第345話 護衛開始

 チャリオットを雇ったカペッロが言うには、襲撃はセラート商会のライバルが裏で糸を引いているらしい。

 具体的な証拠がある訳ではないが、今回の献上品が無事に届けば、セラート商会は王家御用達の称号が得られるそうだ。


 セラート商会のあるヨーフは、イブーロのような地方都市で、王家御用達の称号が得られれば、店の格が上がり、客層も富裕層寄りになるらしい。

 ライバル店からすれば、上客を奪われてしまう恐れがあり、何としてでも献上を阻止したいと考えている……というのがカペッロの見立てだ。


「ライバル店が黒幕かどうかは分からないが、献上品に目を付けている連中がいると考えるべきだろう」


 護衛の依頼は、明日カペッロの一行が宿を出た時点からなので、俺達は今夜も野営だ。

 明日からの護衛に備えての打ち合わせで、ライオスの推測にセルージョ達も頷いている。


 護衛を務めている冒険者が、全員食中毒で倒れるなんて普通では考えられない。

 船の中でどんな食事が提供されていたのか分からないが、恐らく一服盛られたのだろう。


「俺達も一服盛られる可能性がある。明日からは俺達も宿に宿泊するが、食事は自分達で用意しよう」


 カペッロは献上品の安全を優先して、良い宿に宿泊するようだ。

 良い宿イコール美味い食事だが、そのご相伴にあずかれないのは残念だ。


「献上品が狙いだとすれば、待ち伏せを仕掛けられる可能性が高い」


 行き先の分かっている馬車を狙うのであれば、襲う側に有利な場所で行われるはずだ。


「マリス、お前ならばどんな場所で襲う?」

「わ、私ですか? そうですねぇ……」


 急にライオスから指名され、マリスはビクっと驚いていたが、少し考えてから答えた。


「まず最初に、人目に触れない場所を選ぶと思います」

「そうだな、邪魔が入らない場所というのは重要な要素だ。今回の場合、襲撃はレトバーネス領ではなく、王家の直轄領に入ってからだろう」

「えっ、すぐには襲ってこないの?」


 俺の問いに、ライオスだけでなくセルージョやシューレも頷いている。


「カーヤ村にニャンゴの幼馴染がいたように、王国騎士団は深刻な人手不足に陥っていると考えるべきだろう。当然街道の見回りをする騎士の数も不足しているだろう」

「それに、本当にライバル店が黒幕ならば、王家に献上される品物を王家の直轄地で奪われる方が精神的なダメージも大きくなると考えるんじゃねぇか」


 セルージョの言う通り、あと少しで王都、あと少しで王家御用達の称号が貰えるという所で献上品を奪われたら、カペッロあたりは怒りで卒倒しそうだ。


「でも、決めつけは危険よ……明日襲撃があっても良いように準備はしておくべき……」

「私もシューレの意見に賛成。思い込みで気を緩めるのは危険だわ」

「分かっている。護衛の依頼がスタートした時点から、依頼が終わるまでは何時襲われても構わないように気を引き締めておくべきだろうな」


 シューレ、レイラの言うことも、ライオスはちゃんと分かっているようだ。

 セラート商会の馬車の手綱はガドが握り、ライオスとシューレが同乗する。


 馬車にはカペッロの他に、ミダロスという犬人の執事も乗る。

 執事といっても、カペッロよりは十歳以上若く見えるし、体格的にボディーガードも兼ねているのだろう。


 献上品は、小振りのトランクに入れられていて、ミダロスが持ち運んでいる。

 カペッロでも持てそうな大きさだが、防犯上の意味合いもあるのだろう。


 チャリオットの馬車はマリスが手綱を握って、セラート商会の馬車の後ろに続く。

 マリスの横にはセルージョが座り、いつでも矢を射れるように準備しておくそうだ。


 レイラはセルージョの後で待機していて、戦闘となったら飛び出す準備を整えておくらしい。

 俺としては、あまり対人戦闘とかはやってほしくないのだが、止めても無駄そうだ。


 兄貴とミリアムはチャリオットの馬車で待機、ムルエッダとディムがチャリオットの馬車の後方を警戒する。


 そして俺は、また上空から監視を行う予定だ。

 ヘリもドローンも存在しない世界において、上空からの監視は効果絶大だ。


 護衛初日、カペッロが宿泊している宿に出向くと、既に馬車の準備が整っていたが、ライオスとシューレが入念に馬車を点検する。

 献上品となる生糸は、一般人からすると目玉が飛び出るほど高価だそうだが、王家への献上を妨害するためならば奪うだけでなく、燃やしたり台無しにすれば良い。


 粉砕の魔道具を使って馬車ごと粉々にする……なんて方法もあると、昨晩俺が忠告しておいたのだ。

 そして、俺は既に上空からの監視を始めている。


 宿の近くに怪しい奴が潜んでいないか、上から目を凝らしてチェックする。

 空属性魔法で作ったボードの上には、昨日クラージェの市場で見つけて買っておいた水色の布を敷いてある。


 これで下から見上げても、俺の姿を見つけるのが難しくなるはずだ。


『ニャンゴ、周囲の様子はどうだ?』

『今のところ怪しい人影は見えないよ』


 カペッロの馬車に同乗しているライオスと、チャリオットの馬車に乗っているセルージョには空属性魔法で作った無線機を渡してある。

 今のところ、俺とライオス、俺とセルージョという形でしか話せないが、いずれはライオスとセルージョの間でも話せるように工夫している最中だ。


『じゃあ、街の門まで先行して、先に出て待機していてくれ』

『了解』


 街の検問を飛び越してしまうと、ラガート領ではないので問題になりそうだから、一度地上に降りて門を潜ってから再び空へ上がる。

 街の検問所には、涼しいうちに距離を稼いでおこうとする多くの旅人で賑わっていた。


 反貴族派の取り締まりのためなのか、大きな荷物を持った人は、より入念にチェックされているようだ。

 俺は荷物は馬車に残してきているので、ほぼ手ぶら状態だし、身分証となるギルドカードを差し出すと、アッサリと通行を許可された。


 クラージェの街も他の多くの街と同様に、街を囲む塀の周囲にも新しい街が出来つつある。

 そうした建物の陰に入り、人目を避けつつ空へ上がった。


 道中も俺が上空から先行して偵察を行い、昼食時に合流し、午後からはまた先行して偵察を行った。

 街道の両側は、見通しが利くように草や木が刈り取られた路肩が広く取られているが、待ち伏せが行われそうな木立や灌木の茂みも存在している。


 そうした場所はライオスに伝えた後、入念にチェックをしていったが群れからはぐれたゴブリンが一匹いただけだった。

 結局、この日は襲撃の気配すら感じられないまま、何事もなく一日が過ぎていった。


 この日、宿を取ったムサラエはクラージェほど大きな街ではないが、カペッロのように川を使って船で移動してきた人も加わり、王都に向かって旅をする人が増えるので、警備が厳重な宿も存在している。

 そうした宿の一つで、カペッロは二人部屋を三つ横並びで確保した。


 カペッロとミダロス、献上品を中央の部屋に置き、両側の部屋にチャリオットのメンバーが泊まって目を光らせる手筈だ。

 護衛する側は、片側の部屋にライオス、ガド、セルージョの三人が詰め、一人がドアの前で目を光らせ、後の二人が交代で休む形で警備する。


 もう一方の部屋は、シューレ、レイラ、マリス、それにミリアムが加わる。

 マリスとミリアムは二人一組で警備にあたる。


 一日中空の上から監視を続けていた俺は、夜間の警備からは外されて兄貴やムルエッダ、ディムと一緒に馬車で休む。

 レイラがいないのは、ちょっと寂しい気もするが、依頼の間は空属性魔法で作ったクッションで我慢しよう。


 食事は、最初の計画通りに自分達で準備する。

 といっても、野営地ではないので竈は作れないので、簡単なものしか作れない。


 調理は、俺が空属性魔法で作った魔道具を使って行った。

 硬い黒パンは、柔らかくなるように軽く蒸し、スライスしたチーズとベーコンを挟んで、口が開かないように縁だけ押さえる特製ホットサンドメーカーを空属性魔法で作り、火の魔法陣で中のチーズが溶けて軽く焦げ目が付くまで炙った。


「うまっ! 中から溶けたチーズが出てきて、めちゃくちゃ美味いですよ。エルメール卿?」

「あにゃにゃにゃ……チーズが、あにゃにゃにゃ……うみゃ!」


 ムルエッダがホットサンドを絶賛してくれたが、答えている余裕がない。

 パンの間から溶け出た熱々のチーズがニョイーンと伸びて、口の周りにくっ付きそうになって大変だったけど……うみゃ!


 ベーコンは、先に直火で焙っておいた方が美味そうだが、これはこれで十分美味い。

 次はスライスしたトマトとか野菜を挟んで、ピザ風にするのも良いかもしれない。


 ホットサンドは、チャリオットのメンバーにも好評で、遠征先での定番メニューの一つに加えられた。

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