第412話 キルマヤのお尋ね者
マックローのフライを堪能して拠点に戻ると、荒らされた形跡は無かったものの、色々と大変な事になっていた。
一つ目は風呂場、俺達の前に使ったのが誰か分からないけど、湿気が籠ってヌルヌルでカビる直前という状態だった。
そんな風呂場なんて使いたくないから、地上でもお掃除ニャンゴの出番だぜ。
「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃん、高圧スチーム、にゃんにゃにゃん」
空属性魔法で作った容器の中に、温熱の魔法陣と水の魔法陣をセットしてスチーム洗浄機を作り、風呂場のヌルヌルを一掃した。
綺麗な水で流して、籠った湯気を換気すれば、お風呂場はツルツル、ピカピカだ。
二つ目の問題は、レイラが使っている布団だ。
俺達がダンジョンに潜っている間に雨が続いたのか、こちらも湿気を吸ってジットリとしている。
「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃん、乾燥消臭、にゃんにゃにゃん」
いつもの布団乾燥機に加えて、今回はオゾンを発生させる魔法陣を追加。
フカフカに仕上げると同時に、オゾンの力で脱臭消毒も完了だ。
最後の仕上げは、風、除湿、冷却の魔法陣をセットにして布団を冷ました。
これで、フカフカでありながら、サラサラでヒンヤリな布団に仕上がったのだ。
だが、俺の仕事はこれで終わりではない。
「お掃除ニャンゴが、にゃんにゃにゃん、ちょっと踏み踏み、にゃんにゃにゃん」
レイラをお風呂で隅々まで洗い、逆に丸洗いされた後で、髪を乾かし、自分を乾かし、ようやく一息つけた。
「お疲れ様、ニャンゴ」
「うん、洗濯は明日やるよ」
「そうね、あとは……お部屋も冷やしてくれると有難いわね」
「はいはい、かしこまりました」
もうそろそろ秋が感じられる頃だと思うのだが、この日は妙に蒸し暑かったので、除湿と冷却の魔法陣でエアコンを作動させた。
「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」
「うん……」
俺の仕事はまだ終わらない。
これから朝までレイラの抱き枕を務めるのだ。
「いっぱい、踏み踏みしていいわよ……」
「みゃっ、それは……」
いっぱい踏み踏みした。
翌朝、目を覚ますと季節が変わっていた。
布団に入る前は蒸し暑かったのに、明け方近くには肌寒いと感じる気温になっていた。
夜の間に一雨降ったみたいだし、前世の知識だと前線が通過して季節が入れ替わったという感じなのだろう。
「急に秋が来たみたいね」
「うん、でもダンジョンの中は季節関係ないよね」
「そう言われればそうね。あれだけ地下深くだと気温の変化は殆どないわよね」
ダンジョンの中は、今朝の気温よりももう少し寒いと感じるぐらいの気温だ。
年間を通して温度の変化は殆どなくて、冬にはダンジョンの中の方が暖かく感じるらしい。
近くのカフェで朝食を済ませ、拠点に戻ってレイラと俺の服を洗濯した。
少し曇っていて、雨が降りそうな気配もあるから乾燥まで済ませておいた。
「あとは、買い出しか」
「市場に行くついでに、おいしいお店を探しましょう」
「異議なし!」
出掛けるとなったら、またレイラに抱えられてしまった。
他の仕事はしていないから、俺を運ぶのが仕事らしい。
「お昼は何がいい?」
「昨日の夜が魚だったから、肉……鳥が食べたい」
「いいわね、異議なし!」
拠点のある通りから、市場に向かう広い通りに出ようとしたら、十字路に人だかりが出来ていた。
通りの真ん中で、女一人男二人の三人組を屈強な男六人が取り囲んでいる。
「グロリア、カレーロ、インメル……やっぱり旧王都にいやがったか」
「お前らみたいな雑魚でも、けっこうな賞金が掛かっててよ。掴まえて突き出せば、ダンジョン見物の旅費を差し引いても十分な儲けが出るんだよ」
「てことで……大人しく捕まりな。まぁ、歯向かえば殺すだけだ。賞金は生死は問わず支払われるからなぁ」
話の感じからすると、囲まれている三人が賞金首のようだ。
どうやって三人を捕らえるのか、それとも三人が逃げおおせるのか興味津々で眺めていると、レイラが耳元で囁いた。
「ニャンゴ、周囲に気を付けていて」
「どうかしたの?」
「あの三人、ジントンを見かけた時に一緒にいたような気がする」
「えっ……」
ジントンは元イブーロのBランク冒険者で、俺がボーデと二回目の決闘をした時に審判を務めた男だ。
ボーデに有利になるように、俺に見えない風の魔法で攻撃を仕掛け、後でギルドから処分を受けている。
その処分だけが理由ではないのだろうが、まともな冒険者生活から外れ、貧民街の用心棒のようなことをやっていたらしい。
その後、貧民街が崩落した時の騒動では、貧民街の顔役ガウジョ達と行動を共にしていたらしく賞金首になっている。
「あの三人も元はイブーロの冒険者なの?」
「ううん、イブーロでは見掛けたことはないわ」
酒場のマドンナだったレイラは、イブーロで活動していた冒険者の殆どを見知っている。
そのレイラが知らないというのだから、別の街で活動していた冒険者なのだろう。
囲まれている三人は、まだ若そうに見えるのだが、一体何をやらかしたのだろう。
逆に、取り囲んでいる六人は中堅からベテランのように見える。
「分かったわ、そっちが手荒な真似をしないなら大人しくしてあげる。その代わり、嫌らしい手付きで触りやがったら、喉笛食い千切ってやるからね」
そう言いながら、囲まれている虎人の女はチラリとこちらに視線を投げかけ、髪を大きく掻き揚げてみせた。
その直後、囲まれていた三人は女が髪を掻き揚げたのとは逆、俺とレイラがいる路地の方向へと一斉に動いた。
囲んでいた冒険者の一人が股間を蹴り上げられ、破れた包囲から抜け出した三人は俺とレイラに駆け寄って来た。
猫人を抱えた無防備な女性だと思って、人質にでもする気なのだろう。
「シールド!」
「あがっ……」
「痛っ……」
「なんだ……」
空属性魔法で作ったシールドに顔から突っ込み、三人は揃って尻餅をついた。
すかさず取り囲んでいた冒険者達が駆け寄って来て、三人を袋叩きにする。
「やっちまえ!」
「舐めた真似しやがって、このアマ!」
股間を押さえて蹲っている一人を除き、五人は持参していた棍棒を容赦なく三人に叩き付けた。
虎人の女も蹲った背中を滅多打ちにされ、脇腹に手加減無しの蹴りを食らって悶絶している。
狼人の男とヒョウ人の男も、腰に下げた剣を抜く暇もなく滅多打ちにされて悲鳴を上げた。
「やめてくれぇ……もう、抵抗しない……」
「ぐはぁ……頼む……助け、がはっ……」
目の前で凄惨なリンチが行われているのに、レイラの視線は集まって来た野次馬に向けられている。
おそらくジントンがいないか探しているのだろう。
「よしっ! もういいぞ、縄を掛けろ! 手間を取らせやがって、クソアマがぁ!」
六人のリーダーらしき男が暴行を止めるように指示したが、滅多打ちにされた三人は逆らうどころか満足に動けないようだ。
虎人の女の右腕は、明らかに曲がってはいけない方向に曲がっているし、整っているように見えた顔は、アン〇ンマンかと思うほど腫れ上がっている。
捕り手側の六人は、用意していた縄で三人を後ろ手に縛り上げた。
折れた腕を捻り上げられて、虎人の女が悲鳴をあげたが、集まった野次馬からは笑いが起こっていた。
「お尋ね者が、一丁前に痛がってんぞ」
「そんなに腕が痛いっていうなら切り落としちまえ」
旧王都にはお尋ね者が集まってくるのだと聞いたが、このような光景は住民にとっては珍しくないのだろう。
三人がどんな罪を犯したのかも知らないし、暴行した六人の言い分が本当に正しいのかも分からないから、どちらの肩も持つ気はない。
三人が俺とレイラに見向きもせずに逃亡していたら、もしかしたら見逃していたかもしれないが、掴み掛かってくれば拒絶するのは当然だろう。
「ジントンは見当たらないわね」
「三人が囲まれた時点で逃げたんじゃない?」
「その可能性はあるわね」
「買い出しに行こうか?」
「そうね」
レイラとその場を離れようとしたら、六人のリーダーらしき男が声を掛けてきた。
「そこのあんた、助かったぜ。危うく逃がすところだった。どうする、分け前を主張するか?」
「分け前とか要らないから、ちょっと話を聞かせてくれ」
「お、おぅ、何だ?」
レイラではなくて、俺が応対したから男は面食らったようだ。
「こいつらは、どこで何をしてお尋ね者になったんだ?」
「あぁ、そういう事か。こいつらはエスカランテ領キルマヤの冒険者だった奴らで、ラガート領から流れてきたお尋ね者の連中の仲間になって、店員の誘拐に関わったそうだ」
「ラガート領から来たお尋ね者はどんな奴らなんだ?」
「さぁな、そっちは俺らは面識の無い連中だから探しようがねぇし、ハナから興味がねぇから分からねぇな」
「こいつらの近くにはいなかったのか?」
「さぁな、こっちに着いて、街の見物を始めてすぐこいつらを見つけたから、近くに誰がいたとか気付かなかったな」
「そうか、分かった。ありがとう」
男に礼を言って、レイラを促して現場を離れた。
肩越しに振り返ると、三人を叩きのめした男達がレイラの後姿に鼻の下を伸ばしていた。
こいつら……サミングでも食らわせてやろうか。
「ジントンたちが逃亡する途中で合流したみたいね」
「類は友を呼ぶ……ってやつだな」
「なにそれ?」
「似た者同士が惹かれ合う……みたいなことわざ」
「それも前世の知識なの?」
「うん、でも言えてるでしょ? クズのところにはクズが集まるし」
「そうね」
「何か引っかかるの?」
「騒ぎに巻き込まれちゃったからね、ジントンとかに見られたかもしれないわ」
「そっか、レイラは美人だから目立つもんね」
さっきも野郎どもが鼻の下を伸ばして見送っていたばかりだ。
周囲の注目が集まれば、当然そこに紛れている者にも気付かれやすくなる。
「あら、お世辞を言っても何も出ないわよ」
「お世辞じゃないし、レイラにこれ以上望むことなんて無いよ」
「うん、九十五点ね」
「あと五点は?」
「たまには貪欲に求めてもいいのよ……」
「みゃっ……そ、それは、夜になってから……」
「ふふっ、じゃあ買い出しを済ませてしまいましょう」
その日の晩は、めっちゃ踏み踏みした……。
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