第181話 砲撃

「痛い、痛い、どいてくれぇ!」

「おいっ、しっかりしろ!」

「駄目だ、動かすな!」

「助けて……誰か、助けて……」


 ほんの少し前まで厳かな雰囲気に包まれていた会場は、呻き声と怒号が渦巻く酷い有様になっている。

 拳よりも大きな石礫が上空から降り注いだのは、人が密集している会場だ。


 しかも階段状になった観覧席で多くの人が逃げ惑った結果、雪崩のように人々が将棋倒しとなってしまった。

 石礫の直撃によって負傷した人だけでなく、崩れ落ちた人の下敷きになって怪我をしたり、現在進行形で窒息しそうになっている人がいる。


 第二街区に入れないなら、どうやって襲撃するのか……と考えた時に頭に浮かんだのが砲撃だった。

 粉砕の魔法陣を頑丈な容器に入れて発動させれば、一定方向へ爆発の力を誘導できる。


 俺が粉砕の魔法陣を使う場合には、いつもこの方法で威力を集中しているのだ、これに弾を加えれば大砲として使える。

 火薬と違って、一発しか撃てないかもしれないが、それでも砲弾を飛ばせるならば強力な武器になると思っていた。


 会場は酷い状況だが、大きな砲弾を予測していたので、エアバッグ、分厚いゴム状のシールド、ドーム状の通常シールドの三段構えを展開したのでエルメリーヌ姫に怪我は無い。

 だが儀式に参加していた子供達の中にも、石礫の直撃を食らって負傷している者や倒れたまま動かない者がいる。


 エスカランテ侯爵家のデリックも頭から血を流しながら、左肩を押さえて蹲っていた。


「ニャンゴさん、救護をお願いします」

「姫様、まだ襲撃が終わったとは思えません。今シールドを解くのは……」

「お願いします」


 石舞台の方も混乱しているようだし、何より階段状の観覧席が大混乱の状態で、警護の騎士が近づいて来られないでいる。

 応急手当をしておいた方が良いだろうし、エルメリーヌ姫から強く求められては断われない。


「……分かりました。では、一緒に移動していただけますか?」


 離れたらシールドを分散しなければならないので、エルメリーヌ姫、アイーダと一緒に、デリックに歩み寄った。

 一旦シールドを解いて、改めてデリックを含めた3人を囲うようにドーム状にシールドを展開する。


「デリック様、大丈夫ですか?」

「か、肩をやられた……」


 どうやら、飛来した石礫が頭を掠めた後、左の肩にぶつかったようだ。

 頭の負傷なので出血は多いが、意識はしっかりしているようだ。


 傷口をハンカチで強めに抑えるように助言して、カーゴパンツのポケットから細いロープを取り出し、左腕を首から吊れるように輪を作る。


「デリック様、これで左腕を吊って下さい。状況が落ち着いたら石舞台の方へと移動いたしましょう」

「ぐぅ……分かった」


 石舞台で儀式を見守っていた王族や貴族は、護衛の騎士の活躍で難を逃れたようだ。

 パッと見ただけだが、風が渦を巻き、炎が吹き上げられていたように見えた。


 たぶん、強力な魔法で吹き飛ばしたのだろうが、摺り抜けた石礫によって負傷者が出ているようだ。

 石舞台まで移動したいが、会場の混乱が続いていて辿り着けそうもない。


「北西の門が破られた! 暴徒が雪崩れ込んで来る、応援に向かってくれぇ!」


 何とか石舞台まで行けるルートが無いか探していると、不穏な知らせが聞こえた。

 その直後、再び地面を揺らすような爆発音が聞こえてきた。


 ズドドドドドド──ン……。


「また来るぞ! うずくまって頭を守れ!」


 会場にいる人達に大声で指示を出して、再び三重の防御を展開する。

 今度の爆発音が聞こえたのは、南西の方向のように思えた。


 ズダダダダダダダ……。


 再び拳よりも大きな石礫が、雨のように会場に降り注ぐ。

 轟音と悲鳴が入り混じり、また観覧席で将棋倒しが起こった。


 石礫の雨が止んだ時には、無傷の人を探すのが困難に思えるほど多くの人が蹲ったり倒れて呻いていた。


「今度は南西の門が襲われている、早く、早く応援を頼む!」


 北西からの砲撃、門の襲撃、南西からの砲撃、門の襲撃……既に四段構えの襲撃が行われているようだが、まだ終わりとは思えなかった。


「ニャンゴ、これからどうするの?」


 石礫が降り注いでいる間は、頭を抱えて蹲っていたアイーダだが、今は不安げに会場のあちこちを見回している。


「まだ会場の混乱が収まっていませんから、今動くのはかえって危険です。もう少しすれば、騎士団が避難誘導を始めるはずです。デリック様も負傷していますから、ここまで騎士が辿り着くまで待ちましょう」

「分かったわ」


 俺1人では、エルメリーヌ姫とアイーダを護衛して、更に負傷したデリックまで運ぶのは無理だ。

 せめて1人でも良いので騎士に応援に来てもらいたいが、地上に向かう階段には逃げ惑う人々が殺到していて降りて来られないようだ。


 ドガ――ン! ドガ――ン!


 また粉砕の魔法陣と思われる爆発音が、今度は大聖堂の裏手から聞こえてくる。

 同時に、叫び声のようなものも聞こえて来て、どうやら近くでも騒ぎが起こっているようだ。


「押すな! 落ち着いて上がれ!」

「女性や子供を優先しろ! 怪我人には手を貸してやれ!」


 観覧席の上では、騎士達が声を張り上げて避難の誘導を始めている。

 石舞台の方でも、王族や貴族の一部は席を離れて移動を始めたようだ。


 このまま順調に避難が進めば混乱も終息に向かうはずなのだが、さっきから髭がビリビリしっぱなしで嫌な予感が消えない。

 子爵から渡された魔力ポーションを取り出して、半分ほど口にした。


「うぇ……苦い」


 この後も襲撃が続くようだと、途中で魔力切れが心配だ。

 切れてから補充したのでは、間に合わない可能性がある。


 ゴブリンの心臓を食べた時のように、グワっと沸き上がってくる感じではないが、ジワジワと魔力が上がっている気がする。

 残りの半分は、念のために残しておこう。


 ドガァァァァァ……!


 さっきよりも近い距離で爆発音が響くと、避難した人達が悲鳴を上げながら戻って来て、石舞台の方へと逃げていく。


「貴様ら、何をしてる! 止まれぇ!」


 ドガァァァァァ……!


 大聖堂の裏手、西門へと続く道の方角にむかって騎士が声を張り上げた直後、更に間近で爆発音が響き騎士の身体が吹き飛ばされた。

 逃げ惑っていた人達も巻き込まれ、後方の石舞台でも悲鳴が上がった。


「殺せ! 王族、貴族、金持ち連中は全員ぶっ殺せ!」


 階段上に姿を現した黒尽くめの男は、見覚えのある銀色の筒状の魔銃を会場に向かって乱射しながら叫んだ。


 ドガァァァァァ……!


 魔銃を乱射する男に気を取られていたら、逆側の観覧席の上で爆発音が響いた。

 粉砕の魔法陣を使った大砲を水平発射しているのだろう、バラバラに吹き飛ばされた騎士の肉片や鎧のパーツが会場へと降り注ぎ、また新たな悲鳴があがる。


「次を持ってこい! まだ貴族のガキが生き残って……ぐはぁ」


 魔銃を乱射しながら叫ぶ男の腹に、三点バーストで風穴を開けてやる。

 吹っ飛んだ男の後ろから、屈強な男が二人掛かりで土管のようなものを抱えて出て来た。


 どうやら、これが反貴族派の大砲なのだろう。


「シールド!」

「発射!」


 ドガァァァァァ……!


 爆発音と同時に、筒を抱えていた男たちが吹き飛んだ。

 大砲の発射口をシールドでガッチリ固めてやったから暴発したのだ。


「ニャンゴ、後ろだ!」

「にゃ……粉砕!」

「発射!」


 ドガァァァァァ……!


 デリックの声で振り向くと、逆側からも大砲で狙われていた。

 発射口を固める余裕は無かったので、大砲の前面で粉砕の魔法陣を発動させて相殺してやった。


 咄嗟だったので威力の加減とかは出来なかったが、どうやら俺の魔法陣の方が上回ったようで破片は飛んで来なかった。


 ボッ……ボッ……ボッ……


 突然ドーム状に展開しているシールドに、炎弾が当たって弾けた。

 大聖堂の内部を通り抜けて下りて来たのか、新手の一団がこちらに向かって魔銃を乱射しながら走り寄って来る。


 パッと見ただけでも30人ぐらいいそうだ。


「ちっ、どうなってやがる……当たらねぇぞ!」

「あのニャンコロの仕業なのか?」

「おい、手前ぇ! その妙な魔法を解かなかったら、周りにいるガキ共を……」


 ドリュ……


 喚き散らす黒尽くめの男の頭を三点バーストで吹き飛ばした。


「姫様、少しの間、目を閉じていてもらえますか?」

「いいえ、私は王族として見守る義務があります」

「分かりました、では手早く片付けます」


 エルメリーヌ姫と会話している間も、黒尽くめ達は魔銃を乱射してきた。

 シールドに当たって弾けた炎弾によって男達の姿は見えないが、探知魔法を展開すれば手に取るように特定できる。


 ドリュ……ドリュ……ドリュ……


 探知した男たちの胸のすぐ前で魔銃の魔法陣を発動させるので、回避するなど不可能だ。


 ドリュ……ドリュ……ドリュ……


 残りが少なくなったのか、魔銃による攻撃が止んで視界が開けた。


「や、やべぇ……化け物だ……」

「逃げるぞ」

「デスチョーカー・タイプR」

「いっ……ぐぁ」

「おい、どうし……がぁ」

「ファランクス!」



 パパパパパパパパパ……


 デスチョーカーで二人、残りは連射で薙ぎ払い、黒尽くめの男達を全滅させた。


「ニャンゴ、上よ!」

「しつこいにゃ、粉砕! 粉砕!」


 観覧席の上に大砲を持って現れた二組の男達を、粉砕の魔法陣で吹き飛ばす。

 探知魔法を観覧席の上に張り巡らして待ち構え、大砲を持って近づいて来た連中には、ノータイムで三点バーストを食らわせてやった。


 黒尽くめの男の中には、狼人や虎人の男も混じっている。

 反貴族は、人種による差別を受けている者とは限らないのだろうか。


 また大聖堂の内部を通り抜けて、黒尽くめの一団が姿を現し、魔銃の乱射を始めた。


「ウォール!」


 魔法による攻撃ならば、薄い壁でも十分に防げる。

 攻撃の意思を示した奴から、胸に三点バーストを食らわせてやった。


 貫通した弾丸によって、大聖堂が少し燃えちゃったけど、不可抗力ってことで勘弁してもらおう。


「騎士団だ! 騎士団の応援が来たぞ!」


 観覧席の一番上で、恐る恐る外を窺っていた男が声を張り上げると、会場は歓喜の声に包まれた。

 また爆発音が聞こえてきたが、会場からはかなり離れているように感じる。


 大聖堂から出て来ようとしていた一団は、騎士団の応援到着の声を聞いて、慌てて内部へと駆け戻って行った。

 後ろから撃ち抜いてやろうかとも考えたが、魔力が乏しくなっている感じがしたので、攻撃はやめて魔力ポーションを取り出して、残りを飲み干した。


「にぎゃ……魔力ポーション、にぎゃ」


 まだ油断は出来ないが、髭のビリビリも収まったし、どうやら襲撃はここまでのようだ。

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