな鶴城」

 

 なぜだろう、こいつとは長い付き合いになりそうな気がする。

 

 そうして休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、全員慌ただしく各々の席に着いた。

 チャイムと同時に扉が開き若い男性教員が入ってきた。教員というよりはモデルに近い出で立ちをしている男性を前に女子から黄色い声があふれでる。

 その教師はさわやかな笑みを浮かべ自己紹介をした。


 「みなさんこんにちは。担任の千世ちせ 智介ともゆきですこれから一年よろしくお願いします」


 再び黄色い声が飛び交う。いちいちやる必要あるのか?

 ふと先生と目が合った。すると、先程までの笑顔とは違う不思議な笑みを俺に向けた。少なくとも俺と先生は初対面のはずだ。気のせいだろうか。


 その後は課題やプリントの配布や全員の簡単な自己紹介があり、一通りホームルームを済ませると小、中で何百とした礼でこの日の学校生活は幕を閉じた。はずだった。


 「何で俺が…」


 「それ俺の台詞なんだけど…」


 無駄に長い廊下をやけに重い春課題の山を抱えて、俺と亜麻鬼は歩いていた。なぜかホームルームが終わった途端千世先生に春課題の回収と進路指導室への運搬を頼まれてしまった。俺が一体何をやらかしたというんだ。

 ため息混じりに廊下を進んでいくと女子生徒とすれ違い様に目が合った。すぐに目を逸らしたが背後から、異様な視線を感じる。


 「何あの子?知り合い?めっちゃかわいいじゃん」


 亜麻鬼がからかうように言ってきた。 


 「いや、知らない人だ」


 「でもめっちゃお前のこと見てるよ」


 やっぱりか。だがどうせ人違いか勘違いの類いだろう。

 俺達は無視して進路指導室へと向かった。


 「いやーありがとね。お疲れ」


 進路指導室に入ると千世先生がコーヒー片手に机から立ち上がった。ちょっとイラッときたが気にしないようにする。今はとにかく早く帰る事を優先したい。

 先生は入ってすぐ左にあった棚を指差した。


 「じゃあそこの棚に置いておいて」


 俺達はそこに山積みの課題を置いた。手が軽くなったような錯覚をおぼえる。


 「学校が始まってみてどうだい?」


 突然の事だった。


 「まだ分かりません。でもまぁ普通です」


 俺は当たり障りのない返答をした。


 「俺はそこそこ楽しいです。友達も出来ましたし」


 亜麻鬼が俺の肩を組むや言った。俺の認識では『ご近所さん』なんだが。


 「そうかい君たちはとても退屈にしてるような気がしたからね。まぁでも、これからもっとワクワクするような事があるだろう。だからそれらを大いに楽しみたまえ」


 ああ、この人には何でもお見通しなんだな。


 となりをちらりと見てみる。亜麻鬼の千世先生を見る表情が一瞬曇ったがすぐに先程の笑顔を取り戻した。


 「はい、失礼します」


 俺達は進路指導室を後にした。

 俺も亜麻鬼も何も言わずに歩いていた。どちらも無表情だった。

 退屈か。こいつにもきっと「何か」があるのだろう。


 そうして教室に到着し、帰る準備をしていると机の中に手紙が入っている事に気がついた。


 「なんだよそれ」


 亜麻鬼が後ろから顔を出した。


 「ラブレターか?」


 「さあ?だがこの学校に知り合いがいることは記憶にない。果たし状とかかもしれない」


 四つ折りされた手紙を開けてみると、そこには大きな字で丁寧に書かれた一文のみがあった。


 『放課後、図書室に来てください』


 「おいおい告白されんじゃねぇの?」


 亜麻鬼がからかうように言ってきた。


 「そんなわけねぇだろ」


 この時俺にはある種の予感があった。


 「どうせイタズラだよ」


 俺はその手紙を再び四つ折りにして鞄の普段は使わないポケットに仕舞った。


 そうして俺達は他愛もない会話をしながら校門へと向かい、「じゃあな」と簡単な挨拶とともに別れた。

 そして自宅の方へと数メートル歩いたところで迂回し、再び校門をくくり、学校へと進んだ。


 そう図書室へと向かうために。

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