ガラス迷路におけるヘンゼルとグレーテルの有用性

ちびまるフォイ

家に帰るまでが地獄

『たかし君! お願い! はやく来て!』


彼女からの連絡はそれだけだった。

それだけも自分を飛び起きさせる理由には十分だった。


理由なんて考える必要もなく飛び出すと、世界は変わり果てていた。


「地面が……消えてる!?」


昨日まであったはずの道路やコンクリートの歩道が消えていた。

地球の核がギラギラと見えていた。


試しに、家の中にあったゴミを投げてみる。


カツン。


ゴミは地球の核に到着する前に、表面のなにかに弾かれた。

おそるおそるゴミが弾かれた場所に手を触れるとひやりとした感触があった。


「ガラス……?」


昨日まで地面だった場所にはすべてガラスに張り替えられていた。

まるで高い展望台にあるガラス張りのよう。


一歩踏み出して地球の底に落ちる心配はなくなった。

体重をかけても頑丈でガラスは傷一つ入らない。


「これなら彼女を迎えにいけるぞ!」


思い切ってダッシュした瞬間、見えない壁に激突して吹っ飛んだ。


「いってぇ!!!」


鼻が潰れて顔と一体化するかと思った。

ぶつかった場所に手を触れるとガラスが立ちふさがっていた。


彼女が助けを求めた理由が遅ればせながらわかった気がする。


「ガラスの迷路じゃないか……」


目には見えないがガラスの壁が何枚もそびえ立っている。

まっすぐ歩こうとすればガラス迷路の壁に激突して進めない。


きっと彼女もこのガラス迷路に囚われてしまったのだろう。


「今助けに行くから……痛っ!!!」


ゴワン、とガラスに激突した。


猛スピードで突っ込んでもガラスをぶち破ることはできない。

あまりに強化されすぎたガラスが押し返してしまう。


「くそ! これじゃいつまでも彼女を助けにいけないじゃないか!」


透明なガラス迷路だと、迷路の構造がわかりにくい。

目と鼻の先に行き止まりがあっても激突するまで気づくことすらできない。


腕を伸ばしてガラスの壁を触りながら、たどたどしく進むしかない。


「……あれ? 戻ってる?」


さっき来たような位置についた。

いやさっきよりも少し前に進んでいる気もする。


回り回って同じ場所に来たのかもわからない。

透明ということがこんなにも障害になるなんて。


「そ、そうだ! 印をつけよう!」


森で迷ったときには木に印をつけることで迷わなくなると読んだ気がする。

ポケットに入っていた油性ペンでガラスに印をつけようとする。


「このっ! えい! ちくしょう!」


ガラスは印をつけることができなかった。

地面ガラスも同様で目印となるものを残せない。


これじゃ自分が進んでいるのか戻っているのかわからない。

迷子になっているかどうかもわからないという時点で、それは迷子と同じだ。


「どうしたものか……」


その場に座り込んで考えていると、ガラスを隔てた向こう側で人が歩いているのが見えた。


「おーーい!! そこの人! 待っ……いたっ! 待ってくれーー!!」


ガラスに反響しまくった大声は発生源をわかりにくくした。

歩いていた人は驚いて足を止め、周りをキョロキョロと探す。


目で気づかれるようにジャンプして自分の存在をアピールする。

何度もガラスに激突しながらやっとたどり着いた。


「はぁ……はぁ……やっとたどり着いた……」


「大丈夫ですか? だいぶ顔がボコボコになっていますけど」


「こんな傷、彼女に会うためならなんでもありませんよ。

 あなたもどこかへ行くんですか?」


「ええ、実は病で寝込んでいる母がいるんです。

 今日中に薬を届けなければいけないんですが、なかなか進めなくて」


「それは大変な……。あの、何か落としましたよ?」


たどり着く途中で、男が落としていた物を見せた。


「ああ、それは目印ですよ。このガラス、傷も印もつけられないでしょう?

 だからこうして物を少しづつ置いていって目印にしているんです」


「あなたをヘンゼルとグレーテルとお呼びしてもいいですか!?」


まさに目からウロコだった。

言われてみればどうしてそんなことに気づけなかったのかと恥ずかしくなる。


地面があるのだから、なにか物を落として目印とすればいい。


「それに僕の目印に気づいた人が、僕の足跡をたどりやすくなる。

 他の人と出会えれば、お互いに情報交換や目印の共有もできるでしょう」


「なるほど!! ぜひ、あなたを使わせてください!」


「もちろん。一緒に協力しましょう!」


幸いにも、男の行き先は彼女への道のりと近かった。


目印に持ち物を少しづつちぎったりバラバラにして置いていった。


「すみません。僕はもう何も持ち物がありません。

 目印に全部使ってしまいました。あなたはまだありますか?」


「はい、まだありますよ」


俺は少しづつバラバラに分解して地面に置きながら少しづつ進んでいった。


俺の方でも置く目印がなくなると、ガラス迷路の中で叫んだ。


「おーーい!! 誰かーー! 助けてくれーー!!」


声の方向は反響で特定こそできないものの、目印のおかげで合流はしやすかった。

他の人を見つけると協力してもらって目印を置いて進んでいく。

助け合う大切さを心から感じた。


何度も迷いながら、ついに彼女の下へとたどり着いた。


「たかし君!」


ガラス迷路の中心で閉じ込められていた彼女をついに見つけ出した。

彼女を抱きしめると、俺の胸の中で泣いていた。


「怖かった。途中でバッテリーもなくなるし、誰も来ないし……」


「うんうん。遅れてごめんね、よく頑張ったね」


「それに遠くで悲鳴とかも聞こえてきたの、本当に怖かった……」


「ああ、俺も聞いた。怖かったね。でももう心配ない」


「たかし君……!!」


二人の絆がより深くなったのを感じた。


彼女の後ろを見ると、目印らしきものはなかった。

ずっとふらふらとガラス迷路の中をさまよっていたのだろう。


目印が残っている自分の足取りをたどって家に帰るほうが確実だろう。


「それじゃ、俺の家に戻ろう」


「でも、道わかるの? 私、ここまでどうやって来たかもわからないし……」


「大丈夫。俺はちゃんと、ここまでの道のりに目印を置いてきたんだ。

 鳥に食べられてなければちゃんと戻れるはずだよ」


「パンでもちぎって置いてきたの?」


「パンじゃないよ。さあ、目をつむって」


「どうして?」

「大丈夫だよ。俺が手をつないでてあげるから」


俺は彼女の手を握った。


「これで怖くないだろ? この手は絶対に離さない」


「うん……! ///」


彼女は素直に目をつむった。

俺はこれまでの足取りを逆にたどっていった。


しばらく歩いてから足を止めた。


「……しまった。そうだった」


これまで快調に足を運んでいたのに急に足を止めたことで、目をつむった彼女は驚いていた。


「どうしたの?」


「実は……俺が目印を付け始めたのは、とある人と出会ってからだったんだ。

 だから家までのルートすべてに目印があるわけじゃないんだ」


「そんな……それじゃどうするの?」


「家までの距離は遠くはないから。ここから先は目印を置いて、確実に進んでいこう」


「わかった。でも、ごめんなさい。私、なにも持っていないの」


「大丈夫。俺は目印になるものをまだ持っているよ」


「そうなの? でも、私と会えたときには何も持っていなかったように思えたけど」


「ここにちゃんとあるじゃないか」


俺はつないだ手にぎゅっと力を込めた。




細かくしたものを少しづつ目印に置いていく。

全部使い切る前に家にたどり着くことができた。


「両腕だけで足りちゃったなぁ。余った部分どうしよう」

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