第278話 変革

「何時から考えていたんですか?」

「んー……ニャンゴがワイバーンを仕留めた時ぐらいかな」


 ポラリッケは夜までお預けになって、昼食はいつもの食堂で済ませた後、市場に買い出しに来た。

 チャリオットのみんなから、そんなに米が旨いなら食わせろと言われて、食材を追加しようと拠点を出たら、レイラさんが一緒に行くと言い出したのだ。


「えっ、そんな前からなんですか?」

「でも、ちょっと面白そうって思ったのは、ニャンゴがイブーロに来た頃よ」

「えぇぇ……どうして?」

「だって、ブロンズウルフを討伐して、チャリオットにスカウトされて、シューレまで引き込んじゃう猫人なんて普通じゃないわよね」

「そうなのかなぁ……」


 普通じゃないと言われても、本人はそんなに特別なつもりはないから良く分からない。


「だって名誉騎士よ、名誉騎士。普通なわけないじゃない」

「んー……たまたまですよ」


 名誉騎士は、いわゆる武功を上げなければ叙任されないので、戦乱の無い平和な時代が続いているので選ばれるチャンス自体が無いのだ。

 俺が叙任されたのは、王都で起こった反貴族派の襲撃に偶然遭遇して、能力を生かしやすい状況だったからだ。


「それでも、ニャンゴが名誉騎士に叙任されたのは事実よ。偶然であろうとなかろうと、危機に対して冷静に行動して結果を残せたのは間違いないでしょ」

「まぁ、そうですね。でも、あんまりピンと来ないんですよねぇ……それに調子に乗ると足元を掬われそうだし」

「まぁ、そういう所がニャンゴの良いところね」


 ポラリッケの切り身を人数分になるように追加購入して、他にもう一品なにか作れないかと市場を歩いていると、茶色いペーストが売られていた。


「お、お、おじさん、こ、こ、これ……」

「これかい、これはラーシといって、豆を醗酵させた調味料だ」

「ちょっと味見させて」

「いいけど、しょっぱいぞ」

「んー……うみゃ!」


 完全に味噌だった。

 俺の個人的な好みとしては、もう少し豆の粒が残るぐらいの方が好きなのだが、これで味噌汁が作れるし、他の料理の味付けにも使える。


「どうだい、コクがあって奥深い味だろう」

「おじさん、これちょうだい」

「はいよ、毎度あり!」


 店のおじさんの話では、イブーロではまだ珍しいが、王都の方では普通に見かけるようになっているらしい。

 だとしたら、ダンジョンのある旧王都辺りでも手に入るかもしれない。


 ラーシを大きめの壺で購入した。

 味噌汁の具材としてデルム芋と、もう一品の材料としてオークのスライスとキャベツを買い込んだ。


「何を作るの?」

「それは、出来上がってからのお楽しみ」

「そうね、食いしん坊のニャンゴが作る料理は楽しみだわ」


 買った品物を空属性魔法のカートに載せて拠点へ戻ると、前庭でセルージョが弓を引いていた。

 言葉通り、矢を番えずに弦を引いて感触を確かめているようだ。


 弓の感触を確かめているのは、ダンジョン攻略のためだ。

 これまでセルージョが使ってきた弓は、いわゆる長弓と呼ばれる長いサイズのもので、威力は出せるが狭い場所での取り回しには向いていない。


 試しているのは、半弓と呼ばれる短い弓だ。

 サイズが違えば感覚も異なるだろうし、何本かの弓を試してシックリ来るものを選んでいるのだろう。


「おぅ、何やら随分と買い込んで来たみたいじゃないか」

「はい、夕食は期待してもらっていいですよ。でも、酒のツマミは自分で用意してくださいね」

「まぁ、それはしょうがねぇな」

「弓は、シックリきそうですか?」

「まぁ、シックリこなくても慣れるしかねぇけどな。明日あたりギルドの射撃場で試してみるさ。実際に矢を射ってみないと分からないからな」


 セルージョだけでなく、ライオスも装備の見直しを行っているようだ。

 ライオスは大剣を振り回すスタイルだが、これも狭い場所での戦闘には向いていない。


 盾と重みのある片手剣というスタイルを模索しているらしい。

 ガドは、大型の魔物相手ではない通常の討伐で使っている盾と片手剣でいくようだ。


「そういえば、レイラさんはどんな武器を使うんですか?」

「私は、ナックルブレードよ」

「ナックルブレード……?」

「後で見せてあげるわ」


 ナックルブレードとは、斧の刃の部分に似た形で、拳で握り込んで使うらしい。

 メリケンサックとか、カイザーナックルとか呼ばれているものに刃を付けた感じだろうか。


 シューレとの手合わせのようなインファイトが基本だそうで、俺から見るとリスクの高い戦い方のように感じる。


「私は、属性魔法よりも身体強化の方が得意なの」

「そう言えば、以前俺を抱えて上げた時に身体強化魔法を使っているって言ってましたね」

「そう、あれもそうなんだけど、私が得意としているのは硬化よ。ほら、触ってみて……」


 レイラさんが差し出してみせた左腕は、全く力が入っているようには見えないのだが、触ってみると固い木材か石材のような感触だった。


「えぇぇ……こんなに固くなるんですか?」

「硬化は相性があるみたいだし、練習を繰り返さないと出来るようにはならないわよ」

「もしかして、防具よりも固くなったりします?」

「うーん……どうかしら、やれば出来るかもしれないけど、防具は防具で身に着けるわよ」


 硬化の身体強化は、衝撃を受け止めるのには有利な半面、使うタイミングを誤ると動きを阻害してしまうそうだ。

 確かに関節まで硬化させてしまったら、曲げ伸ばしが出来なくなりそうだ。


「運動能力を高める強化と衝撃に備える硬化、その素早い切り替えこそが私の真骨頂よ」


 ニッコリと微笑んだレイラさんの表情は、カーゴパンツと普通のシャツというラフな服装もあってか、酒場のマドンナではなく腕の立つ冒険者に見えた。

 拠点の台所に買ってきた食材を置いて、屋根裏部屋にお米を取りに上がると、荷物が増えていた。


「えっ……これって」

「ゴメンね、ニャンゴ。もうあっちのアパートは引き払っちゃったから」

「うえぇ? まさかレイラさん、ここに住むんですか?」

「何か問題ある?」

「いや、さすがに同じ部屋に住むのは……」

「別にいいじゃない。恥ずかしがるような間柄じゃないんだし」

「それは、そうかもしれないけど……兄貴も一緒ですよ」

「別に大丈夫よ、私は問題無いわ」


 シューレとの手合せを見るまでもなく、兄貴がレイラさんをどうこう出来るとも思っていないけど、逆に兄貴には刺激が強すぎるような気がする。


「大丈夫よ、さすがに裸でウロウロしないから。そこまでセルージョにサービスする気は無いわ」

「まぁ、それならいいですけど……」


 そもそも、俺達猫人には、広いスペースは必要無い。

 広い場所よりも、フカフカの寝床があれば良いので、屋根裏部屋のスペースをレイラさんに浸食されても問題は無い。


「レイラさん、酒場の仕事はいつまでやるんですか?」

「もう辞めちゃったわよ」

「えぇぇ……みんなから恨まれそう」

「大丈夫よ、どうせ旧王都に拠点を移しちゃうんだから」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「それと、同じパーティーの仲間なんだから、レイラさんなんて他人行儀な呼び方しないでね」

「えっ、なんて呼べば……」

「レイラって、呼び捨てでいいわよ」


 ニッコリと微笑み掛けてくるレイラさんを言い負かす自信なんて全く無いので、他の冒険者がいる場所では名前を呼ばないようにしよう。


「分かったよ、レイラ」

「はい、良く出来ました」


 レイラにギューって抱きしめられた後、鼻先にチュっとキスされた。

 うん、こんな姿はギルドでは見せられないな。


 ダンジョン攻略のために旧王都に拠点を移すとしても、安心して帰って来られなくなる。


「ところでニャンゴ、今夜は何を作るの?」

「デルム芋の味噌汁とポラリッケのムニエル、オークの回鍋肉、それにホカホカご飯だよ」

「ミソシル……?」

「あぁ、ラーシを使ったスープのこと……」

「ふーん……それじゃあ、ニャンゴのお手並み拝見ね」

「うん、でも上手くいくかどうかは分からないよ」

「失敗したらニャンゴ自身が食べる物が無くなっちゃうんだから大丈夫でしょう」

「まぁ、わざと失敗なんてする気は無いけどね」


 里帰りの荷物を置いて、米櫃代わりの箱からお米を出して、さて夕食の支度を始めようか。

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