第411話 ソース

 新王都の学院からも調査隊が到着したので、お掃除ニャンゴをフルパワーで頑張ろうと思ったのだが、待ったが掛かってしまった。


「ニャンゴ、お休みの順番よ」

「えぇぇ……でも」

「あら、ニャンゴはあたしと一緒に休暇を楽しみたくないの?」

「そんにゃことはないけど……」

「じゃあ、行きましょ!」


 レイラに捕まった時点で脱出は不可能だから、大人しく地上に連行されましょう。

 うん、ブラックな労働環境は駄目だよね。


 拡張された連絡通路を渡って昇降機の方向へと向かおうとすると、驚いたことに出店を開いている人がいた。

 担いで持ってきたのだろうか、コックの付いた大きな酒樽を据えて、ツマミになるドライフードも扱っているようだ。


「うわぁ、商魂逞しいね」

「ここなら店を出すための権利にお金も取られないし、上よりも高い値段が付けられる。それに、冒険者がたくさん居るから危険も少ない。商売をするには良いこと尽くしじゃないの」

「なるほど……」


 ダンジョン近くの人通りの多い場所に店を借りるとなると、当然高い家賃を払わなければならない。

 出店を開くにも許可が必要だろうし、誰に断って店を出してやがる……みたいな感じで裏社会の連中に絡まれたりもするだろう。


 それに比べたら、六十五階も地下に下りる必要があるから商品の補充は大変だが、地上よりも高い売値を付けられるし、雨が降る心配も要らない。

 居住区にはギルド直営の酒場が作られているが、たまには違った酒も味わってみたいだろうし、十分に採算は取れそうだ。


「早いもの勝ちって感じだね」

「ふふっ、それは私たちも一緒でしょ」

「そっか、俺達も一番先に発見したからガッポリ稼げたんだよね」

「そうよ、ニャンゴのおかげよ」


 レイラにチュっとキスされた。

 うん、やっぱり休んで良かった。


 地上に向かう昇降機では、発掘現場の下見にきた冒険者と一緒になったのだが、あまり好人物のようには見えなかった。

 犬人と熊人の二人組は、三十代後半から四十代ぐらいだろうか、現役の冒険者としては腹が出た緩んだ体形をしている。


 昇降機を待つ間、こちらをチラチラと覗っていたが、卑屈に思えるほど腰の低い態度で犬人の方が話し掛けて来た。


「失礼ですが、エルメール卿でいらっしゃいますか?」

「そうだけど、なにか?」

「これは、これは、御高名は伺っております。動くアーティファクトを発見されたと聞きましたが……」

「ええ、見つけましたよ」

「おぉ、それは素晴らしい!」


 などと言いながら、犬人は熊人と何やら目線を交わしている。


「あの……それを見せていただけませんでしょうか?」

「今は持ってませんよ」

「えっ……今はどこに?」

「発掘に必要なので現場に置いてあります」

「そうなんですか……では仕方ありませんね」


 仕方ないと言いつつも、犬人の冒険者は舌打ちでもしそうなくらい口許を歪めてみせた。

 本当は、鞄の中に入れてあるけど、見るからに怪しい連中なので嘘をついておいたのだ。


 昇降機に乗り込んで地上へと向かう間に、今度は熊人の冒険者が話し掛けてきた。


「なぁ、いつ頃から発掘に加わるのが良いんだ?」

「えっ、どういう意味?」

「今掘っても、まだ建物には辿り着かないんだろう? あんたの予想だと何日後ぐらいから参加すれば楽できる?」


 どうやら建物近くまでは他の冒険者たちに掘らせておいて、美味しいところだけ掠め取ろうという魂胆のようです。


「さぁね、自分で予測ができないなら、今のうちに発掘に加わっていた方が良いんじゃない? 冒険者の数は増える一方だし、出遅れれば、その分だけ稼ぎは減るんじゃないの?」


 実際には、崩落の可能性が出ればギルドが発掘を止めるようなので、そんなに早急な発掘はできないと思うが、行列に横入りして儲けよう……みたいなセコい連中のようなので、少し慌てさせてやろう。


「みろ、お前がいつまでも日和ってるから出遅れるんだ。戻って装備を整えたらすぐに降りるぞ」

「あんただって、まだ早いって言ってたじゃねぇか。俺のせいにすんなよ」

「なんだと手前ぇ、俺に逆らうってのか?」


 面白いほど簡単に仲間割れを始めたけど、揉めるのは降りてからにしてほしい。


「狭いんだから、降りてからやってくれ」

「ほぅ、お貴族様なら、どこでも命令できると思ったら大間違いだぞ。ダンジョンの中までは王家の威光ってやつは届かねぇ……なんだ?」


 掴みかかってこようとする熊人の冒険者の前に、シールドを張って行く手を遮った。


「俺は、親から地位をもらっただけの貴族じゃないぞ。王家が地位を与えて抱え込もうとした元平民の冒険者だ」

「面白ぇ、どれほどのものか俺様が試して……ぎひぃ……」


 雷の魔法陣に触れて、熊人の冒険者はアッサリと昏倒した。

 そういえば、ダンジョンの中って魔素が濃いから威力が上がるんだった……死んでないよね。


「目ざわりだから、上に着いたら片付けといて」

「わ、分かりました」


 犬人の冒険者は、ガクガクと頷いてみせた。

 たぶん噂話には聞いていても、レイラに抱えられているのを見て、俺の実力を疑ってたんだろうね。


 それまでの話の感じでは、熊人の冒険者に腕っ節で黙らされていたようだから、そいつがアッサリと倒されて噂の中身を実感したのだろう。

 昇降機が地上に着くと、犬人の冒険者は熊人を籠から引き摺って降ろすと、そのまま放置して去っていった。


「コンビなのかパーティ―なのか分からないけど、あの様子では解散ね」

「その方が良かったんじゃない?」

「まぁ、そうね」


 久々に上がった地上は、すでに夕闇に包まれつつあった。


「どうする? 夕食を先にする? それとも拠点に戻る?」

「お腹空いた」

「じゃあ、どこかで食べて帰りましょう」

「うん、お魚食べたい」

「はいはい、かしこまりました、騎士様」


 港町タハリから旧王都までは馬車で二日の道程だが、川でつながっているので、生簀の付いた船で活かしたまま運ばれてくるらしい。

 おかげで鮮度の良い魚が食べられるのだ。


 拠点に戻る途中の魚屋に併設された食堂に入った。


「いらっしゃい!」

「今日のおすすめは何?」

「今日は良いマックローが入ってるよ。塩焼きも良いがフライが美味いよ」

「じゃあ、マックローのフライをお願い。レイラは?」

「私もそれで……あとエールね」

「へい、毎度!」


 頼んだのは良いけれど、実はマックローがどんな魚なのか知らない。

 なにせ生まれ育ったアツーカ村は山奥だから、海の魚なんて届かないのだ。

 

 それどころか、魚は村を流れる川で自分で捕ったものしか食べたことがない。

 ワクワクしながら待つこと暫し、マックローのフライが運ばれてきた。


「へい、お待ち! お好みで、こちらのソースを掛けて召し上がれ」

「ソース……?」

「ちょっと辛いんで、掛け過ぎないように」


 運ばれて来たマックローのフライは、アジフライのようだったが、目を奪われたのはソースの方だ。

 深めの小皿に入って、スプーンが添えられたソースの見た目は、俺が前世でフライやトンカツに掛けていたソースに似ている。


 ドキドキしながらソースを掛けて、マックローのフライにかぶりついた。


「熱ぅ!」

「もう、揚げたてなんだから熱いに決まってるでしょ」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……うみゃ!」

「ふふっ、食いしん坊なんだから……って、どうしたのニャンゴ」

「うみゃい……うぅぅ……うみゃい……」


 微妙な違いはあるけれど、これは前世の頃に使っていたソースと言っても良い味だ。

 懐かしさのあまり、涙が溢れてしまった。


 事情を話すとレイラも納得したようだ。


「それじゃあ、ダンジョンに暮らしていた人達も、こんなソースを食べてたのかしら?」


 レイラの何気ない言葉に、店員さんが反応した。


「おっ、お姉さん良くご存じだね。このソースの原型はダンジョンで発見されたって話だよ」

「あら、ダンジョンって遥か昔の遺跡なんでしょ? どうして食べ物なんかが残ってたの?」

「さぁ、あっしも聞いた話ですが、なんでも金属の筒に詰められてたって話ですぜ」


 それって、もしかしたら缶詰なんだろうか。

 でも、缶詰でも保存できる期間は限られるだろうが……固定化の魔法陣を併用したら、あるいは食べられる状態で残っていたのかもしれない。


 だとしても、それを食べてみたというのはチャレンジャーすぎる気がする。

 食中毒を起こさなかったのだろうか。


「ニャンゴ、冷めちゃうわよ」

「みゃっ……そうだった、うみゃ、衣カリカリ、身はホコホコで、ソースも掛かって、うみゃ!」

「ふふっ、ニャンゴと食べると、うみゃ……ね」


 見た目通り、マックローのフライはアジフライに良く似た味で、ソースとの相性も抜群だった。

 思わぬ懐かしい味との再会を堪能した夕食になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る