第447話 地竜の動き

 ベースキャンプで夕食を終えた後、考え事をしていたらレイラに頬を突つかれた。


「何を考えてるの……って、アースドラゴンの倒し方でしょう?」

「そうなんだけど、何も考えずに砲撃してたらヤバかったなぁ……って思ってね」

「そうね、柱を一本壊しただけでも、建物全体が崩壊するかもしれないものね」

「この前の落盤みたいな状況になったら、どれだけ犠牲者が出るか分からないもんなぁ……」


 無計画に発掘を進めたことで発生した落盤事故では、未だに何人もの冒険者の行方が分かっていない。

 捜索しようにも、下手に掘れば更なる落盤が起こって二次災害が起こりそうなのだ。


 ただ、落盤事故が起こった時に建物の内部にいた何人かの冒険者は、命からがら自力で脱出してきた。

 落盤が起こった土の部分を掘るのではなく、建物の壁を壊して隣りの建物へと入り、更に隣の建物へ……という感じで脱出してきたそうだ。


 中断していた落盤地点周辺の発掘作業も、建物の壁に穴を開ける方式で再開したらしい。

 その結果、壁を壊して逃げることを思いつかなかった冒険者の遺体が何人か発見されたそうだ。


「ニャンゴ、砲撃が駄目だったら、どうやって倒すつもり?」

「最初に思いついたのは雷の魔法陣を使った攻撃だけど、通用するかどうか分からないし、あんまり強くすると周りにいる人も巻き込むかもしれないからね」


 体長が十メートルを超えるような生き物を感電させるには、相当大きな魔法陣を作らないと駄目そうだし、ダンジョンの内部は床などが濡れている場所が多く、下手をすれば自分が感電しかねない。


「他の方法は?」

「他は……窒息させるとかかな」

「窒息? どうやって?」

「空属性魔法で壁を作ってアースドラゴンを閉じ込めて、内部の空気を風の魔法陣で外に吸い出しちゃえば倒せる……かもしれない」

「あら、随分と自信が無いのね」

「だって、閉じ込めるには眠っている時を狙うしか無さそうだし、何時間も水に潜っていられるなら、相当長い時間閉じ込めておかなきゃいけなくなるでしょ」


 アザラシみたいに、水に潜ったまま眠る習性があるなら、閉じ込めて空気を抜いても何時間でも大丈夫、何事も無く目を覚ます……みたいな事になりかねない。


「なるほどねぇ……他には?」

「他は、まだ考え中」

「そっか、さすがのニャンゴでも竜種を倒すのは簡単じゃないか」

「たぶんね。だって竜種って硬いんでしょ?」

「そう聞くわね。持っている魔力も大きいから、普通の魔法じゃビクともしないようね」

「厄介だなぁ……ギルドはどうするつもりなんだろう」


 下手に討伐しようものなら返り討ちにされるだろうし、アースドラゴンが暴れ回って柱や壁を壊してダンジョンを崩壊させかねない。


「こっちは崩壊を恐れて攻撃を限定させられるのに、向こうは何も知らずに大暴れするなんて割が合わないし危険すぎる」

「そうね、アースドラゴンはこっちの都合なんて考えてくれないもんね」


 この後、話題を変えて王都での出来事を話して、そろそろ眠ろうとした時に、アースドラゴンの身勝手さを痛感させられた。


「グォォォォォ……」


 周りが騒がしい時には気にならなかったが、辺りが静まり返ると地の底から響いて来る咆哮が気になってしまった。

 二度、三度と短い間隔で咆哮が響いてきて目を覚ますと、咆哮は止んで静けさが戻ってくる。


 すると調査隊のメンバーらしき囁き声が聞えて来て、それが途絶えて静けさが戻ってくると、またアースドラゴンの咆哮が響いてくるのだ。

 これじゃあ、ゆっくり眠っていられない。


 結局、短い睡眠を繰り返して朝を迎える事になってしまった。

 調査隊のメンバーは眠たそうな顔をしていたが、チャリオットのメンバーはいつもと変わらない様子だ。


 ライオスとかセルージョが図太いのは分かるのだが、兄貴やミリアムまで寝不足じゃないのは意外だった。

 猫人の聴力だったらアースドラゴンの咆哮が聞こえないはずがないし、ちょっと怖がりの兄貴が平然と寝ていられたとは思えないのだが……。 


「兄貴、どこで寝てたの?」

「俺は、怖くなったからガドの所で寝てた」

「なるほど……」


 やっぱり、響いてくるアースドラゴンの咆哮が怖くなって、ガドのところに行ったそうだ。

 ガドのそばなら大丈夫という安心感のおかげで寝不足にならずに済んだらしい。


 ミリアムは、いつもと同じくシューレに捕まっていたから不安を感じなかったようだ。

 とりあえず、アースドラゴンの件はギルドに任せて、俺達は調査隊への協力に専念させてもらおうと思っていたのだが、朝食の時間にギルドの職員モッゾがベースキャンプを訪ねてきた。


「ライオスさん、ちょっと不味い状況になってきています」

「何があったんだ?」

「最下層にあるベースがアースドラゴンに襲われました」


 最下層のベースは、言うなれば避難用のシェルターのようなもので、エレベーターシャフトの近くに設置されている。

 砦のように守りを固めていたが、まさか破壊されてしまったのだろうか。


「被害はどの程度だったんだ?」

「全壊まではいかなかったみたいだが、砦としての機能は失われてしまったようだ」

「あの……」

「なんでしょうか、エルメール卿」

「管理人のバリッツさんは無事なんですか?」

「はい、アースドラゴンの暴れっぷりに、これは無理だと判断して、早々にベースを捨てて上がって来たようです」


 ベースの管理をしていた元Bランク冒険者のバリッツさんは、若かりし頃のゼオルさんと知り合いだったと聞いている。

 幸い怪我も無く無事だそうで、今は連絡通路の向こうにあるギルドの居住区にいるらしい。


 アースドラゴンの情報を仕入れるためにも、後で会いに行って来よう。


「ベースが半壊したってことは、最下層で討伐をメインに活動している連中が逃げ込む場所が無くなっちまうのか?」


 セルージョの問い掛けに、モッゾは軽く首を横に振ってみせた。


「それだけじゃないんです。最悪の場合、昇降機が使えなくなる恐れが出てきました」

「どういう事だよ」

「ベースの裏手が昇降機の発着場所になっていたので、そこにアースドラゴンが入りこんだら……」

「ヤベぇじゃねぇかよ」

「なので、この階層から下の部分を緊急で埋めてしまう事にしました。土属性の魔法が使える方や力のある方は手を貸していただけませんか」


 俺達がダンジョンの新区画を発見する以前は、昇降機の発着場は最下層のベースの裏手にあった。

 今は発掘品の運び出しを優先するために、新区画があるこの階層へと発着場は移されているが、エレベーターシャフトはそのまま残されている。


 アースドラゴンがベースを完全に破壊して更に奥まで進んできた場合、 エレベーターシャフトを通ってこちらの階層まで上がって来る可能性が出て来たのだ。

 そこでエレベーターシャフトの新区画がある階層から下の部分を埋めて、土属性の魔法で固めて塞いでしまおうという事らしい。


 エレベーターシャフトを埋めるための土は、新区画を発掘して出たものを利用するそうだ。

 話を聞いたライオスの決断は速かった。


「よし、俺とガド、セルージョは手伝いに向かうぞ。他の者達は、こっちの警戒をしておいてくれ」

「ライオス、俺も手伝いに行きたい」


 兄貴が手を挙げるとライオスは少し迷った後で頷いた。


「よし、フォークスも来てくれ。ただし、現場は混乱していると思うから気を付けろよ」

「分かった」


 正直、俺としては止めたいところだが、兄貴が自主的に動こうとしている気持ちも否定したくない。


「兄貴、危ないと思ったら逃げて来いよ」

「分かってる。気を付けるから心配するな」


 兄貴はニコっと笑った後で表情を引き締めた。

 エレベーターシャフトを埋める作業はすぐにでも始めたいそうで、ライオス達はモッゾと一緒に出発した。


 そこに混じっている兄貴の後ろ姿があまりにも小さくて、やっぱり目茶苦茶心配になった。

 誰かに蹴とばされてエレベーターシャフトに転落しないだろうか。


 兄貴が落ちたのに周囲が気付かず、ドサドサと土を落とされてしまったら埋められてしまうのではないか。

 悪い想像が頭に浮かんできて、兄貴たちが出ていってから三十分もしないうちに落ち着かなくなってしまった。


 やっぱり作業の様子を見に行った方が良いのではないか、でも任されたベースキャンプの守りを放り出していく訳にも行かない。

 行こうか、行くまいかウロウロしていたら、ミリアムに突っ込まれた。


「情けないわね、ちょっとは自分の兄貴を信用しなさいよ」

「そう言われても、兄貴は俺みたいに高い所を歩けないから、蹴とばされたり踏まれたりするかもしれないじゃないか」

「あのねぇ、フォークスはあんたの顔に泥を塗らないように、毎日努力を続けてるの。ここの設備だってコツコツ作り続けた結果なのよ」


 ミリアムの言う通り、ベースキャンプの間仕切りや水回りは、兄貴がコツコツと作り上げたものだ。

 以前は、それらしい形にはなってもどこか歪だったが、今では歪みも無く滑らかに仕上がっている。


 兄貴だって努力を重ねて、日々成長を続けているのは分かっている。


「分かってるよ。分かってるけど、それでも心配なんだから仕方ないだろう」

「はぁ……まったく過保護なんだから」

「ミリアムだって、もしここにコルデロがいたら同じだと思うぞ」

「あ、あたしは、あんな兄貴どうなったって心配しないわよ」

「えー……トローザ村でオーガの討伐を終えた後、目茶苦茶凹んでたじゃん」

「あ、あれは、そんなんじゃなくて……」

「はいはい、そうですか」


 ミリアムは尻尾をボフっと膨らませて怒ってみせるけど、ぶっちゃけ全然怖くない。

 まぁ、おかげで兄貴への心配が少しだけ和らいだから感謝はしておこう。

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