第205話 イブーロの習慣

 おっさん冒険者達の怨嗟の視線がヤバい。

 このままでは、マジで呪い殺されそうな気がする。


「カルロッテ、フラーエ、ベルッチ、王都に行って来たんだけど話を聞きたくない?」


 チャリオットのメンバーもいないし、ボードメンの人達も見当たらないので、顔馴染みの犬人三人組のパーティー、トラッカーを緩衝材として召喚した。

 晩飯おごってあげるから、おっさん達の狂眼から俺を守る肉壁になりたまえ。


 カルロッテ達も、いつか王都に行ってみたいと思っているらしく、途中までは真剣に話を聞いていたのだが、フロス村の襲撃のあたりからは首を捻り始めた。


「えっと……その粉砕の魔法陣とやらで、大勢の人が吹き飛ばされた?」

「そうだよ、カルロッテ。粉砕の魔法陣は危険でね、発動させた猫人はバラバラに吹き飛ばされちゃったんだ」

「それをニャンゴが魔法で防いだんだな?」

「もう、間一髪だったよ」

「その後、魔銃をもった連中が襲ってきた?」

「そうなんだよ、フラーエ。しかも別々の方向から挟み撃ちにしてきたんだ」

「そいつらも、ニャンゴが一人で倒しちゃった?」

「そうだよ、ベルッチ。ラガート家の騎士も爆風を受けたり混乱してたからね」

「最後は、屋根の上から弓を射ってきた連中を片付けた?」

「そうそう、シールドを展開してなかったらやられてたかもしれない」


 トラッカーの三人は、顔を見合わせて何やら目で合図をしている。

 どうも俺の話をホラ話だと思っているようだ。


 折角俺が大活躍した場面を脚色無しに語っているのに、本当に失礼だな。

 レイラさんの膝の上に抱えられているからって、話までふざけている訳じゃないぞ。


「はい、ニャンゴ。アカメガモのローストよ」

「あーん……うみゃ! 脂の甘味と肉の旨味が濃厚で、うみゃ! お城で食べたカモのローストよりも、うみゃ!」

「あら、ニャンゴ。お城にも行って来たの?」

「はい、王都の『巣立ちの儀』で第五王女様の護衛を担当したので、晩餐会に呼ばれました」


 レイラさんは信じてくれているみたいですが、トラッカーの三人は薄笑いを浮かべてますね。


「そのエルメリーヌ姫に気に入られて、左目も治してもらったんですよね?」

「にゃにゃっ、ジェシカさん、どうしてそれを……」

「ギルドの報告書に書いてありましたよ。エルメール卿という苗字も、エルメリーヌ姫にあやかったものだそうですね?」

「苗字は、国王陛下から頂いたものなので、俺から望んだ訳では……」

「晩餐会では、随分と親密だったとか……」

「にゃっ、そんにゃことは……あっ、王都のお土産を……」

「何か聞かれたら都合の悪いことでもございますか?」

「い、いえ、そんにゃことは無いですけど……折角王都で選んできたのものなので、忘れて持ち帰ったりしたくないだけです」


 リュックの中から、細長い包みを二つ取り出した。


「えっと、こっちがジェシカさん、それで、こっちがレイラさんです。いつも、ありがとうございます」

「ありがとうございます、開けても良いですか?」

「まぁ、素敵……ジェシカとは色違いなのね」


 二人にお土産として選んだのは、ヒューレィの花をモチーフにしたネックレスだ。

 白金製で、細かい装飾が施されていて、花の中心に宝石が嵌め込まれている。


 宝石の色は、ジェシカさんが赤、レイラさんがオレンジだ。


「赤は情熱、オレンジは知性を象徴しているそうです」

「ニャンゴ、着けてくれる?」

「はい……」


 抱えられた体勢でレイラさんにネックレスを着けようとすると、正面から抱きついているような格好になってしまう。

 色々柔らかくて、温かくて、いい匂いを堪能しちゃったりするけど仕方ないよね。


「ありがとう、ジェシカにも着けてあげたら?」


 そう言いながらもレイラさんは俺を放してくれそうもないので、やっぱりジェシカさんに抱きつくような体勢になってしまう。

 色々と柔らかくて……以下同文だから、おっさん達は歯ぎしりしてるんじゃないよ。


「んー……ニャンゴは欲張りよねぇ」

「本当に……どうしましょう、レイラさん」

「にゃ、俺にゃにか間違えましたか?」

「イブーロでは、女性の首にネックレスを着けるのは、自分の所有物だ、他の男には渡さない……っていう意味なのよ?」

「えぇぇぇ……それは指輪じゃないんですか?」

「指輪は普通のアクセサリーじゃない。ネックレスは、君に首輪を嵌めちゃうよ、もう逃がさないよ……って意味よ」

「にゃ……そんにゃ……俺、知らなくて……というか、レイラさんが着けてって……」

「あら、レイラ・エルメールにしてくれないの?」

「ジェシカ・エルメールにして下さらないの?」


 なんだよ、王都の宝飾店のお姉さん、こんな習慣があるなら教えておいてよ。

 てか、さっきから、あちこちから『殺す……殺す……』って低い声が聞こえてくるんだけど……って、カルロッテかよ。


「困ったわ、ジェシカ。エルメール卿に弄ばれてしまったみたいよ」

「私も、こんな事になろうとは……」


 いやいや、二人して俺を弄んでるでしょう。

 困ったような顔をして、二人とも目の奥が爆笑してるよ。


「ジェシカ、ここでは込み入った話は出来ないから、後で私の部屋でじっくりと話をしましょう」

「そうですね、そうさせていただきます。よろしいですね、エルメール卿」

「はい……」


 どうやら今夜は、二人を丸洗いして乾かして、抱き枕を務めないといけないようだ。

 おっさん冒険者達からの恨みがましい視線を和らげるために誘ったトラッカーの三人も役に立ちそうもないし、もう開き直るしかないだろう。


 思いっきり食べて、思いっきり自慢話をしてやる。

 ダイエットは……一時中止!


「うみゃ! モルダールのフライ、うみゃ! 白身がホコホコで衣がサクサク、タルタルソースも、うみゃ!」

「じゃあ、ニャンゴはお姫様の命の恩人なの?」

「そうなりますねぇ……でも、近衛騎士への就任は断りましたよ」

「あら、お姫様の騎士とか格好良いじゃない」

「駄目ですよ。女性王族の近衛に就任すると取られちゃいますから」

「取られる……?」

「はい、取られちゃうそうです」


 何を取られてしまうか耳打ちすると、レイラさんは驚いていた。


「嘘っ、ホントに?」

「本当らしいですよ」

「それじゃあ駄目ね」


 オラシオを訪ねていった騎士見習いの訓練所の話には、トラッカーの三人だけでなく他の若手の冒険者も食いついてきた。

 もともと才能があると認められ集められた者達が、一心不乱に訓練に打ち込んでいると話すと、みんな刺激を受けたのか明日からの訓練の相談を始めていた。


 酒場の閉店時間の少し前、酒場に残っていた全ての冒険者からブーイングを浴びせられながら、俺はレイラさんとジェシカさんにお持ち帰りされた。

 名誉騎士に叙任された記念に、今夜は俺の奢りだと言ったのに、それでもブーイングなんて割が合わないだろう。


 というか、お持ち帰りされているのは俺だからね、それも物理的にお持ち帰りだからね。


「それで、ニャンゴ、お嫁にもらってくれるんでしょ?」

「もらって下さるんですよね?」

「ごめんなさい、本当に知らなかったんです」


 レイラさんの部屋に着いた途端、もう終わったと思っていた話を持ち出され、全力の土下座を披露する羽目になった。


「どうする、ジェシカ?」

「どうします、レイラさん」


 二人ともニマニマしながら楽しんでるみたいだけど、もし俺が二人とも嫁にするとか言ったらどうするつもりなんだろう。

 夢のハーレム生活……なんてものは想像出来なくて、ひたすら二人にご奉仕させられて貢がされる未来しか思い浮かばない。


 それに、二人もお嫁さんを貰うことになった……なんて報告したら、カリサ婆ちゃんにメチャクチャ怒られそうだ。


「しょうがないわねぇ……ジェシカ、今回のところはノーカウントにしてあげましょう」

「そうですねぇ。今夜はしっかりご奉仕してもらいましょう、レイラさん」

「ありがとうございます」


 うーん……王都に行って、いっぱい手柄を立てて、名誉騎士の叙任を受けて、Aランクに昇格して、お土産も奮発して……なんで謝ってるんだろう。

 この後、お風呂場で二人を隅々まで……隅々まで丸洗いさせられてしまった。


 おっさん冒険者達に話したら、血涙を流すかもしれないけれど、猫人の体で二人を洗うのは大変にゃんだからな。

 ホント、色々大変にゃのだ。


 二人を丸洗いした後、二人に丸洗いされて、二人の髪と尻尾を乾かして、自分をフワフワに乾かして、お風呂場を片付けて、二人に冷たいお水を出して……ふぅ、疲れた。

 この後、レイラさんとジェシカさんに挟まれて抱き枕を務めたのだが、旅の疲れも手伝ってすぐに眠りに落ちてしまった。


 朝までぐっすり眠る間に、いっぱい踏み踏みしたとか、しないとか……は秘密にゃのだ。

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