第224話 新たなる移動手段
プローネ茸の栽培予定地には、兄貴に手伝ってもらって壁を作ったり、ブナやサワグルミの若木を植えた。
これで水を撒いたり、土を耕したりして、暫く様子を見る。
合計三ヶ所の候補地の中から、一番条件が近そうな場所を選んで、プローネ茸の移植を試みる予定だ。
条件が整っているかどうかの判断は、カリサ婆ちゃんがやってくれる。
普段の管理もカリサ婆ちゃんが指示を出して、イネスとキンブルを使ってやってもらえることになった。
「婆ちゃん、ごめんね。本当なら、言い出した俺が管理しなきゃいけないのに」
「なぁに、村のためにやる事なんだから、村全体が手伝うのは当り前さ。それに、イネスとキンブルに薬草採取を教えるついでに、栽培予定地を見て回れば良いだけさ」
カリサ婆ちゃんの薬屋も、ラガート騎士団の人達に手伝ってもらい、カウンターや薬棚を起こしてもらった。
メチャメチャになってしまった中身は、イネスやキンブルに手伝わせて少しずつ元に戻していくそうだ。
扉を修理すれば、家自体は大丈夫らしい。
カリサ婆ちゃんとの思い出が詰まっている家だから、取り壊さずに済んでホッとした。
村の人達も復興に向けて動き始めていた。
オーク達に壊されて、修繕不能になった家は取り壊し、使える部材は再使用する。
踏み荒らされてしまった畑も無事だった部分は残し、その他の部分は次の種蒔きに向けて耕し始めている。
そんな復興作業の中で、兄貴の評判が上がり始めていた。
イブーロに出る前の兄貴は、勉強こそ少し出来たものの、いわゆる普通の猫人だったので侮られていた。
年下のミゲルにさえ嫌がらせをされていたほどだ。
だが、今の兄貴はゴブリンの心臓を食べたことで魔力指数が高まり、ガドの手ほどきも受けて土属性魔法の扱いも上手くなっている。
家の床下に避難スペースを作る作業を黙々とこなし、仕上がりも上々だという。
チャリオットの一員としてワイバーンの討伐に同行した時、馬車の下に居住スペースを作った経験が活かされているらしい。
階段、壁、深さ、中のスペース、種族ごとに、家族の数によっても作る大きさは異なっている。
そうした細かい部分まで聞き取りをして作るのだから、評判が悪い訳がないのだ。
身なりの面でもイブーロでの習慣が良い方に働いているようだ。
一日の作業が終われば土埃で真っ茶色になってしまうが、毎日石鹸で体を洗い、温風の魔道具でフワフワに乾かしている。
仕事着も毎日洗濯したものに着替えているから、朝の兄貴は俺でもモフりたくなるぐらいだ。
それに、自分の仕事に自信を持ち始めた事が、普段の態度にも現れてきている。
以前のオドオドとした感じが消えて、背筋が伸びている。
まぁ、猫人なので猫背ではあるのだけれど、卑屈さが影を潜めて目線が上がったように見えるのだ。
作業を始めた当初は、俺の兄貴という見方をしていた村人達も、俺という存在を抜きにして兄貴自身をちゃんと見てくれている気がする。
俺以外にも、兄貴がみんなに認められれば、猫人に対する見方も変わっていく……なんて思いたいところなんだが、親父と一番上の兄貴は相変わらずだ。
幸い、家はあまり被害を受けなかったのだが、借りている畑は踏み荒らされて見る影もない。
親父と一番上の兄貴は、メチャメチャにされた畑を魂が抜けたような表情で眺めるばかりで、耕して次に備えるといった作業をやっていないようだ。
お袋にしっかりしろと尻を叩かれても、どうせ次の種蒔きまでは無理だとか、やる気が失せたとか、うにゃうにゃと言い訳を並べているらしい。
そんな状態でも、何とかなってしまうから自分から変わろうとしないのかもしれない。
いっそイブーロの貧民街に放り込んでやろうかなんて思ってしまうが、また助け出すとしたら大変だから止めておこう。
プローネ茸の栽培予定地の管理をカリサ婆ちゃん達に頼んで、俺は一旦イブーロに戻ることにした。
ルチアーナ先生に途中経過を報告した後は、依頼をバリバリこなしてダンジョン行きの軍資金を上積みしなければならないのだ。
イブーロまで戻るついでに、新しい移動方法を試してみる。
魔力回復の魔法陣を手に入れたので、魔力切れの心配はほぼ無くなった。
そこで、街道を走るのではなく、一直線に移動できるように路面を作ろうと思いついたのだ。
アツーカ村からイブーロまで地上を走って行くには、峠を登って下りて、ウネウネとした山道を通り抜ける必要がある。
カーブの度にスピードを落とさないといけないし、再加速はタイムロスになる。
そこを一直線に通過出来れば移動距離を減らせるし、減速の必要が無くなるから大幅な時間短縮が出来るはずだ。
今回は、これまでのオフロードバイクではなく、モノレールを作ってみた。
モノレールにしたのは、古い特撮映画を見た時のことを思い出したからだ。
空を自由に飛ぶ手段を手に入れられれば一番良いのだが、墜落するのが恐ろしい。
単純に高いところから落ちるだけなら、空属性魔法で足場を作れば着地出来るが、高速で移動している状態で墜落したら、安全に着地出来る方法を思いつけない。
そこで、レールを設置して吊り下がった状態で移動しようと考えたのだ。
最初は作った路盤の上をオフロードバイクで走ろうと考えたのだが、吊り下げ式のモノレールにすればバランスを取る必要も無い。
その上、ガイド付きの滑車にすれば、コースアウトする心配も要らない。
ただ座った状態で、レールの設置だけに続ければ進んでいけるのだ。
モノレール作りは、レールの設置から始めた。
レールの太さは三センチ程度、折れないように撓るように作る。
一本が百メートルほどのものを二本用意して、途中で繋ぎながら先へ先へと進んでいく。
ここに取り付けるモノレール本体は、スキー場のリフトのようなイメージだ。
滑車を付け、そこに吊り下げ式のアームと座席を付ける。
最後に、滑車の上にオフロードバイクの心臓部を移植した推進用の風の魔法陣を取り付ければ完成だ。
まずは低速でレールの継ぎ足しを練習した後、少しずつ速度を上げながらイブーロまでの実験走行を行った。
ヒュゥゥゥゥゥ……
推進機を駆動させると、オフロードバイクよりもスムーズにモノレールは加速を始める。
レールも、滑車も、アームも、椅子も、全部空属性魔法で作っているので、見た目には座った状態で空を飛んでいるように見えるはずだ。
気球で空を飛んだ時にも感じたのだが、座っていると分かっていても下の様子が丸見えなのはスリリングだ。
障害物との接触を減らすために、高度に余裕を持たせているから余計に高さを感じて、股のあたりがひゅってなる。
「高い……けど、レールの継ぎ足しさえ失敗しなければ大丈夫……だと思う」
山肌に生えている木の天辺を超え、キダイ村との境にある峠の頂を超えると一気に眼下に風景が広がった。
遥か遠くにはイブーロの街並みも見えている。
ここからイブーロまでは下りになるので、推進機を駆動させなくても進んでいけそうだが、選択肢は一択だ。
「更に、加速!」
推進機の風の魔法陣を増やして出力を上げ、座席にはカウルを付けて空気抵抗を減らす。
オフロードバイクのように加減速の必要も無いのでスピードはグングン上がっていくが、カウルで風を遮っているのでスピード感に乏しい。
キィィィィィン!
甲高い魔法陣の音を聞いて、空を移動していく俺を見つけた人は、口を半開きにして驚いていた。
オフロードバイクの場合、街道を行く馬車を引く馬を驚かせてしまう心配があったが、遥か上空を滑走していくならば驚かせずに済む。
安全な移動のためにも、こちらの方式で移動する方が良いのだろう。
ひたすら直線、減速無しで移動を続けた結果、三十分ほどでイブーロまで戻ってこられた。
「すっごい、これならダンジョンのある旧王都にも半日ぐらいで行けるんじゃないかにゃ」
最後は推進器を切って、徐々に高度を下げながら惰性で進み、無事にイブーロの北門前に着地した。
無事に着地できたけど、門を警備している兵士さんが固まっている。
「えっと……身分証です」
「エ、エルメール卿は空を飛べるのですか?」
フリーズが解けた兵士は、食いつくような勢いで質問してきた。
「飛んでる訳ではなくて、空属性魔法で作ったレールに滑車を掛けて滑り降りてる感じですね」
「それでも、空を自由に移動できるのですよね?」
「いやぁ……鳥みたいに自由には移動出来ませんよ」
「そ、それでも、空を移動出来るのですよね?」
「ま、まぁ……制限はありますけど」
「すげぇ……さすが名誉騎士様は違いますね」
別に空が飛べたから名誉騎士に選ばれた訳ではないが、この世界には熱気球すら存在していないので空を移動する手段は無い。
空中を移動している姿を見られれば、必然的に悪目立ちしてしまうのは仕方がない。
「まぁ、見慣れてくれば、そんなに騒がれなくても済むようになるのかな?」
悪目立ちしても、これほど早く移動出来る手段は無いので、使い続けて更なる改良をしていこう。
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