第194話 王都の食堂
「よし、じゃあ昼ご飯を食べに行こう」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
昼食の店を目指して歩き出そうとしたら、犬人のルベーロに呼び止められた。
「地図を見てましたけど、そっちじゃ戻っちゃいますよ」
「うん、この店に行こうと思ってるんだ」
「いや、行くならこっちの店の方が良いですよ」
「あっ、行ったことあるの?」
「いいえ、ありませんけど……」
ギルドマスターのベートルスさんが描いてくれた地図には、土産物向けの店が三軒と昼食のための店が三軒記されている。
地図上では、宝飾店とレストランがセットになっている感じだ。
ここまで、ギルドから近い順に宝飾店を回って来たが、俺が行こうとしているのは一番ギルドに近い店だ。
「うん、次の宝飾店に行くには、こっちの店で食事をしてからの方が近いってことだよね?」
「そうです、こちらの店では一度ギルドの方向に戻って、また宝飾店に行かなきゃいけなくなります」
「でも、たぶんこっちの店には何か問題があると思う」
「えっ……」
4人は顔を見合わせて首を捻り、オラシオが代表するように尋ねてきた。
「ニャンゴ、どうしてそう思うの?」
「たぶん、俺はベートルスさんに試されているんだと思う。戦闘力に関しては『巣立ちの儀』の襲撃で証明できたけど、それ以外のトラブルに対して、どんな対応をするのか、あっさり騙されてしまうのか……とかね」
「えぇぇぇ……だって、さっきニャンゴはAランクに昇格したんだよね?」
「その昇格も、王家からの圧力があったんじゃないのかな。王家からの要望には逆らえないけど、実力は見極めておきたい……案外どこからか監視されてるのかもね」
「えぇぇぇ……」
オラシオ達は、路地の前後や建物の上などをキョロキョロと見回しているけど、王都のギルドマスターが監視に使う人間は、そんなに簡単に尻尾は出してくれないだろう。
まぁ、勿論本当に居たとしてだが……。
「でも、ニャンゴ、それとレストランとは、どう関係してくるの?」
「ギルドから近い順で宝飾店を回れば、当然レストランはこっちから回る事になる。ここで食べてしまったら、他の店は回らないし、何か問題がある店でも俺が対処する必要は無いだろう」
「なるほど……でも、それじゃあ試す意味が無いんじゃない?」
「オラシオ、別に依頼を受けている訳じゃないんだ。馬鹿正直に、全部の店をギルドマスターの思惑通りに回ってやる必要は無いんだぞ」
「あっ……そうか、頼まれた訳じゃないもんね」
オラシオ達を納得させて向かった店は、レストランというよりも食堂と呼ぶのが相応しい雰囲気だった。
通りに面した扉は開け放たれていて、中から良い匂いが漂ってくる。
まだ昼食には少し早い時間だけど、もうお客さんでテーブルが埋まりかけていた。
「こんにちは、5人なんですけど、入れますか?」
「あー……空いてる席に適当に座っておくれ!」
接客をしていた鹿人の女性に声を掛けると、威勢の良い返事が戻ってきた。
店の女将さんなのだろうか、細身で小柄だが、気風の良い姉御肌という感じだ。
空いていた奥のテーブルに座ったのだが、体のゴツいオラシオ達は通路を抜けるのも一苦労という感じだ。
「はい、いらっしゃい! 5人様、何盛りにする?」
「何盛り……?」
「うちはオーク丼しかメニューは無いよ。小盛り、中盛り、大盛り、特盛り、超盛り……量に応じて値段が変わるだけさ」
確かに壁に貼られたメニューには、5種類の盛りと値段が書かれているだけだ。
「では、中盛り1つと超盛り4つをお願いします」
「はいよ、お次、中1、超4だよ~!」
「おぅ!」
威勢の良い女将さんの声に、厨房から野太い声が返ってくる。
「ねぇ、ニャンゴ……大丈夫なの?」
「なにが?」
「超盛りって、銀貨三枚もするけど……」
「全部俺が払うから心配なんかするな、この程度じゃビクともしないぞ」
王家からの褒賞金が出ていなくても、イブーロで冒険者として稼いでいるから金ならあると言うと、またオラシオは微妙な表情をみせる。
たぶん、この表情は俺がアツーカ村にいた頃に、オラシオを思い出した時に浮かべていた表情だと思う。
友達が立派になるのは嬉しいけれど、置いていかれてしまうのは悔しい。
でも、こればかりはオラシオ自身が解決するしかないだろう。
そして、そいつが運ばれてきた。
「はい、お待ち、先に超盛りが2つだよ。後もすぐ持ってくるからね」
「えっ……」
テーブルの上にドンっと置かれたのは、誰がどう見ても洗面器だ。
その上に、オーク肉のスライスがドカっと盛られていた。
「はいよ、お後の超盛り2つ、中盛りもすぐに持ってくるからね」
超盛りが一度に2つしか運ばれて来ないのは、たぶん重すぎるからだろう。
「はいよ、中盛り、お水は自分達で注いでね」
最後に、牛丼屋の大盛りサイズの中盛りと、大きな水差しとカップ5つが運ばれてきた。
「さあ、食べよう! いただきます! うみゃ、オーク肉、米、米、オーク肉、米、うみゃ!」
オーク肉は、前世を思い出す生姜焼き風に味付けされていた。
俺がフォークを使ってオーク丼をかき込み始めると、大きさに圧倒されていたオラシオ達も超盛りとの格闘を開始した。
「うもぉ、美味しい! これ、美味しいよ、ニャンゴ!」
「タレが米に染みて、うみゃ!」
さすがのオラシオ達も、洗面器サイズには苦戦するかと思ったけど、そんな心配は全く必要なかった。
黙々と、ただ黙々と食べ続けるスピードは、やらせている俺が呆れるほどだ。
「お兄さん達、いい食べっぷりだ。さすが未来の騎士様だね。はいよ、これはサービスだよ!」
女将さんは大きな皿に盛ってきたオークの肉を、トングで掴んでドサドサとオラシオ達の皿に追加していく。
「ありがとうございます!」
「ごちそうになります!」
もう止めてくれと言うかと思いきや、追加された肉も次々にオラシオ達の胃袋に消えていく。
「お兄さんも追加するかい?」
「いや、俺は見てるだけで満腹になりそうだからいいや」
「あははは、まったくだね」
実際、店に居合せてた他のお客達は、オラシオ達の食べっぷりに目を丸くしている。
うん、高級レストランとかで、この威力を発揮されていたら、俺の財布の底も抜けていたかもしれない。
てかさ、さっきの宝飾店で待ってる間、揚げ物屋でも何か食べてたよね。
ほんと、どんだけ食うんだって感じだよ。
四人とも米粒一つ残さずに、ペロリと追加の肉まで平らげたけど、さすがに限界らしい。
次の宝飾店に行こうと言ったのだが、少し休ませてと言われてしまった。
「休ませてって……」
「そこに、広場があったから……」
店まで来る途中にあった、噴水を囲むような広場に戻ると、ベンチや芝生の上で街の人達が思い思いに寛いでいた。
芝生の一角に空いたスペースを見つけると、オラシオ達はゴロゴロと横になった。
「ちゃんと起きるから、心配しないで……」
四人は横並びに寝転ぶと、すぐに寝息をたて始めた。
食ったら寝るって……子供か。
というか、それは猫人の習性だろう。
ぼーっと待っていても仕方がないので、俺も空属性魔法でクッションを作って、陽だまりで丸くなる。
名誉騎士様に叙任されたって、食後の昼寝の誘惑には敵わないのだよ。
オラシオ達は、揃いの騎士見習いの訓練服を着ているので、ちょっかい出してくる者はいないだろうが、変な輩が寄って来ないように念のため探知ビットを周辺に撒いておいた。
どの程度時間が経ったか分からないが、宣言通りにオラシオ達は起き出した。
モゾモゾと動き出してから、四人揃って目を覚ますと、すぐに動き出す支度を整え始めた。
たぶん、日頃の訓練で体内時計が出来上がっているのだろう。
オラシオ達が背中についた芝生を互いに払い合い、身支度を整えたところで最後の宝飾店を目指す。
目的地へと向かう道は、第三街区でも一番賑やかな通りのようで、色々な業種の店が軒を並べていた。
「さすが王都、賑やかだな」
「ねぇ、ニャンゴ。二年前のお祭りを思い出すね」
「あの時は、初めて街に出た時だから興奮してたな」
「ほら、ニャンゴ。ちゃんと持ってるよ」
オラシオ、訓練服の襟元から、紐に通された火の魔道具を取り出してみせた。
2年前はお腹の辺りに下がっていた魔道具が、今は首元にチマっと下がっている。
「役に立ってるか?」
「勿論、訓練が厳しくて挫けそうになるたびに、この魔道具で火を灯してニャンゴとの約束を思い出してるんだよ」
「そうか、ここまで頑張ってきたんだ、あと少し頑張って、俺との約束を果たしてくれよ」
「うん!」
オラシオだけでなく同室の三人も、こんなに素直で大丈夫なのかと少々心配になるが、変に捻くれてしまうよりは全然良いのだろう。
「ねぇ、ニャンゴは冒険者の仕事をする時は、どんな魔道具を持ち歩いてるの?」
「俺か? 俺は魔道具は必要ないんだ」
「あっ、誰かとパーティーを組んでるの?」
「あぁ、イブーロのBランクパーティーに所属してるけど、それと魔道具は関係ないぞ」
「でも、冒険者だったら、火とか、水とか、明かりとか、必要なんじゃないの?」
「火も……水も……明かりも……全部使えるから必要ないぞ」
「えっ……えぇぇぇぇ!」
目の前で、空属性魔法で作った魔法陣を一通り実演してやると、オラシオ達は腰を抜かさんばかりに驚いていた。
にゃははは……Aランクは伊達ではないのだよ。
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