第175話 王城
王城へと入る門には、また行列が出来ていた。
『巣立ちの儀』を控えた今の時期には、連日晩餐会や舞踏会が催されていて、そのための食材や酒なども運び込まれているそうだ。
「王城に持ち込まれる品物は、全て検められる。食材などは運び込まれる倉庫まで騎士が同行し、全ての箱や樽に異常がないか調べられる。例え、貴族からの贈り物であったとしても、業者が持ち込む物は一度開封され、改めて包装を整えられるのだ」
「綺麗に包装された物もですか?」
「そうだ。というか、贈り物を届ける業者は、梱包せずに持ち込み、ここで綺麗に包み直し、届け先を明記して騎士へ預け、証明書を受け取って帰ることとなる」
カーティスの説明によれば、大量の食材を持ち込む業者を除いて、外部の一般人が入り込むことは殆ど無いそうだ。
例えば、城の内部の壁にヒビが入った場合、城に常駐している職人が修理を行うなど、王族に関わる衣食住は、全てお抱えの職人達が整えているそうだ。
城に出入りする人間を極端に制限しているので警備の体制としては万全だろうが、前世風に言うならば『閉じられた王室』という感じだ。
俺達の乗った魔導車にはラガート子爵家の紋章が飾られているし、第六王子ファビアンの魔導車に続いての通行なので止められることなく城内へと入れた。
大きな門の内側には水堀があり、城に向かうには橋を渡っていく。
橋は跳ね上げられるように造られているし、堀の向こうには更に壁が築かれていた。
万が一、第一街区にまで敵に入られたとしても、更に堀と壁で守りを固めてあるという訳だ。
この調子だと、城から脱出するための抜け穴とかもありそうな気がするな。
跳ね橋を渡り、最後の城壁を潜った先は、別世界という感じだった。
「えっ……羊?」
城壁の内側には、広々とした草地が広がり、モコモコの羊が草を食んでいる。
その内側には農園になっていて、樹林帯を抜けると、ようやく庭園へと入る。
「カーティス様、これは籠城への備えなのですか?」
「その通りだ。ニャンゴはうちの城を訪れたことはあるか?」
「はい、あっ……城内に果樹が植えられてありました」
「王城は、それよりも更に進んでいて、例え外部と隔絶されたとしても困らない造りとなっている」
城の備えとしては正しいのだろうが、何となく自給自足の引きこもりのように感じてしまった。
庭園を抜けた先に建つ城も、他の貴族の屋敷とは別格の大きさと豪華さを誇っていた。
ここまでの道中、いくつかの貴族の屋敷を見てきたが、正に格が違っている。
規模の大きさ、高さ、装飾の精緻さ……グロブラス伯爵の金ぴか成金屋敷も相当な金が掛かっていると思ったが、王城を形作る全ての物が選び抜かれたものだと分かる。
ついさっき見たミリグレアム大聖堂の威容にも圧倒されたが、更に上をいっていた。
時の権力者と宗教には逆らわない方が身のためだと思わされてしまう。
城への入口は、凝った造りの車止めとなっているが、見方を変えると玄関ホールまでの距離を取る工夫だと分かる。
魔導車や馬車を停めたところから、集団で攻め込もうとしても通路に居並ぶ騎士達に止められてしまうだろう。
先にファビアンが魔導車を降りて、城の内部へと入っていく。
王家の魔導車が移動した後で、ラガート子爵家の魔導車が停められ、まずは護衛騎士、続いて俺が下りてドアの脇に並んで頭を下げた。
最初に騎士が降りた時には感じなかったが、俺がドアを出ると明らかに周囲の空気が変わった。
探知魔法など使わなくても、俺に視線が集中しているのが分かる。
まぁ、猫人の俺が普段着で姿を見せれば、こうした反応になるのも仕方ないだろう。
俺達に続いてカーティスが先に降り、エスコートされてアイーダが降りてきた。
ちらりと様子を窺うと、カーティスは普段通りに見えるが、アイーダの表情は少し強張っているように感じる。
まぁ、俺の顔はアイーダ以上に引き攣っていると思うが、貴族でも緊張するのかと思うと少しだけ肩の力が抜けた。
「ニャンゴ……」
カーティスに手招きされた。ラガート家の騎士は、ここから先へは同行しない。
ファビアンから指名を受けて城まで来たので、俺は中まで入らない訳にはいかない。
ここから先も突き刺さるような警戒の視線を受け続けなければならないかと思うと、カーティスに歩み寄る足が重たく感じられた。
「ふぁっ?」
「この先は、色々と面倒だからな……思ったよりも軽いな」
後に続こうと歩み寄ったら、いきなりカーティスに抱え上げられてしまった。
お姫様抱っこではなく、胴体に腕を回されて、小脇に抱えられている形だ。
「え、えっと……」
「まぁ、少しの間だ辛抱しろ」
「はぁ……」
確かにカーティスに抱えられた途端、周囲からの視線の質が変わった気がする。
というか、そのまま連れて行かれると、通路に居並ぶ騎士達の鎧が小刻みに震えているのが分かった。
あれは、武者震いなんかじゃなく、絶対に笑われている。
恨めしげな視線を投げ掛けると、ほんの僅かだが兜が横を向いた。
「ふふふふ……こいつは、なかなか楽しいな。次に城に上がる時にも同行してくれ」
「いやいや、絶対に怒られますから……」
そのままの格好で玄関ホールへ入ると、待っていたファビアンに腹を抱えて笑われた。
敵意や警戒を向けられるよりはマシなのかもしれないが、ちょっと複雑だ。
城の内部は、外観に輪を掛けて豪華な造りとなっていた。
天井から巨大なシャンデリアが吊るされ、巨大な彫刻が飾られている。
正面の階段を上った先に飾られているのは、現在の国王の肖像画だろうか。
キャンバスの大きさだけで、大人の背丈の2倍ぐらいはありそうだ。
王城は、大きく分けて二つの建物から構成されているようで、玄関に近い西側が来客用、東側が王族が暮らす居住区となっているらしい。
俺達は、北側の居住区に近い応接室へと案内された。
応接室といっても、バスやトイレ、更衣室、仮眠のためのベッドルームまであり、まるでホテルのスイートルームのようだ(行ったことないけど……)。
カーティスは、俺を抱えたまま庭園を望むソファーにドッカリと腰を下ろした。
「カーティス様、俺は後ろに控えていた方が……」
「それでは話が遠い、いいからここに座ってろ」
「はぁ……」
ソファーとソファーの間に置かれたテーブルも無駄に広く感じるが、来客が危害を加えようとした場合に、騎士が割って入れる時間を稼ぐためだそうだ。
俺達が席につくと、すぐにメイドさんがお茶の仕度を整えてくれた。
華やかな香りのお茶だけでなく、焼き菓子や生菓子がそえられている。
チーズケーキ、アップルパイ、シフォンケーキにはたっぷりと生クリームが盛られている。
見ているだけで、口の中にジュワーっと唾液が溢れて来て、腹が鳴ってしまった。
「はははは、ファビアンは大聖堂の件の報告もあるだろう。待っている間にいただくとしよう」
「た、食べちゃっても良いんですか?」
「構わんぞ……」
笑顔で答えたカーティスの向こう側から、アイーダの硬い声が飛んで来た。
「みっともないから、ニャーニャー鳴くんじゃないわよ」
「ぐぅ、わ、分かってます……」
「どうだか……」
エスカランテ侯爵家の夕食の件をまだ根に持っているのだろうか、主のアルバロスが咎めなかったんだから良いではないか。
カーティスがクッキーを一つ口に運んだのを見て、俺はアップルパイに手を伸ばした。
「うみゃ! パイ生地がサックサク、トロトロりんごは甘酸っぱくて、う……みゃ……」
アイーダに凄い視線で睨まれた……。
「はっはっはっはっ! いいな、ニャンゴ、実に美味そうだ、どれ俺もいただいてみるか」
「ちょっと、お兄様!」
「うん、美味い! 確かにサクサクの歯ざわりが素晴らしい、甘味と酸味のバランスも良いな。どうしたニャンゴ、遠慮せずに食べろ」
「はい、んー……うみゃ! サクサク、トロトロ、うみゃ!」
たぶん、小麦粉も、バターも、りんごも、手に入る最高の品物が使われているのだろう。
それを腕の良いシェフが調理して、良い出来の品だけが提供される……美味くない訳がないのだ。
誘惑に抗いきれず、チーズケーキもうみゃうみゃしていたら、ファビアンが戻ってきた。
「なんだい、なんだい、僕をのけ者にして随分と楽しそうじゃないか」
慌てて立ち上がって出迎えると、ファビアンはアイーダと同じぐらいの年に見える少女を伴っていた。
「これはこれは、エルメリーヌ姫、ご無沙汰いたしております」
「カーティス様、アイーダ、お久しぶりです」
金髪のフワフワな髪の獅子人の美少女が、『巣立ちの儀』を受ける第五王女のようだ。
そのエルメリーヌが、小首を傾げて俺の方を見ていた。
「イ、イブーロ・ギルド所属のBランク冒険者、ニャンゴです……」
エルメリーヌは好奇心を抑えきれないようだが、不快に思っている様子は無い。
ただし、その後に控えているガゼル人の女性騎士から氷のような視線が突き刺さってきた。
「後に立たせておいては話が遠くなると思って、俺が横に座らせたのだが……」
「あぁ、構わないよ。ニャンゴにはジックリと話を聞かせてもらいたいからね」
どうやら、好奇心の塊のような王族兄妹と氷のごとき女騎士に、完全にロックオンされてしまったようだ。
くぅ……でも、アップルパイもチーズケーキもうみゃかったから仕方ない。
てか、シフォンケーキも食べちゃ駄目かにゃ……。
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