第152話 リクエストの理由
打ち上げが終わった後、いつものようにレイラさんにお持ち帰りされてしまった。
若手からベテランまで、殆どの冒険者の怨嗟の視線に見送られながらレイラさんのアパートへと入る。
そして、ここからが俺の知られざる仕事の始まりだ。
エントランスロビーで俺を下ろしたレイラさんは、深い胸の谷間から部屋の鍵を取り出した。
「じゃあ、ニャンゴ。お願いねぇ……」
鍵を手渡した途端、ふにゃっと力を抜いたレイラさんを抱き留めて、空属性魔法で作ったクッションに寝かせる。
ふにゃふにゃのレイラさんを、猫人の俺の体格では、そのままでは支えられないのだ。
言うなれば、寝心地の良い担架に乗せたようなものだ。
クッションを支えにして、今度は俺がレイラさんをお姫様抱っこする。
この時、よっこいしょ……なんて掛け声を口にすると減点されてしまう。
出来る男は、鳥の羽を運ぶかのように、軽々と運ばなければならない。
普通の猫人には無理難題なのだが、身体強化魔法と重量軽減の魔法陣のコンボで課題をクリアーした。
このまま三階まで上がるのだが、猫人の俺には階段の一段が高すぎるので足場はステップで作った。
属性魔法と身体強化魔法の併用、更に属性魔法も複数併用、軽々を装っているけど実際にはメチャメチャ神経を使っている。
部屋の前で一旦レイラさんを下ろして、鍵を使ってドアを開けてからリビングに運び入れた。
「ふぅ……」
「うーん……惜しい、今の溜息が無かったら満点だったのに」
「採点が厳しすぎですよ」
「ニャンゴ、お水……あと、お風呂汲んで……」
「はいはい、かしこまりました」
キッチンに行って、グラスに水を注ぐ。
勿論、空属性魔法で作った冷却の魔法陣を通して、キンキンに冷やしてある。
続いてバスルームに行き、バスタブを熱いお湯で流してから適温のお湯を汲んでいると、フラフラとした足取りでレイラさんが入って来た。
「ニャンゴ、脱がせて……」
「はいはい、ただいま……」
レイラさんをすっぽんぽんに脱がせたら、空属性魔法でぬるめのシャワーを出す。
ぬるめのシャワーを浴びてから、熱めのお湯につかるのがレイラさんの好みだ。
レイラさんがお湯につかったら、俺も着ている服を脱いで、レイラさんの服も一緒に空属性魔法のドラム式洗濯機に放り込む。
攪拌の魔法陣を使ったニューバージョンだ。
洗濯をしながら、石鹸で泡々になったバスタブに入ってレイラさんを隅々まで洗う。
隅々まで、入念に洗う、洗う、洗う……。
レイラさんに洗われながら、洗濯器を濯ぎにして、風車の脱水を経て温風乾燥に切り替えた。
バスタブから出たら、ぬるいシャワーでレイラさん共々泡を流し、バスタオルで拭いてから温風乾燥する。
レイラさんを乾かし終えたら、バスタブの栓を抜いて、お湯を流している間に自分の身体を温風乾燥でフワッフワに仕上げた。
お湯が抜けたバスタブを熱湯で流して、空属性魔法で作ったワイパーで水を切る。
乾燥が終わった洗濯ものを畳んでリビングに戻ると、レイラさんが冷たいミルクを用意していてくれた。
「はい、ニャンゴ」
「ありがとう……うーん、うみゃ!」
一仕事終えた後のミルクは、最高にうみゃいのだ。
ミルクを飲み終えたら、レイラさんに抱え上げられてベッドルームへ連れて行かれ、これから朝まで抱き枕を務めるのだ。
まぁ、こうして抱き枕にされるのも、冬の間だけだろう。
フワッフワでツヤッツヤの自慢の毛並みだが、夏用の抱き枕には不向きだ。
でも、もし夏になってもお持ち帰りされてしまうようならば、冷却の魔法陣を使ってクーラーを作るしかないだろう。
冷房が効いた部屋ならば、抱き枕にされても大丈夫そうだ……踏み踏み。
翌朝、まだグッスリと眠っているレイラさんを起こさないようにベッドを抜け出し、昨晩洗濯済みの服を着てアパートを出る。
すでに街は目を覚まして、いつもと同じ賑わいが始まっていた。
すっかり顔馴染みになったアパートのガードマンと挨拶を交わし、ギルドの酒場に朝食を食べに行く。
すでに混雑のピークは過ぎているようで、いつものメニューを奥のテーブルに座ってゆっくりと食べた。
ワイバーンを討伐したり、ロックタートルを仕留めたり、色々と噂になっているからか絡んで来る奴はいない。
そう言えば、最近はボーデや取り巻き連中も見掛けていないが、他の街にでも移籍したのだろうか。
朝食を食べ終える頃には、ギルドのカウンター前の混雑も解消されていた。
ギルドに来たついでにラガート子爵による王都同行のリクエストについて、少し確認をしておこう。
一応護衛という形になっているらしいが、子爵のみならず、夫人と娘のアイーダも同行するのだから当然子爵家の騎士が護衛に付く。
俺がいなくても大丈夫なのだが、俺を連れていく為の口実としてのリクエストなのだ。
俺にとっては渡りに船の条件なのだが、好意に甘えると後が怖いような気もするので、仕官を強要されたりしないか確認しておきたい。
順番待ちの列が解消されたのを確認してから出向いたのだが、なんだかジェシカさんは機嫌が悪そうだ。
「おはようございます、ジェシカさん」
「おはようございます、ニャンゴさん、昨夜はお楽しみだったみたいですねぇ……」
「ふにゃ? お楽しみというほどでは……」
「レイラさんのアパートからいらしたんでしょう?」
「みゃっ! い、いやぁ……それは、そうなんですけど……」
「あーぁ、私も非番でなければ良かったのに……」
昨晩の打ち上げにジェシカさんが参加していなかったのは、休みを取っていたようだ。
でも、それって俺のせいじゃないよねぇ……。
「それで、今朝はどんな御用ですか? 今は勤務中ですから、踏み踏みは駄目ですよ」
踏み踏みって……勤務以外の時間なら良いのでしょうかと聞きたかったけど止めておこう。
「えっと、ラガート子爵のリクエストについてなんですが……」
「王都までの護衛依頼でしょうか?」
「はい、その件です」
率直に、漠然とした不安を感じていると伝えると、ジェシカさんではなく別の人物から声を掛けられた。
「ニャンゴ、そいつは俺が説明してやろう。ついて来い……」
「コルドバスさん……?」
背後から声を掛けてきたギルドマスターのコルドバスは、くいっと顎をしゃくって付いて来るように合図すると、階段に向かって大股で歩き出した。
ジェシカさんに会釈をしてコルドバスを追い掛けたが、歩幅が違い過ぎて小走りにならないと置いていかれそうになる。
執務室の応接セットで向かい合い、感じている懸念を伝えると、コルドバスは頷いた後で話を始めた。
「端的に言って、心配する必要はないぞ。素直に好意を受け取って王都を見て来い。それにニャンゴ。お前さんならば、立派に護衛の戦力になる。卑屈になる必要は無い」
「でも、俺が王都に行って、王都の暮らしに憧れて子爵領には戻らない……なんて言い出したら、連れて行った意味が無くなっちゃうかもしれませんよ」
「そうだな。それでも、子爵は後悔などしないだろう。例え、ラガート領からいなくなったとしても、王国の国民ではあり続ける。才能を開花させ国の礎となってくれるなら、それで構わないと言うだろうな」
ワイバーンの討伐を隣の領地を治めているエスカランテ侯爵と競ったりするような困った一面もあるが、基本的には国を愛し、民を愛する良い領主であるらしい。
「ニャンゴ、ラガート領は他国との国境に位置しているのに、なぜ侯爵や辺境伯でなく子爵なのか知っているか?」
「いえ、知りません」
「元々、ラガート家は辺境伯だったが、五代前の領主が隣国エストーレへの侵攻を巡って当時の国王に諫言して不興を買い、子爵に格下げになったそうだ」
国王はエストーレへの侵攻を主張したが、当時のラガート辺境伯が和睦を強く主張したそうだ。
戦で最も大きな被害を受けた領地でありながら和睦を強く主張したのは、戦が長く続き、国民の生活が疲弊していたかららしい。
「でも格下げになったら、領地も違う場所に移されたりするんじゃないですか?」
「まぁ、普通はそうだな。だが、その時の諫言が結果としては国王の決定よりも良い結果となって、それ以来両国の間では戦は起こっていない」
「それなら、元の辺境伯に戻しても良いのでは?」
「その通りだな。実際、ラガート家には辺境伯に戻すという話があったが断わったらしい」
「正しい意見を述べたのに、格下げになってヘソを曲げたとか……?」
「うははは……あるいは、そうだったのかもしれんな。ラガート家は子爵に留まる代わりに、王は諫言に耳を傾けるという約束を取り付けたそうだ」
「それって、王様に民の声を聞けって言ってるようなものでは……?」
「その通りだ……」
コルドバスは、俺の言葉を聞いて満足そうに頷いた。
「ラガート家は王に意見する権利を手に入れたが、それに慢心するなと後継者に厳しく言い渡しているそうだ。全ては国を思い、民を思って行動すべし……とな」
「民を思って行動するなら、別に巣立ちの儀は王都じゃなくてイブーロでやっても良いのでは?」
「貴族は王都で、平民は大きな街で……というのは四代前のラガート子爵が提案した話だと聞いている。それ以前は、神官が村を回って儀式をしていたそうだ」
「その方がお金も掛からなくて良いのでは?」
「そうだな。だが貧しい者の中には、それこそ一生村から出ない者もいるんじゃないか?」
「あっ……」
確かに、アツーカ村でも巣立ちの儀以外では村から出たことのない人がいる。
それこそ、巣立ちの儀がなければ、外の世界を知らずに一生を終えることになる。
「狭い世界しか知らない者からは、大きな人物は生まれてこないというのが、四代前のラガート子爵の主張だ。例え、一生に一度で終わってしまったとしても、それは思い出として残るんじゃないのか?」
「そうですね……確かに、その通りです」
「そのラガート家が、お前に見聞を広めて来いって言ってるんだ、遠慮せず王都を見て来い」
「はい、この右目でシッカリ見て来ます」
この日、正式にラガート子爵からのリクエストを受諾して、王都に行くと決心した。
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