第379話 現場監督
本格的にダンジョン発掘に取り掛かる朝、ロッカーに大事な布団を預けに行くとギルドの職員が待っていた。
「おはようございます、チャリオットの皆さんに同行させていただきます、モッゾと申します。よろしくお願いいたします」
モッゾは二十代後半ぐらいの牙猪人で、ギルドの職員らしく真面目な印象だが、体付きは冒険者だと言っても不思議に思われないぐらいガッシリとしている。
ダンジョンから対岸へと向かう発掘現場を取り仕切る現場監督の一人で、俺達と一緒に先乗りして体制作りを始めるそうだ。
背負っている大きなリュックには、食糧などの他に現場の設営に必要な物が詰め込まれているらしい。
「では皆さん、昇降機へどうぞ。今日から一年間、チャリオットの皆さんの利用料金は、ギルドで負担いたしますので自由に使って下さい」
「そいつは有難いが、楽に慣れてしまうと後が怖いな」
ライオスが言う通り、発掘現場までの六十五階もの階段を昇り下りする必要が無くなるのは助かるが、その特権に慣れてしまうと自分達の足で行くのが億劫になりそうだ。
まぁ、昇りは俺の魔法で帰ってきても良いんだけどね。
「あっ、ちょっと待って!」
「どうされました、エルメール卿」
「うん、念のための安全策を施すから……」
昇降機を上げ下げするためのロープは、俺の太ももよりも太いものが使われているが、時には切れる場合があるらしい。
昇降機の籠には、急激な落下を防ぐ仕組みが取付けられているそうだが、それでも大きく落下して死傷者が出る場合もあるそうだ。
なので、籠の床に空属性魔法で作ったボードを敷いておく。
これで急激な落下が起こっても、俺達は落ちずに済むという訳だ。
「はい、乗っていいよ」
「なるほど、確かに少し浮いているように見えますね」
初めて空属性魔法で作ったボードに乗ったモッゾは、ボードの厚みの分だけ浮いて見える足元をしげしげと眺めている。
人間九人と装備品で、かなりの重量になるが、ダンジョンは入り口付近でも魔素が濃いようなので、強度の維持は問題ない。
ゆっくりと昇降機が下り始めると、視界に入る空が狭まっていき、周囲はどんどんと暗くなる。
昇降機の籠は、かつてのエレベーターの半分程度の大きさになっている。
籠と乗客を合わせた重さが、元の大きさで作ると重たくなりすぎてロープの強度が足りなくなるためだ。
この世界は、転生前に暮した日本よりも工業の発展が遅れている。
その理由は魔法が存在しているからだと思っている。
魔法が無い日本では、物作りは手仕事で行うしかなく、大量に品物を作るための工夫として工業機械が発展してきた。
だが、この世界では作業の中に魔法が組み込まれていて、ただの手仕事より早く多くの物が作れてしまう。
そのため、それ以上の物を作るには、人員を増やすか諦めるという選択になるのだろう。
ただ、ダンジョンの規模を考えれば、かつては日本と同等以上の工業技術があったはずだ。
ダンジョン内部に魔道具が残されていたのだから、魔法と工業技術が融合した世界があったはずなのだ。
もしかしたら、コンピューターや人工知能のようなものもあったかもしれない。
そうした物の片鱗でも構わないので、何とか見つけ出したい。
「しっかし、なんだか巨大な生き物に飲み込まれていくみたいで、あんまり気分は良くねぇな……」
セルージョの洩らした感想に、他のみんなも頷いている。
暗い縦穴の底へと下っていくのは、奈落に落ちていくような錯覚に囚われる。
昇降機の籠はゆっくりと降下を続け、無事に最下層の乗り場へ到着した。
防具を身にまとった管理人達が出迎える。
「とうちゃぁぁぁぁく!」
別の縦穴を使って、管理人が地上に到着を知らせる。
何とも原始的な方法だが、音の速さで伝わるのだから馬鹿には出来ない。
「おっ、モッゾじゃねぇか、もう始まるのか?」
「えぇ、久々に大きな仕事になるかもしれませんよ」
「こいつらが、例の発見をしたって……」
「サウドさん! こちら、ニャンゴ・エルメール卿です」
「うひぃ、し、失礼いたしました!」
管理人の一人、四十過ぎに見える犬人のサウドは慌てて頭をさげた。
「あぁ、今は冒険者ですから気にしなくてもいいですよ。これからちょくちょくお世話になりますので、よろしくお願いします」
「へ、へい、こちらこそ……」
サウドは、威張りちらすどころか頭を下げてみせた俺に驚きながらペコペコと頭を下げた後で、どうなってるんだとモッゾに説明を求めた。
「こちらのエルメール卿を含めたチャリオットの皆さんは、対岸の第一発見者としての功績を認められて一年間の昇降機利用が認められています。料金免除の手続きはギルドの方で行いますから、乗り降りの手順は通常通りで構いません」
「お、おぅ、分かった……」
昇降機には、乗り込む時と下りた時の二度、ギルドカードの確認が必要となる。
カードを忘れた場合には、その場で現金を支払えば利用できる。
これは、ギルドに登録できない人間でもダンジョン探索の人員として活動できるようにする措置だ。
つまり、テオドロやジントンなども潜るつもりならダンジョンで活動し、昇降機を使って戻って来られるという訳だ。
ダンジョンで見つけた品や魔物の素材などは、ギルド以外にも買い取る店がいくつもあるらしい。
そうした店に買い取りを頼めば、ギルドに登録が出来なくても収入を得られるのだ。
「では、参りましょう。六十五階層ですね?」
モッゾは、ガドと並んで先頭を歩いて行く。
周囲を警戒しつつも落ち着いた様子で進む姿から、ダンジョンでの活動に慣れているのが分かった。
「それにしても、エルメール卿は面白い発想をなさるんですね。これまでダンジョンが地上にあった都市だなんて言う人に、私は出会ったことがありませんよ」
「それは、地下都市だという説が常識になるまで知られていたからでしょうね」
「ダンジョンが地上……いや海上都市だったなんてビックリどころの話じゃないです。この先、何が出て来るのか……ギルドに入って以来、今が一番ワクワクしていますよ」
普段のモッゾは、ダンジョン内部の明かりなどの公的な施設の維持管理を担当しているそうだ。
ギルドに就職して訓練を受けた後にダンジョンに潜るようになった時は、毎日が驚きの連続だったそうだが、その感動も次第に薄れていたらしい。
「長くダンジョンに関わっていると、発掘される物が減り、活気が失われていくのを肌で感じられてしまって。最近は少し仕事に疲れていたのですが、そんな憂鬱な気分も吹っ飛びましたよ」
「あんまり期待しすぎると、何も出なかった時の失望が大きくなりますよ」
「いいや、そんな事は無いですよ。エルメール卿の報告を拝見して、これは大きな発見になると私は確信しました。だからこそ、今日の同行を志願したのです」
モッゾの話を聞いていると、ダンジョンに期待を寄せているのは冒険者ばかりではないのだと実感させられる。
ギルドの職員、発掘品を取り扱う業者、研究を行う学者……様々な人がダンジョンに係わり生活しているのだ。
「何か、珍しい物が出てくれば良いですね」
「出ますよ。『不落の魔砲使い』が乗り込んで来たのですから、出ないはずがありません」
ここまで期待されると、嬉しい反面プレッシャーも感じてしまう。
とにかく、まずは対岸の建物を掘り当てないと話にならない。
六十五階層の発掘現場に到着すると、まずはモッゾが現場を確認した。
「こちらの現場は、本日よりギルドの管理下へ入ります。チャリオットの皆さんには優先的な発掘が認められますが、同時にギルドへの協力もお願いする事となります」
「具体的には、何をすれば良い?」
ライオスの問いに答えて、モッゾが今度の方針を説明する。
「協力といっても、大幅に労力を割いていただく事はありません。これから皆さんが作業に入ると同時に、私もギルドのための拠点設営の作業に入ります。協力の内容としては、周囲の警戒索敵、それと掘り出した土の提供です」
「土の提供とは?」
「御覧の通り、これから発掘を行う壁面は東西二本の通路と、南面の広場に面しています。ギルドとしては、西側の通路を居住区画とし、南側には二重の防壁を築く予定でいます」
「東側の通路は?」
「防壁などの整備に土を使い終えたら、発掘によって生じた土の置き場となります」
「では、俺達は普通に発掘に専念すれば良いのか?」
「はい、こちらまで運び出してもらえれば、そこから先は勝手に利用させていただきます」
モッゾは土属性の持ち主で、現場を監督すると同時に、自らも作業にあたるそうだ。
では、方針も決まったところで、早速発掘作業に取り掛かろう。
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