第231話 旅の途中(カバジェロ)

※ 駆け出し冒険者ジェロのその後です。


「殺すなよ」

「なんでだ!」

「いいから殺さず追い払え。それとも出来ないのか?」

「くっ……やってやる。炎よ!」


 馬車の行く手に立ちふさがったオークに向かって魔法を投げつける。

 二、三発でゴブリンを焼き殺せる程度の火力があり、直撃させたらオークでも死ぬかもしれないと思い、足元に叩き付けた。


「ブギィィィ!」


 道に広がった炎に驚いて、オークは二、三歩後退りしたが、炎の勢いが弱まると踏み越えて来た。


「直接ぶつけろ、その程度の威力なら一発当たっただけじゃ死なん」

「分かった。炎よ!」


 馬車の御者台に座ったまま、頭上に掲げた手の先に火球を生み出し、オーク目掛けて投げつける。


「ブギィ?」


 狙いがハズレた火球は、オークの肩先をかすめて後方へと飛んでいった。


「どうした、しっかり狙え」

「くそっ、炎よ!」


 今度の火球は、逆方向へとハズレてしまった。


「的の大きい腹を狙え!」

「炎よ!」


 四発目の火球は、真っ直ぐオークに向かって飛んでいったが、右手で叩き落されてしまった。


「ブギィィィィ!」


 腹には命中しなかったが、炎はオークの右手にまとわり付いて燃えている。


「どうした、呆けてないで追撃だ」

「殺さないんじゃないのか?」

「まだ追い払えてもいないぞ」

「くっ、炎よ!」


 五発目の火球は、オークの左胸を直撃した。


「ギヒィィィィィ……」


 オークは、道の上で転がり回って火を消そうともがいている。


「もう一発、ケツに叩きこんでやれ」

「炎よ!」


 六発目の火球は、狙い通りに転げまわるオークの尻を直撃した。


「ブギャァァァァ!」


 悲鳴を上げたオークは、森の奥を目指して走り去っていった。


「なかなかのもんだ。経験を積めば護衛としてやっていけるぞ」

「なんで倒さないんだ?」

「俺達の仕事はオークの討伐ではなく馬車の護衛だからだ」

「殺したって馬車は守れるぞ」

「そうだな。だが、死体を片付けている暇は無い。かと言って、放置しておけば別の魔物を引き付けてしまう。死体の処理が出来ない者は、魔物は殺さず追い払うのが街道を進む者のマナーってやつだ」

「なるほど……」

「さて、出発するぞ」


 タールベルクは、キャビンにいる雇い主に声を掛けると、ゆっくりと馬車を動かし始めた。

 カーヤ村を出発して二日目、俺はまだタールベルクが用心棒を務めている商会の馬車に乗っている。


 初日に魔法を披露すると、タールベルクが雇い主に臨時の護衛として雇うように進言してくれたのだ。

 今のように魔物が出たら護衛として働く代わりに、キルマヤまで馬車に乗せてくれて、宿と食事も用意してくれる約束だ。


 別に宿代や食事代に困っている訳ではないが、余分な金を使わず、しかも楽が出来るのだから断る理由は無かった。

 タールベルクの雇い主は、エスカランテ領のキルマヤに本拠地を置くグラーツ商会の会長で、オイゲンというシマウマ人の男だ。


 余程タールベルクを信頼しているのだろう、得体の知れない猫人の俺に胡乱な視線を向ける事すらなく、あっさり臨時の護衛として雇った。

 グラーツ商会は家具などの製品を扱っている店で、今回はレトバーネス領のクラージェまで商談に出向いた帰りらしい。


「なぁ、俺でもオークを倒せるよな?」

「そいつは、やり方次第だが、今の魔法の腕前では難しいな」

「いや、さっきのは殺すなと言われたから手加減しただけだ」

「そうか、では火球の速度はあとどの程度上げられる?」

「速さは……」

「さっきの何倍の速度で連射が出来る? 何発まで撃ち続けられる?」


 威力は少し落としたつもりだが、火球の速度や連射の速度はあまり上げられる気がしない。

 あと二十発ぐらいは撃ち続けられるとは思うが、それ以上は試したことがないから分からない。


「ジェロの魔法は、発動も早いし威力もまあまあだが速度が足りん。それに、片腕片足が無いというハンディキャップもある。戦う以外の選択肢が無い状況ならば仕方ないが、一人でオークに立ち向かうのは自殺行為だな」

「なんでだ。さっきだって当たれば動きを止められたぞ。あの状態で畳み掛ければ、止めだって刺せただろう」


 腕に火がついただけでオークは悲鳴を上げていたし、胸に直撃した後は転げ回っていた。

 まだ威力は上げられるし、オークだって倒せるはずだ。


「さっきのオークは、ハグレと呼ばれている若い個体だ。まだ経験も乏しく、それこそ冒険者と戦ったことすらなかったのだろう。歳を重ねたオークになると、ジェロ程度の魔法なら軽く避けてみせるぞ」

「だったら引き付けて、避けられないタイミングで撃てば……」

「オークの突進を甘くみるなよ。本気で突っ込んでくる奴は、魔法を三、四発食らった程度では止まりもしない。引き付けて……なんて考えてたら、踏みつぶされちまうぞ。オークの突進を避ける自信はあるか?」

「それは……」


 杖にすがってヨタヨタしか動けない俺では、オークの突進を避けるなんて出来るはずがない。

 魔法で止められなければ、待っているのは死だけだ。


「ジェロ、お前はさっきのオークみたいなもんだ。圧倒的に経験が足りん。それに、自分に何が出来て、何が出来ないかの見極めも甘い。もう少し慎重にならないと、早死にするぞ」

「そ、それでも、ゴブリンやコボルトなら倒せたぞ」

「運が良かったんだろうな。狩る側と狩られる側、いつ立場が逆になっていても不思議じゃなかったはずだ」


 確かに、倒したゴブリンやコボルトは、先にこちらが気付いて先制攻撃が出来たから倒せた。

 それに頭数も二頭までだったが、あれが四頭、五頭の群れに囲まれていたら、奴らの腹の中に納まっていただろう。


「俺には魔物の討伐は無理なのか?」

「まぁ、一人では無謀だな」

「仲間がいれば、大丈夫なのか?」

「見つかれば……の話だな」

「そうか……この体じゃ無理か」

「五体満足だったとしても、猫人の場合には特殊能力持ちでなければパーティーへの加入は難しいぞ」

「特殊能力?」

「索敵や罠感知とかだが、そうした能力の殆どは風属性魔法を応用するから、お前では難しいな」

「そうか、じゃあ運に任せてゴブリンを倒して生きてくしかないな」


 索敵だとか罠の探知とか、不器用な俺に出来るとは思えない。

 この体じゃ、魔法を使って何とかするしかなさそうだし、運任せの魔物退治ぐらいしか稼ぐ方法が思い付かない。


 五体満足だったなら、今のような魔法は使えていなかっただろうし、どっちにしたってロクな人生を送れていなかったはずだ。

 だったら、運任せだとしても戦って生きる方がマシってもんだろう。


「ジェロ、俺の助手になってみるか?」

「はぁ? 助手だと……?」

「そうだ、護衛の見習いみたいなものだな」

「一人じゃオークも倒せないのにか?」

「別に倒す必要は無い、さっきみたいに追い払えれば十分だ」

「護衛は、あんた一人で十分じゃないのか?」

「まぁ、そうだな。オーク程度は追い払えるが、俺は水属性だからな加減が難しいのさ」


 魔物も獣と同様に火を恐れるらしく、余程空腹とか手負いでなければ、さっきのように体が炎に包まれると恐怖して戦意を失うらしい。

 だが、水属性の魔法は炎のように恐れないので、体にダメージを与えるような攻撃をする必要があるそうだ。


 ダメージを与えれば、場合によっては逆上して襲ってくる場合もあるし、手負いとなって別の人間を襲う可能性もある。

 馬車を護衛して魔物を追い払うには、火属性の方が断然有利だそうだ。


「俺でも、役に立つのか」

「勿論だ。経験を重ねて、魔法の腕を磨くなら、正式に雇ってもらえるように俺が推挙したって構わんぞ」

「こ、こんな体だぞ」

「見れば分かる」

「お、俺は猫人だぞ」

「それも見れば分かる」

「本当にいいのか?」

「まぁ、助手と言っても、宿と飯の他は小遣い程度しか出せんが、それでも良いなら……」

「やらせてくれ。俺は……俺は物を知らなすぎる。だから……」

「まぁ、そう気負うな。一度に何でも覚えられるものじゃない。急に強くなれるはずがない。何事も小さなことの積み重ねだ。慌てて積んでも、無理が祟って崩れるだけだ」


 タールベルクは、Aランクの冒険者だったそうだ。

 一線から身を引いて今の仕事をしているそうで、俺が色々なことを習うには最適な人物に思える。


「そうか、そうだな……積み重ねか」


 貧乏な開拓村に生まれ育った俺は、今まで無駄な苦労しか重ねてこなかったのだろう。

 まともな生活が出来るようになるには、まともな経験を重ねていくしかない。


「あいつは、どれだけのものを積み重ねたんだ……」


 人並みに魔法が使えるようになって、開拓村という狭い世界から飛び出してみて、改めて片目の黒猫人の異常さを思い知った。

 猫人の身体で、あれほどの強さを手に入れるには、一体どれほどの積み重ねをしたのだろう。


 どれだけの年月、鍛錬を続け、経験を積み重ね続けてきたのだろう。


「どうかしたのか?」

「いや、先は長そうだと思って……」

「ふふっ、それだけ楽しみがあると思え」

「そうか、そうだな……」


 軽快な蹄の音を響かせて、馬車は一路エスカランテ領のキルマヤを目指す。

 カーヤ村から歩き出した時には、目的も意味も曖昧だったけど、どうやら俺にも行先が出来たようだ。


 いずれラガート領にも行くつもりだが、少し寄り道していくのも悪くないはずだ。

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