第327話 グロブラス騎士団の動き

「いったい、どこまで行くつもりなんだ?」


 セルージョがボヤくのも当然で、夏の夕暮れ時を迎えてもケラピナル商会の馬車は走り続けている。

 途中にあった小さな村は素通り、というよりも速度を上げて一気に通過してきた。


 休息も川の近くなどではなく、刈り入れが終わった麦畑に囲まれた見通しの良い場所でとっていた。

 要するに、人がいそうな場所、隠れていそうな場所は危険で、おちおち休んでもいられないという事なのだろう。


 どれだけ治安が悪化しているんだ……騎士団は何をやっているんだと思ってしまう。

 だが、役立たずと思われた騎士団の働きは、この直後に目にすることとなった。


「止まれ! 全員の身分証を見せろ! 荷物も改めるぞ!」


 ゴロージという城壁に囲まれた街の入口には、完全武装した騎士の姿があった。

 ここは、グロブラス領の商業の中心となる街だそうだ。


 街の規模としてはイブーロの三分の一程度で、城壁もただの壁が立っているだけだが、それでも商業都市としての体裁は整っている。

 壁の内側のあちこちには、新たに建てたらしい物見櫓があって、騎士が目を光らせていた。


 ここでも王家の紋章入りのギルドカードは威力を発揮して、刺々しかった騎士の態度が軟化したので少し事情を聞いてみた。


「随分と厳重な警戒をしていますが、ここは狙われているんですか?」

「はい、連日のように反貴族派の連中が襲撃を掛けてきます。攻撃自体は大規模なものではありませんが、魔銃を使ってくるので火災を防ぐのに苦慮している状態です」

「街の中の人達には、反貴族派はいないんですか?」

「いませんよ! みんな安心して眠れなくて迷惑していますし、殆どの者が反貴族派を憎んでいますね」

「なるほど……でも、そうなると農作物とかは入荷しなくなるのでは?」

「いえ、農民も全員が反貴族派という訳ではありませんし、収入を得るために作物は持ち込んで来ますよ」

「そうなんですか。色々複雑そうですね……」

「えぇ、騒ぎを起こしているのは農民の中でも貧しい連中と、騒ぎに乗じて甘い汁を吸おうなんて考えている不届き者です」


 門を守っている騎士達も、憤懣やるかたないといった表情で頷いていた。

 貧しい農民の窮状には心を痛めているが、それを扇動する連中に対しては怒りを覚えているのだろう。


 騎士団が守りを固めているおかげで、街の中はいたって平穏だった。

 宿では女将さんが、下にも置かない歓迎をしてくれた。


「まぁまぁ、この物騒な中を良くおいでなさった。部屋は空いているから、ゆっくりしてください」


 ケラピナル商会の仕入れ番頭ペデーラは、チャリオットのためにも四人部屋を二部屋用意してくれた。

 夜通し交代で見張りをしながらの野営かと思っていたので、これにはみんな喜んでいた。


 特に女性陣は、ゆっくり入浴が出来ると喜んでいるのだが、それはつまり俺の仕事が増えるということでもある。

 空属性魔法で湯船を作り、お湯を溜め、入浴後は髪や尻尾を乾かさなければならない。


 下手をすると丸洗いされて、丸洗いしなきゃいけなくなるから大変なのだ。

 まぁ、シューレの丸洗いはミリアムに任せるとしよう。


「うんみゃ! この鶏、うみゃ! 肉が柔らかくてシットリしてるし、甘酸っぱいソースが、うんみゃ!」


 夕食は、鶏肉のソテーがメインだったのだが、これが絶品だった。


「あははは、お口に合ったようで何よりだよ」

「この鶏は元々肉が柔らかいの?」

「それは夏みかんの汁に漬けておいたものだよ。ハチミツを混ぜてあるから、肉が柔らかくなるんだよ」

「なるほど、ハチミツの効果なのか……うみゃ!」


 美味しい料理があれば、普段ならセルージョたちの酒量が増えるところだが、さすがにいつ襲撃があるか分からない状況では飲む気にはならないようだ。

 夕食の後で、ペデーラとライオスが明日の予定について打合せを始めたので、同席させてもらった。


「順調に進めれば、明日の昼過ぎにはカーヤ村の商会に辿り着ける予定でいます」

「カーヤ村も、ここと同じような状況なのか?」

「いいえ、ここよりも状況は複雑です」


 カーヤ村は、グロブラス領で作られて他領へと輸出される農作物の集積地になっていて、村ではあるけれど、ゴロージよりも面積は広く多くの倉庫が建ち並んでいるそうだ。


「農作物の集積地ということで、貧しい農民の中に、自分が汗水垂らして作った物で苦労せずに儲けている連中がいると思われているようです」

「それは、この街も同じようなものじゃないのか?」

「そうなんですが、カーヤ村は内部での貧富の差が大きく、村の中に反貴族派が潜伏しているようなのです」

「それは、騎士団が摘発すれば済む話じゃないのか?」

「そう簡単にはいかないのです」


 反貴族派といっても普段は一般人と何ら変わりは無いし、剣や槍を所持することも禁じられていない。

 魔銃や粉砕の魔道具のような特徴的な品物を所持していれば、連行して取り調べを行うことも出来るかもしれないが、何の証拠も無しに連れていくことはさすがに出来ない。


「ここまで二回の襲撃のように、魔銃を使った連中ならば分かりやすいですが、カーヤ村に潜伏している連中は自ら名乗ったりしません。表立った襲撃もありましたが、放火と思われる不審火とか、行方不明になって死体で発見されるといった目立ちにくい事例が増えていて、住民同士が互いを信用しきれない状態です」

「騎士団は、どういった対応をしているんだ?」

「まず手をつけたのは輸出用の穀物を備蓄している倉庫の警護でした。カーヤ村の倉庫は、グロブラス領にとっては重要な外貨獲得の手段ですし、利益が上がれば治める税金が増えて伯爵様の懐も潤います」

「逆に燃やされてしまえば、税収が落ち込んで伯爵の実入りも減るという訳だな」

「その通りです。我々は穀物を扱っておりませんので、護衛は自前で調達せざるを得ませんでしたが、穀物をエスカランテ領やレトバーネス領に運ぶ馬車は騎士団が護衛しています」


グロブラス領の騎士団は、そうした護衛や街の治安維持で手一杯になり、肝心の反貴族派の摘発に多くの人員を割けない状態が続いているようだ。


「今回仕入れてきた品物があれば、当面の商売には問題はございません。いずれ仕入れに行かなければならなくなるでしょうが、その頃には少しは状況も良くなっているでしょう」

「そうか……どう思う、ニャンゴ」

「そうですねぇ……王国騎士団の頑張り次第って感じですかね?」


 腹の内を探られるのを嫌っていたのか、グロブラス伯爵は王国騎士団の派遣に反対していたようだが、ここまで状況が悪化してはさすがに耐えきれなかったのだろう。

 王国騎士団が、どの程度の規模で、何を目的として派遣されて来るのかが不明なので何とも言えないが、人員不足を解決する手段としては有効だ。


 グロブラス領の騎士と協力して、反貴族派の摘発を進めてくれるならば、ペデーラの見通し通りになるだろう。

 逆に、王国騎士団の目的が伯爵の失脚に主眼が置かれたものならば、反貴族派への直接的な摘発は行われずに、事態は長引くかもしれない。


 俺の話を聞いたペデーラは表情を曇らせた。


「これ以上、騒動は長引いてほしくないのですが……」

「勿論、王国騎士団も早期の解決を望んでいると思いますよ。ただ、グロブラス伯爵がどの程度協力するのか、それに王国騎士団の人達は土地勘も無いでしょうし、簡単に片付くとは考えない方が良い気がしますね」


 チャリオットは、ケラピナル商会の馬車を護衛してカーヤ村まで行き、報酬を受け取ることになった。

 グロブラス領に入ってからの襲撃については、報奨金の受け取りを放棄した状態なので、その分をケラピナル商会で負担してくれるそうだ。


 実際、俺達が介入していなければ、どちらの襲撃でも積み荷を失い、人命も失われていたかもしれないのだから、その程度の報酬は安いものだろう。

 ギルド経由の依頼ではないが、ギルドの基準に準ずる報酬が支払われるように、ペデーロが商会主と交渉してくれるらしい。


「うちとしては有難い話だが、大丈夫なのか?」

「最終的な判断は旦那様になりますが、おそらくは大丈夫です。うちの旦那様は、目先の利益だけを考える方ではございませんから」

「そうか、とにかく我々としては、無事にカーヤ村の商会まで送り届けられるように力を尽くさせてもらう」

「よろしくお願いいたします」


 明日は、夜明け前には宿を出て、開門と同時にカーヤ村を目指す。

 馬の負担が少ない涼しい時間に、少しでも距離を稼いでおくつもりだそうだ。


 俺とライオスも、明日に備えて部屋に戻り、早めに就寝することにした……のだが、俺は女性陣へのご奉仕で、もうひと働きした上に、レイラに捕まって一晩抱き枕を務める羽目になった。

 みんな、猫人使いが荒すぎると思うんだよなぁ……。

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