第225話 ダンジョンの略図

 風が吹いている。野営のために馬車を止めた河原に、周囲から集められた風が上空目掛けて吹き上げられている。

 風を集めて操っているのは、チャリオットの白猫人ミリアムだ。


「もっと強く……」

「はい」

「もっと広く……」

「はい」

「もっと激しく……」

「はい!」


 ミリアムから五メートルほど離れた場所から指示を出しているのは、同じく風属性のシューレだ。

 この状態でミリアムは、もう一時間以上全力で魔法を使い続けている。


 それでも魔力切れを起こして倒れないのは、俺が魔力回復の魔法陣を使ってブーストしているからだ。

 今、ミリアムが使っている魔法も、これまでのものよりもだいぶ規模が大きくなっているように見える。


 この訓練方法は、俺が魔力回復の魔法陣の話をした時にシューレが思い付いたものだ。

 ミリアムは、俺や兄貴のように魔物の心臓を食べたことが無いので、一般的な猫人と同等の魔力指数しか持ち合わせていなかった。


 シューレの指導によって索敵の方法などは学んではいるが、やはり絶対的に魔力が不足している感は否めない。

 魔力が少なくても、ある程度の索敵は行えるが、有効範囲が狭かったり、索敵を終えるまでに時間が掛かってしまったりするらしい。


 魔力指数を増やすには、自分の限界に抗って魔法を使い続けるしかない。

 それでも普通のやり方では、なかなか魔力指数は増えていかない。


 自分の限界に抗って魔力を使えば魔力切れを起こしてしまい、長時間続けることは不可能だからだ。

 そこで魔力回復の魔法陣を使い、消耗するそばから回復させ、限界に抗う魔法を長時間使わせている。


 自分でも体験したから分かっているが、このやり方ならば魔力切れの心配は無いが、魔法を使い続ける疲労感は蓄積していく。

 実際、ミリアムもそろそろ限界が近いようで、先程まではスムーズに流れていた風が乱れ始めている。


「集中して……」

「は、はい」

「意識を遠くまで広げて……」

「は、はい……ふにゃぁ……」


 ぐらりと傾いたミリアムの体を、素早く近づいたシューレが受け止めた。


「よく頑張ったわ、今日はここまで……」

「ふみゃ……」


 精魂尽き果て、シューレの腕の中でグッタリしているミリアムは、服を着せられてフテ寝している白猫のようだ。

 シューレに拾われてきた頃は、色々と甘さも目立っていたミリアムだが、チャリオットがダンジョンに挑むという方針が打ち出された後からは、目の色が変わってきているように感じる。


 チャリオットに所属する猫人は、俺と兄貴とミリアムの三人だが、ダンジョン攻略の戦力と考えた場合、自分だけ力量不足だと感じたようだ。

 ミリアムに求められる役目は索敵と罠の感知、いわゆるシーカーとしての役割だ。


 勿論、シューレはシーカーの役割を果たせるが、前衛、中衛としての役割も期待されている。

 いかにシューレが有能であったとしても、戦闘状態に入ってしまえば索敵にまで力を割けなくなる。


 同じように、俺も探知ビットを使った索敵は出来るが、後衛として攻撃に意識を取られれば、やっぱり索敵が疎かになる可能性は高い。

 ミリアムには、戦闘が行われた場合の索敵要員としての役割が期待されている。


「終わったなら飯にするぞ」


 俺達がミリアムの訓練に付き合っている間、食事の支度をしていたセルージョが呼びに来た。

 ガドが寝床の設営、セルージョとライオスが夕食を作ってくれている。


 メニューは仕留めたオークの内臓を使った料理だ。

 レバーは香草塩をまぶしてソテー、腸と胃は一口大に切ってワインとトマトと一緒に煮込んである。


 ライオスもセルージョも、なかなかの料理上手なのでチャリオットの食糧事情は良い。


「うみゃ! レバー新鮮で、うみゃ! 煮込みもトロトロで、うみゃ!」

「今回は早く仕留められたから、ジックリ煮込む時間があったからな」


 依頼を受けた牧場には昨日の夕方に到着し、今朝から捜索を始めたのだがオークの方からノコノコと姿を現したのでサクっと仕留めさせてもらった。

 群れから独立したばかりと思われる若いオークなので、一頭あたりの買取価格は期待できないが、二頭まとめて討伐したからまあまあの稼ぎにはなるはずだ。


「それにしても、ニャンゴが復帰した途端に二頭ってのが納得いかねぇな」

「ニャンゴがセルージョの悪運を払ってる……」

「そんな事はねぇだろう」

「あるわよ、だってセルージョには女が寄り付かないけど、ニャンゴはモテモテ……」

「ちっ、否定しづらい冗談だな」

「ふふっ、冗談ではないから否定できない……」

「へーへー、どうせ俺はモテませんよ」


 シューレとセルージョの掛け合いを聞いていると、チャリオットに、イブーロに戻って来たのだと改めて実感させられる。

 旧王都への出発は、アツーカ村での復興事業への協力を終えて兄貴が戻ってからになるが、ライオスは半年先ぐらいを考えているようだ。


 ダンジョンに挑むと決まったのだが、色々な知識が不足しているので、機会を見つけてはライオスに教えてもらっている。


「ダンジョンって、掘り尽くしたりしないんですか?」

「知ってると思うが、ダンジョンは先史文明の都市だと言われている。現在掘り進められている範囲は、ダンジョンを中心に発展した旧王都に較べると、ほんの一部の範囲にとどまっているそうだ」

「じゃあ、まだまだ掘る場所は残されているんですね?」

「その通りだ。それと、他の都市と繋がっていると言われている横穴も、まだ攻略されていない。俺としては、横穴の攻略にもいつか挑戦してみたいと思っている」


 都市と都市とを繋いでいるとされている横穴には、大型の魔物が生息しているそうで、明かりを目当てにして襲ってくるそうだ。


「奴らにしてみれば、明かりは餌だと思っているのだろう。攻略する側としては、真っ暗な地下空間では明かり無しでは身動きが取れない。そこで松明を遠くへ投げて、その明かりを頼りに前進する方法が採られているそうだが、まだ隣の街まで辿りついた者はいない」

「明かりに目掛けて襲ってくるなら、俺が離れた場所に明かりの魔法陣を作って誘き出して、そこを攻撃すれば倒せるんじゃないですか?」

「なるほど、そいつは良いアイデアだが、まぁ現地に行ってみないことには分からないな」

「そうですね」


 旧王都は、先日ラガート子爵に同行した新王都の更に先にある。

 全て順調に行けたとしても、馬車で二週間以上かかる距離だ。


 往来には時間が掛かるし、旧王都まで直接出掛けて行くような人物もいないので伝わってくる情報は限定的だ。

 先日の王都での襲撃のような大きな出来事が起これば話は伝わって来るが、それでも伝わって来る間に正確性が失われ、ぼやけていってしまう。


 ましてや、ダンジョン内部の日常的な風景などは、全くと言って良いほど伝わって来ないのだ。


「ギルドから情報はもらえないんですか?」

「ある程度は手に入るが、それでも得られる情報には限りがある。現地に行ってみて、初めて分かる事の方が多いだろうな」


 現在のダンジョンは、七十階層を超える回廊は制圧され、竪穴を使った昇降機も動いているそうだ。

 攻略は、昇降機を下りた場所から更に二階層下りた場所にある横穴が主戦場となっているらしい。


「そうだ、ギルドから一番新しい地図を貰ってきたんだ。地図といっても略図だけどな」


 地図はライオスが頼んでいたものだそうで、今回の依頼を受注する時に受け取ってきたそうだ。

 ライオスがダンジョンの地図を取り出すと、セルージョやシューレも覗き込んで来た。


「えっ、これって……」

「どうかしたのか、ニャンゴ」

「いえ、これがダンジョンなんですか?」

「そうだ、もっとゴチャゴチャした作りだと思ってたのか?」

「えぇ、まぁ……」


 ライオスに曖昧な返事をしながら、ダンジョンの略図から目が離せなくなってしまった。

 ダンジョンは先史文明の地下都市だと思われているが、前世の日本で目にした高層ビルを中心とした商業施設の見取り図にしか思えなかった。


 地下へと繋がる竪穴は、おそらくエレベーターシャフト。

 その近くにある狭い階段は、非常階段なのだろう。


 下層へと繋がっている回廊こそが、七十階を超える高さの高層ビル。

 魔導車の原型となった遺物が残されていた場所は、おそらく屋内駐車場だろう。


 そして、大型の魔物が生息しているとされる横穴は、地下鉄のトンネルにしか思えない。

 旧王都の北西には、山岳地帯がある。


 今は噴火などの話は聞かないが、大昔には大きな噴火があったのかもしれない。

 七十階を超える高層ビルが埋まってしまうほど火山灰などが堆積したのだとすれば、先史文明を築いた人たちが死滅してもおかしくはない。


 もし、ダンジョンが本当に太古の商業施設で、横穴が地下鉄の線路だとしたら、その先には別の遺跡が眠っているはずだ。

 番人のごとき大型の魔物を倒せれば、手つかずの遺跡を見られるかもしれない。


 それに、この規模の商業施設が単独で建っているとは思えない。

 当時の地上レベルを掘り進めば、別の建物が発見出来るはずだ。


「これ、掘った土とかは、どうしてるんですかね?」

「ダンジョンは元からこの形で、掘り進んでこうなった訳じゃないぞ」

「あぁ、そうか、そういうことか、外までは掘り進んでいないんだ……」

「ダンジョンの外周には壁があって、その外は土があるだけだぞ」

「なるほど……」


 最初から地下都市だと思って発掘するのと、地上にあったものが埋まったと思って発掘するのではアプローチが全く違っているのだろう。

 たぶん、今現在見つかっているのは、地下通路や渡り廊下などで高層ビルと繋がっている部分だけで、その他の建物は存在すら考慮されていないのだろう。


「早く行ってみたくなりました」

「だろう、略図であっても地図を目にすれば心が動くものさ」


 ダンジョンの外まで発掘するとしたら、たぶんチャリオットだけでは無理だろう。

 もっと規模の大きなパーティーを組むか、いっそ国王様に願い出て力を貸してもらおうか。


 でも、国を動かすならば、ダンジョンが埋まってしまった都市だと証明する必要がある。

 まさか、前世の記憶がある転生者だと言っても信じてもらえないだろう。


 いずれにしても、ダンジョンへ行くのが益々楽しみになった。

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