第446話 集まって来た情報

「あぁ、何かいるみたいじゃな……」


 ベースキャンプに戻り、居合わせたガドに例の鳴き声らしき音について話をしたら、素っ気ない返事が戻ってきた。


「えっと……うちは何もしないの?」

「まだライオスが戻って来ていないし、特別に影響も出ておらんからの」

「でも、竜種かもしれないって……」

「竜種だったとしても、最下層からいきなりここまでは来られないじゃろう。何も分からないうちに、慌てて浮足立つ必要は無いじゃろう」


 言われてみれば、最下層の横穴から出て来たのだとすれば、ベースキャンプまでは五階層上がって連絡通路を通らないと辿り着けない。

 そこまで上がって来るには時間も掛かるだろうし、まだ上がって来ると決まった訳でもないのだ。


「ギルドでも情報を収集するじゃろうし、まずは何がいて、どんな対策が必要なのか考えてから動くべきじゃな」

「それもそうか……」

「それに、ワシらの今の役目は、正体不明な鳴き声の調査でも魔物の討伐でもなく、この発掘現場で調査隊が安心して活動できるようにすることじゃろう」

「確かに、俺達が浮足立っていたら調査隊のみんなも不安になっちゃうよね」

「そういうことじゃ」


 ガドの素っ気ない様子には、ちゃんと理由があったようだ。

 ライオスが戻って来たら、また今後の相談をすることになるのだろうが、当分の間は現状維持になるのだろう。


「まぁ、地上の金の亡者たちが手を尽くしているようじゃから、運び出しのペースは今までと変わらんと思うぞ」


 調査を終えた発掘品を運び出すにしても、昇降機を使って一度に運べる量は限られている。

 安全な場所ならば人足を雇って運び上げるという手もあるが、ダンジョンの階段室にはフキヤグモなどの魔物が出る場合がある。


 荷物を運ぶ者達に護衛を付けて……となると、昇降機で運んだ方が効率が良くなるのだ。

 これまで旧王都の経済は、ダンジョンからの出土品や魔物を討伐した素材で潤ってきた。


 それが出土品の枯渇、最後の未踏箇所とされていた最下層の横穴の攻略失敗などで落ち込んだ。

 俺達が探し当てた新区画は、正に起死回生の大発見なのだ。


 既に調査を終えた出土品が毎日運び出されている。

 ベースキャンプから運び出す時点でチェックを行い、更に地上に上がってギルドに運び込まれた時点でもチェックが行われ、途中で盗まれないようになっている。


 俺の名誉騎士という地位や王族との繋がりなども、ギルドの対応には影響しているようだ。

 まだアツーカ村にいた頃に、ゼオルさんから冒険者は名前を売ってなんぼだ……みたいな話を聞いていたが、今になってみると良く分かる。


 勿論、無名の冒険者であってもギルドからは色々な恩恵を受けられるが、有能な冒険者やパーティーだと認識されれば更に優遇を受けられるのだ。

 地上のロッカーをAランクの冒険者ならば無料で使えるし、新王都に行った時に使わせてもらった来客用の施設なども高ランク冒険者向けのサービスだ。


 そんな感想を口にすると、ガドは大きく頷いてみせた。


「その通り、冒険者は名前を売ってなんぼじゃし、ワシらはニャンゴのおかげで色々と楽させてもらっておる」

「それは当然だよ。俺はチャリオットのみんなに誘われたから、村を出て冒険者として活動する踏ん切りがついたんだもん」

「まぁ、ニャンゴじゃったらワシらが声を掛けていなくとも、いずれ冒険者として名前を売っていたじゃろうな」

「そうかもしれないけど、こんなに順調には来られなかったと思うよ」


 今の俺があるのは、カリサ婆ちゃんやゼオルさん、チャリオットのみんな、レンボルト先生、ジェシカさんやラガート子爵のおかげだ。

 自分一人では、ここまで歩いて来られなかったと思うし、この先も一人で出来ることには限りがある。


 周囲のみんなへの感謝を忘れずに、着実に進んでいこう。


「おぅ、調査隊も切り上げてきたようじゃな」


 今日の予定を終えて、調査隊とセルージョ、レイラ、ミリアムも戻ってきた。


「なんだよニャンゴ、もう戻って来たのか? もっとゆっくりしてくりゃいいのに」

「うん、新王都にいると権力争いに巻き込まれそうだからね」


 王家の現状をちょろっと話すと、セルージョは大袈裟に顔を顰めてみせた。


「うへぇ、面倒臭ぇ……そりゃ逃げてきて正解だぜ」

「でしょ?」


 俺が新王都まで一泊二日で往復して、しかも王族との面談を済ませてきたと聞いて、レンボルト先生が移動方法について訊ねてきた。

 空を飛ぶ移動方法について説明すると、一度体験させて欲しいと言われたが、ケスリング教授がストップを掛けてくれて助かった。


 レンボルト先生を乗せてしまったら、高さや速度を変えてもう一度……みたいな話になりそうだし、他の人達も乗りたがるだろう。

 ただ、ストップを掛けられたけれど、レンボルト先生は諦めたようには見えなかった。


 まぁ、空を飛ぶことに興味を持つのは当然だろうけど、ヘリウムらしきガスを発生させる魔法陣については報告したんだから、自分で飛行船を作って飛んでくれ。

 ベースキャンプで夕食の支度が始まった頃、ライオスとシューレが戻ってきた。


「どうしたニャンゴ、もう戻ってきたのか」

「色々面倒になりそうなんでね」

「そうか」


 自分達よりも早く俺が戻っていたのを見て、ライオスもセルージョと同様の感想を口にして、俺の返事を聞いて苦笑いを浮かべてみせた。

 そして、直後に表情を引き締めて、例の声に関する情報を口にした。


「どうやら、竜種がいるらしい」

「そいつは確定なのか?」


 セルージョの問い掛けにライオスは頷いてみせた。


「調査に向かった連中の一部が戻ってきたらしい。そいつらの情報によれば、アースドラゴンと思われる個体を確認したそうだ」

「どのくらいの大きさなんだ?」

「レッサードラゴンを二口で平らげたらしい」


 レッサードラゴンは体長三メートル強で、後ろ脚二本で立って移動する姿勢でも頭までの高さは二メートルを超える。

 対するアースドラゴンは、体長十メートル以上で基本的に四つ足で移動するらしい。


 調査に向かった冒険者の話では、頭から尾の先までだと二十メートルを超えるという話だが、誇張されている部分もあるだろうから十五メートルぐらいだろうか。

 遭遇したのは最下層の一つ上、『大いなる空洞』と呼ばれている空間らしい。


「レッサードラゴンを仕留めたところで、手柄を焦った連中が仕掛けたらしい」

「うぉ、マジかよ。何人いたんだ?」

「報告に戻った奴の話では、十人以上いたらしいが戻ったのは……二人だそうだ」


 アースドラゴンは、巨体に似合わず素早い動きをするそうで、冒険者達が接近したとこでその場で一回転して、太い尾で薙ぎ払ったそうだ。


「ちっ、どんだけアホなんだよ、使えねぇ連中だな」


 セルージョは舌打ちを繰り返して腹立たしそうに吐き捨てた。


「でも、情報は手に入ったんだし、もうやられちゃったんでしょ。そこまで言わなくても……」

「甘いぞ、ニャンゴ。そいつらは、無駄にやられて、無駄に食われただけじゃねぇ……アースドラゴンに人間の味を覚えさせちまったんだぞ」

「あっ、そうか……」

「それだけ大きな魔物ならば、人の目に触れれば当然噂になる。今まで噂を聞かなかったってことは、人の目に触れる機会が無かったってことだ」

「じゃあ、これまでは人を襲って食べた経験が無かった」

「そうだ、それが馬鹿な冒険者どもが食われて、もしそれで味をしめちまったら……」

「好んで人を襲うようになるかもしれない」

「そういうことだ。馬鹿な冒険者どもを不味いと思ってくれていればいいけどな」


 確かに、人の味を知らなければ、積極的に探してまで襲おうとは思わないだろうが、もし美味いと思われたなら、人を求めて上がってくる可能性が高まる。


「ライオス、攻撃は通ってたのか?」

「報告した連中の話では、殆どダメージを与えられていなかったらしい」

「火も駄目なのか?」

「目とか腹とかは分からんが、体の表面は相当に硬いようだ」


 犠牲になった冒険者たちは、魔法や弓矢を使って攻撃を仕掛けたらしいが、殆ど効果がなかったらしい。


「それで、どうするんだ?」

「とりあえずは現状維持、ギルドは引き続き調査を進めるそうだから、それを確認しながら臨機応変に動こう」

「それしかねぇだろうな」


 一応、声の正体は分かったものの、今後の動向までは読み切れない。

 ギルドからの情報を注視しながら、柔軟に対応を進めることになった。


「アースドラゴンか……俺の攻撃は通るかな?」

「ニャンゴ、気を付けろよ」


 アースドラゴンとの戦を想像していたら、セルージョに釘を刺された。


「気を付けるって、何に?」

「お前の砲撃は確かに威力があるが、ここは建物の中だからな。下手にぶっ放したら、建物が崩壊するかもしれねぇぞ」

「そうだった、屋外じゃないんだよね」


 ワイバーンを討伐したときも、ロックタートルを討伐した時も、貫通した魔法が背後で爆発している。

 もし戦うことになっても、使う魔法は考える必要がありそうだ。

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