第102話 再戦
みんなは、俺のことを誤解していると思う。
猫人の体格で、レイラさんの豊満ボディーを隅々まで洗うのは大変なのだ。
勿論、爪を立てて傷付けるなんて以ての外だし、洗う場所によって洗い方のリクエストも違うのだ。
まぁ、どこをどんな風に洗うのかは、ご想像にお任せするよ。
レイラさんのアパートで丸洗いにされて、丸洗いして、一晩抱き枕を務めたら、ギルドの酒場で朝食というのがパターン化している。
拠点に戻ったら、チャリオットとしての予定を聞いて、兄貴と里帰りする計画を立てよう。
お土産の買い出しにも行かなきゃいけないし、かと言って、あんまりノンビリしていると雪の季節になりかねない。
いつぐらいにアツーカ村に帰ろうかと考えながら朝食を楽しんでいたら、招かれざる客が現われた。
「おい、インチキにゃんころ! 勝負しろ!」
テーブルの向こうから俺を見下ろしているのは、取り巻きをゾロゾロと連れたボーデだ。
「はぁ……また無様な姿を晒したいんですか?」
「ふざっけんな! 手前が汚い手を使ったのは分かってんだ!」
「はぁ? いったい何の話です?」
「手前、本当はショボい火属性魔法しか使えねぇんだろう? ネタは上がってんだよ」
「ネタねぇ……」
たぶん、射撃場で魔銃の魔法陣の練習をやった時、最初にショボい威力しか出せなかったのを見ていた誰かが、ボーデにインチキだと吹き込んだのだろう。
「ライオスの野郎さえ一緒にいなければ、インチキは出来ねぇよなぁ……今度こそあの世に送ってやんよ」
「はぁ……しょうがないですねぇ。これを食べ終わったら遊んであげますよ」
「何だと手前、舐めた口きいてんじゃねぇぞ!」
「やめとけ、ボーデ。人生最後の食事ぐらい、ゆっくり食わせてやれ」
「ジントンさん……分かりましたよ」
ボーデを制止したジントンは、チリチリ天然パーマ頭がバッファローを連想させる30代ぐらいの牛人の冒険者だ。
身のこなしや雰囲気からして、ランクはボーデよりも上のB以上だろうが、何やら一癖ありそうな感じだ。
ボーデはジントンの他に、俺を路地裏で闇討ちしようとして返り討ちにされた3人組と気の弱そうな羊人のギルドの男性職員も連れている。
ジントンが審判役、この男性職員がギルドの立会人といったところだろうか。
ジロジロと見られながらだと落ち着かないので、早々に朝食を済ませて訓練場へと向かう。
勿論、万一のことを考えて、ボーデ達との間にはシールドを立てておいた。
ゾロゾロと受付前を通って、訓練場へと向っていると、意外な人物から声を掛けられた。
「ほぉ、リターンマッチか……?」
声の主は、ギルドマスターのコルドバスだった。
「おはようございます、コルドバスさん」
「やぁ、ニャンゴ。昨日はご苦労だったな」
「いえ、俺の方こそお騒がせしました」
「いや、全くだ。腕を上げてもらうのは構わんが、気をつけてくれよ……くれぐれも、気をつけてくれよ」
コルドバスは、俺に向かって話をしながら、チラリと目配せをした。
「分かりました。十分気をつけます」
コルドバスは、ポンポンと俺の肩を叩くと、執務室のある二階へと足を向けた。
俺が鉄の的を壊したことも、そのペナルティーとしてトラッカーの依頼に同行したことも、ボーデ達には伝わっていないようだ。
ジントンは、苦虫を噛み潰したような表情でコルドバスを見送っている。
もしかすると、何かギルドから処分を受けた経験があるのかもしれない。
訓練場には、前回の対決以上の見物人が集まっていたが、チャリオットのメンバーの姿は無い。
それどころか、ボーデが集めた者達のようで、完全アウェーという雰囲気だった。
「このインチキにゃんころが!」
「ボーデ、サクっとやっちまえ!」
「レイラを一人占めしてきた報いを受けろ!」
「死んだら剥製にしてやんぞ!」
まぁ、これまで俺がレイラさんに可愛がられている姿を、嫌というほど見せつけられてきた者達からすれば、ボーデを応援したくなるのも理解は出来る。
そこへ不正を働いた……みたいな話が加われば、ぶっ叩きたくなるのも当然だろう。
「審判はジントンさんにやってもらう。立会人はサウダリスだ。さぁ、始めんぞ、にゃんころ!」
「慌てるな、ボーデ」
「何で止めるんですか、ジントンさん」
「良く見ろ、こいつ丸腰じゃないか」
ボーデは背負ってきた大剣を抜き放ち、鞘を投げ捨てて臨戦態勢だが、俺は例によって遠足に出かける子供みたいな出で立ちだ。
「おい、得物はどうする? さっさと決めろ!」
「別に要りませんよ。武器が無かったから負けたなんて言い訳しませんし、そもそも負けませんし」
「舐めやがって、インチキにゃんころが……」
掴み掛ってこようとするボーデをジントンが割って入って制止した。
「本当に必要無いのか?」
「はい、そもそも僕は魔法で戦うタイプですから、武器は持っていなくても問題ありません」
「そうか、ならば始めよう……」
審判役のジントンから見て、右手に俺、左手にボーデの体制で、10メートルほどの距離を取って向かい合った。
前回の対決とは、逆の位置だ。
「武器、魔法、何を使っても構わない。勝敗は、どちらかが意識を失うか、自分で負けを認めた場合、それと俺がこれ以上は危険だと判断した場合だ。俺の決定に従えないならば、俺を敵に回す覚悟をしておけ……用意はいいか?」
俺もボーデも無言で頷き、ジントンはゆっくりと後ろに下がって行く。
ボーデは大剣を肩に担ぎ、既に身体強化の魔法を発動しているようだが、俺の準備も完了している。
「始め!」
「うらぁぁぁ!」
ジントンの合図と同時に咆哮を上げて突っ込んで来ようとするが、前回よりも更に大きな火柱を3本燃え上がらせると慌てて飛び退り、そこで身体を硬直させて呻いた。
「うぎぃ……がぁ……ぎひぃ……」
ボーデが下がった場所には、雷の魔方陣を用意しておいた。
一ヶ所食らってよろけると、更に別の雷の魔方陣に触れて感電する。
かなり強めの設定にしたので、一発食らうだけでもスタンガン程度の威力はあるはずだ。
雷の魔方陣3連発で、すっかり動きが止まったボーデには、止めのゴムパッチンを食らわせてやる。
「ぶぎぃ……」
バチ──ンという凄い音が響き、ボーデは鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
観客席の連中が、口を半開きにして吹っ飛ぶボーデを見守る中で、ジントンは驚愕の表情を浮かべて俺を見ていた。
始めの合図と同時に振り下ろされたジントンの右手からは、俺に向かって風の攻撃魔法が放たれていたが、あらかじめ用意しておいたシールドが弾き飛ばした。
風の魔法ならば目に見えないので、開始と同時に俺にダメージを与え、立ち直るまえにボーデが攻撃を加えて勝負を決める……いや、俺を殺す気だったのだろう。
だからこそ、ジントンが俺の死角である左側になるように、位置を取らせたのだ。
コルドバスが気をつけろと言っていたのは、このことに違いない。
あまりにも幼稚で卑怯なやり方に腹が立ったので、ジントンに向かって掛かって来いとばかりに手招きしてやった。
「舐めるなよ、にゃんころ! ぶぎゃ……」
腰の剣を抜き放ったジントンの顔面をゴムパッチンが強襲する。
再びバチ──ンと衝撃音が響き、ジントンが吹っ飛んだ。
ボーデもジントンも白目を剥いて倒れている状況を理解出来ず、観客席の連中は静まりかえっていた。
その中をヤレヤレといった様子で立会人のサウダリスが進み出てきて声を上げた。
「勝者ニャンゴ! なお、開始直後ジントンによるニャンゴへの不正な攻撃を確認しました。ギルドマスターに報告し、しかるべき処分を下します」
ボーデの言いなりになる立会人かと思いきや、サウダリスは毅然とした決定を下した。
ジントンが卑怯な攻撃を行ったと聞いて、観客席が騒然とし始める。
そもそも、俺が前回不正を働いたという触れ込みで集められた連中だ。
俺が前回と同じ火の魔法を使いボーデを圧倒したのだから、俺が不正を働かなかったのは明らかだ。
その上で、言いがかりをつけたボーデに有利になるようにジントンが不正を働いたのだから、観客席を包んでいた空気は一変した。
「ちっ、結局ボーデの負け惜しみだったのかよ」
「ジントンを抱き込んで仕返しとか、セコいことやってんじゃねぇよ!」
「見ろよ、鼻曲がりが更に鼻曲がりになったんじゃねぇか!」
「いやいや、案外今度は綺麗に治るかもしれねぇぞ!」
ボーデを嘲る声の中で、舎弟である3人組は自分達の存在を隠すように小さくなっている。
うんうん、いい気味だねぇ……これで俺もみんなから認められるだろう。
「ざまぁねぇな、くそボーデ……だがニャンゴ、手前は駄目だ!」
「レイラの独り占めは許さん! ハゲちまえ!」
「ジェシカたんに手を出したら、殺す!」
えぇぇ……結局こうなるのかい。
がっくりと肩を落とした俺にサウダリスが話し掛けてきた。
「お見事でした、ニャンゴ君」
「あっ、どうも……」
「対決の様子はギルドマスターに報告しておきますよ。ジントンもボーデも締め上げて、きっちりペナルティーを科しますのでご安心を……」
「分かりました。では、そこに転がっている2人に伝言をお願い出来ますか?」
「伝言? なにかな?」
「もし、ギルドの外で闇討ちを仕掛けてくるならば、その時は手加減無しで攻撃すると伝えて下さい」
「ははっ、あれで手加減してるのか……分かった、必ず伝えておくよ」
サウダリスと握手を交わし、観客席から罵声を浴びながら訓練場を後にした。
すっかり無駄な時間を過ごしてしまったので、早く拠点に帰って里帰りの計画を立てよう。
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