第398話 アンブロージョ

 うみゃい! 最初に選んだのは、二段重ねのムース。

 下の白いムースはクリームチーズ、上の紫のムースはブルーベリー。


 どちらも甘酸っぱいのだが、味わいが全く違う。

 クリームチーズはミルク由来の濃厚な甘酸っぱさ、ブルーベリーは凝縮された果実の甘酸っぱさ。


 それがムースに仕立てられて、口の中でふわっと溶けていく。

 クリームチーズだけでも、うみゃい! ブルーベリーだけでも、うみゃい!


 でも両方合わせると美味しさは二倍ではなく、三倍にも四倍にも高められている。

 つまり、うみゃいとうみゃいで、うみゃみゃみゃみゃぁぁぁぁ!


 これもうみゃい! 二番目に選んだのはミルフィーユ。

 一般的なミルフィーユはパイ生地を使っているのだが、このミルフィーユはクッキー生地を使っている。


 ただの薄いクッキー生地だとクリームを挟むとしっとりしてしまうが、表面を砂糖でコーティングしてあるからサクサクのままだ。

 生地と生地の間に挟んであるクリームにも工夫がしてあって、濃厚なカスタードクリームとナッツを使った香ばしいクリームの二種類が交互に挟んである。


 ただし、切って食べようとするとムニュっと潰れてしまって、くっそ食べづらい。

 こういう時には横に寝かせて、層を剥がして食べるのだ。


 カスタードクリームだけでも、うみゃい! ナッツのクリームだけでも、うみゃい!

 つまり、うみゃいとうみゃいで、うんみゃみゃみゃみゃぁぁぁぁ!


 そして、三つ目もうみゃい! スイーツの定番プリンだ。

 ただし、ケーキのように扇型に切ってある。


 つまり、ホール状の大きなプリンを切り分けてあるのだ。

 断面は大理石のように肌理が細かく、ほんの僅かなすも入っていない。


 これは何回も裏ごしして、更に絶妙な温度で蒸し焼きにされた証なのだ。

 スプーンを入れると、ぐっと反発する固めの仕上がり。


 だが、口溶けは滑らかで、濃厚なミルクと卵のハーモニーが広がる。

 ほろ苦いカラメルソースがアクセントとなって……うんみゃ~い!


「うみゃい、うみゃい、うみゃみゃみゃみゃぁぁぁぁ!」

「ふはははは、気に入ってもらえたようで何よりだ」


 ヤバい……あまりにケーキがうみゃすぎて、大公殿下の前だというのを完全に忘れていた。

 穴があったら入りたい……けど、もう一個食べちゃ駄目かにゃ?


「た、たいへんおいしゅうござった」

「よいよい、堅苦しいのはワシも苦手だ。格好つけて食うよりも、思い切り美味いと言って食う方が美味いにきまっておるわい」

「申し訳ありません。あまりに美味しくて我を忘れてしまいました」

「そうか、我が家の料理人が聞いたら、さぞ喜ぶであろう」

「はい、よろしくお伝え下さい。ところで、私を呼び出された理由をお聞かせ願いますか?」


 ケーキに夢中になって、呼ばれた理由を聞くことすら忘れていた。

 大公アンブロージョはニヤリと笑うと、グラスの酒をグイっと煽ってから話し始めた。


「見てみたかったのだ、不落の魔砲使いと称される男を」


 ヤバい……俺が名誉騎士たる所以の二つ名にふさわしい男を期待していただろうに、会った途端にうみゃみゃみゃみゃぁぁぁ……では格好がつかないどころの騒ぎではない。

 ここから、一体どうやってイメージを回復すれば良いんだ。


 ケーキに夢中になっていた数分前の俺をぶん殴りたい。


「ご期待にそえず、申し訳ないです……」

「ふはははは、何を申すか、期待以上だ。陛下やエルメリーヌからは、極上の料理か菓子でもてなすように言われておったからな」

「私の行動は織り込み済みってことですね?」

「うむ、実に良い食べっぷりだったぞ。それに……実働するアーティファクトを発見したと聞いている」


 アンブロージョの声のトーンがガラリと変わった。

 粉雪のようなパウダーシュガーで白く彩られたシュークリームが気になるが、今は話に集中しよう。


「今の時点で起動できているものは一つだけですが、まだまだ見つかるはずです」

「ほほう、何やら人の姿や声を写し取るアーティファクトだと聞いたが、相違ないか?」

「その通りですが、それは機能の一部にすぎません」

「ほほう、他の働きもするのか?」

「はい、こちらが実物になります」


 騎士服の内ポケットに入れておいたスマホを取り出してみせた。


「ふむ、ただのタイルにしか見えぬが……おぉ、光ったぞ」


 スイッチを入れ、顔認識でロックを解除して、ホーム画面を表示。

 カメラアプリのアイコンをタップして起動する。


「それでは殿下、こちらに向かって何か話していただけますか?」

「話す……さて、何を話したら良いか……」

「はい、結構です」

「んんっ、もう良いのか?」



 アルバムのアイコンをタップして、撮影したばかりの動画ファイルを選択し再生する。


『話す……さて、何を話したら良いか……』

「ぬぉぉ、鏡に映したように鮮明ではないか。だが、ワシの声ではないように聞えるが」

「自分の声は体の中で反響して聞こえるので、外から聞いた声とは異なって聞こえます。私には、どちらも殿下の声に聞こえております」


 画面をタップして、再度動画を再生する。


『話す……さて、何を話したら良いか……』

「これは、何度でも見られるのか……」

「このように動く絵としても撮影できますし、このような止まった絵としても撮影ができます」


 静止画のアルバムを開き、スワイプして次々に画像を表示してみせると、アンブロージョは更に目を見開いて軽く首を振ってみせた。


「いったい、どのような仕組みになっておるのだ。このような魔道具は見たことも聞いたことも無いぞ」

「ダンジョン……いえ、今は地下深くに埋もれてしまっている街が栄えていた頃は、今よりも遥かに文明が進んだ社会だったと思われます。このアーティファクトは、非常に精密な技術によって構成されているので、全てを解析して再現できるようになるには、相当長い時間が必要になると思います」

「ふむ……そうであろうな」


 アンブロージョは右手で顎を撫でながら、じっとスマホを見つめている。


「エルメール卿、そのアーティファクトを譲ってもらうことはできないか?」

「申し訳ございませんが、こちらはまだ解析の途中ですし、これからの発掘作業を進める上でも必要不可欠なので、お譲りすることはできかねます。ただし、同様に稼働する可能性の高いアーティファクトが複数見つかっておりますので、学院の調査が終われば手に入れることは可能だと思います」

「おぉ、そうなのか。他にも稼働するアーティファクトがあるのか。ならば学院に声を掛けておくか」


 旧王都を統治するアンブロージョであれば、稼働品のスマホを手に入れることは難しくないだろう。

 ただし、セットアップが面倒だから、また呼び出されたりするんだろうなぁ……。


「少々失礼な言い方になってしまうが、王国騎士団でも類を見ない魔法、学院の教授すら知り得ぬ知識、猫人であるエルメール卿はどうやってそれらを手に入れたのだ?」

「確かに、普通の猫人では難しかったと思いますが……申し訳ありませんが、その理由については今後の冒険者としての活動に影響が出る恐れがありますので、お答えする訳にはまいりません」

「ふむ、冒険者としての秘密か……ならば仕方あるまいな」

「申し訳ありません」

「いや、構わぬ。これまでもエルメール卿は冒険者として多くの実績を残してきた。ここ旧王都まで来る間にも、数々の武功を立ててきたそうだな」

「旧王都に拠点を移して活動するためには、資金はいくらあっても良いですから、道中で巡り合った依頼は積極的に受けるようにしてきただけです」

「反貴族派の拠点制圧にも力を貸したそうだな」

「王国騎士見習い中の幼馴染がいまして、その関係で手を貸しただけです」

「謙遜する必要はないぞ、取り調べでも幹部を追い詰めたと聞いているぞ」

「そんな情報まで……」

「うむ、このところ奴らの動きが活発になっているからな」


 アンブロージョの話によれば、俺達がアジトの制圧を行ったグロブラス領だけでなく、旧王都の東に位置するラエネック領でも反貴族派の活動が活発化しているそうだ。

 グロブラス領の連中と違って、巧妙に立ち回っているらしく、まだアジトを特定できていないらしい。


「私が討伐に関わったアジトを仕切っていた男は、反貴族派の中では捨て駒だったらしく、中枢に繋がるような情報は持っていなかったようです」

「うむ、ワシのところに来ている情報も同じだな。ところで、エルメール卿は反貴族派の連中をどう思う?」

「そうですね、反貴族派と一括りにするべきではないのかと……」

「ほぉ、その理由は?」

「私達が壊滅させたアジトには、貧しさのあまり食べていけなくなった者達が身を寄せていました。そうした人達は日々の糧を与えてくれる者に誘導されているだけで、貴族社会が抱える問題などを深く考えている訳ではないように見えました。一方、アジトを仕切っていた連中は、そうした貧しい人々を食い物で釣って利用していました」

「なるほど、利用されている者達には罪は無いというのだな?」

「罪が全くないとは言えないかもしれませんが、生きるためにはその選択をするしかないのでしょう」

「ふむ、確かにそうだな」


 アンブロージョは二度、三度と頷いた後で、グラスに残っていた酒を一息に飲み干した。

 てか、真昼間から飲みすぎじゃね?


「エルメール卿、この国は長く平和が続いたせいもあって、社会のあちこちに歪みが生じてきている。新しい技術が生まれ、新しい生活様式が広まり、社会の移り変わりに法律や仕来たりが追い付かなくなってきている。反貴族派は、そうした社会の歪みが生み出したものだ」


 前世の日本でも、憲法の改正とか、選挙制度の改革、性的マイノリティーへの差別を無くそうとか、時代の変化と共に色々な問題が起こっていた。

 そう考えると、反貴族派は現れるべくして現れたのだろう。


「今後の情勢次第では、ワシは民を相手に戦わねばならなくなるかもしれぬし、場合によっては王家に弓を引くことになるかもしれぬ。その時に、エルメール卿はワシの味方になってくれるか?」


 ギロリとアンブロージョに睨まれて、シュークリームに逸れかけていた意識を引き戻される。


「その時の状況が分かりませんので、何ともお答えしかねます」

「まぁ、王家と対立するような状況はワシとて考えたくはない。だが、アーネストが暗殺されるような今の状況では、次代の王が信頼に値するのか慎重に見極める必要があると思っておる」

「アーネスト殿下は、王位を狙う者によって暗殺されたとお考えなのですか?」

「まず間違いないだろう」

「何故そのようにお考えになるのですか?」

「一向に犯人が捕まらないからだ。あれだけの騒動で、しかも現国王が、地の果てまで逃亡しようと追い詰めて捕えるとまで宣言したのだぞ、犯人を表沙汰にできない理由があると考えるべきだろう」


 つまり、犯人は後継候補の誰か……あるいは複数の共犯とアンブロージョは睨んでいるのだろう。


「権力を手にするために、身内の命まで奪う王家だとしたら……エルメール卿は忠誠を誓うに値すると思うか?」

「それは……考えたこともありませんでした」

「ならば、考えてみてくれ。エルメール卿は民衆に良く知られているし、好感を持たれている。しかも、比類なき魔法の使い手となれば、必ずや利用しようとする者が現れる。貴族同士で交流を深めるのは悪いことではないが、相手は慎重に選んだ方が良いぞ」

「はい、肝に銘じておきます」

「うむ……」


 アンブロージョは笑みを浮かべると、シュークリームの乗った皿に手を伸ばした。

 えぇぇぇ、それは俺が狙っていたのに……。


「堅い話はこのくらいにしよう、さぁ、まだ食べられるだろう?」


 アンブロージョは、シュークリームの乗った皿を俺の前に差し出した。


「にゃっ、い、いただきます……うみゃ! 生クリームがフレッシュで、シューの歯触りも絶妙で、うんみゃ!」

「ふはははは、そうかそうか、食べきれぬ分は包ませるから、持って帰って楽しんでくれ」

「ありがとうございます。うみゃい、うみゃい、うみゃみゃみゃみゃぁぁぁぁ!」


 この時、アンブロージョがどんな視線を向けていたのか、シュークリームに気を取られ全く覚えていない。

 貴族筆頭として知られる大公家の主は気さくな人物ではあったが、王位継承争いなんてものに首を突っ込むつもりは無いので、あまり近付きすぎないようにしよう。

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