第378話 目撃

 ダンジョンでの発掘は、明後日から再開される事になった。

 まずはギルドの職員が俺達が発掘した部分へ出向き、報告の内容が事実か確認してくるそうだ。


 その上で、明日から情報を公開して、発掘に加わる者を募るらしい。

 ギルドから、いわゆる現場監督にあたる管理官が派遣され、その指示に従って作業が進められるそうだ。


 そうしないと、掘ったトンネルが崩れるなどの事故が起こりかねないからだ。

 アデライヤの執務室を出て一階に下りると、なんだかギルドの中が慌ただしくなったように感じた。


「ギルドが本腰を入れて動くみたいだな」

「ライオスも空気が変わったように感じる?」

「あぁ、まぁそれも当然の話だろう。枯れかけていた井戸から新たに水が溢れてきたようなものだからな」


 ライオスと共にギルドを出ると、空がドンヨリと曇っているおかげで、今日は過ごしやすい。

 ダンジョンの入り口付近は今日も閑散としているが、明日情報が解禁されれば賑わうようになるのだろう。


 チャリオットは今日のうちに持ち込む食料などを整えて、明日から一足先に現場に入る予定だ。

 俺達には、対岸の第一発見者として先行しての発掘が認められる。


 その他の者達には、まずは対岸までの通路確保への協力が義務付けられるそうだ。

 言うなれば、新しい区画を掘り進めたければ、その基盤となる通路の確保に協力しろという訳だ。


 どの程度のペースで通路が作られるかは不明だが、その工事が行われている間に俺達はアドバンテージを活用してお宝を掘り当てる必要がある。


「こうなってみると、もう一人か二人土属性を使える者をパーティーに加えておくべきだったな」

「ライオス、土を崩すところを俺達でやらない?」

「そうだな……スコップやツルハシでも崩すだけならできるな」

「いや、俺が掘削用の魔道具を作ろうと思ってるんだけど」

「掘削用の魔道具?」

「うん、ロックタートルの甲羅を切断した超振動ブレードを掘削用に改良して、土を切り崩していけば作業速度が上がると思うんだ」

「なるほど、ガドとフォークスには土を丸めて固める事に専念してもらうんだな」


 ダンジョンの周囲の地層は、火山灰の性質のせいか非常に硬い。

 掘削を進めるのにも、まず崩すという作業に大きな労力を必要とする。


 ダンジョンの周囲に道が無いと分かった時点で、その先まで掘ってみようという話にならなかったのも、この土質が影響しているように感じる。

 この前、ガドが対岸に向かって掘り進めている時も、この崩す作業に多くの魔力を割かなければならなかった。


 掘削を超振動ブレードで代用出来るなら、作業効率は格段に改善されるだろう。

 丸めて固めるだけの作業ならば、そんなに魔力は必要としないと兄貴が言っていた。


 拠点に戻り、買い出しに出掛けていたセルージョとレイラが戻ったところで、少し遅めの昼食を食べに行った。

 拠点に戻り、全員でテーブルを囲んで今後の予定を確認する。


「まずは、今回の収支だが……レッサードラゴンの皮と魔石で大金貨九枚と金貨三枚になった。経費を差し引いても、一人あたり大金貨一枚と金貨一枚の儲けが出ている。初っ端としては幸先の良いスタートが切れた」


 例の横穴攻略に多くの冒険者が駆り出され、納品自体が少なくなっていたのが幸いしたらしく、予想よりも高い値段で買い取ってもらえたようだ。


「次に、明日からの予定だが、早速ダンジョンに潜って発掘を再開する。その発掘方法だが、ニャンゴに考えがあるらしい……」


 ライオスに促されて、超振動ブレードを活用した発掘方法について説明した。


「これならば、ガド達は丸めて固める作業に専念できると思うんだけど、どう?」

「そうじゃの、固める作業に専念できるなら大幅に効率は上げられるじゃろな」

「ちょっといいか?」

「なぁに、セルージョ」

「その崩す作業だが、ライオスに専念させた方が良くねぇか? ニャンゴはガドとフォークスの魔力回復もサポートするんだろう? その上に魔道具を二つ作って、土を崩す作業までやってたら持たないだろう。いざという時にニャンゴが動けないと、下手すりゃ詰むぞ」


 確かに、セルージョが指摘したように俺の仕事が多い気がする。

 魔力を回復させる魔法陣を使っていても、魔法を使い続けていれば疲労が蓄積してくる。


「そうだな、セルージョの言う通り、崩す作業は俺が担当する。ニャンゴはシューレ、ミリアムと共に警戒にあたってくれ。またレッサードラゴンが寄って来たら、討伐ではなく追い払ってくれ。あくまでも掘削を優先する」

「分かった」


 チャリオットの配置としては、先頭のライオスが土を崩し、ガドと兄貴が土を丸めて硬化させ、レイラとセルージョが土玉を外へと転がす。

 俺とシューレ、ミリアムが、外で魔物の接近に備える形だ。


 明日からのダンジョン探索の打合せが終わった所で、セルージョがライオスに声を掛けた。


「ライオス、レイラが買い出し中にジントンを見かけたらしい」

「本当か、レイラ」

「えぇ、こちらには気付いていなかったけど、堅気には見えない男と一緒だったわ」


 レイラは冒険者に復帰してから髪を束ねているし、ドレスではなく動きやすい格好をしているから印象が違って見える。

 たぶん、街中ですれ違った程度では、どこかで見たような……ぐらいに思い出せれば良い方だと思う。


「テオドロは?」

「近くには見当たらなかったわね」


 ジントンは、俺がボーデと二度目の決闘をした時に、審判を務めて不正を働いたチリチリ頭の牛人の冒険者だ。

 確か、当時はBランクだったはずだが、その後ギルドから処分を受けて、貧民街で幹部の用心棒をやっていたらしい。


 イブーロの貧民街が崩落した時に、主犯のガウジョや同じく用心棒に収まっていたテオドロ達と一緒に逃亡したと聞いている。


「どうする、ライオス。奴は賞金首になってるはずだぞ」

「そうだな……ジントンがここに居るなら、テオドロや貧民街を仕切っていた幹部連中も一緒に流れてきているはずだ。捕らえるならば、全員まとめて捕らえたい。だが、今はダンジョンが優先だ、とりあえず、目撃情報としてイブーロギルドのコルドバスには知らせておこう」

「分かった。そうだな、捕まえるなら芋蔓式に全員捕らえて、ガッポリ稼がないと損だよな」


 貧民街から逃亡した連中は、ジントン、テオドロ、ガウジョの他にも数人いたはずだ。

 捕まえるのならば、アジトを突き止めて一緒にいる連中を確認し、手配書の内容を突き合わせた上で一網打尽にしたい。


 騎士団や官憲、冒険者ギルド、商工ギルド、多くの組織を敵に回した連中だから、賞金の額もそれなりに高いはずだが、今はダンジョンを優先したい。


「確か、裏社会の連中と行動を共にしている冒険者はテオドロとジントンだけだったはずだ。だとすればダンジョンの内部で鉢合わせになる心配は要らないだろう。イブーロに知らせて、ここまで追って来た奴らが俺達よりも先に捕らえるならば、それで構わない。逆に俺達がダンジョン探索に一区切りを付けても捕まっていなかったら、その時には捕縛に乗り出すことも考えよう。それでいいか?」


 ライオスの提案に異論は出なかった。

 打合せが終わった後、レイラにジントンを見掛けた時の話を聞いた。


「買い出しのついでに、セルージョと一緒に街の様子を確かめて歩いていたの……」


 旧王都は、ダンジョンを中心とした街だが、東側にこの一帯を治める大公の屋敷があるので、発展の中心はダンジョンの東側になる。

 旧王都から新王都へ向かう西の街道、貿易港のあるタハリに向かう南の街道沿いも発展している。


 得体の知れない連中が巣食っているのは、それらの街道からは離れた街の南西だそうだ。

 レイラ達は、街の西側から南側へと回り込むように歩いていたそうだが、その途中に東の方から来て、南西の方角へと曲がって行った一行の中にジントンを見掛けたらしい。


「よく気付いたね」

「ジントンは特徴のある顔をしてるからね。それと酒場の給仕は客の顔を覚えるのも仕事のうちだからね」


 酒場のマドンナだったレイラは、言葉は交わした事がなくても、酒場に出入りする冒険者の名前と顔は殆ど覚えていたそうだ。


「冒険者って、一つ間違うと簡単に死んじゃうでしょ? その時に、覚えていてくれる人が一人いるだけでも仲間の気持ちは救われるのよ」

「なるほど……」


 仲間を偲んで酒を酌み交わす時に、酒場のマドンナであるレイラが名前も顔も知っていて死を悼んでくれたなら、確かに残った者の気持ちは少し楽になるかもしれない。


「それに、周りにいる連中に気を配るのは冒険者の基本よ。護衛の依頼を受けた時などは、こちらを見ていないフリをして観察している連中などに気付けるかで、生き残る確率は違ってくるからね」

「俺は、まだまだだなぁ……夢中になると周りが見えなくなっちゃうよ」

「そうね、そこはニャンゴの欠点だけど、パーティ―で動いている時には他のメンバーがカバーしてくれるから大丈夫よ」

「うん、でも少しずつでも直しておきたいから、この前みたいに気付いたら声をかけて」

「いいわよ、その代わりオフの時間は、周りに気を取られずに私に集中してね」

「分かった、当分の間はダンジョンとレイラに集中するよ」

「よろしい」


 後ろからレイラにギューっと抱き締められると、頭が胸の谷間に埋まって脱出不能になる。

 うん、今日は曇って涼しいから、このままでいいか。

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