第98話 オブザーバー
イブーロの街には、東西南北の四つの門がある。
門が開くのは空が白み始める頃で、閉じるのは日が沈み残照が消える頃だ。
正確に時間を決めていないのは、時間よりも視認性を重視しているからで、外敵の接近に気付けない明るさになったら門を閉じるとされている。
近年、イブーロの周辺では大型の魔物は減っているようだし、他国が攻めてくる心配も無いが、有事にそなえる習慣として続けられている。
では、門が閉まるまでにイブーロに辿り着けなかったらどうなるかと言えば、そうした旅人の相手をする宿や食事処が門の外に出来ている。
こうした門の外の店が栄えて規模が広がっていくと、新しい城壁がきずかれて街が広がっていくらしい。
イブーロの街で一番大きな門は、王都の方角である南門だ。
旅人の多くは南門を通るので、夜明け前には門が開くのを待つ行列が出来るそうだ。
南門以外の三つの門は、アツーカ村のような山村へと通じる道に繋がっているので、開門を待つ行列が出来ることは滅多に無い。
ギルドの射撃場の的を壊した二日後、俺は夜明け前の西門へ向っている。
ギルドマスターの裁定は、一応お咎め無しとなったのだが、その代わりに一件の護衛依頼への同行を求められた。
護衛の内容は、陶器工房の職人が土の採掘へ向かう道中と作業中の護衛で、Dランクパーティーが担当するらしい。
ギルドのパーティーのランクは、メンバーの過半数を占めるランクがパーティーのランクとされるそうだ。
例えば、Bランクの冒険者が2名、Cランクが3名のパーティーならばCランクで、Bランクが3名、Cランクが2名のパーティーならばBランクという感じだ。
護衛の依頼は内容にもよるが、Dランクで3名以上のパーティーからでないと受注出来ないそうだ。
これは単純に戦力の問題で、これ以下の規模のパーティーでは護衛が務まらないという判断だ。
今回同行する依頼を受け持つのは、Dランク2名、Eランク1名のパーティーだそうで、護衛の依頼を受けられる最低ラインのパーティー構成だ。
基準を満たしているので、ギルドとしては受注を認めない訳にはいかないが、万が一の際には戦力不足が懸念されるので、予備戦力として俺を同行させるのだろう。
開門時間まで余裕を持って拠点を出て来たので、西門に護衛を行う陶器工房の馬車は来ていなかったが、3人の冒険者は準備を整えて待っていた。
「おはようございます。本日同行させてもらいます、ニャンゴです」
「あぁ、君は!」
「ベルッチ、彼のこと知ってるの?」
「ほら、一昨日射撃場にいたって話した……」
依頼に同行するDランクパーティーの一人は、先日射撃場で弓の練習をしていた犬人の冒険者だった。
「改めて紹介させてもらうな。俺達はDランクパーティーのトラッカーだ。俺がリーダーで盾役のカルロッテ、槍使いがフラーエ、弓使いがベルッチだ」
トラッカーの3人は全員が犬人で、リーダーのカルロッテは黒髪の短髪で、身長は170センチぐらいでガッシリとした体格をしている。
フラーエはチョコレート色の長髪を後ろで束ねていて、身長はカルロッテと同じぐらいだが均整の取れた俊敏そうな感じだ。
ベルッチは白茶ブチのオカッパ頭で、3人の中では一番背が低く華奢な感じがする。
それでも160センチぐらいは身長があるし、ようやく90センチぐらいの俺からすれば見上げる程だ。
3人とも年齢は18歳で、イブーロ生まれの幼馴染だそうだ。
全員革鎧を身に着けて、腰には短剣を下げ、何時でも戦闘が行える準備を整えている。
カーゴタイプのハーフパンツに普通のボタンダウン、リュックを背負って遠足に出掛けるような姿の俺とは大違いだ。
たぶん3人の皮鎧よりも遥かに丈夫なフルアーマーを何時でも装備できるが、ちょっと申し訳ない気分になる。
「チャリオットに所属で、Cランクって……マジかよ。あのブロンズウルフに止め刺したって奴なのか?」
「もしかして、Cランクのボーデを子供扱いしたのも君なの?」
「だから言ったじゃん、もの凄い魔法を平然と連発するんだって……」
俺が所属とランクを明かすと、取り囲まれて質問攻めにされてしまった。
チャリオットのメンバーや討伐の話ならば答えられたけど、レイラさんやシューレの話になって答えに窮していたら、タイミング良く陶器工房の馬車がやってきてくれた。
馬車は2頭立ての幌馬車で、幌には壺を模した紋章と陶器工房キーラフトの文字が染め抜かれていた。
手綱を握っていたのは職人風の牛人の男性で、荷台から同僚と思われる熊人と馬人の男性が降りてきた。
「陶器工房キーラフトのイボルだ。熊人がワーダル、馬人がナエブロだ」
「おはようございます。トラッカーのカルロッテです。槍使いがフラーエ、弓使いがベルッチ、それとギルドからオブザーバーとして同行するニャンゴです」
「ふむ……よろしく頼むな」
「はい、よろしくお願いします!」
陶器工房の3人は、20代後半から30代前半ぐらいで、全員が180センチ前後のガッシリとした体型をしている。
たぶん、仕事柄力を使うからだろうが、正直どっちが守られる立場なんだと思わなくもない。
イボルが微妙な表情を浮かべていたのは、大丈夫なのかと聞きたいのをぐっと堪えたからなのだろう。
土の採掘場までは馬車で2時間ほど掛かるそうで、イボルが手綱を握り、隣にカルロッテが座る体制で出発した。
フラーエとベルッチは馬車の一番後ろに乗り、後方と左右を警戒している。
ジェシカさんから聞いた話では、トラッカーにとっては初めての護衛依頼だそうで、3人ともメチャメチャ緊張しているようだ。
御者台の後ろにワーダルとナブエロが向かい合うように荷台の側面を背にして座り、俺はワーダルの隣に座ったのだが、俺の格好を見て2人とも不思議そうな顔をしている。
馬車が西門を出て暫く進むと、耐えきれなくなったようにナブエロが尋ねて来た。
「ニャンゴ君だったよね。君は何のためにいるんだい?」
「はい、俺は予備戦力みたいなものです」
「予備戦力?」
「ギルドからは、トラッカーの3人が手に負えなくなるまでは手出ししないように言われています」
ギルドからの具体的な指示としては、ゴブリンやコボルトは7頭以上、オークならば2頭以上になるまでは手を出さずに見守るように言われている。
もちろん、誰かが負傷して戦闘不能に陥るなど、状況が悪化した場合には救済に入るようにも言われている。
「なるほど、ちなみニャンゴ君一人で、何頭ぐらいのオークを相手に出来るんだい?」
「過去に一人で一度に討伐したのは3頭ですが、今なら5頭ぐらいは問題なく相手を出来ると思います」
「えっ……ゴブリンじゃなくてオークだよ」
「はい、オークの話ですよ」
たぶんナブエロは、予備戦力と言っても猫人だから大して役に立たないだろうと思っていそうだった。
オーク5頭を相手に出来ると平然と答えるなんて、思ってもいなかったのだろう。
「今回の依頼は俺達の護衛だから、オークが出た場合でも討伐じゃなく追い払ってもらいたいんだが、大丈夫かい?」
「問題無いです。魔物は火を恐れますので、軽く火炙りにしてやりますよ」
手元に空属性魔法で小さい火の魔道具を作り、火属性魔法のごとく炎を点して見せると、ようやくナブエロも納得したようだった。
「採掘場の周囲は木が茂っているから、火災にだけは気を付けてくれ」
「了解です。討伐じゃなく脅すだけですから、顔の周りを重点的に狙えば大丈夫でしょう」
「そうか、それなら安心して俺達は作業に集中できるな」
「土の採掘場って、どんな場所なんですか?」
「採掘場は、ヘリオ峠の中腹にあって良質な粘土が取れる場所だ」
採掘場は、イブーロの陶器業者や建設業者が共同で管理しているそうで、街道から採掘場へ入る道も共同出資して切り開いたそうだ。
「そこの土は、勝手に掘り出しちゃいけないんですよね?」
「まぁ、我々が共同で管理しているから、好き勝手に掘られるのは困るが、元は領主様の持ち物だから厳密言うと所有権までは主張出来ないのだがな」
「例えば、家の補修の仕事を始めようと考えて、その採掘場の土が使いたい場合には、どこに申請すれば良いんですか?」
「そいつは、商工ギルドに言ってもらえれば、採掘する量に応じた使用料の代わりに許可証を出してくれる。ちょっと待てよ……ほら、こんな感じだ」
ナブエロは、今日の採掘の許可証を見せてくれた。
この許可証を持っていれば、採掘場で土を掘っていても文句を言われずに済むらしい。
「えっ、こんなに掘り出すんですか?」
「あぁ、うちは土が無ければ仕事にならないからな」
ナブエロが見せてくれた許可証には、トン単位の数字が書かれていたが、とても職人3人が手作業で終わらせられる量とは思えなかった。
依頼の内容は、今日中にイブーロに戻ることになっていたが、本当に終わるのだろうか。
「ふふん、まぁ見ておけ。俺らは魔物の討伐は出来ないが、土を扱うのはお手のものだからな」
自信たっぷりなナブエロの言葉に、ワーダルも大きく頷いている。
それならば、お手並み拝見といきましょうかね。
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