第176話 好奇心は猫人を……
「ニャンゴと一緒に食べると、実に美味いんだ」
そんな風に紹介したカーティスが全部悪いのだ。
シフォンケーキもうみゃうみゃして、アイーダとガゼル人の女騎士に凄い視線で睨まれた。
別に良いではないか、エルメリーヌ姫だって美味しそうにケーキを味わっていたし。
「ではニャンゴ、そろそろグロブラス領での襲撃の様子から教えてほしい」
「はい、襲撃が行われたのは、昼食の休憩のために立ち寄ったフロス村でした……」
茶トラの猫人による自爆攻撃から始まり、カバジェロの自爆未遂まで、一連の襲撃について順を追ってファビアンに話をした。
一通りの説明を終えたところで、ファビアンから尋ねられたのは空属性魔法のシールドについてだった。
「そいつに関しては俺が説明しよう」
カーティスが渾身の一撃で盾を壊した時の状況を話すと、ファビアンは更に興味をそそられたようだ。
ついでに、ファビアンの後に控えている女騎士の視線も、先程までとは変わっているように感じる。
「ニャンゴ、うちのジゼルに試させてもらっても構わないか?」
「はい、構いませんが……どうやって試されますか?」
「そうだな……こういうのはどうだろう?」
ファビアンの出した条件とは、俺と護衛の女性騎士ジゼルが向かい合い、盾によって動きを阻害できたら俺の勝ち、邪魔される前に盾を壊して寸止め出来たらジゼルの勝ちとするものだった。
勝負は応接室から庭園へと下りるテラスで行うこととなった。
テラスといってもバレーボールのコートぐらいの広さがあり、立ち合いを行うのに十分な広さがある。
「では、始め!」
7メートル程の距離を取って向かい合い、ファビアンの合図で始まった勝負は一瞬で決した。
左の腰に吊ったサーベルの柄に手を掛け、一歩踏み出したところでジゼルは動きを止めて目を見開いた。
「参りました……」
ジゼルの言葉を聞いて、見守っていた一同が驚きの表情を浮かべる。
「どうした、ジゼル」
「ファビアン様、ここに盾があるのがお分かりになりますか?」
「なんだって?」
盾を展開する場所に制約は付けられなかったので、俺の近くではなく、ジゼルの目の前に盾を展開しておいたのだ。
それに全く気付かずに踏み出したジゼルは、手で触れて初めて存在を認識したようだ。
「こうして目の前で見ても、手で触れなければ存在すると分からないぞ」
「場所が分かっていれば、斬れるかもしれませんが、どこにあるのかも分からない物は斬りようがございません」
「そうか……ニャンゴ、この盾をジゼルに斬らせてもらっても構わないかい?」
「はい、どうぞ……」
ファビアンに頷かれたジゼルは、もう一度盾の位置を確認すると、二歩ほど下がってサーベルの柄を握った。
「しゃっ!」
短い気合いと共に繰り出されたジゼルの瞬速の抜き打ちは、ドスっという鈍い音と共に盾に跳ね返された。
「どうだい、ジゼル」
「ワイバーンの鱗にでも斬りつけた感じです。斬り裂ける気がしません」
カーティスに壊された後、盾は更に改良を加えてある。
まずは形状だが、ウインナーを内包したピザみたいな感じに、縁の部分を丸く厚くしてある。
カーティスの一撃が、盾の縁の角の部分を直撃したことでヒビ割れて、壊されてしまったので弱点を強化した形だ。
それと材質も更に壊れにくいように、しなやかさを増加させて作ってある。
実際、ジゼルの一撃は刃先が食い込んだものの、盾を破壊するには至っていない。
「ニャンゴ、君のこの盾が、子爵一家を爆風から守ったのだね?」
「はい、形状は異なりますが、咄嗟に少し傾けて設置することで、上手く爆風を逸らすことが出来ました」
「この盾は、どのぐらい遠くまで設置する事が出来るんだい?」
「見える範囲であれば設置は可能ですが、あまり離れた場所からだと精度が甘くなります」
「そうか……会場の石舞台から、儀式に参加する子供達のいる場所だったらどうだろう?」
「やって出来ない距離ではありませんが、精度や強度が落ちる可能性もあります」
「なるほど……」
ファビアンは、空属性の盾を撫でて、叩いて確かめた後、一同に席に戻るように促した。
全員が着席したのを確認すると、ファビアンが話を切り出した。
「率直に言おう、カーティス、『巣立ちの儀』の間だけで構わない。ニャンゴを貸してくれないか?」
「そいつは、俺の一存では決められないが、まぁ大丈夫だろうとは思う……姫様の警護をさせるつもりか?」
「あぁ、その通りだ。ニャンゴの盾ならば他の者からは見えないし、しかも離れた場所からも展開が可能だ」
「だったら俺からも一つ頼みがあるのだが……姫様の警護の名目で、アイーダを近くに居させてもらえないか?」
「なるほど、それならば二人を守ることが出来るという訳だな」
「どうだ、良いアイデアだろう?」
「あぁ、悪くない」
妹思いの二人の兄は互いの思い付きを称賛しているが、肝心なことを忘れている。
「あのぉ……どこからお二人を見守れば宜しいのでしょう? 自分の背丈だと群衆に埋もれて、お二人の姿を確認出来ない恐れがございます」
今度『巣立ちの儀』に臨む子供達は俺よりも二つ年下になるが、身体の大きな人種だと俺よりも背丈は大きいはずだ。
参列者の周りから見守る形だと、二人を目視で確認出来ない恐れがある。
「そうか、視界か……そこまでは考えていなかった」
「逆にニャンゴ、どこからならば守れる?」
「そうですね。石舞台から見て儀式場の両サイド、階段を上がり切った所に監視用の櫓みたいなものを設けるというのはどうでしょう?」
両脇の観客席の更に上となれば、集まった群衆の視界を遮る事も無いし、距離的にも石舞台からよりも近い。
何より、見晴らしの良い場所から騎士が監視していれば、何か異変が起こった時にでもすぐに対応が出来るように感じる。
「なるほど、監視用の櫓か……だが今から作らせて間に合うだろうか」
「そんなに高さは必要ではありませんし、簡単な木組みで作らせて、周囲は布を巻き付けて粗は隠してしまえば良いのではありませんか?」
「なるほど、祭りの飾り付けのようなものだな」
元々、会場の周囲には警備を行う騎士を配置する予定だったらしく、その助けにもなると判断したファビアンは、左右三ヶ所ずつ、合計六ヶ所の櫓を作るようにジゼルを伝令として騎士団に走らせた。
「ふぅ、ニャンゴのおかげで爆破も未然に防げたし、エルメリーヌの警護も強化出来る、これで安心して『巣立ちの儀』を迎えられるな。カーティス、今夜の舞踏会には来るのだろう?」
「王子様自らの誘いでは、断わるわけにはいかないな……勿論、何か企んでいるのだろう?」
「企むなんて人聞きの悪い……ちょこっと抜け出すだけだ……」
にこやかに談笑する王族と貴族の子息……前世日本の腐った女性達が見たら、妄想を捗らせるシーンだけど、ちょっと気を抜き過ぎではないだろうか。
「あ、あのぉ……」
「どうした、ニャンゴ」
「ファビアン様は、これで当日は安心と思われていらっしゃるのでしょうか?」
「どういう意味だい?」
「フロス村で襲撃を行った者達と、大聖堂に粉砕の魔法陣を仕掛けた者が同じ組織の者であるとしたら、襲撃は最低でも五段構え、こちらが本番だと考えるならば、七、八段以上の構えで襲撃を行って来るはずです。まだ我々は、その内の一段を防いだにすぎません」
「では、まだ他にも襲撃が行われると思っているのかい?」
「はい、先程大聖堂で発見された粉砕の魔法陣ですが、魔力を通す線が繋がれていたようですが……」
「あぁ、魔導線だね。魔導車などの発展に伴って改良が重ねられていると聞いている」
魔導線は、魔物の角や骨などの魔力を通しやすい素材を細かく磨り潰し、染色の要領で糸に染み込ませたものだそうだ。
魔導車の操作用に使われ、日々改良されることで伝達効率も上がっているらしい。
「つまり、離れた場所からも粉砕の魔法陣を作動させられるのですね?」
「その通りだが、それがどうかしたのかい?」
「例えば、道の補修を装って、事前に粉砕の魔法陣を土の中に埋め込み、魔導線だけを外に引き出しておいたら……」
道路脇に爆弾を埋設する方法は、紛争地域で使われるテロの手段として前世の頃にニュースで何度も目にした。
こちらの世界では、これまで使われたことは無いのだろう、ファビアンだけでなくカーティスやアイーダ、エルメリーヌ姫も顔色を変えている。
「ニャンゴ、どうすれば防げる?」
「そうですね、少なくともこの一年で、ここから大聖堂まで向かう道で補修が行われていないか、行われたとすれば不審な魔導線が周囲に無いか調べさせるべきでしょう」
「分かった……」
ファビアンは、メイドに紙とペンを持って来るように命じると、大聖堂での粉砕の魔法陣の発見から予想される街道沿いでの爆破テロへの警戒を簡潔にまとめ上げた。
迷うことなくペンを走らせる様子から見ても、かなり頭の回転は速そうだ。
ファビアンがペンを置くのとほぼ同時に、伝令に行っていたジゼルが戻ってきた。
「ジゼル、追加の指令だ。これを近くにいる騎士に命じて騎士団まで持って行かせろ。それが終わったら、戻って来て話を聞いているように……さて、ニャンゴ。他に僕らは何をすれば良い?」
ファビアンは、実に楽しげな視線を向けて来た。
これは少し長くなりそうな気配がする。
ケーキ三個の代償は、ちょっと高くつきそうな気がしてきたにゃ……。
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