第166話 街道の要衝

 クラージェの街は、交通の要衝として知られている。

 ラガート子爵の一行が進んで来た王都から隣国エストーレへと続く街道と、東西へと流れるルドナ川が交わる場所がクラージェだ。


 ルドナ川に架かるクラージェ橋を中心として、川の南北両岸に街が広がっている。

 イブーロがお婆ちゃんの原宿と呼ばれる巣鴨の商店街とすると、クラージェは本家原宿の表参道という感じだ。


 川の片側に広がっている街でさえも、イブーロよりも広く、人や物で賑わっている印象を受ける。

 レトバーネス公爵の屋敷を出発する時、クラージェが大きな街だと聞いていたので、魔導車の上で警護をさせて欲しいと申し出たが断わられてしまった。


 理由を聞くと、猫人が屋根に乗っていると泥棒と勘違いされる恐れがあるらしい。

 大きな街に行くほどに猫人に対する偏見が強まるのも一つの理由だが、実際に猫人が身軽さを利用して道行く馬車に飛び乗って盗みを働くことがあるらしい。


 馬車の上に乗るのであれば、少なくとも革鎧とかの防具を身に着けて、見た目から警備の人間であるとアピールする必要があるらしい。

 生憎、俺の場合は防具も空属性魔法で作るので、見た目はただの猫人の子供でしかない。


 しかも片目が潰れている人相の悪さが加われば、泥棒として騒がれても不思議ではないらしい。

 仕方が無いので御者台から警備を行っているが、たぶん外からはクラージェの街に初めて来た田舎者が、物珍しさにキョロキョロしているようにしか見えないだろう。


「ニャンゴ、異常は無いか?」

「はい、今のところは……」


 隣の席から声を掛けて来るナバックも、クラージェに入る頃から緊張の度合いを高めているように見える。

 フロス村での襲撃で、爆風こそ受けなかったが粉砕の魔法陣を使った自爆を間近で見ているから、その威力は身に染みているはずだ。


 一瞬にして多くの人の命を奪った自爆テロを恐れるのは当然の反応だろう。

 ラガート子爵家の騎士達は、魔導車の両側に3人ずつが警護する体制で、先触れの2人が不審な人物が駆け寄ってきた場合には容赦なく攻撃すると通行人に警告をしている。


「これまでは、こんな物々しい警備なんかせず、街の人も気軽に手を振ってくれてたんだがなぁ……」


 前世日本で、アメリカの大統領が来日した時などに、沿道の人が小さな星条旗と日の丸を振って歓迎した様子を思い出したが、たぶんクラージェでもそれに近い光景が見られたのだろう。

 今は、馬車から離れるように指示を出され、恐々と魔導車が通り過ぎるのを見ている感じだ。


「ニャンゴ、無事に宿に着いたら街を見物に行くか?」

「えっ? でも警備は……」

「宿に入っちまえば大丈夫だろう。今夜の宿は警備も厳重だからな」


 ラガート子爵の一行は、ルドナ川を渡った南側の街の端にある貴族御用達の宿に泊まる予定だ。

 見物できるならば見物したい気持ちもあるが宿の警備次第だと考えていると、車列の後方が騒がしくなった。


 ラガート子爵の一行は、先触れの騎士2人の後に、6人の騎士が周囲を固めた魔導車、その後ろに騎士2人が脇に付いて負傷した騎士と襲撃犯を乗せた馬車という体制だ。

 後ろの馬車を警備していた騎士が馬の速度を上げ、魔導車の隣りにいる隊長のヘイルウッドに何やら報告をしているようだ。


「ナバック、そのままの速度で進め、異常が無ければ宿まで止まるな」

「分かりました」


 内容までは分からないが、止まる必要が無く、後ろの馬車も付いて来ているようだから、大したトラブルではないのだろう。


「何だったんですかね?」

「さぁな、分からないが今は宿に到着することを最優先にしよう」


 今夜の宿が街の端にある理由は、大きな敷地をとった新しい宿として建てられたかららしい。

 周囲を水堀と鉄柵で囲まれた広い敷地は、一見すると公園のようにも見える。


 実際、手入れの行き届いた広い庭園があり、壮麗な建物は貴族の屋敷のようにも見えた。

 クラージェの街から王都中心部までは馬車で2日の道程で、一部の貴族はここまで船で移動してきて、ここから魔導車や馬車に乗り替えて移動するらしい。


 船での移動は、陸上を移動するよりも警備の面でも経費の面でもメリットが大きいそうだ。

 今夜宿泊する宿では、そうした貴族のために魔導車や馬車を預かるサービスも行っているらしい。


 無事に宿に到着してホッと一息ついたところで、さっきのトラブルについて騎士の1人に訊ねてみると、予想外の答えが戻って来た。


「襲撃犯の黒猫人に逃げられた」

「えぇぇぇ……」


 通常、貴族の車列や商隊を襲うのは、体の大きな人種である場合が殆どだ。

 なので、捕縛した時の拘束具も大きな人種に合わせたサイズになっているらしい。


 猫人のカバジェロには手枷もサイズが合わず緩々だったので、縄を巻き付けて調整していたらしい。

 その縄を切って、解いて、手枷を外し、クラージェの街に入って騎士の注意が沿道に向けられた隙に逃げ出したらしい。


「カバジェロが、王都まで護送されていた場合、どんな処分が下されていたのですか?」

「貴族様の命を狙ったのだ、ほぼ間違いなく処刑されていただろうな」

「そうですか……」

「なんだ、同じ猫人が助かって良かったと思っているのか?」


 子爵家の騎士は、少しムッとしたように問い掛けてきた。


「とんでもない。あいつは一度自爆に失敗しています。今度こそと防がれないような手立てを考えて自爆を試みられたら、防ぐのが難しくなるのでは?」

「むぅ、そうか……そうだな、帰り道の警備の方法を隊長に相談してみよう」

「はい、俺も出来る限りの協力をしますので、何でも言って下さい」

「ありがとう、それと疑うようなことを言って、すまなかった」


 騎士は俺に向かって頭を下げると、ヘイルウッドを探しに行った。

 ラガート家の騎士は、王国騎士団の騎士とは違って身分は平民のままだが、それでも周囲からは一目も二目も置かれる存在だ。


 その騎士が自分が誤っていると気付けば、猫人の俺にも頭を下げるのだから、ラガート家の教えが素晴らしいものなのだろう。

 それにしても、カバジェロに逃げられたのは大きな痛手だろう。


 まだ襲撃犯から引き出した情報は限定的だし、こちらの警備体制も観察されてしまったはずだ。

 改めて自爆テロを敢行された場合、果たして防げるだろうか。


 ラガート子爵に許可を貰って、夕食までの時間にナバックと街を見て歩くことにした。

 観光が目的ではなく、街の様子をもっと近い場所から見て、警備の穴が無いか考えるためだ。


「ニャンゴ、川の北と南で街の雰囲気が違うのは分かるか?」

「はい、橋の向こう側は、もっとゴチャゴチャした感じだった気がします」

「そうだ、元々クラージェの街は川の北側を中心にして栄えた街だ。王都に向かう多くの人や物が川で足止めを食らっている間、滞在するために栄えてきたそうだ」

「では、川のこちら側は後になってから栄えた新しい街なんですね」

「川のこちら側は、クラージェの橋が完成した後から一気に栄えた感じだな。たぶん計画的に街が作られたか作り直されたんだろうな、道も路地も整然としているだろう?」

「そうですね。クラージェで襲撃されるとしたら、橋の向こう側でしょうね」

「だろうな。こっち側は道幅も広いし、歩いている人の数も少ないからな」


 例えるならば、区画整理前と後、新宿駅の西側と東側みたいな感じだろう。

 新宿も西側は高層ビルやオフィスビルが多く、四角く区切った広い道が走っているが、東側は甲州街道や明治通りは広いものの歌舞伎町周辺など細い路地がいくつもある。


 クラージェも橋の南側は大きな商会や劇場などの建物が多く、道行く人の身なりも裕福そうだ。

 ただし、そうした人々からは、擦れ違う度に蔑むような視線を向けられる。


 ナバックは気付いていないようだが、イブーロの街を歩いていても、ここまで露骨な視線を向けられたことは無い。

 橋を渡って北側まで足を伸ばしてみたが、こちら側でも身なりの良い人からは同じような視線を向けられた。


 たぶん、魔導車の屋根に上っての警備が出来なかったのと同じ理由、猫人が素早さを悪用して引ったくりやスリなどの犯罪を働くのだろう。

 だとすれば、警戒されても仕方がないのかもしれないが、少し……いや、かなり悲しい事実だ。


 橋を渡った北側は、街道の幅も南側より狭く、両側の商店が迫ってくる感じだ。

 たぶん、この広さが昔の街道の広さで、それよりも橋は広く作られ、南側の街は橋よりも更に街道を広く取って作られたのだろう。


 北側の街は、旅人相手の宿屋、旅に必要な道具を売る店、材木の問屋などがゴチャゴチャに軒を並べている。


「にゃっ! 米だ……」

「なんだ、ニャンゴは米が好きなのか?」


 北側の街道脇を眺めていたら、米の問屋があった。

 店先に並べられた米を見ると、長粒種の方が多いようだが、短粒種の米もある。


 真っ白く粒の揃った米は、生まれ変わってから初めて目にしたものだ。

 炊き立てのご飯を想像すると、口の中に唾が涌いてくる。


「うにゅぅぅ……買うと荷物になるから帰りに寄った時に買う」

「それじゃあ、帰りに買い損なわないように、子爵様にクラージェに立ち寄ってもらえるように頼んでおけ」

「うん、そうする」


 お米を炊くためのお釜を買わなきゃいけないし、チャリオットのメンバーにまで振る舞うには結構な量を買って帰らなければならない。

 そう言えば、レイラさんに頼まれたお土産の件をスッカリ忘れていた……などと考えていたら、不意に視線を感じて振り向いたが、俺を見ている人はいなかった。


 カバジェロが再度襲って来るとしても、粉砕の魔法陣を手に入れる必要がある。

 グロブラス領からは遠く離れたクラージェに仲間がいるとも思えないが、反貴族派がどれほどの組織か分からないのだから、警戒を緩める訳にはいかない。


 王都からの帰り道、子爵一行が安全に通れるように路地の位置を頭に叩き込みながらクラージェの街を歩き続けた。

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