第74話 遠征の成果
驚いたことにチャリオットでは、仕留めたオークは血抜きしかやってこなかったそうだ。
事前に計画してきた通りに、車輪付きの大きな水槽、冷やす魔道具、水の魔道具を使い、血抜きを終えたオークを冷水漬けにしたら、何をしているのかと聞かれたのだ。
「仕留めた獲物は、放置しておくと温度が上がって肉が不味くなるんです。川があれば一晩漬けておいて冷やしておくと味が良くなるんですよ」
「へぇ……てか、何から何まで本当に手際が良いな」
セルージョは驚いているが、モリネズミや山で狩りをしてきた俺としては当たり前の作業だ。
むしろ何も下処理をしてこなかったチャリオットの方が、俺からすれば驚きだ。
俺は水槽と路面の作成に専念し、カートはガドやライオスに押してもらってオークを持ち帰った。
依頼主に確認してもらい、サインを貰えば依頼は完了。
既に日が暮れかけているのでイブーロに戻るのは翌日にして、川の近くでオークを冷やしながら野営する。
川には魚が泳いでいるのが見えたので、空属性魔法で仕切りのフェンスを作って、追い込み漁で人数分を確保した。
「依頼はサッサと片付けるし、飯のオカズは確保するし、ニャンゴ様様だなライオス」
「あぁ、俺もここまでやってくれるとは思ってなかった」
「ワシなど、穴掘った以外は出番無しだぞ」
「当然、ニャンゴは超、超、超有能……」
まぁ、今回は俺とシューレのデビュー戦だから、ライオス達も花を持たせてくれたのだろう。
戦闘の評価も気になるが、それよりも魚の焼き具合の方が重要だ。
火の魔道具が強すぎたり、近すぎたりすると、表面ばかりが焦げて中が生焼けになる。
遠火でじっくりと焙り、プチプチと吹き出す泡の水気が消えて、皮がパリっと焼きあがれば完璧だ。
「焼けましたよ」
「おぅ、こっちのスープも出来たぞ」
今夜はガド特製のベーコンと野菜たっぷりのポトフと、俺が完璧に焼き上げた魚、それにパンとカルフェの夕食だ。
「うみゃ! 焼きたての魚うみゃ! パリパリほこほこ、うみゃ!」
「おぉ、これは美味いな、絶妙な塩加減、焼き加減だ」
「ニャンゴが焼いた魚、うみゃ……」
夕食を楽しみながら、みんなは色んな仕事の話をしてくれた。
成功談に失敗談、がっぽり稼いだ事もあれば、チャリオットのメンバーでも駆け出しの頃には命からがら敗走したこともあるそうだ。
「冒険者って稼業は、上手くいってる時ほど慎重にならねぇと、あっと言う間に足下を掬われる」
「そぅ、仕掛ける時も、上手くいきすぎている時は罠に注意……」
ゴブリンでも一頭を囮にして仲間が待ち伏せる所へ引き込むような罠を張るものや、死んだフリをして最後の反撃を試みるものもいるそうだ。
「今日のニャンゴも手際は良かったけど、オークが完全に死んでいる事をもっと慎重に確認すべきだった……」
「そうか、首の骨が見えるくらいシューレの一撃が深かったから大丈夫かと思った」
討伐の時には空属性のフルアーマーは装着していたが、オークの一撃をまともに食らっていたら深刻なダメージを負っていたかもしれない。
「順調な時こそ気をつけるべしか」
今回はオークの討伐で活躍したので、夜中の見張りはセルージョ、ライオス、ガドの三人が担当してくれるそうで、俺とシューレは免除してもらった。
ただし、シューレの抱き枕になるのは免除してもらえなかった。
翌朝、川から引き揚げたオークを馬車に積み込んでイブーロへと戻る。
馬車の荷台までスロープを作り、カートに載せてからガドとライオスに押し上げてもらえば積み込みも楽勝だ。
アツーカ村にいた頃は、山から一人で鹿やイノシシを運んでいたと話したら、全員に呆れられてしまった。
積み込んだオークの周囲は空属性魔法で作った壁で囲み、冷やす魔道具を設置して冷蔵状態で輸送する。
空属性魔法で作った壁は断熱性に優れているので、イブーロまで最高の状態で届けられるはずだ。
イブーロに戻ったのは昼過ぎで、馬車をギルドの裏手へと乗り付けて討伐した黒オークを下ろした。
「よーし、ニャンゴ。ここからは、このセルージョ様に任せな。ばっちり高値で買い取ってもらうからよ」
「はい、お願いします」
買い取りの価格交渉は、セルージョとシューレに任せて、俺はライオスと一緒に依頼達成の報告へ向かった。
ガドは一足先に拠点に戻り、馬車を片付けて、エギリーの世話をするそうだ。
それぞれの役割が決まっていて、自然に動いている感じは長年組んでるパーティーならではなのだろう。
俺も、その中に上手く馴染んでいけると良いのだが……。
依頼達成の報告をすれば、討伐に関する依頼料を貰える。
依頼料とオークの買い取り価格をプラスしたものが、今回の討伐の報酬だが、オークの討伐依頼料は大銀貨一枚と銀貨五枚なので一人あたりだと銀貨三枚だ。
銀貨一枚が日本円だと千円程度の感覚なので、討伐の報酬は物凄く安い。
ただし、仕留めたオークは食肉として取り引きされるし、魔石も売れるので、買い取りの報酬が大きいのだ。
特に、今回討伐したのは黒オークの大きめの個体なので、買い取り価格はかなり期待できそうだ。
逆に、ライオス達が先日討伐したオーガの場合、オークに較べて素材としての買い取り価格が低いので、その分は討伐の依頼料の方で補填されるそうだ。
依頼主にとっては、オーガが出没した場合にはオークよりも高額な依頼料を支払うことになるが、ある程度はギルドの方で補助してくれる。
補助金は、領主であるラガート子爵とギルドの積立金から出されているそうだ。
討伐完了の報告に行くと、ギルドの職員ジェシカさんから声を掛けられた。
「こんにちは、ニャンゴさん。リクエストが届いていますよ」
「それは、レンボルト先生とは別のものですか?」
「はい、ネズミ退治の依頼です」
どうやら先日やったネズミ退治の成果が、依頼主のアルムさんから口コミで広がったらしく三件も依頼が来ていた。
指名の依頼とあってか、報酬は通常のネズミ退治の三倍ぐらいの金額だ。
「リクエストを受けられますか?」
「えっと……今決めないと駄目ですかね?」
「今日でなくても結構ですが、あまり長くは待てませんが……」
ライオスと相談して、明日ならば身体が空くので、明朝出直してくる事にした。
「リクエストが来るとは、さすがだな」
「まぁ、ネズミ捕りはアツーカで慣れてますからね」
討伐完了の報告を終えて待つこと暫し、セルージョとシューレが戻って来た。
二人とも、改めて買い取りの結果は聞くまでもないほどの満面の笑みを浮かべている。
「すっげぇぞ、ライオス。一体いくらで売れたと思う?」
「そうだな、大金貨五枚に金貨五枚といったところか」
「とんでもねぇ、七枚だ! 大金貨七枚だぜ!」
まだ昼を少し回ったぐらいの時間なので、ギルドにいる人は多くないが、それでも大金貨七枚と聞いてどよめきが起こった。
日本円にしてみると、七百万円ぐらいの価値になる。
五人で割っても、一人大金貨一枚に金貨四枚、百四十万円ぐらいの稼ぎだ。
一昨日受注、昨日今日で討伐を終え、実質三日での稼ぎとすると予想外な高値だろう。
討伐で得た報酬は一部をパーティーの経費として差し引き、残りを五人で均等に分配する。
拠点での食事、五人揃っての外食、遠征に掛かる経費、エギリーの餌代などは、パーティーの経費から支出される。
パーティーの維持、個人の収入に直結するので、買い取りの交渉は責任重大だ。
チャリオットは順調にパーティーを運営しているのだから、セルージョの交渉力はなかなかのものなのだろう。
「高く売れた事に文句をつけるつもりは無いが、どうしてそこまで高値が付いたんだ?」
「あぁ、俺らが留守の間にレッドストームの連中が黒オークを仕留めたらしいんだが、そいつが血抜きもロクに出来ていなくて、捌いてみたら酷い状態だったそうだ」
たぶんレッドストームというのは、俺がイブーロに出てきた日に酒場で絡まれた連中の事だろう。
「査定の担当が状態次第じゃ値段を下げるとかぬかしやがったから、だったら捌いて中を見てみろって言ってやったのさ」
「それで、捌いてみたら良い状態だったんだな?」
「おうよ、ニャンゴの下処理のおかげで、内臓までピカピカの新鮮そのもの。立ち会った俺まで驚いちまって、悟られないようにするのに一苦労だったぜ」
「当然、ニャンゴは超、超、超、超有能……」
ただのオークよりも旨味の濃い黒オークで、一番脂が乗ってる大きさ、しかも鮮度は抜群ということで高値が付いたそうだ。
まだ酒場の夜の営業までには時間があるので、拠点に戻って汗を流してから出直して来ることになった。
一度拠点に帰るなら、なにもギルドの酒場で無くても良いと思うかもしれないが、手柄を立てた時には思いっきり自慢するのがイブーロの冒険者の流儀らしい。
酒場などで成果を披露する事で、冒険者として、パーティーとして名前を売る効果もあるし、他人の成果を聞いて周囲の者も発奮するのだそうだ。
「まぁ、今回はニャンゴの話題一色だろうがな」
「えぇぇ……俺は、あんまり目立ちたくないんだけど」
「何言ってんだ、実力を宣伝しなきゃ、レイラや静寂に可愛がられている事を妬む野郎が増える一方だぞ」
あんまり持ち上げられると、また他の冒険者から目を付けられそうだが、それがイブーロの冒険者のスタイルならば仕方ない。
今夜はレイラさんにお持ち帰りされないように、何か策を講じないといけないし、拠点に戻るならばシューレの魔の手から逃れる算段をしなければならない。
うん、気ままな冒険者暮らしを手に入れるのは大変だ。
そうだ、兄貴を貧民街から救い出して、綺麗に洗って毛並みを整えて、シューレに差し出せば良いのではないか。
俺の代わりに抱き枕を務めてくれるなら、仕事が決まるまで飯ぐらいは食わせてやろう。
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