第130話 罠
午前中に真上からワイバーンに急襲され、冒険者達は午後から損害の片付けに追われた。
ワイバーンを待ち構える場所に、大きなクレーターが出来て石や土が散らばり、足場が悪くなっていたからだ。
ただでさえ打つ手が無く、損害ばかりが増えている状況だが、冒険者達の目に諦めの色は無い。
自分の仲間が殺されたり、傷付けられたりした恨みを晴らそうとする者や、自分達の街が襲われないように何としても討伐したい者など、残っている者はやる気に満ちている。
その一方で、そうそうに天幕を片付けて撤退を始める者もいた。
臆病者めと罵る者もいたが、自分の命は自分で守るのが冒険者だ。
敵わない、役に立てないと思ったら迷わず引くのは賢い選択でもある。
西の空が赤く染まり、ブーレ山の頂が藍色の空に溶け込む頃、冒険者達は作業を終えて野営地へと戻った。
まだ何人か、視力強化に自信のある者がブーレ山を睨んでいたが、普通の人では何とかシルエットが確認出来る程度で、ワイバーンの姿を見つけるなど無理な暗さになっている。
チャリオットも全員が野営地へと戻り、夕食の支度を始めた。
腹が減っては戦は出来ぬ、多くの冒険者が陣地の地均しをしている間に、俺は川で魚を獲ってきた。
チャリオットと兄貴、それにボードメンのメンバーの分も獲ってきた。
腸を抜いて串に刺し、塩を振って少し水気を抜いてから、空属性魔法で作った火の魔道具を使って遠火でじっくりと焼き上げた。
「おっ、美味そうだな、ニャンゴ。一匹いくらだ?」
勿論、冗談で尋ねて来たジルに、こちらも軽口で返す。
「お金はいりませんよ。その代わりに、ワイバーンを討伐し終えるまでガッチリ働いてもらいます」
「そいつは言うまでもねぇことだ。勿論、野郎の息の根を止めてやるが……まずは地面に落とさないとだな」
「えぇ、昨日考えていた作戦では駄目でしたので、別の方法を考えますよ」
チャリオットとボードメンが集まって、魚の塩焼きとポトフのような煮込み、それにパンとワインの夕食を囲んでいると、他のパーティーがざわめき始めた。
「おい、何だあの明り……」
「誰かいるのか……?」
冒険者達がいる野営地から見ると、囮の牛を繋いでいた場所よりも更にブーレ山に近付いた辺りで、ふわふわと明りが漂っていた。
明るさは、常夜灯に使う小さな光の魔道具程度で、ふわふわと漂っていたかと思うとすっと移動して、ふっと消えた。
見失った冒険者達が、何だったのかと首を捻っていると、さっき明りが消えた場所から100メートルは離れている川の方向で、ふっと明りが灯った。
明かりは川から離れて北の方角へと移動していくが、見えているのは明りだけで人の姿は見えない。
「何だよあれ……」
「けっ、どこかの野郎のいたずら……何だ!」
フワフワと北に向かって進んでいた明りは、突然すーっと上にむかって上がり始めた。
2メートル、3メートル、4メートル……明らかに人の手では届かない高さまで上がると、またふっと消えてしまった。
「おいおい、人の仕業じゃねぇだろう」
「まさか、ワイバーンに殺された奴の魂とか?」
冒険者達がざわつき始めた頃、今度は北の方角に明りが灯った。
今度は南の方角へ、ふわふわと移動を始める。
「おい、増えたぞ」
「2つ……いや3つだ」
光は2つ、3つと数を増やし、ふわふわと思い思いの方向へと漂っていく。
冒険者達は食事をするのも忘れて野営地の端に集まって、光の動きを目で追い始めた。
「ニャンゴ、見に行かないのか?」
「兄貴、魚は冷めたら不味くなるぞ。うみゃ! 焼きたて、ホコホコ、うみゃ!」
「そ、そうだな……うん、うみゃい!」
ふわふわと漂う光に冒険者の多くが気を取られている間に、俺と兄貴は焼き魚との格闘を終え、そろそろ食べ頃に冷めてきたポトフに手を伸ばした時だった。
バシ──ンという大きな音と共に、空に閃光が走った。
「ギャゥゥゥゥゥ……」
「ワイバーンだ! 兄貴、隠れてろ!」
「分かった!」
馬車の下へと潜り込む兄貴を横目で見ながら、討伐のための陣地へ走る。
隣をシューレが並走している。
ド──ン! ド──ン! ド──ン! と立て続けに爆発音が響いた。
「ニャンゴの罠ね……」
「やられっぱなしじゃ癪に障るからね」
日が暮れてしまうと、俺達冒険者は身体強化を使わなければ夜目が利かない。
身体強化を使った所で、見渡せる距離には限りがある。
ワイバーンは、これまで俺達の油断を突いて攻撃してきた。
だとしたら、夕食を終えて少し酒が入ったぐらいの時間が危ないのではと考えた。
そこで、誰もいない草地の真ん中に、空属性魔法で作った明りの魔道具を漂わせれば、興味を惹かれたワイバーンが攻撃してくるかもしれないと思ったのだ。
明かりの魔道具の近くには、強力な雷の魔道具も漂わせておいて、触れれば痺れる罠にした。
そして、罠にかかったワイバーンは雷の魔道具に触れて痺れ、驚きの声を上げたという訳だ。
驚いて地面に降りたワイバーンには、粉砕の魔法陣で取り囲んで連続で発動させた。
俺とシューレが陣地に到着すると、ワイバーンは草地の上で頭を振っていた。
上手く頭の近くで粉砕の魔法陣が発動したのだろう。
「ニャンゴ、逃がしちゃ駄目!」
「分かってる、粉砕!」
ワイバーンの側頭部目掛けて、粉砕の魔法陣を発動させる。
ド──ンという爆発音と共に、ワイバーンの頭が大きく揺さぶられる。
どんなに頑丈な魔物だろうと、頭に衝撃を食らえば平衡感覚が狂うはずだ。
「キェェェェェ!」
それでもワイバーンは、ブルブルっと頭をふって翼を大きく広げた。
「雷!」
バシ──ンという先程よりも大きな音と共に、ワイバーンの翼で火花が散った。
先程の罠に使ったものとは違い、目いっぱいの大きさで作った雷の魔法陣だ。
たぶん、人間が食らえば感電死する程の威力のはずだが、ワイバーンはまだ動いている。
もう一発、目いっぱいの雷の魔法陣をお見舞いしてやる。
「ギィィィィ……」
ワイバーンは身体を硬直させて、見るからに動きを鈍らせているが、冒険者達の援護が無い。
食事中にふわふわ漂う光の見物に集まって来ていたので、慌てて装備や武器を取りに戻っているのだ。
「シューレ、もう魔力が残っていない」
「頭を狙って牽制して」
「分かった!」
光の魔道具と雷の魔道具を使った罠を維持し続け、粉砕の魔道具の連発に、目いっぱいの雷の魔道具、もう強い魔法は使えそうもない。
ワイバーンの目玉や鼻先を狙って、バーナーを発動させて嫌がらせをする。
その間に接近したシューレが風の魔法で刃を飛ばすが、硬い鱗に僅かに傷を入れる程度で致命傷には程遠いように見える。
このままじゃジリ貧だと思われた時、ワイバーンの左目に矢が突き刺さった。
「ギェェェェェ!」
「ニャンゴ、良くやった!」
「セルージョ、もう魔力が……」
「後で可能な援護をしてろ!」
「分かった」
セルージョが風属性魔法を付与した二の矢を射掛けるが、浅くしか刺さらない。
「ちっ、なんつー硬さだよ」
セルージョはボヤきつつも三の矢を番えて、弓を引き絞った。
先程よりも、時間を掛けて詠唱を終えると、ワイバーン目掛けて矢を放つ。
ボっと空気が破裂するような音を残して放たれた矢は、先程までとは段違いの速度でワイバーンの首の付け根に突き刺さった。
「ギョォォォォォ!」
「どうだ、トカゲ野郎!」
セルージョが右の拳を握り締めると同時に、今度は何発もの火の球が炸裂した。
「やっちまえ!、火と風の魔法で袋叩きにしろ!」
「おらぁ! これでも食らえ!」
集まって来た冒険者達が、火属性と風属性の攻撃魔法を叩き付ける。
火と水は相性が悪いが、火と風は相乗効果をもたらす。
ワイバーンに炸裂した火の球が、風属性の魔法に煽られて勢いよく燃え上がる。
川を挟んだエスカランテ側からも、火属性の魔法が撃ち込まれて来た。
もはやラガートか、エスカランテかの勝負などどうでも良く、集まった冒険者達の頭には、ワイバーンを仕留めることしか無いのだろう。
そのエスカランテ側から、直径5メートルはある巨大な火球が撃ち出され、ワイバーンを直撃した。
「ギェェェェェ……」
炎に包まれたワイバーンは、身を捩るように首を高く伸ばした後、前のめりに倒れ込んでいった。
ワイバーンが倒れ込んだ後、一瞬の静寂が訪れ、直後に冒険者達がわっと歓声を上げた。
「やったぞ!」
「ワイバーンを仕留めた!」
俺も隣りにいたセルージョや戻って来たシューレとハイタッチを交わそうとして、視界の端で動いた物を見て背中が総毛立った。
炎に包まれたワイバーンの長い尾が、高く高く掲げられていた。
「シールド!」
俺が全力のシールドを張るのと、ワイバーンの尾が振り下ろされたのは、ほぼ同時だった。
地面が炸裂して、凄い勢いで土砂や石が飛んで来る。
セルージョとシューレの腕を引っ張って倒れさせようとしたが、体重の軽い俺では逆に身体が浮くだけだった。
押し寄せてくる土砂を見て、慌てて二人も体を投げ出すが、シールドが壊れるまでの一瞬のタイムラグの後、俺達も吹き飛ばされてしまう。
空属性魔法のフルアーマーは維持していたが、蹴飛ばされたサッカーボールのように草地を転がされた。
「キェェェェェ!」
一際甲高い鳴き声に視線を上げると、炎に包まれたワイバーンの身体がズルりと崩れる。
同時に、それまでよりも白っぽい身体のワイバーンが姿を現し、叩き付けるように羽ばたくと、あっと言う間に見上げるほどの高さへと舞い上がった。
エスカランテ側から火属性魔法が撃ち出されたが、ワイバーンは高度を上げて夜空の闇へと溶け込んでいってしまった。
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