第193話 宝飾店
やはり、王都の冒険者ギルドマスター、ベートルスは、一筋縄ではいかない人物のようだ。
地図に描かれている一番近い土産物を買うのにお奨めの店に足を運んでみたのだが、いかにも高そうな宝飾品の店で店の前で入るのを躊躇してしまった。
オラシオは外で待ってるから……なんて言って、仲間と一緒に通りの向こう側まで退避している始末だ。
それでもギルドマスターからのお奨めだから、何かあるのだろうと足を踏み入れた途端、40代ぐらいの山羊人の男性店員さんに行く手を阻まれるように出迎えられた。
「御用は何でございますか?」
言葉使いこそ丁寧だが、露骨に見下すような響きが混じっている。
宝飾店としては、まだ開店間もない時間なのだろう、店内には他の客の姿も見えず、4人ほどいる店員の注目を浴びる形だ。
「えっと……女性に贈る王都のお土産を探していまして……」
「ほほぅ、それはそれは……ご予算はいかほどですかな?」
「予算? 予算かぁ……考えてませんでした。どのぐらいする物なんですか?」
「御覧になられますか?」
「はい、ちょっと見せて……」
「あぁ……お待ち下さい」
ショーケースに歩み寄ろうとしたら、再び店員に行く手を遮られた。
「ショーケースに上らないでいただけますか? ガラスが壊れて怪我をなさるかもしれませんから」
「いや、ショーケースに上がったりしませんよ。台とかも必要ありません」
「えっ……どうなって……」
ステップを使って、ショーケースの中を覗き込めるぐらいの高さに目線を上げると、山羊人の店員は驚いた表情をみせた。
その直後に、今度は俺が値段に驚いた。
「なるほど……この値段では、猫人を追い払いたくなるのも分かります」
ケースの中に並べられた商品は、安い物でも大銀貨5枚以上の値段が付けられている。
奥のケースに入れてある物は、大金貨数枚なんて値段のものもあるようだ。
「手が届かないとお分かりいただけたなら、どうぞ、お帰り下さい……」
「ふぅ……別に手が届かない訳じゃないよ。買うだけならば、今すぐにでも買える商品はある。でも、物の価値を理解できていないし、売る気無いんですよね?」
「い、いえ……そういう訳では……」
貧乏人はお呼びじゃない、猫人風情がショーケースに触るなよ……みたいな雰囲気に、ちょっとカチーンときながら話すと、山羊人の店員は心底面倒臭そうな顔をしてみせた。
「まぁ、こんな格好で来た俺も悪いんでしょうが、それを承知で紹介するベートルスさんも人が悪いよね」
「はっ? 今、なんと?」
「えっ、人が悪いよね……って」
「いえ、その前に……」
「あぁ、こんな服装だから……」
「いえ、どなたの紹介と?」
「冒険者ギルドのギルドマスター、ベートルスさんだけど」
ベートルスの名前を告げると、山羊人の店員はゴクリと唾を飲み込んだ。
「し、失礼ですが、ベートルス様とはどのようなご関係で?」
「さっきギルドで、新しいカードの説明をしてもらっただけですよ。会ったのも今日が初めてですね」
「この後、ベートルス様とお会いになられる予定は……」
「無いよ。王都への移籍も打診されたけど断わったしね」
「そうですか、いや、お引止めして申し訳ございませんでした」
山羊人の店員は、馬鹿丁寧な動きで頭を下げると、出口は向だとばかりに左手を差し出した。
ベートルスには一目も二目も置くが、得体の知れない猫人には興味は無いのだろう。
俺としても、売る気の無い店に頭を下げてまで買うつもりは無い。
迷惑そうな店員たちに見送られ、堂々と胸を張って店を出た。
「オラシオ、次行くぞ!」
「ニャンゴ、もう買い物は終わったの?」
「いや、次の店も……」
「お待ちください!」
オラシオ達を呼び寄せて、次の店を目指して歩き出そうとしたら、血相を変えた山羊人の店員に呼び止められた。
「し、失礼ながら、ニャンゴ・エルメール卿でいらっしゃいますか?」
「うん、そうだよ」
「た、大変失礼いたしました。どうか、どうか店に戻られて……」
「戻ると思う?」
「いえ、その……」
山羊人の店員は、春先だというのにダラダラと汗を流している。
「店には戻らないよ。でも、猫人に対するこうした扱いには慣れているから気にしなくていいよ。まぁ、どこかで話のネタには使わせてもらうかもしれないけど……」
「どうか、どうか、それだけはご勘弁を……」
そう言えば、革鎧を納品してくれたラーナワン商会の番頭ヌビエルが、貴族との取り引きが無ければ第二街区では店は構えられないと話していた。
ここは第三街区だが、貴族の間で悪評が広まれば、それこそ死活問題なのだろう。
「では、これからは人種身なりに関係なく、最高の接客を心掛けて下さい。この先に、俺の兄弟や知り合いの猫人が立ち寄るかもしれませんから……」
「はい、店員全員、誠心誠意の接客をさせていただきます」
「じゃあ、今日のことは俺の胸にしまっておきますよ」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
なんか中年のおっさんを虐めているみたいなので、早々に次の店に向かいましょう。
二軒目も、表通りに面して店を構えている宝飾店だったが、なにやら店の前で喚いている犬人のおばさんがいる。
どうやら、買った指輪の石も台座も偽ものだったと主張しているようだ。
店は午前中だというのに並んでいるお客もいて、かなり繁盛しているようだが、喚くおばさんのせいで首を傾げているお客の姿があった。
「申し訳ございません。何やら手違いがあったようですが……どうぞ、別室の方で詳しいお話を伺います」
対応に当たったのは、腰の低いタヌキ人の男性で、ペコペコ頭を下げながら喚いていたおばさんを案内し始めた。
クレーム対応要員なのだろうか、目が吊り上がっている犬人のおばさんを腰を低くしながら案内していく。
ちょっと興味があったので、店に入るための列に並びながら、探知ビットと集音マイクを使ってクレーム処理の様子を聞かせてもらうことにした。
混雑する店内を抜け、職員用と思われる階段を上って奥へ奥へと向かっていく。
応接室と思われる部屋に入るとタヌキ人の店員は、お詫びの品をお届けしたいからと言って犬人のおばさんの名前や住所、家族構成などを尋ね始めた。
全ての内容の確認をすると、少々お待ち下さいといってタヌキ人の店員は部屋から出ていき、入れ替わるようにして三人の体格の良い人物が部屋へと入っていった。
「な、何ですか、あなた達は」
「クレーム処理係ですよ」
聞こえて来たのは、言葉とは裏腹にドスの効いた野太い声だった。
一人がテーブルを挟んで犬人のおばさんと向かい合い、残りの二人は両側から挟み込むようにして仁王立ちしている。
「なぁ、あんた。宝飾品てのは、己の目利きで選んで買うものだよな?」
「で、ですがこれはあまりにも……」
「はぁ? 手前が納得して買ったんだろう。それを今更偽物扱いするってのか? 手前は、それが良いと判断して買ったんだよな?」
「で、ですが……」
「何がですがだ! いちゃもんつけてんじゃねぇぞ!」
正面に座った男に凄まれて、犬人のおばさんは言葉もなく固まっている。
「もし……もし、うちの店に関してふざけた噂話を流してみろ、そん時は、あんたもあんたの家族も、どうなるのか分からねぇぞ……いいな?」
犬人のおばさんは、言葉もなくガクガクと頷いているようだ。
お詫びの品を届けるどころか、家を特定するための聞き込みだったらしい。
「おい、お帰りだ。家までお送りしろ」
「へいっ」
暫くして出て来た犬人のおばさんは顔面蒼白で、腰の低いタヌキ人の店員と少々人相の悪い水牛人の男と一緒だった。
そのまま水牛人の男と一緒に、おぼつかない足取りで遠ざかっていく。
犬人のおばさんを見送ったタヌキ人の店員は、笑顔こそ浮かべていたが目が笑っていなかった。
俺は順番待ちの列を離れて、揚げ物屋で買い食いを始めていたオラシオ達に合流した。
「おかえり、ニャンゴ。買い物は済んだの?」
「いや、ここは信用出来ない」
俺が盗み聞きした内容を伝えると、オラシオ達は宝飾店に踏み込んで行きそうだった。
「待て待て、いきなり行っても相手にされないよ。いいから、ちょっと来い……」
四人を路地の奥へと引っ張っていくと、食って掛かって来たのは熊人のザカリアスだった。
「どうして止めるのです、エルメール卿」
「証拠が無いからだよ」
「あなたが聞いておられるじゃありませんか」
「うん、魔法を使ってね。それと、売っている品物が、本当に粗悪品なのかも俺の目じゃ分からない」
「だったら、見て見ぬ振りをするんですか!」
生まれつきなのか、それとも訓練場で叩きこまれたのか、ザカリアスはかなり強い正義感を抱いているようだ。
「騎士団の力を借りる」
俺が考えたのは、いわゆる囮捜査だ。
女性騎士にさっきの犬人のおばさんのように文句を言わせ、実際に脅してきたら身分を明かして一網打尽……みたいな方法を説明すると、全員が目を見開いて感心していた。
「だから、ちゃんと店の名前と場所を覚えて帰って、上官に報告して相談する、いいね」
「分かりました、エルメール卿」
俺の指示にあっさりと納得したら、ビシっと騎士の敬礼を決めてみせる。
うん、君ら素直か……。
一人では店の名前と場所が覚えきれないから手分けしようと言い出したのは良いとして、ここはどこなんだとか言い出したから、ギルドマスターから貰った地図を後であげることにした。
もう一軒、本命と思われる店を回ってから昼食にしようかと思ったが、みんなの胃袋が限界のようなので、先に食べてからゆっくり見ることにした。
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