第377話 ギルドへの報告
「えっ……海上都市ですって? 対岸がある? ちょ、ちょっと待って下さい、上の者に確認してまいりますから……」
ダンジョンから戻った翌日、混雑する時間を避けてライオスと一緒にギルドに報告に出向いた。
チャリオットの登録を担当してくれた犬人の職員デニスを捕まえて、ダンジョン内部で確認してきた内容を報告したら、慌てた様子でカウンター裏のスペースに駆け込んでいった。
「ライオス、どうなると思う?」
「まぁ、ギルドの幹部クラスが出て来て、別室で聞き取りだろうな」
「話を信じてくれるかな?」
「普通の冒険者だったら信用してもらうまで時間が掛かるだろうが、そのためにニャンゴに来てもらっているんだから大丈夫だろう」
名誉騎士の称号は、半分王家から首輪を付けられているようなものだけど、こうしたケースでは役に立つ。
これまでの常識をひっくり返すような話であっても、名誉騎士の俺ならば無碍には扱えないのだ。
待つこと暫し、戻ってきたデニスの言葉はライオスが予想した通りだった。
「お待たせいたしました。別室で上の者がお話を伺わせていただきます。どうぞこちらへ……」
カウンターを回り込んできたデニスは、俺とライオスを連れて階段を上がっていく。
このパターンは、もしかして、もしかするのだろうか。
デニスは二階へ上がり、廊下を進んだ突き当りのドアをノックした。
「デニスです、エルメール卿をお連れいたしました」
「どうぞ……」
ドアの向こうから聞こえてきたのは、予想に反して少し低いが女性の声だ。
デニスが開いたドアの向こうにいたのは、タイトスカートのスーツに身を固めた長身の熊人の女性だった。
女性にしてはガッシリとした体つきで、強い目線や纏った雰囲気で、何かの武術を嗜んでいるのが分かった。
歳は三十代後半ぐらいで、黒に近い焦げ茶の髪はショートカットに切り揃えている。
かなりの美形なのだが、鼻梁から左目の下へと斬り割られた傷が残っている。
「ようこそいらっしゃいました。ギルドマスターを務めています、アデライヤです」
「冒険者パーティー・チャリオットのリーダー、ライオスだ」
「初めまして、ニャンゴ・エルメールです」
堂々と名乗ったライオスに続いて、俺がペコっと頭を下げると、アデライヤは意外そうな顔をした後で口許に笑みを浮かべた。
「高名な『不落の魔砲使い』がどんな人物かと思っていましたが、どうやら噂とは随分違っていらっしゃるようですね」
「どんな噂かは知りませんし、俺は俺ですよ」
「失礼しました。どうぞ、こちらにお掛け下さい」
アデライヤは、執務室に置かれているテーブルセットへと俺達を誘った。
応接テーブルとソファーという形ではなく、会議をするための大きな机と椅子という感じだが、さすがにテーブルも椅子も凝った造りのものだ。
ただし、普通の猫人が座るとテーブルが高く、晒し首状態になってしまうだろう。
まぁ、俺は空属性魔法で座面を調整するから問題ない。
「それが空属性魔法なんですね?」
「はい、そうです。話を進めてもらって結構ですよ」
「分かりました。では、早速本題に入らせていただきます。先程、デニスから報告を受けましたが、ダンジョンが海上都市の遺構であるという話を聞かせてもらえますか?」
「では、俺の方から説明します」
俺が説明を行う事は、事前にライオスと打合せ済みだ。
「まず、これまでダンジョンは先史文明の地下都市であるとされてきましたが、地下都市とするには構造上の疑問がありました」
イブーロの貧民街を例にして、ダンジョンは地下都市ではなく、高層ビルを中心とした地上に作られた都市が埋まったものだという仮説について説明した。
「なるほど……確かにおっしゃる通り、地下に広い構造物を作るよりも、地上へ地下部分を広く作る方が楽ですね。ですが、地上の環境が人間の生活に適さなくなった場合、例えば強力な魔物が増えて地上や浅い地下では暮らせなくなった場合などは、ダンジョンのような構造になるのではありませんか?」
「そうですね、その可能性はありますが、だとしたら地下の工事を進めるための地上の遺構が残されていてもおかしくないと思うんです。でも、ダンジョンが発見された時、周囲には街の痕跡は残されていなかったと聞いています」
地下にあれだけの規模の街を作るなら、大量の土砂を掘り出す必要があるし、現在残されている縦穴だけでは到底足りないだろう。
それに、地上に何の拠点も作らずに工事を進めるなんて、いくら魔法が存在する世界だとしても不可能だ。
「ダンジョンが地上に作られたものだという説明は分かりました。では、なぜ海上に作られたものだとおっしゃるのですか?」
「それは、ダンジョンの周囲に道が存在していなかったからです。街の周囲には別の街や村とを繋ぐ道が不可欠ですが、ダンジョンの周囲からは見つかっていない。だからこそ、地下都市だと考えられたのでしょうが、ダンジョン内部からは魔導車の原型となる遺物が見つかっていると聞いています」
「一部の研究者は『大いなる空洞』こそが地下都市内部の道だと主張していますが……」
「だとしたら、構造が中途半端じゃないですかね? 最下層からの十一階層を居住区とするならば、スロープが下から四階層までしか設置されていない事になります。どうせ道としてつくるなら、その上の七階層にもスロープを作るのが普通じゃないですかね?」
「なるほど、そう言われてみると確かに中途半端な作りに見えますね」
ダンジョンほどの広さがあれば、内部を巡回するバスのようなものがあってもおかしくないだろうが、地下都市ならば全ての階層を巡らせるように作るだろう。
「なので、このスロープを登り切った六十五階層部分が地上だと仮定して、最下層の横穴が延びている北側に何かがあると思ったのです」
「それで、最初のダンジョン探索で、その部分を調べに向かわれたのですね?」
「はい、その結果として見つけたのが、波状の鉄の板で補強された部分で、そこから北側へと掘り進めた結果、同様に波状の鉄板で補強された護岸が見つかったという訳です」
実際にダンジョンに潜り、海上都市であるという仮説を確認したところまでを一気に説明すると、アデライヤは何度も頷いてみせた。
「なるほど……これは興味深い。荒唐無稽な与太話である可能性も考えていましたが、エルメール卿のご説明には筋が通っているように感じます」
「ありがとうございます。ただ、現状では土に埋もれているので、実際にどの程度の街があったのか、どの程度の物が残されているのかは全く分かりません。それでも、海上都市には橋が架かっていて、それを渡った先にかつての地平があった事だけは確かです」
「そうですね。ここから先は掘ってみなければ分からない、入ってみなければ分かりませんが……それは、ここの連中が今まで繰り返してきたことですよ」
遥か地下まで続く縦穴、七十階層にも及ぶ広大な地下空間を時に魔物と戦いながら進み、その構造を解き明かしお宝を手にする。
ダンジョンが発見された日から、今に至るまで延々と繰り返されてきた探索の歴史は、そのまま旧王都の歴史でもある。
アデライヤの言葉には、旧王都に暮らす者の誇りが感じられた。
「ありがとうございます、エルメール卿のおかげで我々は閉じかけていた歴史の新たなページを開くことができました」
「でも、掘ってみないと分かりませんよ」
「その通りですが、エルメール卿がこの話を持ってきて下さらなかったら、最下層の横穴を力押しして、損害を増やすことしか出来なかったでしょう。その先に待っているのは、ダンジョンの終焉だったはずです」
先日行われた百人規模の合同パーティーによる横穴攻略作戦は、惨憺たる結果に終わっているそうだ。
今はまだ旧王都は大きな街として機能しているが、ダンジョンという都市の核を失った場合、これまでと同等の繁栄を維持するのは難しくなるだろう。
新王都をはじめとする他の街との往来の護衛を行うにしても、冒険者が拠点を旧王都に置く必要性が失われていく。
旧王都のギルドの規模が縮小していくのは避けられない状況だった。
「うちのギルドには、ダンジョンに関する有益な情報に対しての報奨金制度があります。今回の情報につきましては、最上級の報奨金を出しましょう。それと、新たな発掘作業についても、ギルドがバックアップを行います」
俺達から要請するよりも先に、アデライヤの方から協力を申し出てくれた。
具体的には、対岸までの発掘作業を行う現場にギルドの係官を派遣してくれるそうだ。
こうした新発見を行った者は、正式な記録として残される。
今回は、俺だけでなくチャリオットのメンバーの名前も記録される。
発掘に関しても融通措置が取られ、掘り出した土は東側のスロープへと続く通路を仮置き場として使える事になった。
東の端まででも一キロ以上の距離があり、発掘の規模によっては『大いなる空洞』まで続くスロープを使えば数キロ分の土を仮置きできる。
これで少なくても、対岸の街の一部程度は掘り出せるだろう。
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