第95話 仇討ち

 早めの夕食を済ませて、俺を含めたチャリオットの五人はギルドへと向かう。

 兄貴は拠点で留守番だ。


 シューレの従姉を惨殺した賞金首ゾゾンの討伐に向かうのだが、一度ギルドに出向いて官憲の担当者と合流する。

 賞金首を討伐する場合、街から離れた場所で行う場合には事後報告の形になるが、街中で発見して先に報告が出来る場合には担当者立ち会いの上で行われるそうだ。


 目的は討伐する相手が確かに賞金首である確認と、討伐を行っている最中に起こった周辺への被害の確認だ。

 賞金首になるような者は当然凶悪な犯罪を犯した者が多く、討伐で大立ち回りになる事も少なくないらしい。


 その結果、周辺の建物や居合わせた人に被害が出た場合、官憲の担当者が立ち会っていれば被害金額の肩代わりや正当防衛の確認がスムーズに行えるのだ。

 官憲の担当者はユーグという二十歳代の羊人の男性で、いかにも出来るという感じがする。


 左の腰には細身の剣を吊っていて、風貌だけでなく身のこなしも鋭い。

 文武両道の委員長タイプが、挫折を味わわずにエリートコースを驀進しているのだろう。


「今回のターゲット、ゾゾンは7年ほど前に別の街で捕縛の機会がありましたが、逃亡しています。その際に通行人を騒ぎに巻き込み四人の死者が出ています。今回は、場所が場所だけに周りに居合わせる者達も、巻き込まれたとしても自業自得でしょうが、極力被害を出さずに討伐出来るように心掛けてください」


 ユーグはメガネを掛けていないが、もし掛けていたら、話ながらクイっクイっと意味も無く位置を治していそうな感じだ。

 チャリオットのメンバーを見る視線も、どことなく見下しているような気配を感じて、正直あまり好きになれそうもないタイプだ。


 ギルドの会議室で、ライオスが地図を使って討伐の手順を説明している間も、口の端に捻くれた笑みを浮かべながら面白くなさそうに聞いていた。

 ゾゾンを討伐する際、ユーグはライオスの後ろから見守るらしい。


 ただ、作戦には口を出して来なかったから、邪魔をするつもりは無いようだ。

 時間を見計らってギルドを出る時も、ピシっとした官憲の制服の上にヨレヨレのローブを羽織っていた。

 この辺りの配慮は出来る男のようだ。


 ギルドを出た後、貧民街へと向かう道すがら、ユーグが例によってシューレに抱えられている俺に話し掛けてきた。


「君が、一昨日の襲撃犯逮捕に協力したニャンゴなのか?」

「そうですけど……なにか?」

「いや、聞いていた話とは随分違って見えただけだ……」


 まぁ、気持ちは分かる。こんな風にだっこされてる状態を見れば、誰しもそう思うだろうが、シューレの機嫌が悪くなるから余計な事は言わないでくれ。

 俺としてはサクっと片付けて、さっさと帰って布団でヌクヌクしたいんだ。


 貧民街との境に出る路地まで来た所で、各々の配置へと分かれる。

 ガドは通りの西側を固めるために一人で移動。


 ライオスとシューレはユーグと一緒に東側から入る。

 シューレは女性であると思われないように、身体の線がでないダボっとしたローブを羽織り、フードを被っている。

 俺はセルージョと一緒に屋根へと上がった。


「なっ、なんで宙に浮いている!」

「あまり大きな声を出さないで下さい。これが空属性の魔法です」

「そうか、人が乗れるほどの強度があるのか……」


 俺とセルージョが何も無いように見える場所を上って行くので、ユーグが驚きの声を上げた。

 屋根へと上る階段には、一応手摺を付けておいたが、俺と違って階段が見えていないセルージョは、それこそ足探りで上っている。


「大丈夫だと分かっていても、こいつは変な気分だぜ」

「そればかりは、慣れて下さいとしか言い様がないですね」


 すっかり日が落ちて、客足が増え始めた貧民街を見下ろす位置に着く。

 シューレ、ライオス、ユーグの三人が、ゾゾンが出入りする路地の東側で待ち伏せする。


 ゾゾンの姿が見えた時点で集音マイクを通じて俺に合図が来るので、それをガドへと空属性のスピーカーで伝えるのも俺の役割だ。

 セルージョは、いつも討伐に使っている長弓ではなく半弓を携えて、どっかりと屋根の上に腰を下ろした。


 ガドは大盾を路地の壁に立てかけ、自分も倉庫の塀に寄り掛かっている。

 シューレ達も配置に付いたようだ。


 フードを被った二人と蜥蜴人のライオスの三人組では、見るからに怪しい風体で目立ってしまうと思うかもしれないが、貧民街では然程目立たない。

 通りには、もっと変な格好や見るからに危ない奴もいる。


 上半身裸で目が完全に逝ってる鹿人の女がユラユラと歩いていても、人々はチラリと視線を向けた後は興味を失ってしまう。

 娼婦達は、自分を高く買ってくれる上客以外には興味がないらしい。


 貧しい中でも手を携えて、共に生きていくという感じではなさそうだ。

 その日その日を生きるのが精一杯で、明日に希望を抱いている者は殆どいないのだろう。


「来た……」


 シューレの合図をガドに伝達し、チャリオットが動き出す。

 倉庫の屋根から見下ろすと、ここではゴルと呼ばれているゾゾンが俺の左側から歩いてきた。

 一方右側からは、フードを被ったままのシューレが先を歩き、20メートル程後方からライオスとユーグが見守っている。


 歩みを進めて来たゾゾンは、前を向いたまま俺に向かって腕を振った。

 カカンっと連続してシールドが何かを弾く。どうやら、黒い礫か手裏剣のようだ。


「ちっ……」


 屋根の上まで聞こえるほどの舌打ちをすると、ゾゾンは俺を睨み付けた。

 今夜は姿を隠すつもりも、尻尾を巻いて逃げ出すつもりも無い。


 屋根の上から平然と見下ろす俺に、ゾゾンが苛立った表情を見せたところに、ローブを脱ぎ捨てたシューレが呼び掛けた。


「ゾゾン……」


 俺に気を取られていたのだろう、シューレの声に驚いたように振り向いた後、ゾゾンは己の失敗を悟ったのか再び盛大に舌打ちをしてみせた。

 それでも、シューレを只者でないと見て取ったゾゾンは、足を軽く開くと、いつでも動ける姿勢を取った。


「何者だ?」

「お前が13年前に殺した、道場主の身内よ」

「あぁ、あのお人よしと胸糞の悪い女か……」

「何で殺したの?」

「あの女の目が気に入らなかったからだよ」


 シューレとゾゾンが対峙を始めると、張り詰めた空気を敏感に感じ取って貧民街の住民は蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

 残っているのは、ライオスやガドの後ろまで離れた客の男共だけだ。


 自分達以外の者がいなくなった通りで、ゾゾンは13年前の事件を語り始めた。


「いるんだよ。俺がどんなに取り繕っても、俺の本質に気付く女が……。俺は武者修行の旅の途中で女を殺して金を奪っていたが、あの道場に行った時には本気で更生しようと思っていた。だから腰を低くして、礼儀正しく振る舞い、まともな人間を演じていた。演じていれば、そのうちに演技でなく日常になると信じていたのに、あの女だけは……俺に蛇蝎でも見るような視線を向けてきやがった」


 女としての勘なのか、子供を持つ母親の本能なのか、シューレの従姉リーリャはゾゾンの本質を見抜き、恐れ、嫌悪していたようだ。

 どんなにゾゾンが善人を演じても、リーリャの態度は変わらなかったそうだ。


「あの晩だって、胸糞の悪い女のために俺様が留守番を務めてやると言ってやったのに、ぼんくら二番弟子を残して帰れなんてぬかしやがった。母屋には近付くなとぬかしやがった。だから殺してやったんだよ、もう我慢の限界だったんだよ!」


 話をしながらゾゾンは当時を思い出したのか、両手を広げて声を荒げた。


「もういい、お前は私が殺す……」

「ふん、お前程度が……何だ? 何しやが……ぐぁ!」


 腰の回りに設置したラバーリングに気付いたゾゾンの両足の甲を、セルージョが放った矢が地面に縫い留めた。


「くそアマ、卑怯だぞ!」

「うるさい……これは武術の立ち合いなんかじゃない。ただの獣の駆除に卑怯も、正々堂々もない……」


 シューレの右手が電光のごとく動き、鞘から放たれた銀の光がゾゾンの右の脇腹へと吸い込まれた。

 ゾゾンは腰の剣に手を伸ばそうとしたが、両腕もラバーリングで固定しておいたから、抵抗する余地は残されていない。


「ぐぅぅぅ……」


 ゾゾンが呻き声を上げた時には、既にシューレの剣は鞘に収まっている。

 おそらく肝臓の辺りを抉られたのだろう、みるみるうちにゾゾンの右の脇腹は赤く染まり、流れ出た血潮は足下にまで伝って落ちているようだ。


「くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!」

「足掻いても無駄よ……その拘束はブロンズウルフすら縛るそうだから、お前程度じゃ抜け出せないわ」


 ブロンズウルフと聞いて、ゾゾンは屋根の端に座っている俺を鬼のような形相で睨みつけて来た。


「くそっ! 卑怯者が……勝負しろ、ぶっ殺してやる!」

「ふふっ、何を言ってるのかしら? もう勝負は決してるわ。お前は、ここで死ぬの……」


 喚き散らすゾゾンは、見るからに顔色が悪く、呼吸も浅くなってきていた。

 貧民街でどんなポジションにあったのか知らないが、死にかけているゾゾンを助けようとする者も、惜別の言葉を掛けようとする者も現れない。


 勿論、ゾゾンを助けようとする者がいれば、直ちに阻止できるように、セルージョが次の矢を整えているし、ライオスやガドも目を光らせている。

 ゾゾンは、シューレを口汚く罵り続けていたが、ガクンと膝を折るとラバーリングで支えられる格好になった。


 目線が下がり、シューレに見下ろされる状態になった所で、ゾゾンの心が折れた。


「た、助けてくれ、いやだ……死にたくない……」

「ふふっ……」


 シューレが浮かべた笑みは、ゾッとするほど冷酷で、ゾクっとするほど美しくみえた。


「い、いやだ……死にたくない……死にたくない……死に……」


 更にゾゾンの身体から力が失われ、ガクンと首が折れた。

 シューレは慎重な足取りでゾゾンの後ろへと回り込むと、再び腰の短剣を一閃し、首の後ろを深々と抉って止めを刺した。


 シューレが止めを刺し終えると、ヨレヨレのローブを脱いだユーグが声を張り上げて、これが正当な賞金首の討伐であると宣言した後、ゾゾンの遺体を俺がカートに載せて官憲の事務所まで運んだ。

 最終的な確認が行われ、ライオスが書類にサインをしてゾゾンの討伐は終了した。

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