第168話 新王都

 街道の要衝であるクラージェを出発して二日目、ラガート子爵の一行は王家直轄領へと入った。

 今日の夕方には、王都にある子爵の屋敷に到着出来る予定だ。


 直轄領に入ると、街道の両脇にはヒューレィの木が植えられていた。

 ヒューレィは真っ直ぐ大きく伸びる木で、モミジを大きくしたような葉と、春に咲く黄色い花が特徴の王家を象徴する木だ。


 黄色い花は、直径が15センチぐらいある大きな花で、牡丹に良く似ている。

 丁度開花の時期を迎えて、街道には甘い香りが漂い始めていた。


「にゃ……いい匂いにゃ……」

「そうだろう、これからの時期、王都はヒューレィの香りに包まれる花の都になるんだぜ」


 前世日本では、春と言えば桜の季節だが、シュレンドル王国の王都周辺はヒューレィの季節となる。

 王都の各所にもヒューレィが植えられていて、王都の子供達は花の香りに包まれながら『巣立ちの儀』を受けるそうだ。


 俺の故郷のアツーカやイブーロにもヒューレィの木は生えているが、こんなに密集して植えられていないし、花の時期も半月ほど後になる。


「春だにゃぁ……」

「王都に着いたら、花見に連れていってやるぜ」

「ホントに? 美味しいものは売ってる?」

「当然だ、良い穴場があるんだ……その代わり、俺の護衛を頼むぜ」

「任せて! お花見、楽しみだにゃ……」


 ラガート領から南下を続けてきて、日差しには本格的な春の到来を感じるようになった。

 当然、南に向かう魔導車の御者台はポカポカと暖かく、睡魔との戦いは激しさを増すばかりだ。


「春眠暁を覚えず……一番の難敵は春の日差しだにゃ」

「王都までは、あと少しなんだ、頼むぜニャンゴ」

「うぅ……頑張る」


 王家の直轄領に入った所で、ラガート子爵の車列には4人の王国騎士が同道している。

 車列の前方に2人、後方に2人、ピカピカに磨き上げられた揃いの兜と胸当てが陽光を弾き、周りの旅人たちに無言の威圧を与えていた。


「やっぱり王国騎士は格好いいですね」

「だな。あれは式典用の装備で、兜と胸当て以外は普通の制服に見えるが、実際には物理攻撃、魔法攻撃への防御付与がされていて、鎧と同じぐらいの強度があるそうだぜ」

「そうなんだ、格好いいにゃ……オラシオも着られるようになるといいにゃ……」


 王都が近づくほどに、オラシオとの再会を思って胸がドキドキしてきた。

 イブーロで屋台巡りをした日から2年、オラシオはどれほど逞しくなっただろうか。


 俺は、オラシオと並んで歩ける程度に成長しただろうか。

 明日は、反貴族派の襲撃に関する報告をするために、ヘイルウッドから王国騎士団への同行を求められているので、その時にオラシオに会う方法を聞いてみよう。


 子爵家の騎士が一緒なら、猫人でも雑な対応はされなくて済むだろう。

 オラシオに会ったら、話したいことが沢山ある。


 アツーカにブロンズウルフが出た話や、チャリオットにスカウトされてイブーロに活動拠点を移した話、冒険者としての日々の生活、そしてワイバーン討伐の話。

 そうそう、Bランクに昇格したことも忘れずに伝えよう。


 猫人の俺にだって冒険者として活躍が出来るのだから、オラシオもきっと騎士になれるはずだ。

 魔導車の御者台に座りながら王都での行動を考えていられるのは、街道が広く見通せるように整備されているからだ。


 直轄領の街道は、馬車を4台ぐらい並べて走れるほどの広さがあり、さらに街道脇には建物の類は一切建てられていない。

 茶店などは街道から離れ、車止めの向こう側に建てるように指導されているそうだ。


 ヒューレィの木も、街道に張り出したり低い位置の枝は払われて、木に登ることも禁じられているそうだ。

 木に登っているだけでも、何か邪な意思があると見なされて厳罰の対象となるらしい。


 満開に咲き誇るヒューレィの木にハンモックを吊るして、昼寝を楽しむのはイブーロに戻ってからにしよう。


 警護の応援についた王国騎士からは、疑わしげな視線を向けられた。

 やはり、貴族の一行に猫人が加わっているのは珍しいことらしい。


 それでも、子爵自らが襲撃時の俺の活躍や、ワイバーン討伐の件を語ってくれたので、疑いの眼差しは消えた。

 ただし、疑いは消えたものの、物珍しいとは思われ続けているらしい。


 休息の時などには、王国騎士からの視線を感じるし。

 ラガート家の騎士に、活躍が本当なのか確かめているのも耳にした。


 まぁ、イブーロの冒険者ギルトでも、猫人はほぼ見掛けないし、王都では更に好奇な視線に晒されるのは覚悟しておこう。

 昼過ぎに到着した王都は、思っていた以上の規模を誇っていた。


「凄いですね。さすが王都……」

「ニャンゴ、ここはまだ王都の外だぞ」

「えっ、だってこんなに建物が建ってますよ」

「王都は、向こうに見える壁の内側だ」

「えぇぇ……」


 俺は、てっきり王都に到着したのかと思っていたが、街道の両側に広がる街は『都外』と呼ばれる地域で、王都内で一般庶民が暮らす第三街区から溢れた人々が暮らす場所だった。

 新王都が出来上がった当時、街は城壁の中に収まっていたそうだが、各地から仕事や富を求めて集まった者によって、すぐに街は一杯になってしまったそうだ。


 前世日本的な考え方をするならば、高層の建物や地下に空間を作るという発想になるが、王都の第三街区では地上3階建て以上の地下1階以下の建設が禁じられているそうだ。

 理由は、貴族の街を見下ろすような建物は不敬で、地下は怪しい組織の暗躍を防ぐためらしい。


 王都を取り囲む城壁には、街道ごとに5つの大きな門が設置されていて、通行人は身分証明が必要となるそうだ。

 冒険者ならば冒険者ギルドのカード、商人や職人ならば商工ギルドのカードが身分証として使える。


 ただし、年齢の割にギルドのランクが低い人は、場合によっては入都を断わられるらしい。

 何かトラブルを起こして、新たに登録しなおした人間ではないかと疑われるからだそうだ。


 冒険者ギルドのカードも、商工ギルドのカードも、基本的には魔力パターンと血液を使って登録するので二重登録は出来ないが、冒険者ギルドから商工ギルドへの乗り替えと、逆のパターンでは一度だけ再登録が出来る。

 王都の入口では、これを警戒しているらしい。


「じゃあ、ギルドに登録していない人は王都へは入れないの?」

「基本的にはな。ただし、教会への巡礼者だけは入都を許可される」

「巡礼……?」

「あぁ、王都のミリグレアム大聖堂は凄ぇからな」


 王都の第二街区に建つミリグレアム大聖堂は、ファティマ教の総本山だそうだ。

 大聖堂の周辺だけは、一般庶民の立ち入りを認めた特別区となっているらしい。


「ギルドに登録が無く、大聖堂の巡礼に行きたい場合には、教会からの紹介状を貰う。紹介状の用紙は普通に見ただけでは分からないが、特別な仕組みが施されていて偽造しても見破られるそうだぜ」

「へぇ、何か特殊な魔法陣なのかにゃ……」


 王都の城門前には、入都の審査を待つ人の長い行列が出来ていた。

 パッと見ただけだが、500メートル以上は続いていそうだ。


 勿論、ラガート子爵の車列は王国騎士によって先導されているので、入都のための審査などは受けずに進んで行ける。

 幅20メートルはある水堀と高さ10メートルほどの壁の内側には、ビッシリと建物が建ち並んでいた。


 門から王都の中心部へと向かう道は、中央に王族、貴族専用の道、その両脇に一般庶民が使う道が作られている。

 見た目は、バイパスと側道といった感じで、王族貴族専用の道を横切るにはアンダーパスを潜るようになっていた。


 道の両脇には、大小様々な商店がひしめき合い、道にも通行人が溢れている。

 まるで渋谷のセンター街や原宿の竹下通り、上野のアメ横でも見ているかのようだ。


「凄ぇだろう、ニャンゴ」

「えぇ、ここまで賑わっているとは思ってませんでした」

「ここ王都は、権力と富が集中する場所だ。甘い蜜に引き寄せられる蝶のように、あっちこっちから人が集まって来るんだよ」


 文明の進化の度合いならば、間違いなく前世日本の方が進んでいたが、権力や富の集中という点では、日本を遥かに超えているようだ。

 前世の世界でも、巨大な建造物、壮麗な建物などは、時の権力者や宗教によって作られてきた。


「見えて来たぜ、あれがミリグレアム大聖堂だ」

「うわぁ……デカい……」


 高さ50メートルぐらいありそうな二つの塔を持つ聖堂は、大理石で作られているらしく白く輝いている。

 春分の日には、王族、貴族の子息も参加して、盛大に『巣立ちの儀』が行われるそうで、例年膨大な魔力を所持した子供が現れるために、多くの観客も詰めかけるようだ。


 第三街区と第二街区の間にも水堀と塀があり、中に入る検査は第三街区に入る時よりも入念に行われるらしい。

 ヘイルウッドから第二街区の外に出る場合には、子爵家の者に伝えて証明書を貰うように言われたのは、このためらしい。


 だが、今は王国騎士が一緒だし、子爵家の馬車に乗っているので検査は素通りだ。

 ここでも長い行列に並んでいる人からは、羨望の眼差しを向けられてしまった。

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