第97話 魔銃

 兄貴のフォークスは、アツーカ村にいた頃とは人が変わったように勤勉になった。

 朝は俺と同じ時間に起き出して、俺がシューレと手合せしている傍らで素振りを繰り返している。


 食事の用意とかは、セルージョ達が趣味でやっていたりするので手を出していないが、手の空いているときは拠点のあちこちを掃除して回っている。

 階段、風呂場、トイレ、屋根裏部屋……よほど貧民街での暮らしに懲りたのだろう。


 土属性魔法の練習も毎日続けている。

 前庭の雑草を引き抜き、地均しをして固める地味な作業は、猫人には向いていない。


 猫人は、良きにつけ悪しきにつけ猫の気性を残していて、楽しいと思えば夢中になって取り組む反面、飽きると見向きもしない。

 土属性魔法の練習は楽しくもないし、これ以上なく飽きる作業なのに、兄貴は黙々と続けている。


 非常に良い傾向だと思う反面、反動が出たりしないか心配でもある。

 一方俺は、魔銃の魔法陣を手に入れて練習を開始した。


 空属性の魔法で作った魔法陣で発動させるのだが、見た目も威力も火属性の攻撃魔法なのでギルドの射撃場で練習することにした。

 魔銃の検証を行った守備隊の射撃場に較べると、距離は半分ほどだが同程度の安全性を確保しているらしい。


 そもそも冒険者の場合、遠距離での狙撃よりも近距離から中間距離で素早く確実に当てる腕前が求められる。

 それならば、この距離でも十分に練習になる訳なのだが、練習場を利用する者は少ない。


 理由は簡単、練習よりも実戦で試してみたいと思うのが冒険者という生き物だからだ。

 それでも、俺がジェシカさんに射撃場は自由に使って良いのか聞いて練習に向かう時には、ぞろぞろと見物人が付いてきた。


 学校を襲撃した連中を捕まえたとか、もうCランクに上がったとか、賞金首の討伐に加わっていたとか、猫人なのに……と思わせる噂に事欠かないからだろう。

 たぶん、どんな凄い攻撃魔法を使うのかと期待していたのだろうが、最初に発動出来たのは黒尽くめの連中が使っていた粗悪品の魔銃程度の火の玉だった。


 常設されている鉄製の的に当たるどころか、30メートルほどで失速して落ちたのを見て、見物に来た冒険者からは失笑が洩れていた。


「なんだ、あれ……しょぼ!」

「あれでCランクとか、あり得ねぇだろう」

「でも、ボーデとやった時には、もっと凄い魔法使ってたぞ」

「いかさましたんじゃねぇの?」

「あれか? 観客席から援護してもらってたのか?」


 何だか話が不穏な方向に向ってるけど、魔銃の魔法陣は暴発とかしたら危なそうだから、いきなり出力は上げたくない。

 徐々に出力を上げながら五発目でようやく的まで届いた時には、見物人はいなくなっていて、射撃場に残っているのは俺の他には弓使いの犬人だけになっていた。


 犬人の弓使いは、俺よりも5,6歳ぐらい年上のようで、真剣な表情で弓を引いている。

 弓を射るには集中力を要すると思うので、こちらの発射が被らないようにタイミングを計って練習を再開した。


 魔銃の魔法陣も、これまでに習得してきた魔法陣と基本的には一緒だ。

 瞬間的に発動する感じは、粉砕の魔法陣と良く似ているので、十発も試射をするとコツが掴めてきた。


 パーンっと乾いた発射音を残して飛んだ炎弾は、鉄製の的に当たって弾け、大きな火の玉へと変わる。

 三発ほど立て続けに撃ち込むと、鉄製の的の中央の温度が上がって赤くなった。


 魔銃の検証の時にトーラスに聞いたのだが、この程度の威力を持つ炎弾が魔物に命中した場合、身体に食い込んで内部から焼くので威力が高いそうだ。

 練習を始めたばかりにしては良好な結果に満足して、ふっと気付くと弓使いの犬人に見詰められていた。


「えっと……なにか?」

「凄いな、君は……」

「そうですか?」

「そうだよ。練習を始めた時は、的にも届かなかったじゃないか。それが、こんな短時間で、あんな威力の魔法が撃てるようになるなんて、普通じゃ考えられないよ」

「うーん……他の練習を応用したからかな」

「他の練習? 例えば?」

「今撃ったのは、火属性魔法じゃなくて、魔銃の魔法陣を使った刻印魔法なんだ」

「えぇぇ……刻印魔法?」


 空属性魔法で魔素を含んだ空気を魔法陣の形に固めると刻印魔法が発動することや、これまでも他の魔法陣を使うのに練習を重ねてきたことを簡単に説明すると、弓使いの犬人はポカーンと口を半開きにして驚いていた。


「じゃあ、ボーデさんと戦った時の魔法も刻印魔法なの?」

「そうだよ。あっ、最後にぶっ飛ばしたのは空属性の魔法だけどね」

「そうか、空属性がそんなに便利な魔法だとは思わなかったよ。それに較べて俺の土属性は地味だからなぁ……」


 弓使いの犬人は身体の線が細く、盾役や前衛には向いていないので、弓の練習を重ねているそうだ。


「討伐に付いて行っても、穴を掘るぐらいしか役に立ってないからなぁ……俺も君みたいに色んな魔法が使えれば冒険者としての幅が広がるのに……まぁ、地道にやるしかないね」


 弓使いの犬人は、肩を竦めて見せると弓の練習に戻っていった。

 俺も魔銃の魔法陣の練習に戻り、一個を安定して発動できるようになったら、二個同時発動、三個同時発動と数を増やしていく。


 六個の同時発動が出来るようになった頃には、弓使いの犬人も練習を切り上げていなくなっていた。

 誰も見ていないようなので、厚さ圧縮率を共に5倍に増やして魔銃の魔法陣を発動させてみた。


 ドンっと、これまでよりも重たい発射音を残して飛んだ炎弾は、チュンと甲高い音をたてて鉄の的を突き抜け、後ろの盛り土を爆散させてしまった。


「にゃにゃっ! マズいマズい、やり過ぎた……」


 慌てて的まで駆け寄ると、幸い射撃場の壁までは突き抜けていなかったが、壁の一部が真っ赤に熔けてブスブスと音を立てていた。

 急いで空属性魔法の作業服を着込み、同じく空属性魔法で作ったスコップで盛り土を元へと戻す。


 若干山が小さくなった気がするが、大丈夫だろう……という事にしておく。

 ただ問題なのは、中央が直径5センチほど熔け落ちてしまった鉄製の的だ。


 後でバレるのもマズそうなので、諦めて自己申告することにした。

 誰に言えば良いのか分からない時は、やっぱりジェシカさんだよね。


 とぼとぼとカウンターに向かうと、俺を見つけたジェシカさんは満面の笑みを浮かべて迎えてくれた。

 うっ……今日はその笑顔が辛いっす。


「ニャンゴさん、魔法の練習は終わりですか?」

「はい、あのぉ……」

「なんでしょう?」

「射撃場の的を壊してしまいまして……」

「あぁ、藁人形ですね。でしたら、同程度の物を作っていただくか、銀貨三枚になります」


 射撃場には、鉄製の的の他に、弓矢の的になる藁人形が設置されている。

 ジェシカさんは、俺が壊したのは藁人形だと思ったらしい。


「いえ、そうではなくて……」

「藁人形ではないのですか……?」

「はい、鉄の的の真ん中に穴が開いちゃいまして……」

「はいぃ? 今、何ておっしゃいました?」

「鉄の的に、この位の穴がですね……」

「またまた……冗談ですよね?」

「いやぁ、冗談ではなくて……」

「えぇぇぇ! ちょっ、ニャンゴさん、一緒に来て下さい!」


 血相を変えたジェシカさんに手を引っ張られて、射撃場まで連行された。

 俺が壊した的へと案内すると、ジェシカさんは目を真ん丸に見開いて、表から裏から横からと的を確かめた。


「ニャンゴさん、良く見て下さい!」

「はい、俺がやりました。すみません……」

「そうじゃないです。この的の厚さを良く見て下さい!」

「えっ、厚さですか? おぉ、結構な厚さですね」

「はぁぁ……良いですか、この的は上級魔法にも耐えられるって言われてるんですよ! 普通の冒険者が使う盾の倍の厚さがあります。何で突き抜けちゃうんですか!」

「いや、ちょっとやり過ぎまして……」


 きゅうっと眉を吊り上げて俺を見据えていたジェシカさんは、後ろの盛り土の異変にも気付いてしまった。


「ごめんなさい、でもちゃんと元通りに……あっ、あっ、その裏は……」

「嘘っ、壁が熔けてる?」


 やっべぇぇぇ……壁まで弁償になったら、一体いくら掛かるんだろう。


「これも、ニャンゴさんの仕業ですね?」

「はい、ごめんなさい」

「はぁ……こんなの私も見たことがありませんし、どう処理すれば良いのか分かりません。ギルドマスターに判断を仰ぎますから、明日にでも顔を出して下さい」

「はい、分かりました」

「もう、一体どんな魔法を使ったら、こんな事になるんですか?」

「この前、魔銃の魔法陣を教えてもらったので、それをちょっと改良してですね……」

「とにかく、その魔法はここでは使用禁止です! 良いですね!」

「はい、分かりました」


 うにゃ……ギルドに登録している冒険者が腕を上げたんだし、そんなに怒らなくても良いと……いえ、何でもないです。

 怖ぇぇ……怒ったジェシカさん、怖ぇぇ……。

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