第69話 クローディエ

 朝食を終えた後、ライオス、セルージョ、シューレと共にギルドに向かった。

 ガドは残って馬の世話をするそうだ。


 チャリオットが所有している馬車は一頭立てで、馬の名はエギリーと言う。

 前世で一般的だったサラブレッドよりも頑丈そうな身体つきで、速度は出ないが力は強いようだ。


 そして、当然のごとく俺は舐められている。

 特に何かをされてた訳ではないが、エギリーは俺を上から見下しながら間違いなく笑っていた。


 まぁ、俺が手綱を握る訳でもないし、オフロードバイクを使えばエギリーよりも遥かに速く走れるから問題ない。

 べ、別に悔しくなんかないにゃ。


 それに、エギリーに舐められるよりも、もっと重要な問題に俺は直面していた。

 ギルドに向かう道すがら、俺はシューレに抱えられて運ばれ、道行く人から生暖かい視線を浴びている。


 ちょっと油断した隙に、後ろから抱え上げられてしまったのだ。

 こんな事ならば、ステップで目線を合わせる位置で歩いていれば……まぁ結果は同じか。


 ギルドへ来た要件は、俺とシューレを正式にチャリオットのパーティーメンバーとして登録するためだ。

 ギルドに届け出をすることで、パーティーの他のメンバーが死亡した場合などに遺産や負債を引き継ぐ事になる。


 そのため、登録を行う前に、それぞれのメンバーのギルドに関わる貯蓄や負債の状況が開示された。

 当然なのだが、四人とも俺よりも遥かに多くの貯金をしていた。


 チャリオットの拠点も、既にローンの返済が完了していて、土地も建物もパーティーの所有となっている。

 さすがにBランクのパーティーだけのことはある。

 俺が権利者の一人として名前を並べるのは、ちょっと申し訳なく感じてしまった。


「なぁに、ニャンゴにはガッチリ稼いでもらうから何も心配してねぇよ」


 セルージョの言葉にライオスもシューレも頷いている。

 ならば、俺がすべきは期待に違わぬ活躍だ。


 ギルドでの登録を終えた後、次に向かったのは市場だ。

 遠征で使った消耗品の補充を行い、次なる遠征に備えるためだ。


「あのぉ、俺の布団も買いたいんですが……」

「必要ない……私と寝れば良い」

「いやいや、それだと寝た気がしないから一人で寝させて」

「それは、私に手合わせで勝ったら」

「んな、無茶を言わないでよ」


 改めて知ったのだが、シューレもBランクの冒険者だった。

 しかも、Aランクに上がる日も遠くないと言われているらしい。


 Eランクに上がったばかりの俺が、そこまで登っていくには何年掛かるのだろう。

 市場では、行きつけの店を回ってセルージョが俺とシューレを紹介してくれた。


 まぁ、シューレの場合は名前も顔も売れているので、主に俺の紹介だ。

 セルージョは楽しげに紹介して回るのだが、どの店の人も猫人の俺を見て一様に首を傾げ、その度にシューレの機嫌が悪くなっていった。


「みんな、全く見る目が無い……」

「まぁまぁ、ニャンゴの実力は見た目じゃ分かりづらいからな」

「見た目だって、こんなに素晴らしい抱き心地なのに」

「いやいや、それは冒険者の実力と関係ねぇからな……てか、ニャンゴもいつまで抱えられてんだよ」

「それを俺に言わないで下さい。俺だって、そろそろ降りたいんですから」


 降ろせ、降ろさないの押問答をシューレと続けながら、布団屋の前を素通りしそうになったから、二度と一緒に寝ないと脅しを掛けて引き返させた。

 俺が購入したのは、子供用の綿の布団だ。


 猫人なら子供サイズでも十分で、羽布団もあったが軽すぎるのでやめておいた。

 ある程度重みのある布団に潜り込んで、ぬくぬくと丸くなる至福の時間を過ごすのだ。


 布団はカートに載せて、自分で運んだ。

 拠点に戻ったら、空属性魔法の布団乾燥機でフカフカに仕上げてしんぜよう。


 昼食は、チーズとハムを挟んだパンとカルフェで簡単に済ませる。

 遠征中は、下手をすると昼食は抜きの場合もあるので、普段から簡単に済ませるそうだ。


 午後からはライオスに断わってレンボルト先生の所へ顔を出した。

 先日教わった魔法陣の使い勝手を報告して、また新たな魔法陣を教えてもらうつもりでいる。


 校門脇の受付を覗くと、先日案内してくれた用務員のマテオさんがいた。


「こんにちは、マテオさん」

「ん? おぉ、ニャンゴさん、いらっしゃい。通して構わないとレンボルト先生からも、メンデス先生からも言われてますよ」

「ありがとうございます。また帰る時に顔を出しますね」

「あぁ、この時間はまだ授業中なので、研究棟で待つか、練武館に行くか、ここで時間を潰していかれた方が良いですよ」

「んー……練武場でも授業は行われてるんですよね? 僕が入って構わないのですか?」

「メンデス先生には、是非通すように言われておるよ」


 それって、学校の生徒と絡ませようって思惑が透けて見えるんだけど、じっと待ってるのも性に合わないので、ちょっと練武場を覗いてみることにした。

 学校の中は、授業中とあって静かではあるのだが、先生が講義を行う声や質問に答える生徒の声などが聞こえてくる。


 学校の様子は前世日本と大きく違っていないので、授業をサボってフラついているみたいでちょっと楽しくなってきた。

 校庭では、走り幅飛びのような事をしている一団がいた。

 武術の基礎訓練なのだろうか、授業をうけているのは俺よりも年下の子供達のようだ。


 一方、練武場に近付いていくと、中からは気合い声が響いて来た。

 熱気が籠らないようにするためか、入口の扉と窓は開け放たれている。


 入口から中を覗くと、俺達よりも上の年代と思われる生徒達が、槍の訓練を行っていた。

 揃った動きをしているので、打ち込み側と受け側に分かれて、型を使っているようだ。


 練武場の端で腕組みをしているメンデス先生と目が合ったので、会釈をするとニヤリと笑われて手招きされた。

 うん、やっぱりここに顔を出したのは失敗だったかな。


「こんにちは、メンデス先生。少し見学させて下さい」

「やぁ、ニャンゴ。また来てくれると思っていたよ」

「でも、部外者を授業中に入れてしまって良いのですか?」

「なぁに構わんよ。同年代の腕の立つ者がいるのは、色々と刺激になるからな」

「刺激ですか……俺は平穏な方が良いのですが」

「ブロンズウルフに立ち向かっていく冒険者が、何の冗談だい?」

「それを言われると、返す言葉が無いですね」


 メンデス先生と話をしながら、授業の様子を眺めていましたが、俺に気付いた者達は明らかに集中を乱していた。

 部外者の猫人が、メンデス先生と親しげに話をしていれば気になるのも当然だろう。


「よし、全員やめっ!」


 メンデス先生が号令を掛けると、槍の稽古をしていた生徒達は手を止めて、こちらへ向き直った。


「こちらにいるのは冒険者のニャンゴ君だ。誰か手合わせをしたい者はいるか?」

「はい! 是非!」


 メンデス先生の言葉が終わった直後に手を挙げたのは、狼人の女子生徒だった。

 身長は1メートル50センチぐらいで、率先して手を挙げるだけあって引き締まった身体つきをしていて、少し釣り目がちの瞳が獲物を狙うように俺を見据えている。


「メンデス先生、手合わせなんて聞いてませんよ」

「まぁ、そう言うな。クローディエはジャスパーの三つ上の従姉だ」

「えぇぇ……益々やりづらいじゃないですか」


 視線を向けるとクローディエは苦々しげに言い放った。


「理由を付けて逃げるつもりか?」

「はぁ……しょうがないなぁ、逃げたと言われるのも癪に障りますからね」


 メンデス先生から防具と棒を借りて、手合わせの準備をする。

 ジャスパーの時は、相手の実力が測れずに少し緊張したが、今日は全く負ける気がしない。


「ニャンゴ、言い忘れたがクローディエは学年一の使い手だ」

「そうですか……それより終わった後は、手合わせしてくれるんでしょうね?」

「構わんぞ、望むところだ」


 自分の事など眼中になく、メンデス先生との手合わせを望んだ俺に、クローディエは苛立っているようだ。

 先程までの稽古を眺めていたが、クローディエの身のこなしや足の運びからは、目を惹き付けられるような鋭さは感じられなかったが愚鈍という訳ではない。


 他の生徒達が練武場の壁際まで下がり。開始線を挟んでクローディエと向かい合った。

 槍の稽古をしていたので、クローディエも棒を携えている。


「得物は棒で構わないんですか? 別の物でも構いませんよ」

「ふん、余裕ぶっていられるのも今のうちだ。どんな汚い手を使ったのか知らないが、ジャスパーの汚名を濯いでくれる」

「頭に血が上ってるのかもしれないけど、今の言葉は審判を務めてくれていたメンデス先生に対する侮辱ですよ」

「えっ……いや、私はそんなつもりでは……」

「構わん。ニャンゴが不正を働いたかどうか、己の目で確かめてみると良い」


 メンデス先生の手振りに従って、棒を握り直して半身で構える。

 ゼオルさんを真似て構えを取らずにいようかと思ったが、さすがに油断しすぎだと思い直した。


 クローディエは右手で棒の後端を握り、前側を地面に着けて構えている。

 練武場が静まり返り、手合わせの準備は整った。


「始め!」

「やぁぁぁぁぁ!」


 開始の合図と共に、棒の先端を跳ね上げるようにしてクローディエが突っ込んで来たが、シューレの前蹴りに較べたら欠伸が出るほど遅く感じる。

 本人は一撃必殺のつもりなのかもしれないが、クローディエの右側へと回り込むと、すぐに棒の扱いが窮屈そうになった。


 棒を扱う場合、右に回り込んで来る相手には棒を持ち替えながら対処するか、後端を逆手で振り出して対処するが、どちらも棒の中央付近を握っているから出来る形だ。

 突きの間合いを長くするために端を握ったのだろうが、右手一本で扱うには長すぎるし、逆手で扱うには長さが足りなくなってしまう。


 動きの中で振り下ろす時に端を握る事はあっても、同じ棒使いを相手に最初から構えるのは悪手と言うしかない。

 クローディエは、身体を回して対処しようとするが、踏み込んだ俺の棒が胴を捉える方が早かった。


「一本! それまで!」


 メンデス先生の声が響くと、見守っていた生徒からどよめきが起こった。

 学年一のクローディエが、あっさりと敗北を喫するとは思っていなかったのだろう。


「二本目、始め!」


 ジャスパーは一本目を取られた時点で逆上して滅茶苦茶になったが、クローディエはオーソドックスな構えに戻して、こちらの出方を見る戦法に変えてきた。

 クローディエの瞳に、先程までの俺を侮るような感じは無い。


 長々と対峙を続けるつもりはないので、クローディエが動かないなら俺の方から仕掛けるだけだ。

 ふっと身体の力を抜くように息を吐き、無造作な足取りで距離を詰める。


 間合いに入る直前に鋭く踏み込み、同時に左に飛ぶフェイントを仕掛けると、あっさりクローディエは引っ掛かった。

 逆手で後端を振り出そうとするクローディエの左側を摺り抜けながら、防具を着けている脛を軽く打ち据える。


「勝負あり!」


 たぶん、クローディエも日頃から手合わせをしているのだろうが、自分よりも強い相手と戦う経験が足りないのだろう。

 俺のフェイントや動きの速さに、まるで対応しきれていない。


 開始線に戻って構えると、クローディエは笑みを浮かべていた。

 自分より腕の立つ者との手合せが、楽しくて仕方ないといった感じだ。

 どうやら腕前はまだまだだが、ジャスパーとは違う人種のようだ。


「三本目、始め!」


 今度は、開始の合図と同時に踏み込んで一気に距離を縮める。

 本気に近い踏み込みだったが、クローディエは俺の動きに合わせてカウンターの突きを放ってきた。


「勝負あり、それまで!」


 革胴を捉えたのは、クローディエの棒を受け流しながら繰り出した俺の突きだった。

 ゼオルさん相手に仕掛けると、受け流そうとした瞬間に逆に絡め取られそうになるのだが、そこまでの技術はクローディエには無かった。


「参りました。先程の非礼をお詫びいたします」

「いえいえ、どうぞ、お気になさらず。侮られるのは慣れてますから」


 手合わせを終えたクローディエは、俺に向かって深々と頭を下げた。

 詳しくは知らないが、貴族か金持ちの娘なのだろうが、真摯な謝罪の意思が感じられ少々面食らってしまった。


「では、ニャンゴ、やるか?」

「はい、お願いします」


 レンボルト先生の授業が終わるまで、メンデス先生と生徒そっちのけで手合わせをしていたのだが、これって良かったのかね。

 メンデス先生との手合わせの間、クローディエに怪しく光る瞳で見られていた気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る