第439話 王家の迎え

 新王都のギルドマスター、ベートルスとアーティファクト談議に花を咲かせていると、王城へ知らせに行ってくれた職員が戻ってきた。


「エルメール卿、本日の午後に王家より迎えが来るそうですので、お支度をお願いいたします」

「みゃ? 今日なんですか?」

「はい、国王陛下が首を長くしておまちだそうです」

「あー……分かりました……」


 まさか、今日到着を知らせて今日のうちに城に行くことになるとは思っていなかった。

 普通の人なら、そんなに早く面会してもらえるなんて……と喜ぶのかもしれないが、どんな無理難題を切り出されるのかと不安だ。


 おそらく可動するアーティファクトの献上を求められるだろうが、今日は自分で使っているスマホしか持ってきていない。

 そもそも、固定化の魔法陣に守られて可動状態で見つかったスマホを献上したところで、セットアップしなければ使えない。


 ぶっちゃけ、携帯電話どころか固定電話すら使ったことのない人間にスマホの使い方を教えるのは簡単ではないだろう。

 それを王族全員に……なんて考えるだけで頭が痛くなってくる。


 だから、今回は余分なアーティファクトは持って来なかったのだ。

 国王陛下には、アーティファクトを使うための体制を構築している最中だと話すつもりだ。


 セットアップは勿論だが、そもそも魔力を充填する体制を整えなければならない。

 魔道具を用意して、いつでも魔力を充填できるようにしなければ、魔力の切れたスマホなんてただの板っぺらになってしまう。


 旧王都で学院関係者にセットアップの方法やカメラアプリの使い方などをレクチャーして、王族に教えるという面倒な部分は丸投げするつもりだ。

 貴族の務めを放棄するつもりか……なんて言われたら、いつでも名誉騎士の称号を返却したって構わないと思っている。


 貴族の身分よりも、今は冒険者としての生活を楽しみたい。

 まぁ、王族と繋がりを持ちたい人なんて、いくらでもいるだろうから、心配しなくても大丈夫だろう。


 迎えの馬車が来る前に、ギルドの宿泊施設の部屋に案内してもらって風呂に入った。

 王都まで来る途中、風防は付けていたけど巻き込んでくる風を浴びたから、少し毛並みが埃っぽかった。


 石鹸で洗って、よーくお湯で流し、空属性魔法で作ったドライヤーでふわふわに乾かしてから騎士服に着替えた。


「にゃっ? 少しキツイ気がする……」


 騎士服を作った時には体にフィットする感じだったのに、少し肩が窮屈な気がする。

 ズボンのウエストが窮屈になった訳ではないので、たぶん少し成長したのだろう。


 それでも、十センチも二十センチも成長した訳ではないので、周囲の人からみたら誤差レベルだろう。

 成長してるよな……成長してるといいな……成長していてくれ。


 宿泊施設の食堂でサンドイッチをつまみ、ロビーでカルフェを飲みながら待っていると王家の迎えが来た。


「エルメール卿、お迎えにあがりました」

「よろしくお願いします」


 ロビーに現れたのは、四十代ぐらいの山羊人の執事だった。

 執事の後に続いて宿泊施設を出ると、黒塗りのキャビンに金の王家の紋章が入った魔導車が停まっていた。


 しかも、魔導車の前後には二騎ずつ護衛の騎士まで同行している。


「どうぞ……」

「ありがとう」


 執事がドアを開けてくれたので、空属性魔法で作った自前のステップを昇ってキャビンに足を踏み入れた途端、柔らかいものに抱きとめられてしまった。


「にゃ、にゃに……?」

「お久しぶりです、ニャンゴ様」

「エ、エルメリーヌ姫殿下……」

「そんな他人行儀な呼び方ではなく、エルメリーヌとお呼びください」

「そ、そんな恐れ多い……ふがっ」


 ドレス姿のエルメリーヌ姫は、大きく開いた胸元に俺の顔を埋めるように抱き締め、そのまま抱え上げて座席に腰を下ろした。


「出してください」

「かしこまりました」


 向かい側の席に座った執事が運転台に合図を出すと、魔導車は滑るように走り始めた。

 うん、さすが王族専用の魔導車……って感心している場合じゃなくて、この格好はマズいでしょ。


「あのぉ、姫様……下ろしていただけませんか?」

「駄目です。城に着くまではこのままです」


 そう宣言すると、エルメリーヌ姫は騎士服から出ている俺の頬や頭、首筋などの毛並みを撫でまわし始めた。

 にゃにゃ、だから喉は駄目ぇ……。


 てか、こんな状況なのに表情一つ崩さないとは、さすが王城の執事っすね。


「姫様、学院での生活はいかがですか?」

「退屈です」


 何か話題をと思ってネタ振りしたのに即答かよ。


「でも、城の中よりは同年代の人も多いし楽しいんじゃないですか?」

「皆、同じ環境にいるだけですから、あまり面白くありません。私は学院よりもダンジョンに行ってみたいです」

「えぇぇぇ……姫様がダンジョンですか?」

「バルドゥーイン兄様は行かれたではありませんか」

「はい、突然発掘の現場までいらっしゃいましたから驚きましたよ」

「私も行ってみたいです。先史時代の建物はどんな感じなのでしょう」

「そうですね……こんな感じですよ」


 ポケットからスマホを取り出して電源を入れ、写真のアルバムを開いて発掘現場の様子を映してみせた。


「まぁ、これがアーティファクトなのですね。こんなに鮮明に……」

「拡大することも出来るんですよ」

「凄い……」


 写真を拡大してみせると、エルメリーヌ姫は更に目を見開いた。

 俺がエルメリーヌ姫の膝の上に抱えられていても表情一つ崩さなかった執事も、スマホを取り出してみせるとピクっと反応していた。


 見たいでしょ……そりゃ見てみたいよねぇ。

 ダンジョンの写真を見せている間に、魔導車は王城の車留めへと到着した。


 結局、魔導車を降りるまでエルメリーヌ姫のオモチャにされてしまった。

 たぶん、エルメリーヌ姫がナチュラルに光属性魔法を使うから、毛並みが艶っ艶になっているはずだ。


 執事に続いて魔導車を下り、自前のステップに立ってエルメリーヌ姫をエスコートする。

 城まではエルメリーヌ姫の後ろを歩くつもりだったのだが、横に並んで歩くように促された。


 ステップで高さを合わせて、エルメリーヌ姫と腕を組んで城の玄関へと向かった。

 玄関に入ったところで、同行してきた執事に剣を預ける。


「父も兄達も待ちわびています、このままいらしてください」


 このままって、腕を組んだままで良いのだろうかと迷ったが、エルメリーヌ姫に離してもらえそうもないので覚悟を決めて城の中へと進んだ。

 エルメリーヌ姫やファビアン王子などと会談した部屋よりも更に奥にある一室には、バルナバル国王の他に王族男子が一堂に会していた。


 いやいや、勢揃いとか聞いてないんですけど……。

 エルメリーヌ姫に手を離してもらい、床に下りて跪いた。


「ニャンゴ・エルメール、参上つかまつりました」

「遠いところをすまなかったな。ダンジョンでの活躍は王都にも届いているが、あまりにバルドゥーインが自慢するものでな、我も直接話を聞いてみたくなったのだ」

「私に答えられることであれば、何なりとご質問下さい」

「そうだな、まずは……そこでは話が遠い、こちらに来て座れ」


 お誕生日席の国王陛下から見て、大きなテーブルの左側に第三王子クリスティアン、第四王子ディオニージ、第五王子エデュアールが座っている。

 そして、国王の右側は二つ席を空けて第二王子バルドゥーイン、第六王子ファビアンが座っていた。


 左側に座っている王子は全員が獅子人で、右側の二人は白虎人とチーター人、つまり古いしきたりによって王位継承権を持つ者と持たぬ者で分けられている格好だ。

 国王に手招きされて、空いている近い方の席に座らされ、隣にエルメリーヌ姫が腰を下ろす。


 テーブルを挟んで王位継承権を持つ王子達と向かい合う格好だ。

 スマホを見せながら話をするには都合が良いが、正直もの凄く居心地が悪い。


 第三王子のクリスティアンと第四王子のディオニージは、単純にダンジョンの話を期待しているような素振りだが、第五王子のエデュアールは何やら含みのありそうな笑みを浮かべている。

 その意地の悪そうな笑みを浮かべた顔を見ていると、呼び出されて眠り薬を盛られた一件を嫌でも思い出してしまう。


 この場で何かされるとは思わないが、こいつにだけは気を許してはいけない気がする。

 もしかすると、エルメリーヌ姫が迎えに来たり、隣に座っているのは国王陛下の配慮で、ディオニージに対する牽制の意味があるのかもしれない。


「さて、エルメール卿、実際に動くアーティファクトを発見したと聞いているが……」

「はい、こちらが実物になります」


 ポケットからスマホを取りだして画面を点灯させると、クリスティアンやディオニージは勿論、エデュアールもニヤついた笑みを引っ込めた。

 その時、国王陛下はスマホを見た直後、チラリと視線を三人の王子へと向けた。


 なんだか、単にダンジョンの話をさせるために呼び出した訳ではない気がしてきたが、今更逃げる訳にもいかない。

 何も気づかなかった振りで、ダンジョンやアーティファクトの話を進めるとしよう。

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