第599話 遠征依頼
「次の依頼について相談したい」
ライオスの呼び掛けで、夕食後にチャリオット全員が集められた。
その依頼は、ライオスが情報収集に行ったギルドで打診されたものらしい。
「依頼の場所はスタンドフェルド大公領ではなく、北隣のケンテリアス侯爵領だ」
「遠征するのはいいけど、足はどうすんだ?」
セルージョの言う通り、チャリオットは旧王都に移籍すると同時に馬車を処分している。
俺の他に二人ぐらいなら、空属性魔法で作った飛行船で運んでいけるが、装備などを含めた全員となると、カートでも厳しい気がする。
「往復の足はギルドで乗り合い馬車を用意するそうだ」
「てことは、大規模討伐なのか?」
「確定ではないが、ほぼ間違いないという話だ」
「獲物は?」
「ゴブリンだ」
「ゴブリン? 異常発生してるのか?」
「クイーンらしい」
「マジか……」
セルージョやシューレはクイーンの厄介さが分かっているようだが、俺や兄貴、ミリアムは意味が分かっていない。
「ライオス、クイーンって何?」
「ゴブリンの特殊個体で、ジェネラルとかキングよりも遥かに危険な存在だ」
ゴブリンは、通常ならば普通の獣や魔物と同じ様に繁殖するそうだが、クイーンが現れると異常な形で、猛烈な勢いで数を増やすらしい。
「異常な形って?」
「クイーンは、卵を産むらしい」
「えっ、ゴブリンが卵?」
冗談かと思いきや、ゴブリンクイーンは本当に卵を産むらしい。
それも、一日に十個以上、多い日には五十個以上も産むそうだ。
しかも、卵は七日ほどで孵化して、十日ほどで成体になるらしい。
その上、クイーンによって生み出されたゴブリンにも繁殖能力が備わっているらしく、卵として産み落とされてから二十日ほどで繁殖が可能になるそうだ。
「既に複数の冒険者パーティーが調査に向かったそうだが、一人も戻って来ないそうだ」
異変が起こっているのは、ケンテリアス侯爵領の東部にあるゴレーネの森で、魔物や獣の数が減り、ゴブリンだけが増えているらしい。
「でもよ、いくらクイーンが現れたとしても、巣は簡単に見つかるんじゃねぇの?」
「いいや、そのゴレーネの森なんだが、いくつもの鍾乳洞があるらしい」
鍾乳洞は内部で繋がっていたり、全てを踏破した人物が居ないほど複雑な構造になっているそうだ。
クイーンは、その鍾乳洞の奥に身を潜めているらしい。
「既に弓矢や剣などの武器を使うゴブリンや、魔法を使うゴブリンまで現れているそうだ。ケンテリアス侯爵領の冒険者達が討伐を始めているそうだが、奴らのアジトは特定できていないそうだ」
冒険者達によって森に出て来たゴブリンの討伐は進められているが、冒険者側にも犠牲が出ているらしい。
ゴブリンが繁殖するのが速いか、それとも冒険者が根絶やしにするのが速いかの勝負になっているようだ。
「一応、冒険者や侯爵家の騎士達の奮戦で押し込んではいるようだが、鍾乳洞の中にどれだけのゴブリンが居るのか予想が付かないらしい。最悪の場合は、溢れ出したゴブリンに飲み込まれる可能性もある」
「つまり、この前の川賊の時のような、楽はできないってことか?」
「いいや、後方に待機したまま戦わず、パーティーの評判を落としても構わないなら、楽できて危険も無い。その分、稼ぎも少ないけどな」
チャリオットに参加要請があったのは、川賊のアジトを探り当てた俺の探知能力に期待しているかららしい。
とは言え、討伐に参加すれば戦闘に加わらない訳にはいかないだろう。
「そこでだ、ミリアム、どうする?」
「えっ、あたし?」
突然ライオスから指名されて、ミリアムは目を丸くしている。
「どうするって?」
「行くか、残るかだ」
「あたしが行ったらマズいの?」
「ゴブリンの大群が押し寄せてきて、乱戦になった場合には、ミリアムを守りながら戦うのは負担になるんじゃないか?」
「別に……問題ない……」
ライオスに尋ねられたシューレは、あっさりと言い切ったが、ミリアムは表情を曇らせている。
シューレがゴブリン程度に遅れを取るとは思えないが、奇襲を掛けられて、味方との間に入り込まれると厄介だ。
同士討ちを避けるために強力な魔法は使えないし、ミリアムと分断される危険性もある。
「考え過ぎ……それに、ミリアムだって戦える……」
イブーロの裏路地で拾われて以後、ミリアムはシューレから魔法と体術の訓練を受けている。
かなりスパルタな訓練だが、近頃の俺はパーティーとは別行動する機会が増えたので、ミリアムがどれだけ強くなっているのか分からない。
「どうする、ミリアム」
「行く。危ないからと言って踏み出さないなら、冒険者やってる意味無い」
「危険だと感じたら撤収するのも冒険者として生き残る術だぞ」
「それでも、それでも今回は踏み出すべきだと思う」
「そうか、分かった」
冒険者の行動は、パーティーのメンバーだとしても最終判断は個人に委ねられる。
明らかに失敗する、命を落とす可能性が高い状況でなければ、たとえリーダーのライオスであっても一方的な命令は下せない。
今回はミリアムが参加すると判断したのだから、その意志を尊重し、できる限りのフォローをするのが他のメンバーの仕事だ。
兄貴とガドは、今回も残って地下道の工事現場に参加するそうだ。
「ニャンゴ、大丈夫だと思うけど気をつけろよ」
「心配要らないよ、兄貴。俺は、ゴブリンどもの手が届かない場所から一方的に攻撃するだけだから」
護衛の依頼ではないので、誰かを守る必要は無い。
シールドと同等に強度を増した空属性魔法のボードに乗っていれば、ゴブリンが使う魔法や弓矢程度は跳ね返せるだろう。
後はゴブリンを見つけ次第、銃撃、砲撃で討伐するだけだ。
「そのクイーンとやらも、ニャンゴが空の上から砲撃で倒せば良いんじゃないのか?」
「鍾乳洞の浅い場所に居るなら砲撃でも倒せるかもしれないけど、奥深くまでは全力の砲撃でも届かないと思う」
鍾乳洞は相当な奥行きがあるらしいし、群れの中心であるクイーンは多くのゴブリンによって守られているはずだ。
下手に砲撃を行って出入口が塞がってしまうと、クイーンの生死を確認できなくなる。
今回の討伐の最終目標は、クイーンの存在の確認と討伐完了の確認だ。
俺の砲撃では、その確認を妨げてしまう。
「そうか、威力の高い攻撃をすれば良いというものではないんだな」
「兄貴の仕事場だって、むやみやたらに固めれば良いんじゃないだろう?」
「確かに、一部分だけ強度が高いと周りに皺寄せが出るからな」
現場では、いかに均一に仕上げるかが重要なんだと、仕事の様子を語る兄貴は、昔に比べたら別人のように自信に満ち溢れている。
あの兄貴が、こんな風に変わるとは……やはり人は環境によって磨かれるのだ。
ミリアムもチャリオットの一員として過ごしてきて、シューレの優しいだけではない、冒険者としての厳しい顔も見ている。
ミリアムなりに成長しているはずだし、シューレが参加を止めないのだから大丈夫なのだろう。
翌日、ライオスがギルドに参加を伝えに行き、俺達は遠征のための準備を整えた。
翌々日の早朝、ギルドの裏手から馬車に乗り込み、ケンテリアス侯爵領に向けて出発した。
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