第167話 対策

 ナバックと一緒に宿に戻って夕食を済ませた後、ラガート子爵一行の護衛を取り仕切るヘイルウッドから呼び出された。

 これから先の護衛の方法について相談したいらしい。


「呼びたててしまって悪かったな」

「いえ、護衛の件で相談があると伺いましたが……」

「うむ、我々の不手際で例の猫人を逃がしてしまった。今すぐ襲っては来られないだろうが、王都から戻る時には狙われる可能性がある。今のうちから備えを万全にしておきたい。協力してもらえるかな?」

「勿論です。イブーロやアツーカの平穏を守るためにも、子爵は大切な方です。一行に加えていただいているのですから、協力するのは当然です」


 俺の返事を聞いて、ヘイルウッドは少し表情を緩めた。


「そう言ってもらえると心強いよ。フロス村で襲撃を受けた時、子爵様を守ってくれたのは間違いなく君だからね」

「たまたま、俺が守るのに適した条件だっただけですよ。それより、カバジェロはまた襲ってきますかね?」

「正直に言って分からない。反貴族派がどれほどの組織で、どこに拠点を置いているのかも分からない状態では予測は難しい。常に備えておくしかないだろうな」

「連中は、どこから来たんでしょうか?」

「反貴族派と呼ばれている者達が、最初に現れたのは旧王都だったと聞いている」


 旧王都は、ダンジョンを中心として栄えた街で、治安の悪化などを理由に今の新しい王都に王城が移されたそうだ。

 その治安の悪化の原因が、反貴族派だったらしい。


「旧王都には、ダンジョンを探索する冒険者が多く暮らしていて、冒険者の質も高い。反貴族派は、そうした冒険者を仲間に加えて、王族や貴族の屋敷を襲っていたそうだ。ただ、王都を移す要因となった反貴族派は、後に王国騎士団の手で壊滅に追い込まれている。近頃活動を活発化させている連中は、別の組織だと思われる」

「では、旧王都に拠点があるとは限らないんですね?」

「レトバーネス公爵からは、そのように聞いている」

「奴ら、例の粗悪な魔銃を使っていましたが、イブーロの学校を占拠した連中と繋がりがあるんですかね?」

「さあな、あるかもしれないし、全く関係ないのかもしれない」

「イブーロの街で自爆テロなんて起こして欲しくないですね」

「全くだ。あれは一般の兵士や冒険者では防ぎようが無い」


 東京の高校生だった前世では、実際に目にする機会は無かったが、テレビなどのニュースで何度も見た覚えがある。

 それこそグロブラス伯爵のように、屋敷に閉じこもっているならば防げるかもしれないが、街中で突然襲撃されたら防ぐ手立ては無いに等しい。


 今回の襲撃では、たまたま俺が粉砕の魔法陣を見知っていたのと、空属性魔法で防御壁を築けたから子爵達を守れたが、魔法陣を隠した状態で発動されたら気付きようがない。


「ヘイルウッドさん、魔導車は爆風に耐えられますかね?」

「実験した訳ではないから、絶対に大丈夫とは言えないが、恐らく至近距離で爆破されなければ耐えられると思う」

「それならば、魔導車に近付かせなければ良いのですね?」

「理屈ではそうだが、物陰から飛び出して来られたら守りきれるか不安が残るな」

「俺が壁を作っておきましょうか?」

「爆風から子爵様を守った壁かい?」

「いえ、そうではなく、馬車に近付かせないための壁です」


 考えたのは、車列を守る騎士達の外側に、空属性魔法でガードレールのようなものを作る方法だ。

 地上から50センチぐらいの高さに、太さ10センチぐらいのパイプを設置すれば、取りあえず接近は防げるはずだ。


「魔導車を爆破して乗っている人に危害を加えるには、すぐ近くまで接近する必要がありますよね? それを妨害できれば、とりあえず子爵様たちは守れるかと」

「なるほど、目に見えないパイプならば、襲う側は気付かずにぶつかるという訳か」

「はい、ただ、この方法は街中では使えませんね」

「そうだな、通行人や擦れ違う馬車がいるとぶつかってしまうだろうな」

「でしたら、魔導車のすぐ脇に、見えない壁を作りましょうか?」

「爆発の衝撃に耐えられるのか?」

「さぁ、それは分かりませんが、例え壊れたとしても、威力を低減させる効果はあるはずです」

「そうだな、街の中ではその方法で頼む」


 魔導車で移動する時には、とにかく不審な者は近付けない、遠ざけられない場合には守りを固めることになった。


「王都の中は、居住区によって住民が分けられている。子爵様が行動なさる地域には、胡乱な人物は入れないから大丈夫だ」


 新王都は、王城を中心として東側は王族の屋敷や騎士団や王立の研究施設などが建てられていて、住民は西側半分に居住しているらしい。

 その西側も、中心部は貴族の屋敷、その外側には役所や学校、劇場や高級な商店が建つ地域、その外側が一般庶民が暮らす地域という感じで分けられているそうだ。


「一般庶民が、役所などが建つ第二街区に入るには、厳重な身元確認が行われる。ニャンゴは我々と同行するから問題無く入れるが、もし外に出たい時には、屋敷の人に話して証明書を貰ってくれ。イブーロのギルドカードだけでは疑われるかもしれないからな」

「そんなに厳重なんですか? でも役所が中にあるんじゃ一般の人も……」

「あぁ、一般庶民が手続きを行う役所は、ちゃんと第三街区にあるから大丈夫だ」

「なるほど……」


 実際に行ってみないと分からないが、身分や人種による選民思想みたいなものを感じる。

 あまり極端な身分格差があると、反貴族派みたいな連中が台頭する下地になりはしないか心配だ。


「あの……王都から戻る道中も、今と同じ警備体制になるんでしょうか?」

「いや、王都の屋敷に駐在している騎士が加わるだろうし、王国騎士団からも騎士が同行するはずだ」

「それは、調査を行うためですか?」

「そうだ。護衛を助けると同時に、グロブラス領で調査を行う……」


 ヘイルウッドは、言葉を切って考え込んだ。


「どうかしましたか?」

「もしかすると奴らの狙いは、それなのかもしれないな」

「あっ……入れ札とか年貢の額の不正とかを王家に調査させるためですか?」

「捕らえた実行犯は、王国騎士団へ引き渡す。ラガート家の者も立ち会うが、基本的に調べは王国騎士団が中心となって行われる。そこで、入れ札などの話が出れば、当然調査が行われるだろう」


 ヘイルウッドの話では、王家による調査は表だって行われるものと、秘密裏に行われるものがあるそうだ。

 表立って調査が行われる場合には、同時に秘密裏の調査も行われるらしい。


「今回の一件では、年貢の割り合いについても話が出ていた。年貢は国の根幹に関わる問題だから、両面で調査が行われるのは間違いないだろう」

「それならば、子爵を襲撃などせずに、王家に訴えればいいのに」

「無理だな……さっき言った通り、一般庶民は第二街区に入るのも難しい。王家に直訴するには、更に第一街区を抜けて王城まで行き……いや、現実的ではないな」

「王家に訴えられないから、王家を動かすために我々を襲撃したんですか?」

「その可能性もあるだけだ。本当の目的は別にあるのかもしれないが、これも襲撃を行った理由の一つなのだろう」

「領主に恵まれないと大変なんですねぇ……」


 そんなに酷い領主ならば、さっさと見限って違う土地に住めば良いと思ってしまうが、新しい土地で生活基盤を築くのは簡単ではない。

 手に職を持っている人ならば、新しい土地でも働き口が見つかるだろうが、農業しかやったことのない者では仕事を得るのは難しい。


 農業を行うには土地が要る。

 新しい土地に行っても、農地が簡単に手に入る訳ではない。


「不満があっても耐えるしかない……その忍耐も限界となったら……ですかね?」

「後ろで糸を引いている人間が何を考えているのかは分からないが、実行犯の多くは、そうした思いに駆られているのだろう。まぁ、奴らも王都に着けば、洗いざらい話すだろう」

「思いを伝えて王家を動かすためですね?」

「それもあるだろうが、騎士団の取り調べは我々ほど優しくはないからな」


 今回捕らえられた連中は、貴族を襲撃した罪により、基本的に処刑されるそうだ。

 なので、騎士団では死んでも構わないという厳しい取り調べが行われるようだ。


 前世日本のように、黙秘権とか、弁護士を呼ぶ権利とか、基本的人権なんてものは存在していない。

 非人道的な拷問も行われるようだ。


「なんだか、何一つ良い方向に進んでいないように感じるのは俺だけですかね?」

「そんな事はない、私だって虚しいと感じるが、貴族を襲撃したんだ、奴らだって覚悟は出来ているだろう」


 王都までは、あと二日。

 まずは、無事に到着することを最優先として、帰路に関しては騎士団から派遣されて来る騎士とも打ち合わせをして最終的な体制を決定することとなった。

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