第209話 未知の魔法陣

 研究者たちの気持ちが、少しだけ分かったような気がした。

 昨晩の残りの冷ご飯を干し貝柱で作ったスープで雑炊にして朝食を済ませた後、用途不明の魔法陣の検証を始めたのだが、はっきり言って面白くない。


 これは猫人特有の性質なのか、はたまた俺個人の資質の問題なのか分からないが、魔法陣を大きさや圧縮率などを変えて作るのに早くも飽きてきている。

 理由は何も変化が起こらないし、どうやって検証したら良いのかも分からないからだ。


「うにゅぅぅぅ……確かに魔力は流れている気がする……でも何も起こってない気がする」


 拠点の屋根裏部屋で検証作業を始めたのだが、三種類の魔法陣を試したところで、このまま続けても駄目な気がしてきた。

 というか、良い天気なので出掛けることにした。


 市場近くの屋台で、お昼用のサンドイッチを買ってバスケットに詰め、水筒にお茶を入れてもらう。

 向かった先は、イブーロの北門を出て少し行ったところにある小川の土手だ。


 春の日差しを浴びた土手には、菜の花に似たオレンジ色の花が咲き、甘い匂いが漂っていた。


「んー……気持ちいいにゃ……魔法陣の検証をする前に、ちょっとだけ昼寝……って、まだ朝だよな」


 日当たりの良い草地に敷物を広げて座り、改めて用途不明の魔法陣を作ってみた。


「うん、何も起こらにゃーい」


 普通の形では駄目なのかと思い、超振動ブレードを作った時のように、厚さを1メートルぐらいに増やしてみたり、可能な限りの圧縮を加えてみても、何も変化はみられなかった。

 そもそも、これは本当に魔法陣なのだろうか。


 確かに魔力が循環している気がするけど、何も起こらない失敗作の魔法陣とかではないのだろうか。

 試しに魔法陣の一部を変更して作ってみると、魔力が上手く流れなくなる。


「働いているけど効果が見えない……どうやって検証すれば良いんだ?」


 小川の水に入れてみても特に変化は見られないし、土手を歩いているアリの列に近づけてみても特に変わった反応は無し。

 良く考えてみるまでもなく、これまで専門の学者が研究して、それでも用途の分からなかった魔法陣を、素人の俺が少しいじった程度で解明できるはずがないのだ。


「うにゅぅぅぅ……これは時間が掛かる作業だにゃ」


 目には見えない反応を目に見えるようにする工夫をしないと、魔法陣の用途は分からないのだろう。

 四つ目の魔法陣をあれこれ一時間ぐらい試してみたけど成果は得られず、半ば諦めかけながら五つ目の魔法陣を作ってみた。


「にゃっ? 光ってる?」


 普通に作っただけでは分からなかったが、圧縮率を上げて作ってみると魔法陣が仄かな光を放っていた。


「にゃにゃっ? にゃんか目が変……?」


 魔法陣が光って見えるのだが、それは左目で見た時だけで、右目だけで見ると光っているように見えない。

 魔法陣を作り直したり、片目ずつ手で塞いで見てみても、状況は変わらない。


「にゃんで左目だけ光っているように見えるんだ? てか、この光は何なんだ?」


 考えられる理由としては、左目はエルメリーヌ姫の治癒魔術で再生したものだからだろう。

 そう言えば、レイラさんが左目から力を感じる……みたいな事を言っていた。


「もしかして、治癒の魔法陣……? いや、逆に何か有害な魔法陣とか?」


 個人的な願望とすれば、治癒の魔法陣であってほしいけど、どうやって検証したものだろうか。


「ここは、体を張るしかないのか……? いやいや、でも有害だったら嫌だし……」


 何か良い方法が無いかと辺りをキョロキョロと眺めていると、花が散りかけているヒューレィの木が目にとまった。

 敷物が飛ばないようにリュックを置いて立ち上がり、ヒューレィの木に歩み寄った。


「ちょっと協力してね」


 柔らかそうな若い枝を選んで、空属性魔法で作ったナイフで傷を入れた。

 傷口からジワっと樹液が染み出してくる。


「頼む!」


 その傷口の近くで魔法陣を展開してみた。


「おぉぉ……何も起こらにゃいか……」


 しばらく観察してみたが、傷口が再生していく気配は見られない。

 大きさ、厚さ、圧縮率を変えてみても、やっぱり変化は見られなかった。


「んー……何なんだろう。確かに光ってるのに……」


 かなり集中して魔法陣を維持したからか、魔力を使い過ぎた時の倦怠感を感じてきた。

 一旦検証を中断して、敷物に戻って寝ころんだ。


「にゃぁ……こんなに良い天気なのに、気分が上がらないよねぇ。みんな、この魔法陣のせいだよ」


 敷物に大の字になって寝ころんで、見上げた空にでっかく五つ目の光る魔法陣を作ってみた。

 右目を閉じて、仄かに光る魔法陣の模様を眺め、手元の紙の模様と見比べていく。


「うん、どこも間違えていないし、ちゃんと滑らかに作れているし、めっちゃスムーズに魔力流れてるんだけどなぁ……何が悪い、いや何のための魔法陣なんだろう?」


 寝ころんだままジックリと観察を続けても、やっぱり効果は分からない。


「よし、残り五つの魔法陣の中にも、光って見えるものが無いか検証してみるか」


 起き上がって六つ目の魔法陣を、紙を手元にして形作って検証を始める。

 この魔法陣は、大きさ、厚さ、圧縮率を変えても光って見えない。


 五個のうちの一つが光ったから確率五分の一……なんて都合良くはいかないだろうし、実際には五十分の一、百分の一の確率のものが、たまたま早く出た可能性だってある。

 続いて、七つ目の魔法陣の検証をしてみたが、やっぱり光って見えなかった。


「にゃぁ、しんどい、魔力切れる……にゃぁ? 魔力が切れる?」


 魔力切れの倦怠感を起こしたと気付いた瞬間、背中の毛が全部逆立った。


「そんな馬鹿な……さっき、魔力切れを起こしそうになって、それで戻ってきて寝ころんで、光る魔法陣の検証を続けて……なんであの時に魔力切れを起こさなかったんだ?」


 敷物に大の字になって、見上げた空中に仄かに光る魔法陣を発動すると、空属性魔法を使っているのに、魔力切れの倦怠感が抜けていく。


「もしかして、魔力回復の魔法陣なのか?」


 この魔法陣を魔道具として作って、自分の魔力を流して自分を回復させようとしても、回復する魔力よりも使う魔力の方が多くなるような気がする。

 空属性魔法で作った魔法陣は、俺の魔力ではなく固めた空気に含まれる魔素を使って発動させているので、使う魔力よりも回復する魔力の方が上回っているのだろう。


「でも、発動するのに魔石を使うなら、普通の人で魔力回復に使えるのかな? それとも、効率的に意味が無いんだろうか?」


 検証すべき事は山ほどあるけれど、俺個人の使い道とすれば、魔力の自己回復に使えるし、パーティーを組む仲間の回復支援も出来そうな気がする。


「やっばい、この魔法陣、超やばい!」


 魔力が回復して、テンションも上がって、残り三つの魔法陣も試してみたが、残念ながら左目で見ても光って見えるものは無かった。


「にゃぁ……さすがに目が疲れた」


 これもまだ推察の段階だが、俺の再生した左目は治癒や回復系の魔法を見られるようになったのかもしれない。

 効果の分からない魔法陣は、先日王都で教えてもらった十個の他にも沢山あるという話だから、もしかしたら治癒や体力回復、再生なんて魔法陣が眠っているかもしれない。


 まずは、王都の学院のリンネ先生に報告をして、追加の魔法陣を送ってもらおう。

 いや、事情はまだ明かせないけどと断って、レンボルト先生から聞いてしまった方が早いのだろうか。


 魔道具という形で治癒系の魔法が使えるようになれば、アツーカ村のような山村でも治療が受けられるようになるかもしれない。

 カリサ婆ちゃんの薬は良く利くけど、大きな怪我とか骨折には効果がない。


 治癒系の光属性の魔法を使える人もいないし、重い病気や怪我は、それこそ神頼み状態なのだ。

 経済的に豊かになるのも大切だけど、医療の質を上げることも村の生活を豊かにする上では大切だ。


「なんとかして、治癒系の魔法陣を見つけ出したい……けど、今はお昼ご飯にするにゃ」


 リュックの中からバスケットを取り出し、買ってきたサンドイッチにかぶりつく。


「うみゃ、このパンうみゃ! 外は噛み応えドッシリで中はムチムチ、小麦の香りが香ばしくて、うみゃ!」


 小ぶりのバケット状のパンには、薄切りにしたオークのロースハムがギッシリ挟んである。


「ハムもうみゃ! 舌触りシットリで味は濃厚、黒コショウの香りにマスタードがピリっとして、うみゃ!」


 柔らかな春の日差し、土の匂い、草の匂い、花の匂い、クサヒバリの声、小川のせせらぎ……サンドイッチをうみゃうみゃした後は、心ゆくまで昼寝を楽しんだ。

 さてさて、チャリオットのみんなは帰って来ただろうか。


 俺が名誉騎士になったって言ったら、兄貴はどんな顔をするかにゃ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る