第276話 魔物が増える理由
オーガを追い払い、コボルトの巣を討伐した件の騎士団への報告は、同行した三人にお願いした。
昨日までの雨で川の水が濁っていたので、摘んできた薬草は空属性魔法の魔法陣で出した水でキンブルに教えながら洗って、カリサ婆ちゃんの薬屋に戻る。
「婆ちゃん、ただいま。ヨツバユリの根を掘って来たよ」
「おかえり、ニャンゴ。丁度良い時期だけど、北側の山には入れなかったから困っていたんだ。ありがとうね」
「キンブルに場所を教えておいたから、もしまた足りなくなったら駐留している騎士に頼んで一緒に行ってもらえばいいよ」
「そんな事を頼んでも良いのかい?」
「村の生活に関わるから行ってもらえるように頼んでおいたから大丈夫だよ」
「さすが名誉騎士様だねぇ、頼りになるよ」
「えへへ……そうでもないよ」
カリサ婆ちゃんに名誉騎士様なんて呼ばれると、なんだか照れくさい。
薬草採取に同行しなかったイネスは、今日は薬の調合の仕方をカリサ婆ちゃんに習っていたようだ。
一昨日の晩、自分の置かれている立場について、カリサ婆ちゃんから諭されたからか、昨日も今日もイネスは真面目に仕事に取り組んでいるように見える。
いつまで持つか不安だけれど、キンブルが薬草を採取して来て、イネスが薬に加工するなら良いコンビになりそうな気もする。
少なくとも、今のキンブルはミゲルよりも遥かに優良物件に見える。
まぁ、外野の俺がゴチャゴチャ言うと変な風に関係が捻じ曲がったりしそうなので、何も言わないでおこう。
今日摘んできた薬草を確認してもらったら、カリサ婆ちゃんが店の引き出し開けて、俺にお金を差し出した。
「ニャンゴ……少ないけれど、今日の薬草の分だよ」
「何言ってるんだよ、婆ちゃん。俺が勝手にキンブルに教えただけだから、お金なんて要らないよ」
「そうはいかないよ。名誉騎士様をただ働きさせる訳には……」
「やめてよ婆ちゃん、確かに名誉騎士に叙任されたけど、ここにいる時はただのニャンゴなんだから、変な気を使わないでよ」
カリサ婆ちゃんが差し出したお金には銀貨も混ざっている。
一回に買い取ってもらう薬草の値段としても高すぎだ。
「そうは言っても……」
「婆ちゃんが薬草代を俺に払うって言うなら、俺も婆ちゃんにお焼きの代金を払わなきゃいけなくなっちゃうよ」
「あれは、あたしが好きで作ってるんだし……」
「婆ちゃん。俺、イブーロで一人前の冒険者として稼げるようになったよ。それに、たまにしか帰って来れなくなっちゃったんだから、帰ってきた時は婆ちゃん孝行させてよ」
「そうかい……じゃあ、そうさせてもらうよ」
もしかすると、カリサ婆ちゃんは俺に小遣いをやりたかったのかもしれないけど、もう貰うのではなくてあげる専門にしたい。
でも、カリサ婆ちゃんは俺がお金を差し出しても受け取ってくれないと思うから、里帰りする時にはお土産を沢山買ってくるつもりだ。
カリサ婆ちゃんが買取のお金の代わりに夕食を作ってくれるそうなので、その前に用事を片付けてこよう。
向かったのは、村長の家だ。
俺が村にいた頃は、オーガやオークなんて滅多に見掛けなかったが、今日同行した騎士によれば近頃は良く見かけるらしい。
遠くから魔法で追い払える場合もあるが、襲って来られて討伐しなければならない時もあるそうだ。
コボルトの群れの規模が、普段よりも大きかったことも気に掛かる。
こうした状況は、何年かに一度程度は起こるものなのか、それともこれまでに無かった異常事態なのか、村長に尋ねてみようと思っている。
村長の家の敷地に入ると、離れの方から歩いて来るゼオルさんと出会った。
「よぉ、ニャンゴ。オーガにコボルト、随分と働いたみたいだな」
「えぇ、コボルトは思っていたよりも大きな群れを作っていたので、野放しにすると山の獣を食べ尽くして村に下りてくるような気がしたので討伐しました」
「何頭いた?」
「正確に数えていませんが、五十頭前後はいましたね」
「そんなにか……時期としては少し早いが、騎士団がいる間に巣を潰して回った方が良さそうだな」
「その方が安心ですね」
山の魔物が増えている件で、村長に話を聞きに行くと告げると、ゼオルさんも同席してくれることになった。
ゼオルさんは、アツーカ村に来てから十年も経っていない。
山の異変についての知識は無いかもしれないが、討伐する場合には欠くことの出来ない人なので、同席してもらえるのは心強い。
幸い、村長は家にいて、用件を伝えるとすぐに会ってくれた。
「魔物が増える頻度か……私の知る限りでは、数十年に一度程度だと聞いている」
村長自身が経験するのは今回が初めてで、話として聞いているのは、村長の祖父の頃まで遡るそうだ。
「その時は、何が原因だったのですか?」
「残念ながら原因については分っていない」
「どのような対応を行ったのですか?」
「その当時も騎士団の助力を得て、追い払ったり、討伐したそうだ」
その時は、半年以上も魔物が多い状態が続き、山が雪に閉ざされるまで終わらなかったそうだ。
「今回も冬まで続くんでしょうか?」
「さぁて、それは私にも分らないな」
「せめて原因だけでも分かれば、対策が立てられるかもしれないのに……」
俺が魔物が増えた原因について考えを巡らせていると、それまでは聞き役に徹していたゼオルさんが口を開いた。
「一般的な話だが、魔物どもが人里へ下りてこようとする理由は、主に三つに分けられる」
「三つですか……?」
「そうだ、一つ目の理由は単純に数が増えた場合。これは説明するまでもないが、縄張りを確保出来ない者達が外に押し出される」
「その場合だと、押し出された分を討伐すれば村の安全は確保できそうですね」
「それも、相手の数によりけりだが、騎士団が駐留してる間に片付けちまうのは一つの手だな」
アツーカ村では、毎年秋になるとゼオルさん指揮の下、ゴブリンやコボルトの巣を討伐している。
戦力は、ゼオルさんの訓練を受けた村のオッサン連中だ。
幸い、ゼオルさんの指揮が的確なので、死者や重傷者は出さなくなったが、それでも戦力としてはラガート騎士団の騎士達とは比べ物にならない。
安全に討伐を終えるならば、騎士達の助けを借りない手はない。
「二つ目の理由としては、山や森の食い物が足りなくなった場合だ。天候不順などで食い物となる木の実などが不作になると、餌を求めて人里近くまで現れる」
これは、前世の頃にクマやイノシシが出没する理由として知られていたが、異世界でも事情は一緒らしい。
「でも、去年も今年も、極端な天候不順にはなっていませんよね?」
「その通りだ。食料不足が起こっているとしたら、単純に数の増えすぎによるものだろう」
「最後、三つ目の理由は何ですか?」
「三つ目は、強力な魔物が現れた場合だ」
「強力な魔物って、ブロンズウルフとかワイバーンみたいな感じでしょうか?」
「そうだな、そのクラスの魔物が現れた場合には、大きな縄張りを主張するから、結果的に他の魔物が押し出される形になるだろうな」
可能性としては十分に考えられるが、確かめる方法が無い。
何よりも、討伐に行くことが現実的じゃない。
「でも、その強力な魔物が現れた場合でも、押し出された魔物を討伐すれば済むんじゃないですか?」
「そうだな、そいつの縄張りが動かなければ……だな」
「あっ、そうか、縄張りを広げたり、移動させたりしたら更に他の魔物が押し出される可能性がある訳ですね」
「そういう事だ」
脅威の度合いとしては、強力な魔物が現れた場合の方が高いものの、我々に出来る対策は
押し出された魔物を追い払うか討伐するしかない。
結局、ラガート騎士団の手を借りて、例年よりは早いですが、ゴブリンやコボルトの巣を討伐しておく事になった。
「俺も手伝いますよ」
「いや、必要無い」
「えっ、でも俺がいた方が安全に討伐できますよ」
「確かにその通りなんだが、村の連中に本職の戦い方を見せてやりたい。頼りになるのは十分に分っているが、ニャンゴの魔法は真似できないからな」
「なるほど、ついでに村の戦力アップも目論んでいるわけですね?」
「そうだ、いつもニャンゴが居てくれるわけじゃないからな」
実際、明後日にはイブーロに戻るつもりでいるし、全ての討伐には参戦出来ない。
「ゼオルさん、村を頼みますね」
「ふふん、言われるまでもない。今は騎士団も駐留しているんだ、そんなに心配するな」
「はい、よろしくお願いします」
今回の討伐については、ゼオルさんと村のオッサン達、それにラガート騎士団の皆さんに頼むとしよう。
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