第346話 予想された襲撃
チャリオットとセラート商会がチャーターした馬車は、何事も無くレトバーネス領を通過し、いよいよ王家直轄領へと入った。
王都までは、あと一日半ほどの道程だ。
ライオスは、襲撃が行われるとしたら王家直轄領に入ってからだと予想していたが、午後の道程も平和そのものだ。
昼食の後は、道中二回の休憩を挟みながら、今夜の宿を取る街には夕方前には到着する予定でいる。
王都が近くなっているので、街道には馬車や旅人の姿も目立つようになり、ますます襲撃云々はカペッロの思い込みではないかと思えてきた。
今もセラート商会の馬車の百メートルほど前方には乗合い馬車の姿があるし、チャリオットの馬車の後方百メートルほどにも芋を山積みにした荷馬車が走っている。
このような状況では他人から目撃されずに襲撃など出来ないし、場合によっては他の馬車の護衛が加勢に入る可能性もある。
冒険者が依頼を受ける場合、オークなどの討伐依頼では、先に戦闘に入っている者がいたらば救援を求められない限りは手出ししないのが不文律だ。
討伐依頼の場合には、仕留めた者が獲物の権利を持つし、パーティーならば山分けになる。
ここに後から来たものが手出しをすると、権利関係で揉めたりするので、助けを求められない限りは手を出してはいけないのだ。
だが、街道の上では話が変わってくる。
例えば、街道で馬車が盗賊に襲われているところに遭遇した場合には、可能な限り手助けをして盗賊の討伐を行わなければならない。
これは、街道の通行を円滑にするための決まり事だ。
街道の安全が保たれれば、物流が円滑になり、国の発展に繋がるという考えに基づいている。
つまり、今セラート商会の馬車が襲われた場合には、先行する乗合馬車が気付けば、その護衛が加勢に戻ってくる可能性がある。
これは、王都の方向からやって来る馬車についても同様だ。
確かに、ライオスが予測した通り、王国騎士団の巡回はレトバーネス騎士団の半分以下に思えるが、馬車の通行量がそれを補っているとも言える。
この様子を見ていると、セラート商会の護衛が食中毒になったのは本当に偶然で、ライバル店の暗躍など無いのかもと思ってしまう。
戦闘が行われずに王都に着ければ、楽な依頼で終わりそうだ……などと思い始めていたら、不意に前を行く乗合馬車が速度を落として路肩に停車した。
『ライオス、前の馬車が停まった』
『こちらでも確認している。おかしな動きが無いか良く見張ってくれ』
『待って、人が二人降りた』
『男か? 女か?』
『男が先に降りて、女が続いた……路肩の茂みに近づいている』
『他に降りた奴は?』
『御者が降りて、馬に水を与えてる……あっ、女が茂みに入っていった』
『そいつは、急な用足しみたいだな。前の馬車から合図があった』
『なんだ、トイレ休憩か……あぁ、他の客も降りてきた。中年のオッサンみたいだ』
『たぶん大丈夫だと思うが、念のため警戒を続けてくれ』
『了解』
この後、少し高度を落として警戒を続けたが、乗合馬車は本物の乗合馬車で、イレギュラーなトイレ休憩で停車しただけだった。
セラート商会とチャリオットの馬車は、乗合馬車を追い越して先へと進む。
予定通りの二度目の休憩を終え、宿を取る街に向けて進んだ。
どうやら、今日も何事も無く終りそうだと思いながら先行して偵察を続けていたら、小川に架かる橋を渡って少し進んだ所に、荷馬車が一台止まっていた。
『ライオス、橋の先に荷馬車が停まっている』
『人は何人いる?』
『上からだと一人しか確認できない。待って、馬車から馬を外して路肩の木に繋いでいるみたい』
『馬車の荷は何だ?』
『上からだと、大きな布が被さっていて見えない』
『怪しいな……セルージョに後ろを警戒しろと伝えてくれ』
『分かった』
チャリオット馬車に乗っているセルージョに、橋と停車している馬車の位置関係や馬車の様子などを伝え、最後にライオスからの指示を伝えた。
『そいつは匂うな……後ろは任せろとライオスに伝えてくれ』
『了解』
セルージョからの伝言を伝えると、ライオスから新たな指示が伝えられた。
指示に従って準備を始めた頃、セラート商会の馬車は王都方面から来た馬車とすれ違い、橋に差し掛かり……何事も無く通過。
続いて、今日はムルエッダが手綱を握ったチャリオットの馬車が、何事も無く橋を通過した。
そしてセラート商会の馬車は、荷車の御者によって停車させられた。
少し高度を下げて確認すると、荷馬車は右側の車輪が一つ外れているようだ。
「おーい! すまないけど手を貸してくれないか?」
御者と思しき牛人の男が、道の真ん中で両手を大きく振って大声で助けを求めてきた。
ガドが手綱を握っているセラート商会の馬車は、荷馬車の二十メートルほど後方で停車する。
「そこで止まれ!」
歩み寄って来ようとする牛人の中年男に、ライオスが鋭い声を掛けて足を止めさせた。
「何だよ、見ての通り車輪が外れちまったんだ。ちょっと手を貸してもらえれば……」
「俺達の前にも、王都の方から来た馬車が通ったはずだが……」
「あいつらは、停まりもせずに行っちまったよ」
「そりゃ、声を掛けなかったら停まりもしないだろう」
「疑ってるのかい? こんなオッサン一人じゃ何も出来やしないぜ」
牛人のオッサンは、武器も何も持っていないと両手を広げてみせた。
空の上から見ても、背中側に何かを隠しているようにも見えない。
「馬車の荷は何だ?」
「芋だ、芋。今年は、あまり出来が良くなくってな」
「布を外して見せてみろ」
ライオスの指示に、牛人のオッサンは顔を顰めつつも、少しおどけた様子で両手を広げて呆れているとアピールしたが、すぐに笑顔になって荷台の布を捲った。
次の瞬間、布の下に伏せていた男達が起き上がりざまに、一斉に矢を放ってきた。
弓の射手は四人、放たれた矢は四本、セラート商会の馬車までは二十メートルしか離れていなかったが、矢は途中で急に向きを変えて全て地面に刺さった。
ライオスの指示で、空属性魔法のシールドを展開しておいたのだ。
ほぼ同時に、チャリオットの馬車の後方から悲鳴が聞こえてきた。
橋の下から駆け上がってきた連中に向けて、チャリオットの馬車からセルージョとマリスが矢を射かけたのだ。
ライオスは後方にチラリと視線を向けた後、牛人の男に向けて余裕たっぷりに言い放った。
「これっぽっちの距離で外すとは、随分と良い腕をしてるな」
「くそっ、何してる。二の矢を……」
牛人の中年男が喚き散らした直後、ズドーンっという爆発音と共に荷馬車が宙に舞う。
十メートルほどの高さに飛んだ荷馬車から、バラバラと弓を片手にもった男達が放り出されて落下を始めた。
クルクルと回りながら飛び上がってきた弓の射手と目が合ったが、言葉を交わす暇も無く畑の中へと降っていった。
『ニャンゴ、やり過ぎだ』
『ゴメン、でもそっちの馬車には爆風は届いてないよね?』
『届いてはいないが、馬が驚いて腰を抜かしそうだぞ』
『ちょっと調整をミスっただけだよ。ゴメンって……』
荷馬車を吹き飛ばした粉砕の魔法陣は、空属性魔法で作った筒状のケースに入れて発動させたので、斜め上の方向にだけ力が加わるようになっていたのだ。
目の前の荷馬車が吹き飛んだのを見て、牛人のオッサンはヘナヘナと座り込んで腰を抜かしている。
橋の下から出て来て、チャリオットの馬車を襲った連中も、荷馬車が空に舞ったのを見て足を止めていた。
「ず、ずらかるぞ!」
我に返ったリーダー格の男が指示を出し、後方から襲い掛かった連中は橋の下へと駆け戻っていく。
すると、一艘の小舟が橋の下から姿を現した。
「早く乗れ! グズグズしてる奴は置いていくぞ!」
船の上で船頭が大きな声で叫んでいるけど、勿論逃がす気なんかないからね。
素早く空属性魔法で魔銃の魔法陣を展開すると、ドンという発射音を残して、駆け寄った男達が乗り込もうとした船の底を火球が貫いた。
弓を手にしたセルージョとマリス、それに、縄を手にしたレイラとムルエッダが川へと走っていく。
セラート商会の馬車の前では、腰を抜かしていた牛人の男がライオスによって縛り上げられていた。
『ニャンゴ、後ろはセルージョ達に任せて、畑の中へ吹き飛んだ連中が生きていたら捕縛してくれ』
『了解!』
うん、やり過ぎてしまったツケは、ちゃんと自分で払わないといけないんだね。
荷馬車に隠れていたのは、全部で五人だったらしい。
盛大に吹き飛ばされたけど、落ちた場所が芋を掘り出し終えた畑だったらしく、骨折程度で命には別状が無いようだ。
上から魔銃で狙撃して脅し、街道まで戻らせた所で雷の魔法陣を食らわせて昏倒させた。
荷馬車には牛人のオッサンと合わせて六人、橋の下には船頭を加えて十一人の男が待ち伏せしていたようだ。
盗賊共の捕縛を進めていたら、王都方面から王国騎士団員が通り掛かったので事情を説明した。
盗賊連中は自分達は何の罪もない冒険者で逆に襲われたんだ……などと主張し始めたが、何の効果も無かった。
逆に俺が提示した、王家の紋章入りのギルドカードの効果は絶大で、俺達の主張は全面的に認められ、盗賊の護送も請け負ってもらえることになった。
これで、護衛依頼の基本報酬に加えて、襲撃へ対処した戦闘報酬、それに盗賊捕縛の報奨金も振り込まれる。
基本報酬以外は、マリス達三人にも振り込まれるので、王都に拠点を移す資金が増えたと喜んでいる。
これにて一件落着といきたいところだが、まだ王都に辿り着いた訳ではない。
依頼は、王都の商工ギルドまでセラート商会の二人と献上品を送り届けるまで続く。
それでも、王都はもう目の前だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます