第151話 両手に猫人
拠点に戻って風呂に入り、屋根裏部屋で仮眠を取った。
ロックタートルの煮込みは気になったが、やはり重量軽減の魔方陣を使い続けていたせいで疲れていたのだろう、布団に丸くなった途端眠りに落ちたようだ。
「ニャンゴ、そろそろ起きろ。打ち上げに行くみたいだぞ」
「にゃっ! 煮込み!」
「俺は煮込みじゃないぞ……ほら、寝ぼけて階段から落ちるなよ」
「あっ……兄貴か、あぁ、眠ってたんだ……」
布団から這い出て、グーっと伸びをすると少し頭がハッキリしてくる。
着替えて1階に下りると、もう全員出掛ける支度を終えて集まっていた。
今回も誰1人怪我もせずに依頼を達成し、しかも大きな儲けを手に出来た。
胸を張って打ち上げに出かけよう。
ミリアムはシューレが抱え、兄貴はガドの肩に座っている。
兄貴は狩場の設営で、ガドの片腕として良い働きをしたそうだ。
ゴブリンの心臓を食べたことで人並程度の魔法が使えるようになり、拠点の前庭で地道に練習を重ねた成果が出始めているのだろう。
夕方のギルドは、依頼を終えた冒険者達が集まってごった返しているが、チャリオットの姿を見つけると若手たちは道を開けた。
若手の冒険者がライオス達を見る視線には、憧れの気持ちが宿っているように見える。
俺もチャリオットの一員として役目を果たしてきたのだから、胸を張って一緒に……。
「ふにゃぁぁぁ……」
「捕まえた。この頃ちっとも私の相手をしてくれないんだから」
「レイラさん……」
おかしい……周囲への警戒を怠っていたつもりは無いのに、またしてもレイラさんに接近を許し、抱え上げられ、お姫様だっこされてしまっている。
「あらっ、1人増えたのね?」
レイラさんの言葉を聞いて視線を向けると、シューレは兄貴とミリアムを両腕で抱えてドヤ顔で胸を張っていた。
てか、いつの間にガドの所から兄貴をふんだくって来たんだ?
どうなっているのかと目で訴えるミリアムに、兄貴が諦めろと目で諭す。
その兄貴がガドの方へと目を向けると、やっぱり諦めろと目で諭される。
まぁ、打ち上げの間だけだし、虐待されてる訳じゃないから諦めてくれ。
てか、俺もだし……。
ギルドの酒場には、ジル達ボードメンのメンバーの姿があった。
あちらもオークの討伐から戻っての打ち上げらしい。
「ライオス、ロックタートルを仕留めたそうじゃないか」
「まぁな。俺達は仕込み、仕上げはニャンゴとシューレって感じだがな」
ワイバーンの討伐にイブーロの主要パーティーが出掛けていたことで、溜まっていた討伐の依頼も一段落したようだ。
それと、酒場にはこれまで見掛けなかった新顔が増えているように感じる。
「学校を卒業して、冒険者として活動を始めた子達が増えてるのよ。まだ、ニャンゴみたいに活きの良いルーキーはいないみたいだけどね」
「なるほど、確かに見かけない顔は若い人ばかりだ……」
巣立ちの儀を終えて魔法が使えるようになれば冒険者としての登録は可能だが、実際に活動を始めるのは学校を卒業してからというパターンが多いそうだ。
冒険者として独り立ちしてやっていければ良いが、冒険者としての活動を諦めた場合、学校を出ていた方が別の職業に就きやすい。
学歴社会というほどではないが、学校で一般常識を学んでいるのといないのとでは、仕事を教える時の手間が違うのだろう。
年明けから冒険者として活動を始めて、少し生活にも慣れて酒場に足を踏み入れてみよう……といった段階らしい。
中には俺の方を指差して、何やら仲間内で言葉を交わしている連中もいる。
大方、俺はレイラさんのペットだと思われているのだろう。
それでも、呪い殺さんばかりの勢いで睨んでくるオッサン連中に較べれば可愛いものだ……俺よりは年上だけど。
オッサン連中も、俺が打ち上げが終わった後に、運んだり、洗ったり、抱き枕にされたりと……過酷な労働が待ってると知らないから、あんな恨みがましい目で見るのだろうな。
「では、チャリオットとボードメン、無事に依頼を終えられたことを祝して、乾杯!」
ライオスの乾杯の挨拶で打ち上げが始められる。
乾杯のための一杯は、酒場にいる全員に振る舞われる。
ガッチリ儲けて、みんなに振る舞う、その回数が増えるほど、パーティーとして冒険者として名前が売れていくのだ。
まぁ、俺の場合、乾杯の一杯からミルク一択だけどね。
イブーロで売られているミルクは、とても濃厚で美味い。
レイラさんが、どこの出身か知らないけど、このミルクのおかげでたわわに育ったのではないかと思ってしまうほどだ。
「うみゃ! 討伐明けの一杯はうみゃい!」
「ほらほら、ニャンゴ。白いお髭が生えちゃってるわよ」
レイラさんが甲斐甲斐しく口許を拭いてくれたが、ミリアムに鼻で笑われた気がする。
てか、毛が白いから目立ってないけど、ミリアムだって口の周りにミルク付いてるからな。
「はい、ニャンゴ、あ~ん……」
「あ~ん……うみゃ! 何これ、うみゃ!」
「ポラリッケのスモークよ」
「ネットリ半生で、スモークの香りがして、味がギューって濃縮されてて、うみゃ!」
テーブルを挟んで向かい側に座っている兄貴も、ミリアムも、ポラリッケのスモークに夢中のようだ。
2人の口の交互に運んでいるシューレが、子育て中の親鳥みたいになっている。
「ねぇ、レイラさん。夜の料理は美味しいのに、ここの朝食はまぁまぁ程度なのは何で?」
「あぁ、調理している人が違うからよ。ここの場所は共有して、朝と昼の軽食と夜の酒場とは別の人がやってるの」
軽食の営業は朝から夕方まで、酒場は夕方から深夜まで営業している。
両方を同じ人間が営業していたら、過労死一直線だから、いわゆるシフト勤務みたいな形になっているそうだ。
酒場の味も重要だけど、レイラさんから解放された後、朝食を済ませる場所として重要だから、是非軽食の担当者にも腕を上げてもらいたい。
「そう言えば、ニャンゴは王都に行くんでしょ? お土産は何を買って来てくれるの?」
「にゃ? お土産と言われても……王都に何が有るのかも知らないから……」
前世日本のように情報通信が発達しているわけでは無いので、王都の情報は噂話に聞くレベルしかない。
大きな城がある大きな街なのだろうが、その姿を伝えるのは絵しかない。
「ニャンゴなら、きっと素敵なお土産を買って来てくれるわよね?」
「うにゅぅぅぅ……頑張ってみるけど、あんまり期待しないで……」
「女性へのプレゼント選びも、いい男の条件よ」
「が、頑張ります……」
打ち上げが始まって少し経った頃、ロックタートルの料理が運ばれてきた。
最初に運ばれて来たのは、冷製の和え物だった。
ロックタートルの胃袋を茹でて細切りにして、白ネギと一緒にビネガーベースのタレで和えてあるらしい。
「うみゃ! コリコリ、シャキシャキで、うみゃ!」
「一度乾燥させてから作ることもあるけど、やっぱり生から作った方が美味しいわね」
次に出て来たのは、レバーを使った炒め物だった。
前世だと、レバーで回鍋肉を作った感じの甘辛い味付けになっている。
「これもうみゃ! 思ったほどクセも無くて、シッカリした味わいで、うみゃ!」
ガツガツ食べたいところだけど、肝心の煮込みが出て来ないからセーブしてこう。
次に出て来たのは、ロックタートルのメンチカツだった。
「熱っ、うみゃ、熱っ! 衣カリカリ、中から肉汁ジュワーで熱っ、でもうみゃ!」
レイラさんが、フーフーしてくれたけど飲み込むまでに、アニアニ、ハフハフ苦戦してしまった。
そして、いよいよ待望の煮込みが運ばれてきたのだけど、グツグツだよ……。
沸々と煮えたぎっているスープは白く濁っていて、表面には薄く脂が浮いている。
フワっとショウガの匂いが混じった香りだけでも濃厚で、白飯三杯ぐらい食べられそうだ。
スープに浮かんだ肉は、どこの部分か分からないけど、ゼラチン質が豊富なようでプルプルとしている。
俺も兄貴もミリアムも、視線を釘付けにされて鼻がヒクヒクしちゃっているけど、見るからに熱そうで食べられそうもない。
「レイラさん、スープだけでも……」
「まってね。ふー……ふー……」
「熱っ、でもうんみゃぁ! なにこれ、脂が甘い! 鶏よりも野趣溢れる味わいがガツンと来て、うんみゃぁ!」
味わいはトンコツスープに負けない程の濃厚さだけど、脂は鶏に近い感じで後味がしつこくない。
レイラさんが取り皿を貰ってくれて、スープから出して冷ました肉を切り分けてくれた。
「うんみゃぁぁぁ! トロトロ、ホロホロ、濃厚コラーゲン、うみゃぁ!」
「コラーゲン……?」
「え、えっと、濃厚でこりゃあ良い塩加減……うみゃ!」
こっちの世界でコラーゲンなんて知られているはずないのに、美味さに感動してつい口走っちゃったよ。
うみゃうみゃ鳴いて誤魔化しておこう。
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