第413話 狩人と獲物(ジントン)

※ 今回は元イブーロのBランク冒険者でお尋ね者のジントン目線の話です。


「間違いねぇ、レイラとニャンコロだ……」


 市場に食い物と酒の買い出しに出掛けたら、エスカランテ領で拾った下っ端どもが六人組の男に呼び止められて囲まれた。

 下っ端どもの交友関係など興味が無いから聞いていなかったが、こんな所で呼び止められた時点でヤバいと直感して離れて他人の振りをしたのは正解だった。


 案の定、呼び止めた連中は下っ端どもがお尋ね者だと知っていやがった。

 あのままボサっとしていたら、俺まで巻き込まれていただろう。


 下っ端どもにも見つからないように、野次馬の陰に隠れて様子を窺っていたが、ベテランらしい六人と若造三人では結末は見えている。

 それでも包囲を破って逃げ出したのは大したものだったが、その後が悪い。


 人質にでもしようと思ったのだろう、路地にいた猫人を抱えた女に駆け寄ったのだが相手が悪すぎだ。

 派手なドレスではなく、冒険者らしい格好をしているが、整った容貌は遠目でも見間違えたりしない、イブーロギルドの酒場にいたレイラだ。


 あのレイラが抱えている黒猫人となれば、あの忌々しいニャンコロ以外にいないだろう。

 空属性なんてハズレ属性を引きながら、どんな方法を使ったのか知らないが、ブロンズウルフやワイバーンを仕留めてみせたニャンコロだ。


 俺の舎弟だったボーデは、頭は悪かったが腕っ節はなかなかのものだったのだが、あのニャンコロには子供扱いされた。

 その上、俺が不意打ちで放った風属性の魔法まで、苦も無く防いでみせたのだ。


 酒場に来ればレイラを独占して、その上アパートにまで上がり込んで恨みを一身に集めていたが、ヤバい奴だから手を出すなというのがイブーロの冒険者の常識だ。

 案の定、下っ端共は指一本触れられず無様に尻餅をつき、追いついた男どもに袋叩きにされた。


 レイラという女は、飛びぬけた美貌とそそられる体付きでイブーロの冒険者を骨抜きにしていたが、自分の興味を惹くもの以外には本当に素気なかった。

 だから、目の前で下っ端どもがボコられていても平然としているのには驚かなかったが、レイラの視線が野次馬に向けられているのを見て背中に冷や汗が流れた。


 誰かを探しているようにしか見えず、こちらに視線が向けられる前に野次馬の陰に隠れた。

 下っ端どもとレイラが知り合いとは思えないし、だとすれば探しているのは、あいつらと一緒にいたはずの人間で、かつレイラが見知っている人間……つまりは俺だ。


 ここ旧王都に辿り着いて、ガウジョがアジトを決めた後は、俺が下っ端を連れて買い出しを担当していた。

 いつかは分からないが、下っ端どもと一緒のところを見られたのだろう。


 幸い、一昨日モサモサ頭を刈り込んで、更に今は手拭いを頭に巻いている。

 背丈も一般人と同程度だから見つからずに済んだのだろう。


 だが、酒場で働いていたレイラの目は侮れない。

 取りあえず、この場を離れてアジトに戻ることにした。


 下っ端を助け出すのは無理だし、どうなろうと知ったこっちゃない。

 使い走りなんざ、まだどこかで拾ってくれば良いだけだ。


 何度も細い路地を抜けて後ろを確認したが、幸い尾行はされていないようだ。

 アジトの近くまで戻って、ガウジョやテオドロに伝える内容を考えたら、一つの懸念が頭をよぎった。


 ガウジョという男は、敵対する者、自分に不利益をもたらす者に対して容赦がない。

 俺の存在をレイラに気付かれている話をしたら、良くてアジトからの追放、悪けりゃ消されるかもしれない。


 ここは、俺がレイラを見つけたことだけを報告しておいた方が良いだろう。

 アジトに戻って下っ端どもが冒険者と思われる連中に捕まったと伝えたが、ガウジョもテオドロもまるで興味を示さなかった。


 まぁ、俺自身、奴らを見捨ててくることに何の罪悪感も感傷も覚えなかったのだから当然だろう。


「テオドロ、その場にレイラと例のニャンコロが居たぞ」

「なんだと!」


 下っ端が捕まった事には全く興味を示さなかったテオドロが、椅子から腰を浮かし掛けた。

 テオドロもニャンコロとは因縁浅からぬ仲だと聞いている。


 ブロンズウルフの討伐に出掛け、手柄を独占しようと画策して失敗し、パーティーのメンバーに反旗を翻されてしまったらしい。

 その時、ブロンズウルフに止めを刺したのが例のニャンコロだそうだ。


「なんでレイラやニャンコロがいやがるんだ? 見間違えじゃねぇのか?」

「あんな派手な女を見間違えると思うか? しかも黒猫人を抱えてるんだぞ。おまけに掴み掛かった下っ端どもが、見えない壁にでもぶつかったように尻餅をついてた」

「ちっ……間違いねぇな。ライオスとか他の奴らはいなかったのか?」

「見当たらなかったが、いると思っておいた方が良くねぇか?」

「だな、てことは、ダンジョンの攻略に来やがったのか?」

「そう考えるのが妥当だろう」


 苛ついているテオドロの様子をみて、ガウジョが口を開いた。


「そのニャンコロってのは、貧民街の手入れの時に死んだんじゃねぇのか?」

「どうやったのか知らないが、生き残ったんでしょうね」


 ガウジョは、イブーロの貧民街を裏から仕切っていた男だ。

 騎士団、官憲、ギルド……総出の手入れがあると聞いて、どうせお尋ね者になるならと、罠を仕掛けて貧民街を崩落させたのだ。


 このアジトには、ガウジョと手下四人、用心棒として俺とテオドロの七人がいる。

 そこに下っ端三人がいたのだが、もう数に入れる必要は無い。


「テオドロ、ジントン、お前ら外に出る時は面を見られないようにしとけ、今は面倒起こすなよ」


 どんな伝手があるのか知らないが、ガウジョは旧王都の裏側の勢力図を探っているようだ。

 何の後ろ盾も無しに、一から伸し上がっていくのは得策ではない。


 どこかの組織と繋がるかで、この後の自分たちの命運も変わってくるから慎重になっているようだ。


「ワズロ、ちょっとダンジョンの情報も仕入れとけ。潜るつもりは無いが、儲け話が転がっているなら逃す手はねぇからな」

「へい……」


 ワズロはガウジョが一番頼りにしているキツネ人の男だ。

 年齢は三十は確実に越えているはずだが、よく分からない。


 ガウジョが声を掛けなければ、部屋にいても気付かないぐらい存在感が薄い。

 腕っ節ならば負ける気はしないが、不意打ちを食らわされたら、あっさり殺されそうな気がする不気味な野郎だ。


「どうした、ジントン。俺は買い出しを頼んだはずだぞ」

「うぇ? だが、レイラの奴が……」

「なんだ、お前は狩られる獲物になっちまったのか? 俺に雇われていたけりゃ、見つかる前に見つけろ。見つけたら、どこを拠点にしてるのか探っとけ」


 ガウジョは、さっさと行けとばかりに顎を振ってみせた。

 正直、ムカっ腹が立つが、ガウジョの下を離れて生きていく当ては無い。


 俺にもテオドロにも賞金が掛けられていて、ギルド経由の仕事は受けられない。

 商工ギルドなら新規の登録ができるかもしれないが、俺の歳になって新規登録をするなんて、お尋ね者ですと宣言しているようなものだ。


 旧王都には、身分を問わずに買い取りをしてくれる場所がいくらでもあるそうだが、肝心のダンジョンは出土品が尽きた状態だと聞いた。

 それに、レイラやチャリオットの連中が潜っているとしたら、鉢合わせになる可能性がある。


 不意打ちなら一人ぐらいは倒せるかもしれないが、その後は返り討ちにされるのがオチだ。

 特に、あのニャンコロはヤバい。


 冒険者の噂話なんてものは、話半分だと考えるべきなのだが、ニャンコロの噂は半分どころか四分の一にしてもとんでもないものばかりだ。

 なによりヤバいのは、攻撃も防御もこちらからは見えないことだ。


 風属性の探知魔法を使えば、見えない攻撃を察知できるかもしれないが、ワイバーンのどてっ腹に風穴を開けた魔法を防げるとは思えない。

 それに、探知魔法を使いながら、攻撃魔法を使うなんて器用な真似は俺にはできない。


 だったら、ガウジョの言う通り、見つかる前に見つけるしかない。


「ライオス、ガド、セルージョ、それに静寂のアマもか……てか、見つけてどうすんだ?」


 仮に、こちらが先に奴らを見つけて、拠点の場所を探り出したとして、その先の対処方法が思いつかない。

 全員まとめて始末するのが一番良いのだろうが、あれだけの面子を皆殺しにするには最低でも二十人、確実に仕留めるなら五十人以上の手練れが必要だろう。


 いくら旧王都でも、そんな人数を集められるとは思えないし、ましてや相手を知れば尻込みする奴らも出てくるだろう。

 その上、やり損ねて逃がせば、間違いなく報復を受けることになる。


 ここ旧王都で居場所を失えば、野盗の類に身をやつすしか無くなるだろう。


「先に見つけなきゃならない、見つけても手の出しようが無い……くそっ、なんて面倒な連中だ」


 思い返してみれば、ボーデの野郎の肩を持ったのが間違いだった。

 風の噂で火炙りにされたと聞いたが、ざまぁみろとしか思えなかった。


 できることなら、俺が薪に火を点けてやりたかったぐらいだ。

 アジトに続く路地を抜け、表通りに出たところで道行く人々に視線を巡らせる。


 狩人として獲物を探しているつもりなのだが、どう考えても狩られるのはこちら側だ。

 だが、狩られるとしても易々とは仕留められてたまるか。


「そうだな……レイラの奴を思う存分凌辱して、ニャンコロと刺し違えるてのも悪くないかもな……それより先に使いっ走りを掴まえねぇとだな」


 暗い妄想を抱えながら、市場に向かって歩く。

 明日とか、希望なんて言葉は、もう俺には無縁なのかもしれない。

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