第111話 誘拐犯

 マイラニス商会での商談も無事に終了し、馬車はキルマヤの商工ギルドに向かった。

 ここで、本日回収してきた代金を口座に預け入れれば、1日の予定は終了だ。


 商工ギルドの前で馬車を降りたら、ボルツィとエリーサが並んで歩き、その後ろをキーンと俺が並んで歩く。

 後方には既にシールドを展開、前方と左右にもいつでも展開できるように準備してカウンターへと向かった。


 商工ギルドの中は、さすがに危険は少ないと言われているが、それでも油断はしない。

 折角シューレが持って来た美味しい仕事なのだから、俺の失敗で失う訳にはいかない。


 無事に回収金を預け入れ、馬車へと戻ったらホッとした。

 だが、宿に戻るまでは、まだ気を抜く訳にいかない。


 宿に戻っても完全には気を抜けないが、それでも街中よりは安全だ。

 昨日から宿泊している部屋に戻り、ボルツィやエリーサは訪問用の服から普段着に着替えた。


 明日の商談のための確認をして一休みした後は、お待ちかねの夕食だ。

 夕食は宿の食堂で、家具工房一行が全員集まって一度に食べる。


 ボルツィぐらいのお金持ちになると、主と使用人は別のテーブルで別のメニューを食べるのが一般的だが、家具工房ディアーコは全員が同じテーブルで同じメニューを食べる。

 ボルツィも、職人さんも、執事のキーンも、御者のヘイグも全員同じメニューだ。


 これだけを見ても、ボルツィが工房で働く人達を大切にしているのが良く分かる。

 そして、俺も同じテーブルで同じメニューを御相伴にあずかった。


「うみゃ! オークのスペアリブ、うみゃ! ソースが肉に良く染みてて、うみゃ!」

「ははは……ニャンゴは本当に美味そうに食べるな、さぁ遠慮せずにドンドン食べてくれ」

「はい、ありがとうございます。うみゃ、このソーセージも、うみゃ!」

「あぁ、それはアカメガモの血のソーセージだな。新鮮な血で作ったものは、臭みが無くて美味いぞ」

「血のソーセージ……濃厚でプルプルで、うみゃ!」


 この会話だけを聞いていれば、俺はただの食いしん坊だが、ちゃんとやるべき事もやっている。

 別行動を取る前に、シューレから注意するように言われているのだ。


『食事の時には、同席している人間に気を付けて……』


 護衛対象であるボルツィとエリーサは、服装や立ち振る舞いで金持ちだと一目で分かる。

 ましてや家具工房の馬車に乗って移動しているので、更に良からぬ連中に狙われやすい。


 まとまった現金は商工ギルドに持ち込んだが、身代金目的の誘拐犯には関係ない。

 誘拐犯にとっては、いかにして重要な人物を拉致するかが問題なのだ。


 当然、実行に移す前には偵察が行われるそうだ。

 移動をしている時よりも、じっくりと様子を観察できる食事の席などが狙われるらしい。


 例え宿の食堂でも油断は出来ないようで、誘拐犯は宿泊客として入り込んでいたりするそうだ。

 宿の食堂には、家具工房の一行以外に2組の客がいる。


 テーブルを1つ空けた並びには、50代ぐらいの男女が向かい合って座っている。

 服装からして裕福そうだし、どうやら夫婦のようだ。


 一番奥の離れたテーブルでは、中年の男が2人、こちらは宝飾品らしきものを広げているようだ。

 商談を行っているか、明日の商談の準備でもしているように見える。


 シューレ曰く、こうした時の観察は、こちらの視線に気付かれても構わないそうだ。

 むしろ、こちらが見ているとアピールして、相手に警戒させた方が良いらしい。


 並びのテーブルに座っている中年の女性と目が合ったので、軽く会釈をすると笑顔を返してくれた。

 奥のテーブルの中年男性は、俺の視線には気付いたが、怪訝な表情を浮かべて目を逸らした。


 中年の男女は、イブーロに嫁いだ娘さんが産んだ子供、つまり孫に会いに行く途中らしい。

 なんで、そんな事情が分かるかと言えば、2人のテーブルの上に空属性魔法の集音マイクを設置して、会話を聞かせてもらったからだ。


 そして、奥のテーブルでは、不穏な会話が交わされていた。


『ちっ、ニャンコロがジロジロ見ていやがったぞ』

『ふん、お前がそんな指輪を見せびらかしているからだ』

『あっ、そうか……偽装が仇になってたのか』

『ありゃ、例の黒ヒョウ女のペットだろう。呑気にうみゃうみゃ鳴きながら飯食っていやがったぜ』

『どうやら、今夜は帰って来ないみたいだな』

『今のところは……だが、戻って来ないなら仕掛けるぞ』


 どうやらこいつらは、以前からボルツィ達に狙いを付けていたようだ。

 これまではシューレが護衛に付いていたので、思い留まっていたようだが、そのシューレの姿が無いので実行する気になったのだろう。


 やっぱり、ボディーガードの仕事をするならば、シューレとかライオスのように押しの強い外見でないと舐められてしまうらしい。

 俺達が夕食を済ませた後も、男達は食堂に残って酒を飲んでいたので、集音マイクはそのまま残して部屋に戻った。


 宿泊のための部屋は全て宿の二階にあり、4人部屋が3部屋、廊下を挟んで2人部屋が5部屋ある。

 家具工房ディアーコは、4人部屋を3部屋使って宿泊している。



 階段を上がって、一番手前が職人とヘイグ、真ん中の部屋がボルツィ、キーン、俺、一番奥の部屋がエリーサ、リリカ。シューレという部屋分けだ。

 二人部屋は、一番手前に夫婦の客、怪しい中年男達はどの部屋なのか分からない。


 話の内容からすると、エリーサを狙うようなのだが、どういった手順で誘拐する気なのかも不明だ。

 それに、どうやら他にも仲間がいるらしい。


 部屋に戻ってボルツィに相談したのだが、今の段階では手出しは難しいらしい。

 俺が聞いたと言っても、そんな話はしていないと言われてしまえばそれまでだ。


 前世日本のボイスレコーダーみたいな物があれば証拠になるのだろうが、音を録音するような魔道具は聞いたことがない。

 それでも、みすみす襲撃されるのも能が無いので、釘を刺しておくことにした。


 安全のために家具工房の全員を一部屋に集めて、窓とドアにはシールドを施し、食堂へは俺とヘイグが向かう。

 怪しい中年男達は、まだ酒を飲んでいた。


 ヘイグは、俺が不利な状況に追い込まれそうになったら大声で宿の者を呼ぶ係で、誘拐犯には俺1人で接触する。

 俺が歩み寄っていくと、さっきは目を逸らした男が、似合わない愛想笑いを浮かべてみせた。


「こんばんは、ちょっとよろしいでしょうか?」

「何かな? 俺達が扱っている商品が気になるのかい?」


 男はテーブルに並べていた指輪の一つを、俺に向かって摘まみ上げてみせた。


「いえ、そちらの品物には興味は無いです。興味があるのは、あなた達の本業の方です」

「本業? なんの事だい?」

「まぁ、そう言うでしょうね。でも、黒ヒョウ人の女がいないからと、舐めてかかってるなら痛い目に遭いますよ」

「なっ……なんの話かなぁ……黒ヒョウ人? 誰のことだい?」


 言葉の中身だけは取り繕っているが、顔が思いっきり引き攣っている。

 

「あくまで知らないと言うなら、それでも結構ですが、仕掛けくるなら相応の対処をさせていただきます」

「君は何を言ってるんだい? どうやら人違いしているようだね」

「そうですか……まぁ、警告はしましたよ。では、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ……」


 俺と話をしている男も、もう一人の男も作り笑いを浮かべていたが、苛立った様子がまるで隠せていない。

 念の為にフルアーマーを着込み、シールドも展開しているが、背中を向けると視線が突き刺さってきた。


 男達は無言で見送っていたが、俺が食堂を出るのを待っていたように口を開いた。


『風使いなのか?』

『だろうな。気流に乗せて声を拾いやがったんだろう』

『どうする?』

『馬鹿、何を準備してるか分からない相手に仕掛けられっかよ」

『このまま、舐められっぱなしで済ますつもりか?』

『さっきのニャンコロの落ち着きを見てなかったのか? よほど自信があるんだろうぜ』

『ちっ、宿代が無駄になっちまったぜ』

『手前の汚ぇ部屋とは較べものにならない綺麗な部屋で一晩眠れるんだ、諦めろ』

『へぇへぇ、そうです……って他の連中はどうすんだ?』

『じきにラビが来るから伝言を渡せ』

『それで、あいつら納得するのか?』

『そこまで面倒見る義理は無ぇよ……』


 どうやら、この2人は諦めたようですが、ここにいない仲間が暴走する危険は残されているようだ。

 部屋に戻ってボルツィに状況を話すと、横で聞いていたエリーサが不安を訴えた。


 本来、エリーサと同じ部屋に泊まる予定だったシューレがいない。

 メイドのリリカも武術を習っているらしいが、腕前はシューレには遠く及ばない。


「お父様、今夜だけニャンゴさんに同室をお願いしてはいけませんか?」

「うーむ……そうだなぁ……」


 ボルツィとすれば嫁入り前の娘と、猫人とはいえ男が同じ部屋で一夜を過ごすのは心配なのだろう。

 とは言っても、他に護衛を務められる女性はいない。


 結局、俺はエリーサとメイドのリリカと一緒の部屋に、それ以外の者は一部屋に集まって一夜を過ごすことになった。

 男達は4人部屋に5人が宿泊する形になるが、ボルツィ以外の4人は交代で1人が起きているようにするそうだ。


 一応、両方の部屋のドアと窓にはシールドを展開しておくので、侵入を試みる者がいれば気付けるはずだ。

 そして、エリーサの就寝準備が整ったところで、警護のために部屋に入った。


 一応、女性の部屋に入るので、汗を流して着替えてある。

 それと、ボルツィから山のように釘も刺されている。


「俺は、こっちのベッドで横になりながら警護しま……ふにゃ!」


 端のベッドに陣取ろうと思ったら、エリーサに抱え上げられた。


「ニャンゴさん、怖いので近くにいて下さい」

「にゃ、にゃ、近くって……」

「私も怖いので、お嬢様の近くにおります」

「にゃ、にゃ、にゃ……ち、近すぎでは?」


 いくらセミダブルサイズのベッドでも、3人で眠るのは狭くにゃい?

 ベッドの中でエリーサとリリカに挟まれて、2人とも寝巻一枚だからムチムチと柔らかい圧迫感が……。


 せめて布団の外に頭だけでも出したいのだが、がっちりと捕まえられて抜け出せない。

 てかさ、誘拐犯とかどうでも良くて、俺を湯たんぽ代わりにしたかっただけじゃにゃいの?


 ふわっ、わっ、脇はらめぇ……ぐぅ、たわわな膨らみに挟まれて……苦しぃ……。

 護衛の仕事って、こんなに大変なものにゃの?

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