第101話 交流?

 イブーロの街に戻った陶器工房の馬車は、そのままギルドまで直行した。

 ギルドの前でナブエロが御者台に上がって手綱を取り、イボルは俺達と一緒に報告に行くそうだ。


「オーク3頭に、20頭以上のゴブリンの群れ……想定外の多さだからな」


 今日の護衛完了の報告と共に、魔物の出現数が多くなっていると知らせ、採掘場で明日以降に怪我人が出ないように注意を促すのだ。

 俺もトラッカーの三人の報告に同行する。


 幸い、トラッカーの依頼受注を担当したのはジェシカさんだったので、俺の報告も一緒に済ませられた。


「それでは、ニャンゴさんが応援に入ったのですね?」

「応援と言っても、ベルッチを少し援護したのと、ゴブリンを追い払っただけですよ」


 俺としては、トラッカーの評価が下がってほしくないので、大して働いていないアピールをしたつもりだったのだが、ギルドの職員であるジェシカさんには通用しなかった。


「はぁ……ニャンゴさん、そんなに離れた位置から的確な援護をしつつ、20頭以上のゴブリンをあしらえるような人は、イブーロには数えるほどしかいませんよ。襲ってきた魔物が想定よりも遥かに多かったのは分かっていますし、トラッカーの皆さんの評価を下げたりしませんから大丈夫です」


 それならば良いんですけど、そんな呆れたような目で見なくたって良いんじゃない?

 イボルからも、トラッカーの三人は良くやっていたという評価がなされ、想定外の魔物を防いだ分としてボーナスが支払われることになった。


「今期は魔物が多そうだから、君達だけで依頼を受けるのは難しいと思うが、腕を磨いて、またうちの護衛を受注してくれ」

「はい、ありがとうございました!」


 誰も怪我人を出さず護衛を完了できたし、頑張っている3人がちゃんと評価されたし、一件落着だね。

 報告が終わって、報酬を受け取ったカルロッテから、酒場に誘われた


「ニャンゴ、俺達これから打ち上げやるけど、参加してくれるよな?」

「俺も参加して良いの?」

「勿論だよ。ベルッチの危ない所を救ってくれたんだ、奢らせてくれ」

「それじゃあ……」


 行こうか……と言い終わる前に、耳元で艶っぽい声が聞こえた。


「さぁ、行きましょう」

「ふにゃぁぁぁ……レイラさん」


 一体どこから忍び寄って来るのか、また不意打ちで抱き上げられてしまった。


「私も参加して良いわよね?」

「勿論です!」


 トラッカーの3人は、声を揃えて満面の笑みで答えた。

 さては、俺を生贄に差し出して、レイラさんとお近づきになろうという魂胆なのか?


「レイラさん、俺、今日は一日外で動き回ってたから、埃だらけだし臭いますよ」

「それじゃあ、後でちゃーんと洗ってあげるわね」

「それって、お返しに洗えってことですよね?」

「そうよ。ちゃーんと隅々まで洗ってね」

「はぁ……分かりました」


 シューレもいない状況では、逃げ出せるとも思えないので、トラッカーの3人が楽しい時間を過ごすための生贄となりましょう。

 てか、みんな少し前屈みになってるよね。


 そうだよ、俺さえ我慢すれば、みんな丸く収まるのさ……。


「うみゃ! 何これ、衣サクサク、中トロトロでクリーミーで、うみゃ!」


 例によって、俺の席はレイラさんの膝の上で、あーんして料理を食べさせてもらっている。

 今食べさせてもらったのは何かのフライで、熱々揚げたてだったけど、ちゃんとレイラさんがふーふーして冷ましてくれた。


「何だと思う?」

「んー……何だろう、魚の白子?」

「羊のフライよ」

「えっ、羊? 羊……羊……まさか、脳みそ?」

「正解、嫌だった?」

「うにゃ、食材として命を奪うんだから、美味しく食べなきゃね。羊の脳みそのフライ、うみゃ!」


 初めて食べたけど、臭みも無く、衣に混ぜた香草とのバランスも絶妙で、うみゃ!

 アツーカ村では、お目にかかったことの無い料理だけど、イブーロでは珍しくないらしい。


 これから冬に向かうと、アツーカ村では雪が降る日も増え、蓄えておいた食料で春までしのぐ生活が始まる。

 俺の家では塩漬けの魚一切れを家族全員で分け、その他は小ぶりの芋が1個ずつという食事も珍しくなかったと話したら、ドン引きされてしまった。


「いや、俺が魔法を使えるようになってからは、モリネズミとか魚も捕まえて、食生活も豊かになってたんだよ」

「ニャンゴは苦労したのねぇ……はい、あーん……」

「いや、アツーカでは普通……あーん……うみゃ! 何これ、トロトロ、コリコリ、うみゃ!」

「それは、オークの耳の煮込みよ」

「うみゃ! オークの耳、うみゃ!」


 トラッカーの3人に話を聞いたら、イブーロでは野菜や魚の数は減るものの、冬でも普通に食料は流通しているそうだ。

 まぁ、俺の家は貧乏だったけど、アツーカ村の食糧事情が貧しかったのも確かなようだ。


 チャリオットに加入して、村にいた頃には考えられないほどの大金を稼げるようになったし、村が雪に閉ざされる前に実家に仕送りを持って行こう。

 お金を持っていくだけなら、俺がオフロードバイクで行ってくれば良いけど、アツーカ村ではお金があっても買う物が乏しいから、物で持って行かないと駄目そうだ。


 チャリオットの馬車を借りて、ガドに日当を払って村まで行ってもらうのが良いかもしれない。

 兄貴も連れて行って、ちゃんとやっているって言えば、お袋も安心するだろう。


 村に帰るなら、カリサ婆ちゃんとゼオルさんにもお土産を持って行こう。

 うん、拠点に戻った兄貴とも相談した方が良いな。


「ねぇ、ニャンゴ。どうして今日は、この3人と一緒に依頼に行ったの?」

「それは……ちょっとやらかしたので……」

「そう言えば、ギルドからのリクエストでもなかったみたいじゃないか」


 トラッカーの3人も、俺が報酬を受け取っていなかったのが不思議だったらしく、話に食い付いてきたんだけど、鉄の的を壊したなんて正直に話さない方が良いだろう。

 適当な理由を……と考えていたけど、レイラさんに追及されてしまった。


「ふふーん、何をやらかしたのぉ? 正直に言ってごらんなさい」


 あっ、あっ、喉は……耳ぃ、甘噛みしちゃらめぇ……。


「しゃ、射撃場の的を壊しちゃったので……」

「何だ、その程度なら、同じような藁人形を作れば良かったんだよ」


 カルロッテの言葉にフラーエは頷いていたけど、ベルッチは眼を見開いて俺を見詰めている。


「藁人形じゃなかったら、ニャンゴは何を壊したのかなぁ……」


 あっ、あっ……レイラさん、だから喉はらめぇぇぇ……。

 フリーズから解けたベルッチに俺が使っていたのは鉄の的だと聞かされて、今度はカルロッテとフラーエがフリーズした。


 いや、レイラさんに喉を撫でられ、半分液状化している俺の姿に呆れているのだろうか。


「ねぇ、ニャンゴ、一体どんな魔法を使ったの?」

「そ、それは、後で……」

「あら、2人だけの秘密? それなら良いわ」


 いえ、ジェシカさんには話しちゃってるので2人だけの秘密じゃないけど、もう身体から力が抜けて否定する気力も無いんだよね。


「ニャンゴ……馬車の幌の上に立って俺達に指示を飛ばしている時は、ちょっと格好良いって思ったんだけどなぁ……」

「うん、見る影も無いね……」


 いやいや、カルロッテもベルッチも、レイラさんの撫でテクを味わったことが無いからそんな風に言うけど、ホントに骨抜きにされちゃうんだって。


「さぁ、ニャンゴ。次は何を食べたい?」

「ミ、ミルク……」


 喉がカラカラになってきたので、ちょっと水分が欲しい。


「えっ、何でレイラさんが飲んじゃう……うみゅ……」


 口移しって……レイラさん、トラッカーの3人の反応を見て楽しんでるんでしょ。

 てか、周りの席から降り注いでくる呪いのオーラが尋常じゃないんだけど。


「にゃんころ殺す、いつか殺す……」

「でも、あのにゃんころ抱けば、間接的にレイラさんを抱いたことになるんじゃ?」

「そうか、にゃんころとキスすれば……」


 いやいやいや、そんな不穏な考えは捨ててくれ。

 俺はガチムチでむさ苦しい冒険者と抱き合ったり、キスしたりする趣味は無いからな。


「もっと欲しい?」

「えっと、あとは自分で……」

「もう、ニャンゴは甘えん坊ねぇ……」

「えっ、いや……うみゅ……」


 いくらシューレがいないからといって、ちょっとやり過ぎじゃないですか、レイラさん。

 てか、この話も尾ひれが付いてシューレに伝わるんだろうなぁ。


 早く兄貴の毛並みを整えないと、俺の身が持たない気がするよ。

 というか、貞操の危機さえ感じるほどだよ……。

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