第75話 打ち上げ

 俺は、魔法の言葉を思い付いた。


「ずっと俺を抱えていて、腕がムキムキに太くなっても知らないよ」

「むぅ……」


 ギルドの酒場に遠征の打ち上げに向かう途中で囁くと、シューレは眉間に少し皺を寄せた後で抱えていた俺を下ろした。

 冒険者とは言えどもシューレも女性、スタイルは気になるだろうと考えたのは大正解のようだ。


 今夜の打ち上げでは酒の入ったセルージョの舌が滑らかに回りそうだし、これまで以上に俺が目立つ事になりそうだ。

 そんな状況で、シューレやレイラさんに抱えられていたら、間違いなく他の冒険者達の反発を買うだろう。


 イブーロでは名前の売れたチャリオットというパーティーに所属出来たのは本当にラッキーだとは思うが、同年代の冒険者とも交流したいと思っている。

 チャリオットに所属していると、ブロンズウルフのような危険な魔物でも出没しない限り他のパーティーとの共闘とかは無さそうだし、個人的に他の冒険者と組んで依頼を受けるのもおかしな話だ。


 そうなると、ギルドの酒場での打ち上げなどで交流を図るしか無いだろうし、その時に抱えられているのは格好が付かない。

 レイラさんは勿論、シューレもかなりの美形でスタイルも良いので、俺に対する風当たりが強くなりすぎて交流どころではなくなってしまう。


 前世で見たアニメやラノベでは女性の冒険者が数多く登場してラブとかコメな世界が展開されていたが、イブーロの冒険者ギルドの様子を見ると、こちらの世界では極端に少ないようだ。

 身体強化の魔法は修業が必要だし、魔物の討伐が出来るような強い魔法が使える者も限られている。


 結果として冒険者として活動しているのは、身体が大きな人種の男性が殆どだ。

 必然的に、ギルドの女性職員やレイラさんのような酒場で働く女性、そしてシューレのような女性冒険者は貴重な出会いの相手と見られている。


 それを猫人の俺が独占しているのだから、風当たりが強いのは当然の話なのだ。

 実際、俺が逆の立場だったら、間違いなく視線で呪っているはずだ。


 拠点に戻って軽い食事を取り、汗を流して一休みしてきたので、ギルドの酒場は先客達で賑わっていた。

 黒オークの買い取り価格の噂を聞きつけたらしく、ライオス達には周囲から声が掛けられる。


「ライオスさん、がっちり稼いだそうですね」

「まぁな、今回はラッキーだった」

「セルージョ、ずいぶん儲かったんだろう? 一杯おごれ!」

「構わねぇぜ、たっぷり俺の自慢話を聞くならな」


 同年代だけでなく、年下やベテランからも親しげに声を掛けられる、こういう男同士の会話も冒険者の醍醐味だ。

 今夜は、俺も話の輪に加わって、色んな冒険譚を楽しめるはずだ。


「お帰りなさい、ニャンゴ」

「ふみゃ! レ、レイラさん」


 油断したつもりはなかったのに、またレイラさんに抱えあげられてしまった。

 でも大丈夫だ、俺には魔法の言葉がある。


「レイラさん、俺を抱えてると腕がムキムキに太くなっちゃいますよ」

「身体強化を使ってるし、ニャンゴは軽いから大丈夫よ」

「し、身体強化って、レイラさん何者なんですか?」

「あら? ニャンゴ、良い匂いがする……」


 俺の質問を華麗にスルーしたレイラさんは、スンっと匂いを嗅いだ後でシューレに鋭い視線を向けた。

 視線を向けられたシューレは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて胸を張っている。


「ふふん、私が隅々まで洗った……」

「へぇ、じゃあ今夜は私が隅々まで、ニャンゴに洗ってもらおうかしら……」


 レイラさんに耳元で囁かれて、背中の毛がゾワっとなる。


「勿論駄目、ちゃんと連れて帰る……」

「んー……でも、時々抱き枕になってくれるって約束してくれたわよね、ニャンゴ」

「みゃ! そ、それは言葉の綾と言いますか……」

「してくれたわよね?」

「は、はい……」


 レイラさんは咲き誇るバラのような笑顔を浮かべているけど目が全然笑っていないし、胸の谷間から先日の書置きを取り出されたら否定のしようがない。

 てか、マジで四次元ポケットですか?


「ニャンゴの浮気者……」

「いや、浮気者って、そんな……」


 気付けば静まり返った酒場のあちこちから、ギリギリ、ゴリゴリという歯ぎしりの音が聞こえて来る。

 多くの者がブツブツと呟いているのは、怨嗟の呪いとしか思えない。


 てか、いい歳したオッサンが泣くんじゃないよ。

 はぁぁ……これは交流どころじゃないな。


 俺を抱えたレイラさんは、軽い足取りで奥の空いているテーブルへと歩いていく。

 腰を落ち着けたのは、長テーブルの真ん中の席だ。


「今夜はニャンゴが主役なんでしょ?」

「えっ、どうしてそう思うんですか?」

「ボーデ達が仕留めて来た黒オークは酷い状態だって聞いたわ。そうなると次からの査定は厳しくなって、普通は買い取り価格は下がるものなのよ。それなのにチャリオットが仕留めて来た黒オークには普段以上の高値が付いた……だとしたら、チャリオットの変化した部分が影響しているって考えるのは当然でしょ?」


 てっきりレイラさんは美貌ゆえに冒険者達の人気を集めているのだと思っていたが、ギルドの買い取り事情にまで精通しているらしい。

 やはり、ただ者ではないのだろう。


「そうだぜ、レイラの言う通り今夜の主役はニャンゴだ。黒オークの捜索から仕留めるまではニャンゴと静寂のコンビ。仕留めた後の処理は殆どニャンゴがやったんだぜ」

「ニャンゴは超、超、超有能……」


 テーブルにつきながら話し始めたセルージョとシューレの言葉を聞いて、居合わせた殆ど冒険者は驚くというよりも信じられないといった表情を浮かべている。

 それは、話が進んでいっても変わらなかった。


 ガドの遥か頭上を歩いてオークを探した……初撃だけでも仕留められていた……一人でオークを吊り上げて血抜きの処理をした……。

 どの話も空属性魔法の実情を知らない人間には、到底信じられない事ばかりだろう。


 ブロンズウルフに止めを刺した事は知られているようだが、今回の件を含めて猫人の俺が成し遂げたとは信じられていないようだ。

 中にはセルージョのホラ話だと思い込んで、盛大にシューレの顰蹙を買っているベテラン冒険者もいる。


 まぁ、それ以上に俺は顰蹙を買い続けているのだが……。


「はい、ニャンゴあ~ん……」

「あーん……うみゃ! 何これ、うみゃ!」

「これは、ポラリッケのルイベよ」


 ポラリッケは鮭に似た魚のようで、オレンジ色の身を薄く切ったものが半冷凍の状態になっている。


「うみゃ! 初めシャリシャリで、後からトロっと旨味が溢れて、うみゃ!」

「ニャンゴ、私のも……」

「あーん……うみゃ! この鳥、うみゃ!」

「ふふっ、これはシバヤマウズラ、皮の下の脂が美味しい……」

「うみゃ! 皮がパリパリで脂がジューシー、噛みしめるほどに肉の旨味が濃厚で、うみゃ!」


 打ち上げの主役の座に就くはずだったのに、レイラさんとシューレから交互に餌付けされてる雛鳥状態になっている。

 さっき泣いてたオッサン、俺と一緒にあーんしても何も貰えないぞ。


「まぁ、こんな状態だから、皆が疑うのも無理ないと思うが、既にニャンゴにはリクエストも来てる」


 ライオスがリクエストの話を出すと、さすがに他の冒険者達もザワザワとし始めた。

 てか、こんな状態って……。


「おい、ライオス。その話は聞いてねぇぞ」

「あぁ、セルージョは買い取りに行ってた時だ。リクエストは三件だったな、ニャンゴ」

「はい、でも全部ネズミ退治の依頼ですよ」


 依頼の内容を明かすと、戸惑っていた冒険者達は目に見えてホッとした表情を浮かべた。


「あら、ネズミ退治だって立派な依頼よ。それに、この中にリクエストを受けた人は何人いるのかしらね?」


 レイラさんの一言で、居合わせた冒険者達は顔を見合わせている。


「リクエストを受けるのって、珍しいんですか?」

「そうよ。依頼を達成出来なければ、次の依頼は来ない。普通にこなしても、あえて指名するほどではないでしょ。リクエストが来るって事は、依頼の結果がずば抜けて良かった証拠よ」

「でも、俺の場合はまだ一回しか依頼をこなしていないし、前回の雇い主のアルムさんが宣伝してくれたから……」


 話をしていて、ふと疑問が湧いてきた。

 果たして、アルムさんが宣伝してくれただけで、そんなに依頼が来るものなのだろうか。


「ん? どうしたの、ニャンゴ。はい、あ~ん……」

「あーん……うみゃ、ポラリッケ、うみゃ!」


 アルムさんよりも強力に宣伝出来そうな人が俺を抱えてニコニコしているけど、例えそうだったとして聞いても打ち明けてくれない気がする。

 まぁ、そうだったと仮定して、今夜はシッカリ抱き枕を務めますかね。


 というか、マジで今夜はレイラさんを隅々まで洗わないといけないのかな。

 隅々までって……良いのだろうか。

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