第104話 村の行事
里帰りした翌朝、俺とシューレはゴブリンの巣の討伐に加わっていた。
去年は戦力としてではなく、不測の事態が起こった時に村に知らせる連絡係としての参加だったが、今年は俺も戦力の一翼を担うつもりでいる。
と言うか、村を出てイブーロで活動してきて、この一年でどれだけ成長したのかをゼオルさんに披露するつもりだ。
良いところを見せようと朝から張り切っているのだが、村のおっさん連中の目はシューレに釘付けだ。
イブーロでも珍しい女性冒険者で、Bランクの腕利きと聞けば、そうなるのも仕方ないだろう。
しかも、かなりの美形でスタイルも良い、村ではお目に掛かれないタイプだ。
ステップで高さ3メートルぐらいの場所を進み、周囲を警戒しながら、時折おっさん達を観察しているのだが、すっかり鼻の下が伸びている。
後で嫁さん達と揉めなきゃ良いが、揉めるなら俺がイブーロに発ってからにしてくれ。
今日、討伐を行うのは、俺が村を出るまえに当たりを付けていた場所だ。
近くに沢もあり、周囲にはクルミなどの秋に実を付ける木も多いので、去年もゴブリンが巣にしていた洞窟だ。
毎年のようにゴブリンが巣を作るならば、洞窟を埋めてしまえと思ったのだが、どこに居るのか分からない群れを探すのと、必ずいる場所を探すのとでは労力が違う。
この洞窟は、言うなればゴブリンホイホイなのだ。
洞窟の50メートルほど手前の岩陰で、先頭を歩くゼオルさんが止まれの合図をした。
案の定、洞窟の入口には見張り役のゴブリンが2頭座り込んでいる。
「ゼオルさん。ちょっと洞窟の中を探ってみても良いですかね?」
「ほぅ、そんな芸当が出来るようになったのか」
「当然、ニャンゴは超有能」
我が事のように自慢げなシューレを、村のおっさん達が不思議そうな顔で見ている。
おっさん達にしてみれば、自分達の方が俺を良く知っているつもりなのだろう。
「15、16……29、30、31。見張りを入れると33頭ですね」
「ふむ、今年は少し多いな。まぁ、やる事は一緒だがな……」
ゴブリンの巣の討伐は、まずゼオルさんが手槍を投げ付けて見張りを倒した後、洞窟を燻して追い出し、入り口で待ち構えているおっさん達が槍で倒すという手順だ。
「ゼオルさん。あの見張り、俺が倒しても良いですか?」
「巣の中のゴブリンども出て来ちまうから、声を立てさせずに仕留められるか?」
「たぶん……万が一大声を出されても、洞窟からは逃がしませんよ」
「中の連中を逃がさずに済むならば、やってみろ」
「了解です。ではでは……雷」
見張り役のゴブリンは、退屈そうに身体を揺らしている。
そこへ、強力な雷の魔法陣を展開した。
「ギィィ……」
感電したゴブリンは、一瞬悲鳴じみた声を上げて身体を激しく硬直させ、そのまま動かなくなった。
念のために出口もシールドで封鎖しておいたが、内部のゴブリンが気付いた様子は無い。
「ニャンゴ、何をやったんだ?」
「新しく覚えた雷の魔法陣で痺れさせて倒しましたが、念のため止めは刺して下さい」
「分かった。いくぞ……」
ゼオルさんの合図で、一行は足音を殺して洞窟に近づいてゆく。
倒れているゴブリンにゼオルさんが槍で止めを刺し、村のおっさんに洞窟を燻すように命じた。
「ゼオルさん。追い出しもやらせてもらって良いですか?」
「構わんが、どうやって追い出すつもりだ?」
「洞窟の奥から火炙りにします」
既に探知ビットで洞窟の形状は把握しているし、一番奥にデカい火の魔道具を発動する準備も出来ている。
「じゃあ、私が狩るわ……」
「お前さん1人でか?」
「そう、これは私とニャンゴの初めての共同作業……」
「もう、パーティーで何度も組んでやってるでしょ」
「そうだった、もう二人息ぴったりの共同……」
「はいはい、じゃあ、おっちゃん達には打ち洩らした時のカバーをお願いしますね」
「むぅ、ニャンゴのいけず……」
昨日の晩、シューレは持参した石鹸でお袋と姉貴を丸洗いして、俺に空属性のドライヤーでフワフワに乾かせ、二人を抱え込んで眠っていた。
猫人用の布団でははみ出してしまうので、暖炉の前に敷くように買って来た絨毯を奥の部屋に仮に敷いて、その上でシューレとお袋、姉貴が川の字で一夜を明かした。
お袋も姉貴も、物凄く迷惑そうな顔をしていたが、俺の同僚だし、ちょっと強面だし、諦めてシューレの成すがままになっていたようだ。
猫人成分をたっぷり充電したのだろうから、一働きしてもらおう。
入口に立ったシューレが、俺に向かって頷いたところで、洞窟の奥で巨大なバーナーを発動させた。
「ギギャァァァ……」
突然吹き上がった炎と熱気に驚いて、パニックになったゴブリンが我先に飛び出して来た。
入口の正面に立ったシューレは、そこに黒い影が差しているように、殺気どころか存在感すら薄れさせている。
暗い洞窟から明るい屋外に飛び出してきたゴブリンは、シューレの姿を認識出来ていなかったかもしれない。
シューレは、ゆらりゆらりと身体を揺らし、ゴブリンの間を摺り抜けながら、舞扇のごとく短剣を振るった。
シューレの横を駆け抜けたゴブリンは、槍を構えたおっちゃん達の姿に驚いて足を止めると、首から鮮血を迸らせてバッタリと倒れ込んだ。
洞窟を飛び出したゴブリンは、シューレとおっちゃん達の間に折り重なるように倒れ、そのまま二度と起き上がらなかった。
洞窟に巣くっていた31頭のゴブリンが討ち果たされるまで、10分と掛かっていない。
血振りをして、拭いを掛けた短剣を腰の鞘へと戻し、シューレは悠々とした足取りで戻って来る。
「こいつは驚いた。本当に俺達の出番は無しかよ」
「どうやってゴブリンを追い出したのか分からないが、あの姉ちゃんは凄いな」
「Bランクの冒険者ってのは、あれほどなのかぁ……」
落ち葉や薪を集めて火を焚き始めた俺をよそに、おっちゃん達はシューレの腕前や切り口の鋭さに花を咲かせ始めた。
「おら、お前ら。さっさと後処理を始めろ。早く終わったら、もう1箇所片付けるぞ」
ゼオルさんに尻を叩かれ、村のおっちゃん達はゴブリンの死体処理を始めた。
土属性の者が大きな穴を掘り、その中に薪を積み上げる。
魔石の取り出しを終えたゴブリンの死体は薪の上に積み上げて、後で火を点けて燃やす予定だ。
俺も空属性の防護服に身を包み、魔石の取り出しを手伝う。
手分けして作業を進めたおかげで、一時間も掛からずに全ての魔石を取り出し終えた。
あとは、死体を燃やしてから地中に埋めて終わりだが、焼却のための火力が不足している。
ゴブリンの死体を燃やしている周りを空属性魔法の壁で囲い、煙突と循環するダクトを付けた。
その上で、火の魔道具と風の魔道具を重ねて、高出力のバーナーを稼働させた。
「うぉぉ、ニャンゴ、お前がやってるのか?」
「はい、これなら早く燃やし終えるでしょう」
ゴォォォ……っと音を立てて炎が循環し、ゴブリンの死体を灰にしていく。
排出用の煙突は高く作ったので、炎が噴き出して周囲の森に燃え広がることはない。
火葬場の窯をイメージしたのだが、予想よりも温度が上がっているらしく、みるみるうちにゴブリンは真っ黒な炭になり、更に燃やされて白い煙となって煙突から漂った。
薪と一緒に燃やしているのだが、空属性で作った窯は透明なので、中が丸見えで結構グロい。
まぁ、見なきゃ良いだけの話だけど、初めてだし、勝手が分からないから監視しておく必要はある。
1時間もするとゴブリンは白い骨と灰になった。ここまで焼いてしまえば他の魔物が寄ってくる心配は無い。
俺が死体の焼却をしている間に、土属性魔法が使える人はゴブリンを解体した辺りの土を掘り返して血の臭いを消し、他の人は洞窟の中に魔物除けのニガヨモギの粉を撒いた。
焼却後のゴブリンの灰と骨を土属性魔法が使える人が、地中に埋め込めば討伐は完了だ。
「よし、少し休憩したら、次の巣穴に向かうぞ」
昼食を兼ねた休憩の後、もう一か所の洞窟へ向かった。
こちらの洞窟には、コボルトの群れが住み着いていた。
「ニャンゴ、何頭だ?」
「14、15……洞窟の中には17頭ですね。それと……」
「おう、狩りに出掛けていた連中だな、ひぃ、ふぅ……全部で7頭か」
少し離れた場所からコボルトが巣を作っている洞窟を観察していると、鹿を仕留めたらしい一団が戻ってきた。
「どうします? ゼオルさん」
「あいつらが戻れば、見張りも中に入るはずだ。それから近付こう」
狩りに出かけていた一団が洞窟に入ったところで、入口をシールドで封鎖した。
「ニャンゴ、また追い出しを頼む。お前ら準備しろ、今度は俺らが腕前を見せる番だ」
今度はシューレではなく、村のおっちゃん連中が槍を構えて洞窟の出口を取り囲んだ。
みんな討伐には慣れているし、シューレに格好の良いところを見せようと張り切っているみたいだから大丈夫だとは思うが、あまり固まってコボルトが飛び出さないようにコントロールしよう。
「じゃあ、始めますよ!」
「おぅ、やってくれ!」
洞窟の奥で大きなバーナーを燃やすと、パニックに陥ったコボルトの鳴き声が聞こえてきた。
「ギャウン!」
「キャーン、キャーン、キャーン……」
ゲームやアニメに出て来るコボルトは、愛嬌のある姿で描かれていたりするが、実物のコボルトは牙を剥く獣でしかない。
洞窟の出口に、シールドを使ってクランクを設置すると、コボルトが飛び出して来る速度はがた落ちになり、頭数もおっちゃん達が余裕で倒せるペースになった。
「行ったぞ!」
「任せろ!」
「うらぁぁぁ!」
「ギャ──ン……」
40分ほどで、コボルトの群れ24頭を無事討伐し終えた。
魔石の取り出し、死体の処理、洞窟の処理などを終え、村に戻ったのは西の空が赤く染まった後だった。
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