第329話 罠(オラシオ)

 僕らが配置されたカーヤ村は、ピリピリとした空気に包まれていた。

 騎士団に勧誘されて王都に向かう時に一度通っただけだが、こんな変な雰囲気は感じなかった。


「よし、全員集合! 貴様らの役目を伝える!」


 村の中央にある広場に整列した僕らに、正騎士が命令を下した。


「我々の役目はグロブラス領の治安の回復にある。ここカーヤ村はグロブラス領において穀物の集積地として重要な役割を果たしている。街を巡回し、不審な者を見掛けたら声を掛け、素性を確かめろ。怪しい者、協力を拒む者は捕えて連行して来い。こちらで取り調べを行う。それぞれの担当エリアを確認したら、行動開始!」

「はっ!」


 カーヤ村に配置されたのは、一年上の先輩訓練生が三班、僕らの同期が三班、合計二十四名だ。

 村を六つのエリアに分けて、先輩と同期が交互に隣り合わせになるように配置されている。


 僕ら四人が配置されたのは、村の北西にあたるエリアだ。

 場所を間違わないように渡された地図はルベーロが持ち、僕とザカリアスが前衛、トーレとルベーロが後ろに並ぶ。


 僕らの装備は、鉄兜と革鎧の組み合わせで、胸当てと背中には王家の紋章が描かれている。

 正式な騎士は金属鎧を身に着けているが、まだ体が成長期の僕らには調節の幅が大きい革鎧を配給されている。


 そもそも、この革鎧は訓練中の事故を防ぐためのものだが、装備としての性能も持ち合わせている。

 手甲、脚甲、腿当てなどを身に着け、長剣を腰に吊り、小振りな盾を左手で持ったザカリアスと僕が並んで歩くと、前から来た村人は驚いて道を開けるほどの迫力がある。


「驚かせてすみません。村の警備に来ています」

「ご、ご苦労さまです、ありがとうございます」


 笑顔で話しかけたら、ヒツジ人のお爺さんに拝まれてしまった。

 僕らはまだ見習いなんだけど……それは言わない方が良さそうだ。


「俺は強面、オラシオが親しみやすい感じでやるのが良さそうだな」

「いや、ザカリアスも少しは親しみやすくしなよ」

「いや、強面が一人いた方が、後ろめたい連中は態度に出しそうだから、このままで良いんじゃないか」

「そう? ルベーロがそう言うならいいけど……」


 だが僕らが進んでいくと、ただでさえ体が大きなザカリアスが、ギョロ……ギョロ……っと通りを見回すので、殆どの人がギョっとした表情で足を止めている。

 その度に僕が説明をしては感謝されるのだが、これって本当に効果あるのだろうか。


 正騎士からは、不審な者を見掛けたら捕えて素性を確かめろと言われたけれど、何をもって不審だとするのか具体的な基準は示されていない。

 そもそも、僕らは『巣立ちの儀』の会場が襲撃された時も、離れた街区で活動していたので、実際に反貴族派の連中を見ていない。


 王都内部での実地訓練でも、ザカリアスが絡んできた酔っ払いを叩きのめした程度で、重要な犯罪者を捕えた経験も無い。


「ルベーロ、やっぱりザカリアスにも普通にさせた方が良くない? みんなギョっとした表情を浮かべるから、誰が不審者なのか分かりにくいよ」

「ふむ……それもそうだな。じゃあ、ザカリアスも笑顔で見回りを続けてくれ」

「はぁ? 笑顔だと……?」


 急に笑顔になれとルベーロから言われて、ザカリアスは顔を引きつらせている。

 普段、作り笑顔なんてしないから、困っているみたいだ。


「こ、こんな感じ……か?」

「怖い、怖い、それじゃ危ない奴だよ」

「作り笑顔は苦手なんだよ。くっ……顔が攣りそうだ」

「もういいよ。ザカリアスは普通にしてて……」

「普通ねぇ……普通って、どうやるんだっけか?」

「ぶふっ……笑わせないでよ、ザカリアス」

「そうだ、もっと真面目にやれ!」

「お前ら、好き勝手に言いやがって……」


 結局ザカリアスは、ちょっと不機嫌そうな普段の顔に落ち着いたようだ。

 僕らは、地図を片手に持ったルベーロの指示に従って、カーヤ村の路地の奥まで入って異常が無いか確認を続けた。


 普段、路地の奥になんか騎士が入り込んで来ることは無いのだろう、路地裏で出会った人達は表通りの人よりも更に驚いていた。

 それでも、僕らがいる理由を説明すると、みんな納得したらしく、慰労や励ましの言葉をかけてくれた。


「村の空気は変な感じだったけど、実際には怪しい連中なんて見掛けないな」

「そうだね。それか僕らが現れたから恐れをなして逃げたのかもよ」

「ザカリアスもオラシオも油断するなよ。反貴族派の連中は様子を窺っているのかもしれないからな」


 ルベーロに釘を刺されたけれど、その後も不審な人物は見当たらず、夕方になって村長宅の隣にある野営地に引き上げて来た時には、街の空気も和んでいるように感じた。

 しかも、携行食と干し肉だけの味気ない食事かと思いきや、村長がオークのモツと豆を使った煮込みを差し入れてくれた。


「美味ぇ、エスカランテ領とは違う味付けだけど、こいつはいけるぜ」

「ホント、あの具無しスープとは天と地ぐらいの差があるな」


 ザカリアスとルベーロが絶賛するだけあって、モツはトロトロに煮込まれ、豆が食べ応えをプラスしてボリュームも満点だ。

 グロブラス伯爵は僕らを歓迎していないようだが、カーヤ村の村長は歓迎してくれているらしい。


 その気持ちに応えられるようにと、僕らは翌日からの健闘を誓い合った。

 食事を終えたら、水属性の持ち主が手伝って全員が水浴びを済ませ、虫除けの香を焚き、囲いを開けた天幕の下で眠る。


 寝付くまでの間は、風属性の持ち主が虫除けの香が風上になるようにして風を吹かせる。

 ザカリアスが、寝ている間にも風を吹かせてくれなんて贅沢を言うけど、そんな器用な真似が出来るはずがないじゃないか。


 夜の間は各班が交代で見張りを務めたが、何事も起こらなかった。

 やはり、王国騎士団という存在は大きいのだろう。


 一夜が明けて、村長の差し入れである野菜たっぷりのスープと蜂蜜を塗ったパンで朝食を済ませ、前日と同様に村の巡回に出掛ける。

 僕らが治安を維持している間にも、王国騎士団の正騎士やグロブラス騎士団の騎士達が、反貴族派の拠点の洗い出しを進めているらしいので、案外滞在は短くて済みそうだ。


「こうして住民の平穏を守っていると、俺達も騎士の端くれになった気にならないか?」

「そうだね。僕らでもちゃんと役に立ってる気がするよね」


 巡回が上手く進んでいるからか、今日はザカリアスの表情も穏やかになっている。

 村の人達にも存在を覚えてもらえたらしく、挨拶をされるようになった。


「こんにちは、騎士様」

「今日もありがとうございます」


 まだ正式な騎士ではないので、騎士様なんて呼ばれると照れくさいけど悪い気はしない。

 この調子ならば、ニャンゴとの約束も果たせそうな気がする。


 騎士服に身を包んだ姿をニャンゴに披露している様子を想像してニヤけていたら、慌ただしく男の子が走り寄ってきた。


「騎士様、お助け下さい。怪しい男達に妹が捕まってしまって……」

「よし、分かった! どっちだ……」

「待って、ザカリアス! どうするの、ルベーロ」

「えっ……あっ……ト、トーレは、本部に応援を呼びに行ってくれ!」

「分かった!」


 一瞬迷ったルベーロだが、トーレを応援を呼びに走らせると僕らを促した。


「ザカリアス、オラシオ、行こう!」

「そうこなくっちゃ! 坊主、案内しろ!」

「こっちです!」


 カーヤ村には城壁は無く、僕らを呼びに来た男の子は北西の外周に向かって走り、村を出て少し行った所で急に西に向けて方向を変えた。


「ちょっと待て、そいつらはどっちに行ったんだ? 方向がズレると応援が追って来られなくなる」

「あっち……あっちに真っ直ぐ!」


 男の子が指差すのは西の方角で、ルベーロは表情を曇らせた。

 確かに、このままでは応援の騎士達は違う方角へと進んで行ってしまいそうだ。


 迷うルベーロにザカリアスが声を掛けた。


「ルベーロ、お前が残って応援の連中を誘導してくれ」

「だけど、二人だけじゃ……」

「今は時間が無い、俺とオラシオで時間を稼ぐから、早く応援を連れて来てくれ」

「分かった、絶対に無茶するなよ。オラシオ、頼む!」

「任せて、行こう、ザカリアス」


 村の周囲は綺麗に刈り込んであるが、その先には茫々と雑草が生えている。

 その中に複数の人物が踏み倒した跡が続いていた。


「はぁ……はぁ……この先……」


 雑草の中を進み始めた辺りで、男の子の息が切れ、走る速度がガクンと落ちた。

 僕らと男の子とでは体力に差があり過ぎて、このままだと賊を取り逃がしてしまう気がする。


「僕らが妹さんを助けに行くから、君はここで応援を待って連れて来て」

「分かり……ました……」

「行くぞ、オラシオ」

「行こう!」


 腰ほどの高さがある雑草を掻き分けて、ザカリアスと一緒に全力で駆ける。


「オラシオ、あの木立の中が怪しいぜ」

「うん、急ごう!」


 木立の奥を目指して、雑草の海から抜け出した瞬間だった。


 ビーン……ビーン……ビーン……


「ぐぁぁ!」

「ザカリアス!」


 立て続けに飛来した矢が、ザカリアスの右肩と右の太腿に突き刺さった。


「伏せろ、オラシオ!」


 ビーン……ビーン……


 再び弓弦の音が響き、慌てて伏せようとした顔の横を矢が掠めていった。

 明るい草原から、急に暗い木立の中へと入ったせいで、敵の姿を捉えられない。


「オラシオ、構わねぇから、木立ごと薙ぎ払え!」

「分かった、風よ!」


 矢が飛んできた方向を目掛けて、思い切って右腕を振り、全力の風の刃を飛ばした。

 風の刃は、唸りを上げて若木の幹さえ薙ぎ倒したが、樹齢を経た老木までは倒せない。


 ビーン……ビーン……


「うもぉ……」


 風の刃が木立を吹き抜けた直後に、再び弓弦の音が響いて、僕の二の腕に矢が突き立った。


「痛い……むぉぉ、風よ!」


 ようやく慣れ始めた目に映った人影に向かって、左腕を振って風の刃を飛ばしたが、利き腕ほど上手く飛ばせない。


「ぎゃっ……」


 それでも悲鳴が上がったから、敵に当たったみたいだ。


「くそぉ……王族、貴族の手先め、思い知らせてやる!」

「こっちだ、オラシオ」


 立て続けに弓弦が鳴る中、ザカリアスは後退ではなく前進を選んだ。

 後ろは草原だが、前には矢を遮る木があるからだ。


「ぐもぉ……」


 木の陰に飛び込む直前、左の太腿を矢が貫いた。

 粗悪な魔銃の攻撃は想定していたけど、弓矢を使ってくるとは思わなかった。


「大丈夫か、オラシオ」

「二ヶ所、やられた。これじゃあ走れないかも……」

「だったら、薙ぎ払うだけだ」


 ザカリアスが木の陰から木立の中を眺めた直後、突然後ろから声を掛けられた。


「そうはいかねぇ、お前らはここで終わりだ……」

「えっ……」


 振り向いた僕らの視線の先で、いつの間に回り込んだのか、五人の男が弓を引き絞っていた。


「放てぇ!」

「オラシオ!」


 リーダーらしき男が命令を下す直前、僕は両手を広げてザカリアスを庇うように飛び込んだ。

 突然、時間の流れが遅くなったような気がして、五人が放った矢が酷く遅く見えたが、それを防ぐ術は僕にはない。


 矢の一本は、僕の顔に向かって飛んで来る。

 騎士になれずに、罠にかかった獣みたいに殺されるなんて……。


 死を覚悟した直後、五本の矢は突然勢いを失って地に落ちた。


「雷!」

「うぎぃ……」


 いつもの時間を取り戻した世界で、空の上から鋭い声が聞こえ、矢を放った五人の男は体を不気味に硬直させた後でバタバタと倒れた。


「よくも、俺の大事な友達を傷付けてくれたな! お前ら一人も逃がさないから覚悟しろ!」


 空の上で怒りに声を震わせるニャンゴに向かって次々と矢が飛ぶが、全部当たる前に弾き飛ばされる。


「粉砕!」


 轟音と共に樹齢五十年以上経っていそうな巨木が、数本まとめて粉々に吹き飛ばされた。

 僕らの方にも木の破片が飛んで来たが、見えない壁が全て遮ってくれた。


「雷! 雷! 雷! 雷!」


 僕とザカリアスが呆気に取られる前で、ニャンゴの怒りはまだ収まりそうもなかった。

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